地元へ愛着をもつきっかけとしての「地域コミュニティ」

「セシーズ・イシイ7」のオーナーである株式会社南荘石井事務所 代表取締役 石井秀和さん「セシーズ・イシイ7」のオーナーである株式会社南荘石井事務所 代表取締役 石井秀和さん

地元飲食店で地域の人と話したり、地域イベントに参加するなど、地元住民との交流は、新しい地域で新生活を始める人にとって地元への愛着を持つきっかけの一つであろう。
地域コミュニティの形成は、住まい心地だけでなく、災害時の助け合いなど、地域自治という観点からも改めてその重要性が見直されている。
しかし、隣の住人の顔を知らないことも珍しくない都市部の集合住宅の居住者にとっては、同じマンションに住む居住者同士はもちろん、地域住人と交流する機会はそう多くないのではないだろうか。

そんな中、川崎市武蔵新城の賃貸マンション「セシーズ・イシイ7」に、マンションの入居者同士や、地域住民との交流を目的としたコミュニティスペース「パサール新城」がオープンした。
それまで駐車場や倉庫として利用していたマンション1階の共有部分を改修し、オーナー直営のカフェをはじめとする店舗スペースと、地域に開放される広場としてリノベーションしたのだ。

2016年1月24日、この「パサール新城」のオープニングイベントが開催され、共有部分が一般公開された。「セシーズ・イシイ7」オーナーである株式会社南荘石井事務所 代表取締役の石井秀和さんと、今回のリノベーション設計を担当した一人である株式会社ブルースタジオの野田京子さんに、「パサール新城」に対する想いを伺った。

住民同士の交流で、このまちを好きになって欲しいというオーナーの想い

オープニングイベントでは、「武蔵新城の手づくり暮らし」をテーマに、総勢15店舗によるマルシェが開催されたオープニングイベントでは、「武蔵新城の手づくり暮らし」をテーマに、総勢15店舗によるマルシェが開催された

「近隣にファミリー向けの分譲マンションが建ちはじめ、新しい住人が増えてきました。そうした新しい人たちには、地域に古くから住む人と交流することで、よりこのまちに慣れ親しみ、好きになって欲しいんです。
また、このセシーズ・イシイ7に住む居住者のほとんどが単身の入居者です。仕事から帰ってきてすぐ部屋に戻ってしまう状況を変えるため、マンションの住人や、この地域の人と接する場所があることで、より豊かな生活を提供できるのでは、という大家としての想いもありました」と語る石井さん。
これまで「セシーズ・イシイ7」を含む所有賃貸物件に、入居前に壁や床などの改修が可能なカスタマイズ賃貸を提供してきた石井さん。居住者が行うDIYのサポートなどを通じて、マンション入居者にとって大家が身近な存在になれるよう心がけていたという。

「大家を続ける中で、『もっと地域に知り合いが欲しい』という、居住者のまちに対しての本音を聞くことができました。"地域の人と触れ合い、もっとまちを楽しみたい"と考えているにも関わらず、交流する場所がないのはもったいないことだと思いました。そこで、マンションの1階に居住者や地域の人が気軽に立ち寄ることのできるカフェを作ろうと思ったんです」。

この日のオープニングパーティーには、地元商店街の飲食店や雑貨店を中心に、総勢15店舗によるマルシェが開催された。マルシェに出店した人々は、皆、「人と地域をつなげたい」という石井さんの想いに賛同し、参加してくれた方ばかりだという。
「実は、過去に商店街の飲食店にお願いして、住民同士が交流できる空間を作ろうという構想はありました。また、地元飲食店にヒアリングを通じてわかったのは、このまちを盛り上げようと何かやりたいとは思うけどリーダーシップを発揮する存在がいなく、実現に至っていないということでした。そういった意味からも、このパサール新城ができただけでも一歩前進しました」。

「パサール新城」は、武蔵新城をより暮らしやすいまちにしていきたいという石井さんの、地元住民として、大家としての想いの、一つの形といえるのではないだろうか。

敷地内に人を誘い、たたずめる空間を目指した設計者の想い

「入居者とまちの人々との接点となる存在になりたい」という想いを汲み取り、「セシーズ・イシイ7」の玄関部分、共有部分のリノベーションを担当したのが株式会社ブルースタジオである。今回設計を担当した一人でもある野田京子さんに話を伺った。

「今回の設計では、”敷地内に人を誘う動線”を心がけました。できるだけ地域の方々が気軽に入ってこられるように、私道にも関わらず黒いアスファルトの歩道となっていた敷地前のスペースを1mほど拡張し、温かい色味にすることで開放感のあるスペースにしました」と語り、外からの踏み込みやすさだけでなく、共有部分に関しても、居住者同士が交流しやすくなるよう様々な工夫がされている。

また、敷地内の部分に関しては、居心地の良さにこだわったという。
「これまで薄暗く冷たい印象だった空間は、駐車場と共有部分を分断していた金属柵と、吹き抜けを覆っていたアーケードを取り払い、”開放感”と”光”を取り込みました。また、今後は植栽も取り入れることで、居住者や地域の人を含め、この広場が利用するみなさんにとって”たたずめる空間”になればと思います」(野田さん)

セシーズ・イシイ7の全面部分。黒いアスファルトで覆われていた建物前が、車道の直前まで温かい色に舗装しなおした、<br />敷地内に気軽に踏み込みやすい開放的なスペースに生まれ変わったセシーズ・イシイ7の全面部分。黒いアスファルトで覆われていた建物前が、車道の直前まで温かい色に舗装しなおした、
敷地内に気軽に踏み込みやすい開放的なスペースに生まれ変わった

今も昔も変わらない、都市に存在する広場の意味とは

女性を中心に開催されたワークショップでは、育児のコミュニティスペースや趣味の交流スペースとしての活用など様々な案が発表された女性を中心に開催されたワークショップでは、育児のコミュニティスペースや趣味の交流スペースとしての活用など様々な案が発表された

「私自身、マンションの空室を埋めようということよりも、いかに居住者と地元住人が楽しく、豊かな暮らしができるかということを考えるようにしています。この武蔵新城というエリアが、より住み心地の良いまちになるように、地域の皆さんと一緒にこの広場の有効な活用方法を考えていきたいんです。まずはこのパサール新城を、まちの案内所としても使ってほしい」と石井さん。

パサール新城では、広場をより有効に活用するため、入居者や地域住民、また石井さんと同じ大家をしている友人などが集まり、2月に意見交換会が開催された。
その意見交換会では、武蔵新城に住む主婦や子育て中の母親といった女性を中心に20人以上が集まり、グループ別にこの広場の活用方法を発表しあうワークショップがおこなわれた。地域の子育てスペースや、ヨガや着付けといった趣味の交流スペースの活用など、多くの案が発表されたという。

広辞苑によれば、広場とは「ひろびろとひらけた場所。また、町の中で、集会・遊歩などができるように広くあけてある場所。」とあり、その歴史は古い。古代ギリシャでは、市民の集会や民会が行なわれるアゴラと呼ばれる広場の存在が必要不可欠だった。政治、文化活動、経済の拠点として機能し、アゴラを中心に様々な情報交換を行っていたという。
まさに、武蔵新城というまちの中にひらけたこの広場は、武蔵新城の住人にとって住民の交流や地域の課題解決に向けた話し合いがされるなど、生活の中心としての拠点として活用され始めている。

都市に生きる人々にとって"広場"は、他人同士が集まり、その土地に共生していくために直接的なコミュニケーションを取っていく場所である。今も昔も、都市やまちにおける"広場"の機能は変わっていないのかもしれない。

2016年 04月03日 11時35分