センシュアス・シティとは

「センシュアス・シティ(官能都市)」とは、安全性や利便性といった客観的なスペックではなく、人々の体験や街との関わり合いといった“動詞”で都市を評価する概念だ。センシュアス度の高い都市は、経済合理性の下でそうしたスペックばかりを追求し、均質化されてしまった街では得られない「生きがい」や「自分らしさ」といったウェルビーイングをもたらすとともに、街に「場所の意味(ナラティブ)」を育むとして注目されている。

本連載は、2025年9月にLIFULL HOME'S総研が発表した調査研究レポート『Sensuous City[官能都市] 2025 身体で経験する都市あるいは都市のナラティブ』より、LIFULL HOME'S PRESS編集部の渋谷雄大が執筆した「センシュアス・シティのつくりかた」を、一部加筆・修正のうえ全10回にわたり再掲するものだ。効率や機能性を超えて、豊かな都市の体験を生み出す全国10の事例をピックアップする。最終回の本稿では、「新虎ストリートマルシェ」(東京都港区)を紹介する。

新虎ストリートマルシェでの取り組み

いつもは多くのビジネスマンが行き交う歩道。しかし、この期間ばかりは移動販売車やキッチンカーが立ち並び、カップルや家族連れがドリンクや軽食を片手に散歩を楽しむ……。2023 年6月に開催された「新虎ストリートマルシェ」は、新橋と虎ノ門を結ぶ新虎通り(環状2号線同区間)を会場としたイベントだ。4月に行われた第1回に続き、地域ににぎわいをもたらす契機となった。

出店は、コーヒー、オムライス、ハンバーガー、カレー、パスタ、タコライス、かき氷、クレープなど多彩な店が出店し、なかには、お香の販売ワゴンや新虎通りの近くで創業した歴史を持つ永谷園のお茶漬け海苔の無料サンプル配布車なども。新橋や虎ノ門にゆかりのある老舗や新事業の店舗が軒を連ねて、来場者をもてなした。さらに親子で遊べる遊び場も設けられたほか、寄せ植えや文具のワークショップなども開催。老若男女を問わず、幅広い層に向けてバリエーションに富んだ企画が盛り込まれ、新しい形のストリートカルチャーとなる気配を感じさせた。

このイベントの背景となっているのが、2020年に創設された「歩行者利便増進道路指定制度」、通称「ほこみち制度」だ。東京都の「ほこみち」第1号として新虎通りが指定されたことを受け、「新虎ストリートマルシェ」が企画された。
主催者に名を連ねる新虎通りエリアマネジメントは「多様な人々の交流と多彩なアクティビティがあふれる心躍るまち」を目指す。新虎通りの豊かな歩道空間や沿道空間を中心に、周辺の公園や広場空間などの公共的空間や民間施設を地域に開放し、居心地の良い居場所として展開することで、さまざまな人が立ち寄りやすく、多彩なアクティビティの受け皿として機能させるのだという。

そこで新たな交流が生まれ、地域の伝統や文化を広めたり、地域の未来につながるアイデアを育み、発信していく。そのような交流とエリアが常に生まれ続けていく地域となることをビジョンとして掲げている。「新虎ストリートマルシェ」は、そうした取り組みのひとつの集大成でもあり、通過点でもある。

「新虎ストリートマルシェ」では、地元の住民、企業、自治体を中心に、幅広く有志が集い、新虎通りという「場」に特別な意味と価値を根付かせていこうという姿勢が伝わってきた。そこには現代的なフラットな関係性のみがあり、多様な存在が共存する、これからの街のあり方が提示されているようにも思われた。

広い通りにキッチン
カー等が並ぶ広い通りにキッチン カー等が並ぶ

文は、住宅・建築ライター 渡辺圭彦『新虎通りで「新虎ストリートマルシェ」開催。「ほこみち」制度で新たなにぎわいが生まれる』(LIFULL HOME'S PRESS 2023年7月7日公開)を基にLIFULL HOME'S PRESS編集部 渋谷雄大が要約・責了。内容は取材当時のもので、現在と異なる可能性があります。

センシュアス・シティのつくりかた:合理的な街にこそプレイスメイキングを

新虎通りの整備は、1945年12月に閣議決定された「戦災地復興基本方針」に基づく都市計画に端を発する。しかし、用地買収の難航により長らく着工は凍結されていた。その後、立体道路制度の創設や、都市再生特別措置法に基づく「都市再生緊急整備地域」への指定を契機として再開発が本格的に始動し、新虎通りの整備および、4つの再開発事業から構成される虎ノ門ヒルズが開業するに至った。

このエリアは、高層ビルとその周辺に広がるオープンスペース、さらには幹線道路に沿った広く直線的な街路空間によって構成されている。こうした都市構造は、2015年版「センシュアス・シティ」の視点から見れば、小さな街区、曲がり角、新旧の建物が混在するような、いわゆる“ジブリ的”な都市の感覚とは対極にある“アトム的な都市”、すなわち計画的・直線的・巨大構造的な再開発の典型と捉えられるだろう。

