センシュアス・シティとは

「センシュアス・シティ(官能都市)」とは、安全性や利便性といった客観的なスペックではなく、人々の体験や街との関わり合いといった“動詞”で都市を評価する概念だ。センシュアス度の高い都市は、経済合理性の下でそうしたスペックばかりを追求し、均質化されてしまった街では得られない「生きがい」や「自分らしさ」といったウェルビーイングをもたらすとともに、街に「場所の意味(ナラティブ)」を育むとして注目されている。

本連載は、2025年9月にLIFULL HOME'S総研が発表した調査研究レポート『Sensuous City[官能都市] 2025 身体で経験する都市あるいは都市のナラティブ』より、LIFULL HOME'S PRESS編集部の渋谷雄大が執筆した「センシュアス・シティのつくりかた」を、一部加筆・修正のうえ全10回にわたり再掲するものだ。効率や機能性を超えて、豊かな都市の体験を生み出す全国10の事例をピックアップする。第2回は、「GREEN SPRINGS」(東京都立川市)を紹介する。

GREEN SPRINGSでの取り組み

2020年、再開発ビルという枠を超えて、東京郊外の立川に新しい「街」が誕生した。「空と大地と人がつながるウェルビーイングタウン」をコンセプトにつくられた商業、文化、オフィスからなる複合施設「GREEN SPRINGS(グリーンスプリングス)」である。50階建てのビルを数棟建てられる敷地なのに、11階建てのホテルがあるほかはほとんど3階建てになっている。容積率が500%の敷地なのに150%程度しか使っていない。

利益最優先ではこんな場所はつくれない。開発した株式会社立飛ホールディングスがGREEN SPRINGSを収益の柱としてではなく、立川全体の「都市格」を向上し、立川市民のシビックプライドを醸成する装置として位置づけたからこそこうした開発が実現した。GREEN SPRINGSは立飛の事業の1つだが、100年続く街をつくることが最初のパーパスだったという。そして100年続く街を考え抜いた結果が「ウェルビーイング」というコンセプ
トだった。

建物で囲まれた中庭のような空間は、多摩地域の在来種である草木がふんだんに植え込まれている。植物の種類が350種もあり、それもテーマパークのように花が咲いているときだけ植えるというものではなく、枯れるまでずっと植えてあるという。だから冬には枯れるものもあるし、四季が感じられる。ビオトープには多摩地域在来の魚などを放っている。

GREEN SPRINGSでは建物のコンセプトを「街の縁側」としている。その実現のために敷地内の各所に無数の可動式の椅子や、長尺の木材を使ったベンチなどが置かれており、来た人たちが自由に座れる。多くのショッピングモールでは窓はほとんどなく、客は店と商品だけを見て歩くことになる。ショッピングモールでは人は消費者として存在するが、GREEN SPRINGSでは人は消費者とは限らない。犬の散歩に来た人、ママ友同士、ノートパソコンで仕事をする人、放課後の女子高生、おだやかに談話をするシニアたちなど多様な人々が集まる。まるで公園のような場所だ。

またGREEN SPRINGSに入っているテナント店舗にはチェーン店はほとんどない。立川にはすでに複数の大型店があり、飲食を中心に全国チェーンやグローバルブランドはすでに十分に揃っている。そのためGREEN SPRINGSでは、ウェルビーイングというコンセプトに共鳴してもらえる店を選んでリーシングした。日本中どこの街にもあるブランドが入ることは便利だが、市民のシビックプライドにはつながらない。

消費が中心の開発ではないからこそ、GREEN SPRINGSでは年齢や性別などのターゲットを設定しなかった。そのかわり、ウェルビーイングの考え方やGREEN SPRINGSの世界観に共感する人を「ウェルビーイングシーカー」と呼んでいる。だから人々は必ずしも消費を目的とせずにそこに集まるのである。

またGREEN SPRINGSは空にこだわっている。立飛の前身が立川飛行機株式会社だったからである。タワーマンションの高層階から空を見渡すのもよいが、それはあくまで個人が自分の家から眺めるだけで、プライベートはあるがパブリックがない。だがGREEN SPRINGSの空はそこで働く人だけでなく、そこを訪れた人々すべてのものである。そこには消費をする空間やプライベートな空間をつくることよりも、パブリックな場所をつくる(プレイスメイキングする)という姿勢が濃厚に感じられる。実際TACHIKAWA STAGE GARDENの屋上に位置するスカイデッキで、夕映えの富士山を静かに眺めている人たちも多い。その人たちを見ていると、消費という目的のための空間よりも大事なものが求められていると実感する。

