施工中から入居申し込みが入り、物件が完成したときには満室に

近年、さまざまな「コンセプト型賃貸住宅」が誕生しているなか、今回紹介するのは「音楽マンション」。楽器演奏愛好家向けの賃貸マンションで、越野建設株式会社(東京都北区)が手がけている。2012年3月に第1号物件の「アダージョ王子」(東京都北区)が完成して以降、2018年12月までに都内を中心に24棟(約600戸)を展開し、2019年も3月までに新たに4棟が建つ。加えて現在、5棟のプロジェクトが進行中だ。

どの物件も人気が高く、第1号物件は完成してこれまでの7年間の平均入居率は99.3%。他の稼働中の物件も常に満室で、空室が出るのを待つ入居希望者は約500人にもなる。これだけでも驚きだが、施工中の段階から入居申し込みが入るケースが多く、物件が完成した時点では既に満室になっていることも珍しくないという。部屋を見ないで入居を申し込む人も多い「音楽マンション」。自宅で思い立ったときに楽器演奏を満喫できるのが魅力であることはわかるとして、これほどまでの人気の理由は一体、何だろう? 2019年1月末の入居開始に先立って行われた「音楽マンション サクラグラース」(神奈川県川崎市)の完成見学会に取材に出向いた。

越野建設が展開する「音楽マンション」シリーズ。</BR>写真はそのなかのひとつ、「ヴェージュエスコルタ」(東京都北区、2014年2月完成)の一室(1K)越野建設が展開する「音楽マンション」シリーズ。
写真はそのなかのひとつ、「ヴェージュエスコルタ」(東京都北区、2014年2月完成)の一室(1K)

遮音性能を備えた「楽器対応賃貸」は、供給不足が続いている

「音楽マンション サクラグラース」(以下、「サクラグラース」)は、南武線久地駅から徒歩7分の住宅地に建つ3階建てのマンション。全18室(専有面積/30.27m2~49.70m2)で、間取りは2Kが1室、ほかはすべて1Kとなっている。音楽スタジオのような雰囲気の室内をイメージしていたが、クローゼット付きの洋室、キッチンは2口ガスコンロが付いていたり、バス・トイレ・洗面台は別々に設けられていたりと、住み心地がよさそうな新築マンションといった趣。

「快適な居住性を大切にしながらも、私どもが追求するのは“楽器対応賃貸”としての性能です」と話すのは、越野建設 取締役企画開発部長の吉井政勝さん。ちなみに住宅情報サイトなどで「楽器可」「楽器相談可」としている賃貸物件も多く見かけるが、そのすべてが防音(遮音)対策のなされた物件とは限らない。募集条件で「楽器を弾いてもよい」となっていても防音対策をしていない部屋に住んでしまうと、隣近所から「うるさい!」と苦情がきて、トラブルの原因になるので注意が必要だ。一方、「楽器対応賃貸」は、建物全体、あるいは一部の部屋に防音・遮音対策をほどこしている物件だが、需要に対して供給が追いついていないのが現状という。となれば、この「音楽マンション」は楽器を演奏できる部屋を希望している人にとっては、貴重な物件であると言えそうだ。

どのような性能を備えた楽器対応賃貸なのか? まず、建物の構造は、木造、鉄骨に比べて遮音性能が高い鉄筋コンクリート造。越野建設は明治45(1912)年の創業以来、鉄筋コンクリート造の施工技術を得意としてきた会社で、その強みを活かした物件といえる。こうした躯体を基礎に、各部屋には遮音性能を高める設備が随所に取り込まれている。例えば、遮音ドアや、窓には断熱・防音効果の高い二重サッシ、床は二重床、天井も二重天井といった具合だ。各室にはエアコンの周りに縦長の白い装置が設置されているが、これは遮音換気装置。「換気口から音が漏れやすいので、それを防ぐための装置です」と、吉井さんは言う。

