「民泊新法」施行の背景

「車屋敷」ホストの西田和哉さん。学生時代に泊まったゲストハウスに感動し、自分もゲストハウス開設を目指し活動中。その第一歩として、まずは民泊の運営から始めた「車屋敷」ホストの西田和哉さん。学生時代に泊まったゲストハウスに感動し、自分もゲストハウス開設を目指し活動中。その第一歩として、まずは民泊の運営から始めた

増え続けるインバウンド人口に対する宿泊施設不足を補うため、一般の住居を宿泊用に貸し出す「民泊」が注目されている。不動産オーナーにとっては空き部屋を貸し出すことができるチャンスでもあり、ある民泊仲介運営サイトに登録された全国の民泊は、一時は約6万戸にものぼった。

一方で、これまでの民泊には明確なルールが設けられておらず、集合住宅などで勝手に宿泊場所を提供していたり、宿泊客のマナーに苦情が出たりと問題も多かった。そこで2018年6月15日、安心して利用できる施設を増やすべく、旅館業法の改正とともに「住宅宿泊事業法(民泊新法)」が施行され、民泊のルールが設けられた。

そんな動きの中、民泊申請を完了させたのが、奥多摩で空き家を借りて民泊「車屋敷」を運営している西田和哉さんだ。これから空き家を利用して民泊を始めたい人、今まさに申請を進めている人にとってハードルとなる部分や、奥多摩という場所で民泊を運営する理由についてお話を伺った。

賃貸での民泊開設、最大のハードルは家主

「車屋敷」は、東京都奥多摩町鳩ノ巣駅にある、築40年弱の空き家を活用した民泊だ。元は別荘として使われていたそうで、1階にリビングと風呂やトイレ、2階には8畳の和室と6畳の洋室がある。受け入れ人数は部屋貸しの場合で3人、貸し切りで6人だ。

「激戦区の観光地よりも、東京の郊外で始めたいと思って、実家にも近い奥多摩エリアで物件を探し始めました。しかしこの辺りには不動産会社が少なく、条件に合う物件が見つからない。自分の足で歩き回って、空き家を見つければ地元の人に『この家のことご存知ですか?』と聞き込みをする…その繰り返しでしたね」

奥多摩エリアには、空き家自体はたくさんあるという。ただ、あまりに古すぎたり狭すぎたりして民泊に向かなかったり、家主に連絡がつかなかったり、例え連絡がついても「仏壇があるから」「年に数回帰ることがあるから」などの理由で、貸してもらえなかったりすることが多いそうだ。
西田さんの場合は、たまたま知り合いから鳩ノ巣駅周辺に詳しい人を紹介してもらい、現在の物件にたどり着いた。幸い家主にすぐに連絡がつき、そこからはとんとん拍子で話が進んだという。

「この物件の家主は民泊利用を快く許可してくれ、改装も好きにしていい、原状回復の必要もないと言ってくれたんです。ありがたい限りでした」

民泊申請の一番のハードルはこの「家主の許可」であると、西田さんは言う。

「民泊新法では、借家で民泊を営業する場合は家主の許可が必須です。書類集めは時間とお金をかければなんとかなりますが、オーナーの許可だけはどうしようもない。物件を借りて民泊を始める場合、ここが最も難しい点ではないでしょうか」

(上左)外国人の宿泊客はほとんど和室を選択するそう。<br>日本らしい暮らしを楽しみたい人が多いようだ(上右)和室の天井、(下右)洋室の天井。天井は部屋ごとにデザインが異なり、家主のこだわりを感じられる<br>(下左)室内は落ち着いたインテリアで統一されている(上左)外国人の宿泊客はほとんど和室を選択するそう。
日本らしい暮らしを楽しみたい人が多いようだ(上右)和室の天井、(下右)洋室の天井。天井は部屋ごとにデザインが異なり、家主のこだわりを感じられる
(下左)室内は落ち着いたインテリアで統一されている

都市部の民泊が苦しむ、営業日数制限の影響

「車屋敷」のダイニングキッチン。立派なシステムキッチンにはほとんど手を加えず、ガスコンロのみIHに変更した「車屋敷」のダイニングキッチン。立派なシステムキッチンにはほとんど手を加えず、ガスコンロのみIHに変更した

物件を借りたら、次は改修である。車屋敷の場合、建物の状態が非常に良く、大規模な改修は不要だった。室内で行ったのは床の張替えと壁の塗装、家具の新調のみ。雑草が伸び放題だった庭は、草を抜き、玉砂利を敷いた。毎日作業ができるわけではなかったので、完了まで3ヶ月ほどかかったそうだ。

「かかった費用は、家具を含めても70万円程度。床はDIYが得意な地元の知り合いに依頼し、庭は人数が必要だったので友人に呼び掛けて手伝ってもらいました。水回りはきれいだったので、そのまま使用できています」

