椿邦司さんとのたまたまご縁で始まった空き家対策のプロジェクト

千葉県北部にある発酵の町で知られる神崎町。そこに築50年の古家を修繕して、田舎体験のイベントや宿泊もできる「椿ハウス」がある。
この建物がきっかけで、地域で古民家の注目が高まり、椿ハウスを運営する椿邦司さんは、近隣エリアの古民家再生も手掛けるようになった。さらに椿さんは一般社団法人国際里山文化協会を立ち上げ、エリア全体で活性化しようと取り組んでいる。

椿さんは、もともと神崎町の出身で現在は都内の北区に暮らし、地元で区議会議員を3期務めている。本業は、日本家屋や茶室の設計を得意とする建築家で、裏千家の茶道を30年以上続け、茶室には造詣が深い。海外暮らしの経験から、日本文化を発信したいという想いが強く、最近は、スーツケースに入る折り畳み式の茶室を開発して、「禅庵」という名前で、ニューヨークの美術館で展示されている。実際に今年の春にニューヨークの国連本部でそれを活用した平和をテーマにした茶会を開いたほどだ。

さて、椿ハウスの誕生のきっかけは、神崎町の実家すぐ近くに空き家があり、程度が良く壊してしまうのはもったいない古家があった。空き家対策や居場所づくり、また、日本の文化発信に古民家再生は重要だと考えていた椿さんは、買い取って何とかしてほしいと前の持ち主から相談があったこともあり、意を決し古民家再生を始めることになった。

椿ハウスで目指したのは、ここを拠点に日本の文化を体験でき、また故郷がない人にここへ来てもらい、田舎のおばあちゃん家に行ったような一緒に気楽に過ごせるような雰囲気づくりを目指すことだ、と当時を振り返る。

椿ハウスの外観、この上総界隈では農家にある一般的な設計だ椿ハウスの外観、この上総界隈では農家にある一般的な設計だ

古民家再生への道のりで、建物へ魂を入れることを大切にした

椿さんは最初、古家の室内が荒れ果てていたこともあり、これを見た瞬間、絶対に一人ではできないと感じたそうだ。そこでフェイスブックで「古民家再生を一緒にしませんか?」と呼びかけたところ、集まってくれたメンバーが多くいた。

一番目の作業は、まずは清掃。建物の中を片づけ、廃棄するなりした。さらに雑草だらけの庭をみんなで整備。それから椿さんが建築家としての鑑定をして、どの程度の大工仕事による修繕が必要かを割り出し、実際、柱等の構造に問題はなかったので、畳や襖の張替で賄えることがわかったという。

2015年の9月のオープニングでは、手伝ってもらった仲間、近隣の住民、町長など、地元のキーパーソンも参加してもらった。また椿さんの都内在住の外国人の友人も招待して、日本文化を体験してもらう場にした。オープニング・セレモニーでは、建物に魂を入れてもらうため、地元の神主さんに祈祷をしてもらい、さらに笙の演奏、石草流による生け花等、イベントを彩った。また、椿さんがブライド オブ ザ ワールド ジャパンというモデルコンテストに関わっている縁もあり、若い女性モデルも数人参加した。

地元の有力者や外国人、さらにクリエーターや若い女性等、幅広い参加者がいることによって、この建物が、誰にでも開かれた空間であることを印象付けようと、セレモニーでは気を使ったそうだ。

オープニングセレモニーでの笙の演奏と石草流の家元による生け花を披露オープニングセレモニーでの笙の演奏と石草流の家元による生け花を披露

季節ごとのイベントは、日本文化の発信となる

オープンしてから、椿さんは毎月のようにイベントを開催している。自身で、2年間は「椿ハウス」に関わると決め、実行してきた。ハウスの雰囲気をどう作っていくかで、その後のブランディングに左右すると考えたからだ。

日本には春夏秋冬があり、その時期ごとのイベントがある。椿ハウスでは、季節ごとのイベントを中心に開催した。
例えば、雛祭り。いらなくなった人形を譲り受け、大広間に飾ってみたのだ。最近の家庭ではやらなくなったところが多く、雛壇を飾るだけでも盛り上がりをみせた。

