住みたい街の常連として人気を集める一方、駅の混雑や2019年(令和元年)の台風被害でも注目を集めた武蔵小杉。インターネット上の極端なイメージの陰で、実際の街はどのように歩み、どこへ向かおうとしているのか。工場街からタワマン街への激変の歴史、災害をきっかけに進んだインフラの進化、そしてこれから迎える「一斉大規模修繕」という課題まで、武蔵小杉の真実の姿と未来への展望を紐解いてみたい。

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「憧れの街」か「脆弱な街」か。武蔵小杉に向けられる極端な評価の真実

神奈川県川崎市に位置する武蔵小杉は、首都圏でも有数の認知度を誇る再開発エリアである。JR線や東急線など主要路線が乗り入れる交通利便性の高さと、駅前に立ち並ぶ商業施設やタワーマンション群の先進性が評価され、長年にわたり「住みたい街ランキング」の上位に名を連ねてきた。
しかし、その一方で武蔵小杉は、「急激な都市開発がもたらした課題」を象徴する街としても知られている。朝夕の駅の混雑は全国的にも有名となり、2019年(令和元年)の台風19号では、一部のタワーマンションが浸水や停電の影響を受け、「タワーマンションの防災」というテーマが広く社会で議論される契機となった。

こうした出来事から、「武蔵小杉の街づくりは成功だったのか、それとも失敗だったのか」という極端な論調で語られることも少なくない。しかし、その評価はそれほど単純なものではないはずだ。むしろ武蔵小杉は、日本でもいち早く大規模な再開発を実現したからこそ、全国の都市がこれから直面する課題を先取りしている街とも言えるだろう。

工場街からタワーマンション街へと劇的な変貌を遂げた武蔵小杉は、これからどのような未来を迎えるのか。今回は、その歩みを振り返りながら、日本の都市開発が向かう先についても考えてみたい。

かつて工場が建っていた場所とは思えない変貌を遂げた、タワーマンションが林立する武蔵小杉駅周辺かつて工場が建っていた場所とは思えない変貌を遂げた、タワーマンションが林立する武蔵小杉駅周辺

南武線沿線の工場地帯から、なぜ首都圏有数のタワマン街へ変貌を遂げたのか

再開発に伴い、工場のある街から住宅街に生まれ変わった武蔵小杉。駅近くには昔ながらの飲み屋街も見られた再開発に伴い、工場のある街から住宅街に生まれ変わった武蔵小杉。駅近くには昔ながらの飲み屋街も見られた

現在の洗練された街並みからは想像しにくいが、かつての武蔵小杉は日本を代表する「ものづくりの街」であった。大正時代から昭和初期にかけて、多摩川の豊富な水や広大な土地を求めて大規模な電機メーカーや機械工場が進出。JR南武線沿線を中心に、工場と住宅が混在する労働者の街として発展してきた歴史を持つ。

転機となったのは1990年代後半から2000年代にかけてである。産業構造の変化や工場の再編に伴い、大規模な工場跡地が次々と生まれた。駅周辺には広大な開発用地が確保され、川崎市は民間デベロッパーと連携しながら、大規模な都市再開発へと舵を切る。
さらに都市の変貌を決定づけたのが、2010年(平成22年)のJR湘南新宿ライン・横須賀線、武蔵小杉駅の開業である。品川、東京、渋谷、新宿、池袋などの都心のほか、成田、横浜方面などへの交通利便性が向上したことで、住宅地としての価値が一気に跳ね上がった。こうして工場跡地には次々と超高層タワーマンションが建設され、首都圏屈指のタワマン街への劇的な変貌を果たすこととなったのである。

再開発に伴い、工場のある街から住宅街に生まれ変わった武蔵小杉。駅近くには昔ながらの飲み屋街も見られたJR湘南新宿ラインや横須賀線、南武線、相鉄直通線のほか、東急東横線や目黒線が利用できる武蔵小杉駅。
品川や新宿、池袋などのほか千葉方面、川崎、横浜、鎌倉方面など、多方面にアクセスしやすい便利な駅だ

激しい駅混雑と台風による浸水被害。急拡大した都市が抱えた「限界と歪み」

武蔵小杉駅近くの「グランツリー武蔵小杉」。1階から4階までが商業施設になっているなど、駅周辺には暮らすのに便利な商業施設も充実している武蔵小杉駅近くの「グランツリー武蔵小杉」。1階から4階までが商業施設になっているなど、駅周辺には暮らすのに便利な商業施設も充実している