ビオトープには魚もいるので子どもたちに人気(撮影:三浦展)ビオトープには魚もいるので子どもたちに人気(撮影:三浦展)

文は、カルチャースタディーズ研究所 三浦展『立川グリーンスプリングス。第四の消費的な“時代の方向性を示す”郊外再開発 ~ 立川 GREEN SPRINGS(グリーンスプリングス)①』(LIFULL HOME'S PRESS 2022年10月29日公開)、『新しい街づくりの再開発、グリーンスプリングス。人が集まり、過ごす場所をつくる(プレイスメイキング) ~ 立川 GREEN SPRINGS(グリーンスプリングス)②』(LIFULL HOME'S PRESS 2022年11月3日公開)を基に、三浦氏の意見を踏まえて加筆修正。内容は取材当時のもので、現在と異なる可能性があります。

センシュアス・シティのつくりかた:プレイスメイキングの視点を取り入れる

「GREEN SPRINGS」は、まず容積率500%の敷地で約150%しか使用していないという空間の使い方が衝撃的だ。商業性を重視すれば、より高密度な建物配置が選択されるはずだが、本計画では空間的なゆとりが優先されている。グラングリーン大阪同様に、単一の敷地としての収益性でなく、100年先を見据えた「都市格の向上」や「ウェルビーイング」を目的に掲げたことが、土地利用の判断に影響を与えたと考えられる。

加えて、GREEN SPRINGSの開発には「プレイスメイキング的視点」が色濃く見て取れる。プレイスメイキングとは、人々が公共空間に関わりながら「場所」を育てていくプロセスのこと。単なる空間デザインにとどまらず、人が「居たい」と感じる居場所をどうつくるか、その設計と運用の思想を指す。センシュアス・シティのコンセプトに影響を与えたヤン・ゲール(2014)※ は「初めに人々が街でどのような生活を送るかを考え、次にそのための空間を考え、最後に建物を考える」ことが大切だと説いているが、GREEN SPRINGSは、都市の価値を高めるために、人の滞在や活動が自然に生まれるような場の在り方を起点とするゲールの考え方を実践しているといえよう。

GREEN SPRINGSは、移ろう自然のなかにベンチや東屋、リビングルームなどのフリースペースがあり、イベント時にはキッチンカーや地元野菜を売る屋台などが出店。人々が過ごしたくなる仕掛けづくりが随所に見られる。商業施設でありながら「プレイスメイキング」と表したのは、ここは一部エリアを除き夜間も閉鎖されず24時間開放されており、商業施設の枠を超えた公共のコミュニティスペースともいえるから。開放的なガラス張りの店が内と外の活気をつなぎ、施設内にある約2,500席規模のホール(TACHIKAWA STAGE GARDEN)でさえ、客席後方の壁を開放すると屋外空間と一体化するなど、どこを取っても内に閉じない「街のライブ感」を感じさせる設計が徹底されている。

これらの空間では、グループでにぎやかに過ごす光景もあれば、木陰やベンチでひとり静かに過ごすことも許容される場となっていて、「ひとりの公共性」も担保されている。このように、にぎわいと孤独、活動と静寂が共存できる場は、多様な身体性・関係性を包摂する。重要なのは、こうした場の設計が「完成して終わり」ではなく、「使われながら育てていくこと」を前提にしている点である。多くの再開発事業では、設計段階で用途を規定し、事業完了時点をプロジェクトの終点としている。しかし、GREEN SPRINGSでは、使われ方が厳密に規定されることはなく、訪れた人々が思い思いに過ごし、その積み重ねによって場の価値が形成されていくような余白のある設計となっている。

立川駅前という都市の中心にありながら、消費だけを目的としない滞在や活動を促し、地域らしさや公共性を実現したGREEN SPRINGSは、センシュアス・シティをつくるプレイスメイキングの先行例といえるだろう。

※ LIFULL HOME'S総研(2015).Sensuous City[官能都市] による


■参考書籍
ヤン・ゲール(2014).人間の街(北原理雄訳).鹿島出版会

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第3回は、地域住民とともに開発を計画した「東急東横線学芸大学駅高架下」(東京都目黒区)の事例を紹介する。