上左から時計回りに遮音換気装置、遮音扉(空気などが外に漏れ出るのを防ぐエアタイト付き)、</BR>調音パネルを設置した室内(写真は居室イメージ)、二重サッシ上左から時計回りに遮音換気装置、遮音扉(空気などが外に漏れ出るのを防ぐエアタイト付き)、
調音パネルを設置した室内(写真は居室イメージ)、二重サッシ

高い遮音性能とともに、音の響きのよさも追求

★上)取材当日、プロのバイオリン奏者がモデルルームで演奏。玄関や隣室から音漏れをチェックしたが、ほとんど聞こえない。ちなみに「音楽マンション」で演奏OKの楽器はピアノから弦楽器、管楽器、琴や三味線まで幅広い。打楽器は不可(振動として周囲に伝わるため)</BR>★下)「サクラグラース」の居室(10帖)。両側の壁面には、付けなげしがほどこされている★上)取材当日、プロのバイオリン奏者がモデルルームで演奏。玄関や隣室から音漏れをチェックしたが、ほとんど聞こえない。ちなみに「音楽マンション」で演奏OKの楽器はピアノから弦楽器、管楽器、琴や三味線まで幅広い。打楽器は不可(振動として周囲に伝わるため)
★下)「サクラグラース」の居室(10帖)。両側の壁面には、付けなげしがほどこされている

このような技術を取り入れた結果、60dB(デシベル)の音を遮ることが可能になっている。

「ピアノの演奏音は約90デシベルといわれています。60デシベルの遮音性能をもつ『音楽マンション』の一室で演奏した場合、隣の部屋で聞こえる音は約30デシベル以下に抑えることができるわけです。30デシベルの音とは、深夜の住宅地と同じ程度の静けさになります」(吉井さん)

この性能は、日本建築学会の指針(建築物の遮音性能基準)では最高位の特級に該当するという。そこで、その性能の高さを確かめるべく、取材当日、「サクラグラース」のモデルルームで遮音を体感させていただいた。室内で演奏者がバイオリンを弾いているとき、玄関ドアを閉めて通路に出ると、ほとんど音が聞こえないことに驚いた。隣の部屋に移り、壁に耳をあててみても、よほど耳をそばだてない限りは聞こえてこない。

遮音性能のほか、特筆したいのは、楽器の弾き心地を考慮した空間づくりがなされていること。

「楽器を演奏される方は自分がどんな音を出しているのか、響き具合を確かめながら練習しています。そのため、一般の防音室のように天井に音が跳ね返ったりせず、また残響が残りすぎないようにと、吸音機能を取り入れた設計がなされています」(吉井さん)

こうした基本設計に加え、物件によっては音の響きをコントロールする調音パネルといった設備を備えている。「サクラグラース」の場合、部屋の壁面に配された付けなげしがポイント。

「付けなげしには洋服掛けに使えるという実用性もありますが、洋服には吸音の効果が期待できます。入居者さんのお好みに応じて洋服を掛けていただき、音の響きを調整していただければ、と思います」(吉井さん)

リーズナブルな家賃設定は、物件オーナーにもメリットをもたらす

このように楽器演奏に思い切り浸れる「サクラグラース」。月々の家賃は1Kで8万2,000円~8万6,000円、2Kは10万8,000円で、家賃のほか、毎月、共益費3,000円がかかる。思っていたよりも高額ではない。リーズナブルな家賃設定、これも「音楽マンション」の魅力だ。

「より遮音性能を極めることも可能ですが、工事費や維持費などがかかり、それを回収するには家賃を上げなければなりません。しかし、いくら機能性を高めても家賃が高くなってしまうと、一般的な収入の方は住めません。そこで私どもでは、そのエリアの相場にプラスして約1万円を基準に家賃を設定しています。このプラス約1万円分というのは、入居者さんに趣味の音楽のために出していただく金額と、私どもでは捉えています。これなら高すぎることはなく、入居者さんが無理なく支払っていける家賃なので、長く住めるでしょう。それは物件のオーナーさんにとっても大きな魅力です。入居希望者が集まりやすく、空室もほとんどなく運営できるのです」(吉井さん)