2000年代以降、武蔵小杉駅周辺では数多くの超高層マンションが相次いで建設された。駅周辺には大型商業施設やスーパーマーケット、医療機関、保育施設、公園なども整備され、「職住近接」を実現できる街として子育て世帯を中心に人気を集めた。
武蔵小杉は「タワーマンションが建ち並ぶ街」というだけでなく、生活利便性を兼ね備えた住宅地としてブランドを確立したのである。

しかし、急速な再開発によって人口が増えた武蔵小杉では、都市の利便性が高まる一方で、その成長スピードに都市インフラが追いつかない場面も見られるようになった。代表的なのが、朝夕の武蔵小杉駅の混雑である。JRと東急線が交差する交通結節点として利用者が急増し、通勤時間帯にはホームや改札で混雑が常態化した。鉄道各社によるホーム拡幅や動線改善などが進められてきたものの、首都圏有数の混雑駅として知られている。

そして、街の課題が全国的な注目を集める決定打となったのが、2019年(令和元年)10月の、台風19号による被害である。多摩川の水が堤防を超えたのではなく、大量の雨水が排水しきれずに街へあふれ出す内水氾濫が発生したのだ。
一部のタワーマンションでは地下に設置されていた電気設備が浸水したことで停電や断水が長期間続いた。高層階に住む人がエレベーターを利用できなくなり、給水や生活インフラにも大きな支障をきたした様子は全国に報じられ、「タワーマンションは災害に弱い」という印象を持った人も少なくなかっただろう。

文明の利器が集約されたはずの超高層マンションで、住民が階段を使って往復する様子などが「タワマンの脆さ」として強く記憶された。急速な都市化に対して、駅や防災といったインフラの脆弱さが浮き彫りとなった瞬間であった。

武蔵小杉駅近くの「グランツリー武蔵小杉」。1階から4階までが商業施設になっているなど、駅周辺には暮らすのに便利な商業施設も充実している平日朝8時頃の新南改札(横須賀線口)。取材前に想像していたほどは混んでいなかった。
すぐ近くにはエスカレーターで上りホームに行ける新南改札の臨時入場口もあった(利用できるのは平日朝7時~9時まで)

災害を機に、より強く暮らしやすい街に

多摩川の向こう岸に見えるのが武蔵小杉のタワーマンション群多摩川の向こう岸に見えるのが武蔵小杉のタワーマンション群
混雑緩和のために、2023年(令和5年)12月に新設された綱島街道改札(右側)。左側は北改札(南武線口)や南武線からの乗り換え客用の通路混雑緩和のために、2023年(令和5年)12月に新設された綱島街道改札(右側)。左側は北改札(南武線口)や南武線からの乗り換え客用の通路

2019年(令和元年)の台風19号による浸水被害を受け、川崎市は雨水排水対策を抜本的に見直した。被害の主因は、多摩川の水位上昇で排水樋管を閉鎖した結果、市街地に降った雨を河川へ排水できなくなったことによる内水氾濫だった。

このため川崎市は、仮設排水ポンプの増強や排水ルートの改善などの応急対策を実施。さらに、樋管を閉じたままでもポンプで多摩川へ排水できる「ポンプゲート」の整備を進めている。また、山王地区では雨水を別系統へ流すバイパス管を整備し、浸水リスクの低減を図った。加えて、将来の豪雨を見据え、雨水幹線や排水ポンプ場の整備など長期的な治水対策も推進。ハード整備に加え、樋管の運用ルール見直しや情報公開、防災情報の充実などソフト対策も進め、再発防止に取り組んでいる。

台風19号により、停電によるエレベーター停止や断水など、タワーマンション特有の課題が浮き彫りとなったことから、武蔵小杉をはじめとした全国のマンションでは、防災対策の強化が進められている。受変電設備や制御盤への止水対策、防水扉の設置、設備の高所移設の検討など、浸水による機能停止を防ぐ改修などのほか、水害を想定した防災マニュアルや住民の連絡体制を見直すとともに、非常用トイレや飲料水などの備蓄を拡充。さらに、共用部の保険内容や長期修繕計画を見直し、将来の豪雨災害を見据えた設備更新を進める管理組合も増えていると聞く。

