センシュアス・シティとは
「センシュアス・シティ(官能都市)」とは、安全性や利便性といった客観的なスペックではなく、人々の体験や街との関わり合いといった“動詞”で都市を評価する概念だ。センシュアス度の高い都市は、経済合理性の下でそうしたスペックばかりを追求し、均質化されてしまった街では得られない「生きがい」や「自分らしさ」といったウェルビーイングをもたらすとともに、街に「場所の意味(ナラティブ)」を育むとして注目されている。
本連載は、2025年9月にLIFULL HOME'S総研が発表した調査研究レポート『Sensuous City[官能都市] 2025 身体で経験する都市あるいは都市のナラティブ』より、LIFULL HOME'S PRESS編集部の渋谷雄大が執筆した「センシュアス・シティのつくりかた」を、一部加筆・修正のうえ全10回にわたり再掲するものだ。効率や機能性を超えて、豊かな都市の体験を生み出す全国10の事例をピックアップする。第4回は、「高松丸亀町商店街」(香川県高松市)を紹介する。
高松丸亀町商店街での取り組み
香川県高松市の高松丸亀町商店街は、徳川幕府開府の7年後となる慶長15(1610)年に高松藩主・生駒正俊が丸亀にいた商人たちを今の場所に移したことから始まった。以来、商業の中心として栄えてきた。しかし、バブル期の地価高騰で居住者が郊外へ流出し、中心部の空洞化が始まる。さらに同時期に瀬戸大橋が開通(1988年)し物流が安定したことで、それまで大型店がほとんどなかった香川県に大型店が相次いで出店。丸亀町商店街はダブルパンチを受けた。バブル崩壊による不良債権を抱え、新たな投資はもちろん、廃業すら困難となる。そこで最後の手段として再開発を選んだ。全長470mのアーケード街を7街区に分けて再開発を進め、現在は4街区、約6割まで完成。テーマに沿った店舗が並び、居住者も増加。2014年以降、路線価は市内最高額を維持している。再開発にあたっては、バブル真っ只中の1990年から、将来を見越して街全体のリニューアルを調査。全国の失敗した再開発や衰退した商店街の事例を調べた。
「役所主導の再開発は覚悟が伴わず、前例主義に陥りがち。だったら身銭で、民間主導でやろうと考えました」(丸亀町商店街振興組合理事長・古川康造さん)
多くの再開発が失敗していると認識するなかで再開発を選んだのは、それが目的ではなく、やりたいことを実現する手段だったからだ。目的は居住者を取り戻すこと。地価高騰で住民が郊外に転出し、青果店、鮮魚店、銭湯などが成り立たず、飲食店はゼロ。業種の偏りが商店街の衰退を加速させていた。
所有権を持っている以上、土地を放置しようが、周囲の迷惑になる店舗を入れようが、そこには誰も口を挟めない。しかしそのままでは理想的なテナントミックスは困難。そこで、土地の所有と利用を切り離し、再開発ビルに60年の定期借地権を設定。所有権は各自保持したまま、利用権のみを放棄し、細分化した土地を限定期間だけ共有・活用可能にした。
この仕組みにより再開発とテナントミックスが可能となったが、これは地権者はそこでの商売をやめることを意味する。「全員で廃業、業種転換をして、街の経営者になりました。商店街は街や生活機能の一部。私たちは商店街を再生するのではなく、街づくりをしようと考えたのです」(古川さん)。地域特性を踏まえた人口計画を立案し、必要な施設を計画的に誘致。住む人たちにとっての利便性を高め、街を再生させる。それを地権者自身が行っているのが、丸亀町の取り組みである。
文は、住まいと街の解説者 中川寛子『高松丸亀町商店街を生活の場に変えた3つのキーワードは民間主導、土地の所有と利用を分離、脱車社会』(LIFULL HOME'S PRESS 2023年9月6日公開)を基にLIFULL HOME'S PRESS編集部 渋谷雄大が要約・責了。内容は取材当時のもので、現在と異なる可能性があります。
センシュアス・シティのつくりかた:制度を使いながら、制度に縛られない
高松丸亀町商店街は、中心市街地の空洞化という課題に対して、制度と空間の両面から街を組みなおした事例だ。地価高騰により中心部から住民が郊外に流出した結果、生活に必要な商店や飲食店が減少。金融機関や衣料品店の割合が高くなり、街のにぎわいを阻害していた。そうした衰退した商店街の一部が、再開発によってタワーマンションなどにつくり替えられる動きは全国にあるが、高松丸亀町商店街がそれらと大きく異なるのは、商店街という形態を保ったまま、それも地権者の土地の「所有」と「利用」を分離するという特徴的な手法を採って再開発を行った点である。
地権者は自らの店を手放すかわりに、街全体の経営に責任を持つ立場に立った。これによって実現されたのが、街を全体でデザインする視点である。全長470mのアーケード街をショッピングモールと見立てテナントを再構成。再開発前には皆無だった飲食店や生活利便施設も復活し、理想のテナントミックスを実現した。さらに居住者を呼び戻すため、商店街に沿ってマンションも建設した。このマンションは定期借地権のため価格を抑えることに成功したが、定期借地権ゆえにローンが借りにくく、結果的に富裕層が比較的多く入居する傾向に。その結果を踏まえ、次に開発するマンションはすべて賃貸住戸とし、ファミリー層もターゲットにするなど目的に沿って軌道修正した。これは、街の理想像をもった地権者が街への責任を継続的に持ってプロデュースするからこそできることであり、ディベロッパー任せの再開発では成しえないものであろう。
また、センシュアス・シティの観点では、空間の身体性に対する配慮にも注目したい。アーケードの天井は高く、光を通す素材でできており、通り全体が明るく、風が抜ける。車に依存しないという思想も早くから導入されていた。歩いて気持ちよく、ふと立ち止まりたくなる場所にはベンチがあり、植栽が目を癒す。こうしたしつらえは人間の身体性に訴える設計であり、センシュアス指標の「街のライブ感」や「ウォーカブル」を実現している。
しかし、高松丸亀町商店街がセンシュアス・シティとなり得たのは、空間や施設の整備によってだけではなく、制度と意識のレベルから「街との関わり方」を再設計したからにほかならない。制度の面では、A街区とG街区は市街地再開発事業、うちA街区が先述の定期借地権方式、G街区は一般的な所有権方式を採用している。一方、B・C街区は小規模連鎖型任意再開発を採用。こちらも定期借地権方式となっている。ここから見えてくるのは、「制度を使いながら、制度に縛られない」という姿勢ではないだろうか。制度はあくまで目的達成のための手段であり、高松丸亀町商店街では目的を実現するための手法を柔軟に取り入れ、センシュアス・シティを実現している。
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第5回は、記憶を継承し、新たな記憶を創り出す「人宿町のリノベーションまちづくり」(静岡市)の事例を紹介する。
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