空き家を活用するとなると、このようにそのまま使えるケースは少ない。場合によっては補修では済まず、設備の刷新なども含めた改修が必要になる。内装を整えるのにどれくらいの費用がかかるのかも物件選びのポイントになりそうだ。

「通常、空き家を探してきれいにリノベーションして…となると、この程度の金額では済まないでしょう。加えて家賃がかかるわけですから、空き家活用の一環として民泊を運営したくても、物件の状態や立地によってはなかなか難しいと思います」

さらに民泊新法では、営業日数に年間180日以下という制限が設けられており、これも一部の民泊ホストにとっては悩みの種だ。自治体によってさらに引き下げることもでき、特に住居専用地域ではより厳しく制限されるケースがある。
例えば京都では、一部の民泊を除き、閑散期である1~3月の60日間に営業を限定している。都内でも、新宿区の場合は月曜正午~金曜正午までの、渋谷区では春・夏・冬休み以外の営業が禁止されている。

「都市部は家賃も高いので、営業日数の制限があると、家賃と改修費用をペイできず、事業として考えるのは厳しいかもしれません。僕の場合、小規模に運営しているうえ、フリーランスでウェブ制作の仕事もしているので、あまり問題ないですね。民泊の営業日は自分で調節できるので、フリーで仕事をしている人にとっては働きやすい環境だと思います」

民泊申請の際には、各自治体の決まりにも従う必要がある。民泊を収入源の一つとして考える場合、こうした地域ごとの事情も考慮に入れ、物件を選ぶ必要があるだろう。

民泊ホストに求められること

庭では、宿泊客がバーベキューなどを楽しむことができる。西田さんも輪に加わることもあり、コミュニケーションの場となっている庭では、宿泊客がバーベキューなどを楽しむことができる。西田さんも輪に加わることもあり、コミュニケーションの場となっている

民泊の主な利用者は外国人旅行者というイメージがある。車屋敷も「今のところ利用者の約7割がインバウンド」だという。そんな民泊のホストに求められるのは、どのようなことなのだろうか。

「当たり前のことですが、清潔さを保つことと、円滑なコミュニケーションでしょうか。コミュニケーションという意味では、インバウンドの予約メールはほとんどが英語ですし、施設の使い方を説明したりするので、日常会話程度の英語ができないと難しいかもしれません。
自分なりに工夫しているのは、宿泊前に近隣の観光地リストを送ること。日本人ならインターネットですぐに近隣の観光地を調べられますが、外国の人が日本に来て、観光地を見つけるのは難しいはず。そこで、ここに来てから困らないよう、あらかじめリストを作って渡しています。よく問題になっている、マナーの悪いお客さんはいないですね。皆さん、想像以上に日本のマナーをよく知っています」

西田さんによれば、奥多摩まで来るのは何度か日本に来たことがあるリピーターが多いそう。そのため、比較的日本文化に慣れているのかもしれない。

奥多摩エリアの魅力

ところで、車屋敷のある鳩ノ巣は、近隣の御嶽や奥多摩に比べると乗降客の少ない静かな駅だ。たまたま空き家が見つかったとはいえ、ここに民泊を開こうと決めたのはなぜだろうか。

「鳩ノ巣には鳩ノ巣渓谷という有名な渓谷があり、駅を降りてすぐに自然を感じてもらえるのが魅力です。都心からのアクセスがよく、御嶽の山や渓谷、奥多摩にも近いため、実は非常に良い立地だと思うんですよね」

静かな環境を求めてやってくる都内在住の外国人や、登山の前泊として活用する日本人もいるのだそう。各々の観光スタイルに合わせ、民泊を選ぶ人も増えているようだ。

ゆくゆくは奥多摩にゲストハウスを開設すべく、民泊で経験を積んでいる西田さん。現在、物件探しの真っ最中だ。

「奥多摩駅の周辺にある昔ながらの旅館は、Booking.comなど海外の人が使うサイトに掲載されておらず、インバウンドにはリーチできていません。ひとり旅行者が手軽に泊まれる宿が少ないということもあり、ゲストハウスの需要はあるのではないかと考えています。また、奥多摩エリアには様々な観光地があるのに、上手に情報発信できていないとも感じています。これから自分自身も奥多摩の情報を発信し、エリア全体の価値を高めつつ、ゲストハウスの開設を目指していきたいですね」

申請のハードルの高さが取り沙汰され、何かとマイナスの話題も多い民泊だが、都市部から少し離れたエリアに目を向けてみると、開設・運営しやすい穴場もありそうだ。空き家を民泊として活用するには、視野を広げて物件を探してみることが第一歩になるのかもしれない。

車屋敷に向かう途中の橋からは、渓谷の絶景が楽しめる車屋敷に向かう途中の橋からは、渓谷の絶景が楽しめる

2018年 10月04日 11時05分