このような再開発型の都市空間は、設計段階で用途が規定され、センシュアス・シティにおいて重視される動詞的な「体験」、すなわち人が能動的に関わる余地を生み出しにくいという課題を抱える傾向にある。つまり、設計者の意図が強く先行し、生活者による即興性や偶発性を受け入れる“余白”が少なくなるのである。

しかし新虎通りでは、再開発と並行してエリアマネジメント組織が設立され、早い段階から「新虎ストリートマルシェ」などのイベントが継続的に開催されるなど、空間の活用において能動的なストリートアクティビティが積極的に展開されてきた。これにより、計画型の都市構造に対しても、市民の関与や体験を通じたセンシュアスな価値の創出が図られている。

このことは、むしろ再開発によって整備された都市空間こそ、プレイスメイキング的アプローチ(人々の行動や交流を通じて“場”をつくっていくという思想)が不可欠であることを示唆している。高度に計画された空間であっても、それが人にひらかれ、使われ、語られる場所となるには、制度や建築のみならず、日常的な「都市の使いこなし」が伴わなければならないのである。

最終回に寄せて:大いなる火葬場 バラナシにて

本連載では、センシュアス・シティのつくりかたとして参照したい全国10の事例を紹介してきた。これらの事例に共通していたのは、都市再生=大規模化・高層化・収益性偏重という従来の再開発の文脈に対する、異議の申し立てである。そこでは制度や空間をただ消費するのではなく、これまでの都市の文脈や営みに丁寧に耳を傾け、自分たちの都市をどのような都市にしたいのか、都市でどう暮らしを営んでいくのか、という問いに立ち返る姿勢があった。

センシュアス・シティは、利便性や効率性では測れない都市の価値を再評価する試みである。それは、身体性や関係性に基づく都市体験からつくられる。グラングリーン大阪のように都市全体のビジョンから開発の在り方を再定義する事例、GREEN SPRINGSのように空間の効率性よりも人の心地良さを重視する事例、学大高架下や高松丸亀町商店街のように、開発事業者や所有者の枠を乗り越えながら地域住民がまちづくりを主導していく事例、人宿町のリノベーションまちづくりや大津市の商店街ホテルのように今あるものを生かしながら街の記憶を紡いでいく事例、本稿でセンシュアスとは異なるベクトルであると述べた大規模再開発でできた街であっても、プレイスメイキングによって街を使いこなそうとする新虎ストリートマルシェの事例……いずれも、都市の「個性」や「ナラティブ」は、あらかじめ設計されるものではなく、人と人との関係性や都市との対話のなかで徐々に育まれていくことを示している。ナラティブを創出するセンシュアスなまちづくりは、決してそれが目的になるようなものではなく、私たちと都市の日々の関わりのなかで紡がれていくコンサマトリー(自己充足的)なものなのではないだろうか。

センシュアス・シティ・ランキング2025の総合1位は東京都千代田区・中央区となった(画像:PIXTA)センシュアス・シティ・ランキング2025の総合1位は東京都千代田区・中央区となった(画像:PIXTA)

2025年6月上旬、筆者は本報告書でセンシュアス・シティの事例紹介を担当するにあたり、ヨーロッパの各都市を訪れる予定を立てていた。それぞれの都市のガイドブックや文献も読み込んでおり、あとは現地に行くだけという段階であった。しかし、出発前日になっても、どうも心が躍らない。

「センシュアス・シティには偶発的な出会いがあるべきだ」。これは、かねてよりプロジェクトメンバーのあいだで語られていた重要な視点の一つである。それを思い出したとき、筆者は自らの旅程は、見るべきもの、体験すべきものがあらかじめ分かっており、予定通りに視察を終えるだけの旅で偶発性が欠けている。それは既知の答えをなぞるだけの、コンサマトリーとは対極のインストゥルメンタル(道具的)な行為であると気がついた。

翌日、筆者の足はインドへと向いていた。事前知識も準備もなく、むしろそういった無防備な状態で都市を歩いてみたくなったのである。


ニュー・デリーの空港に降り立った瞬間、気温は摂氏45度を示していた。6月がインドで最も暑い季節だということは後から知った。熱波と喧騒のなかで、まず驚かされたのは予定調和のなさだ。タクシーやオートリキシャは目的地に素直に向かわない。運転手は平然と道を逸れて旅行代理店に立ち寄る。駅員を装った詐欺師が駅の外に誘導し、ツアーを売り込もうとする。インドでは制服は役割を示すものではない。秩序も信用もあらかじめ担保されてはいない。

この感覚は、日本の都市では得がたいものだ。日本では、制服を着た人は信頼でき、公共交通機関は時刻どおりに動き、都市のサービスはほぼ例外なく顧客の要望通りに機能する。その正確さ、快適さは素晴らしいが、都市体験としては極めて予定調和的だ。裏切られることがない分、想像を超えてくることもない。