春はタケノコ取りや田植え会を実施。田植え体験には、80人もの参加者がいたそうだ。終わった後に、みんなで食事をすることも大事にしていている。かつては大家族が当り前だった食卓……その当時の体験にもなる。また夏は流し素麺。近所に竹藪がありそれを切り出して麺を流すのだ。秋はバーベキュー会や稲刈り体験を開催。また11月23日には新嘗祭をして、干してある刈った稲をしめ縄にした。先生を呼んでしめ縄づくりを伝授してもらい、終わった後は、餅つき体験をして、1年の収穫を祝った。さらに新年には初釜をして、外国人の女性にお点前をしてもらい、新年かくし芸大会も開催した。

このように、昔は多くあった季節の行事は、今では新鮮なイベントになっていて、外国人の方々にも、良い体験となっているようだ。

田植え会での椿ハウスの仕掛け人、椿邦司さん田植え会での椿ハウスの仕掛け人、椿邦司さん

イベント利用者のみんなで、祭りの復活や新しい景観づくり!

饅頭づくりで焼き印に挑戦する参加者饅頭づくりで焼き印に挑戦する参加者

椿ハウスがある毛成地区というこの集落には、「饅頭不動」がある。昔から饅頭をお供えするという儀式をやっていたが、後継者不足で途絶えていた。それを椿さんのお母さんが中心になって復活することにして、饅頭づくりのイベントをした。みんなで饅頭のあんこや皮づくりはもちろん、焼き印をしたり、販売できるようにデザインも整えた。

また、椿ハウスの正面に、誰も管理していない雑木林があった。村の人は誰も管理していないので、地元の所有者に草刈りして使わせてほしいと打診したところ、借り受けることができた。活用するアイディアをみんなで考えて、草刈りをして桜の森をつくるプロジェクトを立ち上げた。フェイスブック等のインターネットで告知して、1本1万円の桜オーナーを募集したところ、36人の応募があり、さっそく小さな桜の苗木を植える植樹祭をした。

椿ハウスの活用はイベント中心だが、今後は民泊等、宿泊施設としての運営も重要だと椿さんはいう。イベントよりも宿利用は単価が高いことから、地域にお金が回り、建物のメンテナンス費用の捻出にもつながるからだ。

塙ハウス、茶室の再生等、古民家再生は点から面へ

このような古民家を軸にした活動をしていたところ、近隣からの物件活用の相談が増えたという椿さん。古民家のオーナーから、空き家になっているので、何とかしたいという話だ。

その相談から実際に立ち上がったのが、塙ハウス。
これは香取市の加藤洲という水郷地帯にあるもともと米問屋だった家で、明治初期に建築された母屋(和洋室計10部屋)と米蔵からなる。米問屋を営んでいたが、後継者が居なくなり空き家になっていたが、2018年2月に交流スペースとしてオープンした。

さらに銚子屋という割烹旅館が潮来市にあり、昨年暮れに女将さんから維持ができないので茅葺き茶室を解体したいとの話があり、その前に椿さんに見てほしいいとの話が舞い込んできた。それは霞ヶ浦の湖畔に残っている茶室で、20年間誰も使っていなかったが、文化的な価値が高いことがわかっている。この得月庵というその茶室は、もとは京都出身の政治家・芦田均元首相が持っていた茶室で、先代女将の夫のつてにより、50年以上前に京都から現在の場所へ移築されたという。ここは、夕日の眺めが素晴らしい。椿さんが管理を任され早速得月庵を改装し、今年4月にオープニング記念茶会を開催した。

さらに近隣の佐原では、蔵を改装して、忍者・手裏剣バーへの再生のサポートもスタートさせた。このように椿ハウスから始まった古民家再生は、点から面に発展し、神崎町、佐原、潮来、北総水郷エリアのムーブメントになりつつある。すでに現在、相談中の物件もあるそうだ。

外国人観光客には、古民家に関心が高く、インバウンドのきっかけになると、今後の展開に椿さんは期待を寄せている。

霞ケ浦の夕日をのぞめる茅葺き屋根の茶室を修繕した霞ケ浦の夕日をのぞめる茅葺き屋根の茶室を修繕した

2018年 09月05日 11時05分