越野建設が「音楽マンション」の事業を始めるきっかけをつくったのも、同社の地元、北区のある地主だった。「所有する土地を有効活用して、音大生向けの賃貸マンションを建てたい」と相談をもちかけられたのだ。越野建設は北区の区役所や学校といった公共建築物から、オフィスビル、住宅、賃貸マンションまで幅広く手がけ、音楽ホールを含む複合施設「北とぴあ」などの施工実績もあることから声がかかったという。

「リサーチをしてみたら建設予定地の近くに音大があるわけではなく、音大生だけにターゲットを絞るのは難しいとわかりました。その一方で、楽器演奏を趣味にしている社会人は意外と多いという発見もありました。音大出身者のみならず、学生時代に学内オーケストラや音楽サークルで活動していて、社会人になってもアマチュアオーケストラに所属していたり、仲間と演奏活動をしているといった方たちです。そうした方たちが自宅で近隣に気兼ねなく演奏できる賃貸住宅は少ないので、ニーズがあるだろうと考えました」(吉井さん)

2019年1月末から入居開始の「サクラグラース」。左)キッチンスペース。楽器は湿気を嫌うので、キッチンと居室はひとつづきにせず、ドアで区切って別々にしている。右上は外観、右下は入居者の交流スペースとなるサロン(1階)2019年1月末から入居開始の「サクラグラース」。左)キッチンスペース。楽器は湿気を嫌うので、キッチンと居室はひとつづきにせず、ドアで区切って別々にしている。右上は外観、右下は入居者の交流スペースとなるサロン(1階)

入居者の8割を占めるのは社会人、なかにはプロの音楽家も

越野建設の取締役企画開発部長の吉井政勝さん(左)と、企画開発部マーケティングチームマネージャーで広報担当の土屋貴之さん(右)越野建設の取締役企画開発部長の吉井政勝さん(左)と、企画開発部マーケティングチームマネージャーで広報担当の土屋貴之さん(右)

こうした経緯で誕生した「音楽マンション」。事前リサーチから得た予測は的中し、現在稼働している物件の入居者のおよそ8割を占めるのは社会人だ。残りの2割が学生で、その半数が東京芸術大学の学生。

入居者の男女比は半々だ。演奏する楽器で最も多いのはピアノ(電子ピアノ含む)で、バイオリン、アコースティックギター、フルートと続き、ハープやバグパイプを演奏する人や、楽器ではなく声楽を嗜む人もいる。「仕事から帰宅後も演奏できるので、演奏会の前は助かる」「音の響きが良い」「家賃も手頃」と、入居者に好評だ。交響楽団の演奏者や個人で活動する音楽家、楽器スクールの講師など、プロの音楽家も入居している。

越野建設では入居者を対象に「音楽マンション倶楽部」という会員組織を立ち上げ、アフターフォローにも力を注ぐ。抽選による音楽イベントへの招待、河合楽器製作所など提携企業や地域の飲食店などの優待サービス、入居者がかかわる演奏会情報の発信などを実施し、入居者の満足度を高めている。この「音楽マンション倶楽部」では、入居希望者向けにメール会員も募っていて、空室情報や新規物件情報の配信も行う。「空室情報を告知すると、1週間以内に次の入居者が決まります」と、吉井さん。地方都市の物件オーナーからの引き合いも増えていて、地元の建設会社などと組んでの全国展開を検討しているという。

好きな楽器を演奏できて音楽とともに暮らせる部屋……そんな賃貸住宅が増えることは、音楽愛好家にとっては喜ばしいこと。「今、稼働している音楽マンションの中にはセッションルームがある物件もあり、入居者さん同士の交流も活発です。器楽アンサンブルを結成して楽しんでいる方もいらっしゃいます」と、吉井さん。これからつくられる物件の中からも、楽器演奏を核にしたコミュニティが誕生するかもしれない。今後の展開が楽しみだ。

☆取材協力
越野建設株式会社
http://www.e-koshino.co.jp/index.html

2019年 03月20日 11時00分