あくる日、筆者はインド北部に位置するヒンドゥー教の聖地・バラナシ(ワーラーナシー、ベナレスとも呼ばれる)を訪れた。バラナシには、ヒンドゥー教において女神ガンガーとして崇拝されるガンジス河(ガンガー)が流れている。その流れに身を浸すことは、輪廻転生の苦しみからの解脱=モークシャへの道とされ、なかでもバラナシで沐浴を行えば、生涯の罪が洗い流されると信じられている。また、ここで息絶えることは最高の死とされ、ヒンドゥー教徒たちは生前に一度はこの地を訪れようと願い、死を前にした人々は家族にこの地への移送を頼むという。

バラナシの道路網は複雑極まりなく、大通りの周囲には無数の路地が広がる。それらは、網目状でも蜘蛛の巣状でもなく、何の規則性も見出せない。地図上では道として表示されていても、実際には人家と人家の隙間だったりする。 バラナシの路地は「歩行者中心」とは言いがたいが、高密度に並ぶ商店や露店、ひしめく人々の喧騒、歩くことでしか見つけられないものの連続である。人と牛と犬とバイクが錯綜するこの街では、居心地は決して良くない。だが、街の匂い、音、質感が身体の五感すべてに迫ってくる。筆者が日本で経験してきた安全に管理されたウォーカブルとは根本的に異なるが、間違いなくそれは「歩きたくなる」街であった。

やがて路地を抜けると、視界が一気に広がった。聖なる河・ガンガーだ。川沿いには「ガート」と呼ばれる階段状の河岸空間が連なっており、そこは宗教空間であると同時に公共空間でもある。洗濯する人、沐浴する人、ヨガをする人、昼寝する人。誰がどのように使うかは誰によっても規定されていない。まさに都市の余白である。

そしてガートにはもう一つの大切な役割がある。それは「火葬場」としての役割だ。人々が思い思いに過ごすその向こうでは、常に煙が空に向かい立ち昇っている。人々が暮らす都市の真ん中で、火葬が行われているのである。

ここであらためてバラナシの特性について触れておこう。バラナシは、ヒンドゥー教における輪廻からの解脱が約束される都市であり、この地で火葬されることが、彼らにとってはこの世で最も聖なる行為だ。マニカルニカー・ガートでは、火葬が絶え間なく続いている。鮮やかな色の布に包まれた遺体を大量の薪の上に載せて火を放ち、川の畔で数時間をかけて荼毘に付すのだ。都市の中心にあるにもかかわらず、それを拒む者はいない。

かつてこの街がイギリス統治下にあった際、街の真ん中に火葬場があるのは公衆衛生上好ましくないという西洋的な倫理観から、火葬場を郊外に移し、それまでの火葬方法をやめ近代化すべきであると、火葬場の閉鎖が宣言された。しかし、バラナシの人々は強い異議を唱えた。そのときの記録が「バラナシ市制報告書(1925年)」に残されている。そこには次の言葉が記されていた。

「火葬場(中略)が街のために存在するのではない。街が、火葬場のために存在するのである」

この価値観の反転にこそ、バラナシの都市としての本質が表れている。都市計画や合理性ではなく、宗教的・文化的なナラティブによって空間の意味が規定されているのである。都市が「どうあるべきか」ではなく、都市が「どう生きてきたか」によって空間の価値が形成されている。都市がセンシュアスであるためには、単に五感に訴える物理的刺激だけでは足りない。その都市ならではの物語が、体験として伝わってくることが不可欠だ。バラナシには、都市のフォーマット化では決して再現できない深い時間軸がある。そして、その物語の語り手は、そこに暮らす人々、そして訪れる人々一人ひとりである。彼らの暮らしが都市空間を意味づけており、その結果として生まれる偶発的な出会いや、五感に訴える体験が、バラナシという都市を官能たらしめている。


日本の都市政策に目を向ければ、「ウォーカブルシティ」「個性ある都市づくり」など、かつてに比べて多様性や人間らしさを取り戻そうとする動きが活発化している。その姿勢自体は歓迎すべきだが、制度として整備されるにつれて、都市の在り方が再び予定調和的なものに収斂されていく懸念も否めない。センシュアス・シティとは、画一的な取り組みや制度によってつくられるものではない。制度の枠を超え、市民一人ひとりの暮らしの積み重ねが空間に染み出すことで、はじめて都市はセンシュアスな存在になり得る。

都市のナラティブ。それは、センシュアス・シティの起点であり、核心である。 筆者はバラナシを歩きながら、そのことを確かに感じた。


※ NHK(2002)による

■参考書籍
NHK(2002).ベナレス: 生と死の聖地 (NHKスペシャル アジア古都物語) .NHK出版

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センシュアス・シティ・ランキング2025の総合1位は東京都千代田区・中央区となった(画像:PIXTA)早朝のダシャーシュワメード・ガート(筆者撮影)