センシュアス・シティとは
「センシュアス・シティ(官能都市)」とは、安全性や利便性といった客観的なスペックではなく、人々の体験や街との関わり合いといった“動詞”で都市を評価する概念だ。センシュアス度の高い都市は、経済合理性の下でそうしたスペックばかりを追求し、均質化されてしまった街では得られない「生きがい」や「自分らしさ」といったウェルビーイングをもたらすとともに、街に「場所の意味(ナラティブ)」を育むとして注目されている。
本連載は、2025年9月にLIFULL HOME'S総研が発表した調査研究レポート『Sensuous City[官能都市] 2025 身体で経験する都市あるいは都市のナラティブ』より、LIFULL HOME'S PRESS編集部の渋谷雄大が執筆した「センシュアス・シティのつくりかた」を、一部加筆・修正のうえ全10回にわたり再掲するものだ。効率や機能性を超えて、豊かな都市の体験を生み出す全国10の事例をピックアップする。第6回は、「大津宿場町構想」(滋賀県大津市)を紹介する。
大津宿場町構想での取り組み
かつて旧東海道屈指の宿場町として栄えた滋賀県大津市。中心部には江戸時代以来の「大津町家」が約1,500棟も残っている(大津市調べ)。しかし、高度成長期以降、街からにぎわいは失われ、商店街にはシャッターが目立つようになった。
そこで大津市が官民挙げて取り組む活性化のビジョンが、2018年4月に発表された「大津宿場町構想」だ。新しい「まちづくり」ではなく、街の歴史に根ざした「まちもどし」を目指している。
2018年6月、旧東海道沿いに町家を改修した宿が開業した。そのほか商店街に散らばる町家と合わせて合計7棟を改修し、ひとつのホテルとしている。1組1棟貸しが基本の贅沢な宿で、名称は「宿場町 HOTEL 講 大津百町」。第1号は2017年4月に開業した「粋世(いなせ)」で、1933(昭和8)年に建設された米穀商の建物を、当時と同じ材料を使って改修した。宿場町の面目を復活する“町家の宿”の誕生だ。
改修したそのほかの町家は、江戸末期の呉服屋など商家もあれば、大正・昭和期の長屋もあった。事業主の「木の家専門店 谷口工務店」の谷口弘和さんが工夫したのはお披露目の方法だ。ホテルが目指す地域貢献の在りかたを広く知ってもらいたいという思いから、プレオープンを前に盛大なお茶会を開くことにした。お茶会なら、完成した空間を味わってもらうことはもちろん、ホテルのおもてなし精神も伝えられる。茶室のしつらえや道具に滋賀県各地の工芸品を使い、地元の銘菓を供することで、地域文化の紹介にもつながる。
ホテルの名前は、運営を担う自遊人(※)が付けた。「講(こう)」とは、かつて日本にあった地域の助け合い組織の呼び名だ。商店街に泊まって、街なかで食べて飲んで、買い物を楽しんでもらう。周囲には昔懐かしい銭湯もあるから、住人になった気分で旅の汗を流すのもいい。ホテルでは毎日、付近の商店の協力を得て、「商店街ツアー」を開催している。地酒の利き酒、漬物や川魚の惣菜など、これまで地元の人しか知らなかった、大津ならではの味を試食しながらの街あるきだ。これまでに、商店街でおよそ15万円もの買い物をした宿泊客もいたという。
自遊人は「ステイファンディング」という新しい試みを始めた。1泊1人あたり150円をプールし、商店街連盟に寄付する仕組みだ。150円は温泉地の入湯税に相当する金額。これを、まちおこしの財源にしてもらう。その狙いについて自遊人・編集長の岩佐十良さんは次のように語る。
「日本中どこでも、民間のまちおこし団体は財源に困っている。私自身も新潟で経験しています。ステイファンディングを大津で定着させて、ゆくゆくは全国に広がっていくことを願っています」。
※ 株式会社自遊人。雑誌「自遊人」の発行や、新潟県南魚沼市の宿泊施設「里山十帖」の運営などを行っている
文は、エディター&ライター 萩原詩子『滋賀県大津市に誕生した“商店街ホテル”。町家活用で宿場町の魅力を楽しむ』(LIFULL HOME'S PRESS 2018年12月4日公開)を基にLIFULL HOME'S PRESS編集部 渋谷雄大が要約・責了。内容は取材当時のもので、現在と異なる可能性があります。
センシュアス・シティのつくりかた:街を“つくり変える”のではなく、街を“語り直す”
人々に豊かな都市体験をもたらすセンシュアス・シティ。しかし、その魅力は必ずしもゼロから新たに創り出す必要はない。都市がこれまでに積み重ねてきた歴史や風景、文化は、それ自体が固有の価値であり、他の都市では代替できない唯一無二の資源となりうる。言い換えれば、それは偽物ではない本物(オーセンティシティ)の魅力である。
「宿場町HOTEL 講 大津百町」を含む大津市の宿場町構想は、既存の歴史的価値や情緒を、今日的な都市体験として再表象させようとする取り組みである。高度経済成長期以降、街に残された町家は十分に活用されることなく、商店街の衰退とともに街全体が活力を失っていった。しかしこのプロジェクトでは、こうした歴史ある町家が建物の再生を超えた、地域文化を編み直す象徴となっている。
たとえば、開業前のお茶会での地元の工芸・銘菓を取り入れた演出、近隣の商店と連携した「商店街ツアー」などの取り組みは、都市に眠っていた物語を呼び起こすきっかけとなる。訪れた人々は単なる観光客としてではなく、一時的に街の一員となるような感覚を得るが、その体験は外から来る者にとっての発見であると同時に、地域住民にとっても、見慣れた風景や日常を解釈し直す機会となる。
このように、観光まちづくりを超えて地域づくりにも寄与するこの取り組みは、「都市の再生」とは何か、「開発」とは何かという根本を問うているように思う。街を“つくり変える”のではなく、街を“語り直す”ことは、社会が縮退していくなかでのまちづくりのひとつの方向性である。実際、2025年5月に国土交通省が公表した「成熟社会の共感都市再生ビジョン」において、「地域資源の保全と活用によるシビックプライドの醸成」が明確に掲げられている。
都市の魅力の向上は、未来の計画や新しい施設だけがもたらしてくれるものではない。時を経ても色褪せることのない本物の価値が、都市のなかに埋もれている。センシュアス・シティの実現は、そうした「忘れられた風景」を丁寧に掘り起こし、現代の都市生活のなかで再編集する営みからも生まれてくる。
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第7回は、小さく始める、歩きたくなる街「上野・湯島ガイトウスタンド&テラス」(東京都台東区・文京区)の事例を紹介する。
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