また、武蔵小杉駅の混雑問題についても、JR東日本と川崎市が改札口の新設や新ホームの供用を開始したことで、過度な混雑は以前より改善されているようだ。

混雑緩和のために、2023年(令和5年)12月に新設された綱島街道改札(右側)。左側は北改札(南武線口)や南武線からの乗り換え客用の通路右側に見えるのが、2022年(令和4年)12月から供用が開始された下りホーム。当時のJR東日本のリリースでは
「新下りホーム供用開始に伴い、朝の通勤時間帯はこれまでと比べ、約3割程度の混雑緩和が見込まれる」と紹介されている

高層マンション群が次に迎える、「一斉大規模修繕」という難題

交差点近くの薄茶色の建物が川崎市中原区役所。マンションが大きいため、区役所がずいぶん小さく見える。</br>武蔵小杉に建つ多くのタワーマンションが、近いうちに大規模修繕の時期を迎えることとなる交差点近くの薄茶色の建物が川崎市中原区役所。マンションが大きいため、区役所がずいぶん小さく見える。
武蔵小杉に建つ多くのタワーマンションが、近いうちに大規模修繕の時期を迎えることとなる

水害などの課題を克服してきた武蔵小杉だが、未来に向けた次なる難題が目前に迫っている。それは、2000年代後半から一気に建設されたタワーマンション群が、今後順次迎えることとなる「一斉大規模修繕」である。

超高層建築物の修繕は、一般的な中低層マンションとは比較にならない技術的難易度と莫大な費用を伴う。特別な足場組みや高度な施工技術が必要となるため、修繕費用が高額化しやすい。さらに、多くの物件で初期の修繕積立金が低く設定されていたケースもあり、積立金の不足や大幅な値上げを巡る合意形成が大きな壁として立ちはだかる。

武蔵小杉の場合、複数のタワーマンションがほぼ同時期に修繕時期を迎える点も特徴的だ。数千世帯規模の住民が一斉にこの問題に向き合うこととなり、まさに「タワマン社会における修繕問題の先行事例」となる。
また、年月の経過に伴い住民の高齢化や賃貸化が進めば、合意形成はさらに複雑化する。街のブランド価値や住み心地を維持するためには、各管理組合が連携し、ノウハウを共有しながらコミュニティの質を保ち続ける仕組みづくりが不可欠となるだろう。

住みたい街の常連として人気を集める一方、駅の混雑や2019年(令和元年)の台風被害でも注目を集めた武蔵小杉。インターネット上の極端なイメージの陰で、実際の街はどのように歩み、どこへ向かおうとしているのか。工場街からタワマン街への激変の歴史、災害をきっかけに進んだインフラの進化、そしてこれから迎える「一斉大規模修繕」という課題まで、武蔵小杉の真実の姿と未来への展望を紐解いてみたい。現在建設中のタワーマンションも。武蔵小杉の人気は、まだまだ現在進行中のようだ

武蔵小杉の試行錯誤が描く「これからの都市モデル」

南武線沿線の内陸の工場街から、首都圏を代表する高層都市へと劇的な変貌を遂げた武蔵小杉。その歩みは、日本の急激な都市再開発がもたらした「光と影」の縮図そのものであるように感じる。

都市の急拡大に伴う混雑やインフラの悲鳴、そして自然災害による停電など、この街は常に新しい課題に突き当たってきた。しかし武蔵小杉の強みは、行政・住民・事業者が一体となって、街を補強・改善してきたプロセスにある。
これから迎える「タワマンの一斉大規模修繕」や「老朽化への対応」は、東京都心の湾岸エリアや大阪市内、福岡市など、近年タワーマンションが集積した地域でも、いずれ同様の問題に向き合うことになる可能性が高い。武蔵小杉で起きる出来事は、全国の再開発エリアにとって貴重な先行事例となるのではないだろうか。

武蔵小杉がこの未踏の課題にどう向き合い、持続可能なコミュニティを築いていくか。その試行錯誤のプロセスこそが、今後の日本の都市計画や不動産市場における貴重な道標となるはずだ。この街の歩みは、これからも多くの人々が注目すべき都市のケーススタディであり続けるように思う。

府中街道、中原街道、綱島街道などの幹線道路が近くを走るなど、</br>鉄道だけでなく車でも色々な場所へのアクセスの良さも武蔵小杉の大きな魅力だ府中街道、中原街道、綱島街道などの幹線道路が近くを走るなど、
鉄道だけでなく車でも色々な場所へのアクセスの良さも武蔵小杉の大きな魅力だ