法律とのバランスを模索しながら…

許可がおりるまで3年かかったブリッジ許可がおりるまで3年かかったブリッジ

前回、【超高齢化時代の街づくりのヒント?!「医食住」の住まい方を探る~高松丸亀商店街の再開発① 】で高松丸亀商店街の街づくりについて紹介してきたが、今回はその街づくりの裏側でおこなわれてきた法律との戦いについて見てみたい。

街づくりをおこなうために進めた法律との戦いは、12年間に渡った。地権者との合意形成は4年間。合意形成の実に3倍の時間がかかったことになる。通常、街づくりに関して合意形成に時間がかかると言われているが、高松丸亀商店街では合意形成よりも法律との戦いのほうが長かった。

12年間かかった要因として、都市計画法、建築基準法、建築法など…様々な現行法が商店街が目指していた街づくりのハードルになったという。その中でもハードルが高かったのが建築基準法と道路法だった。

それぞれの現行法との問題

様々な法律との戦いがあった高松丸亀商店街だが、今回は主に道路法と建築基準法での事例を見てみよう。
まずは高松丸亀商店街にあるビルが空中階で結ばれているブリッジ。

「市の道路を挟んで東西ビルの開発を進めましたが、回遊性やコストダウン、そして高波などで上に逃げられる動線を確保するためにビル同士をつなげる空中階でのブリッジが必要でした。ブリッジができると全てのビルにエレベーターやエスカレーターを設置しなくても済み、全体の半分のコストで済みます。そのためにブリッジが必要でしたが、通常であれば許可はでません」(高松中央商店街振興組合連合会 理事長 古川康造氏)

高松丸亀中央商店街がとった行動は、まず再開発特区の申請を行い国の建築基準審査会で審査を受けた。そして国から認定を受けてそれを背景に自治体と交渉をしたという。古川氏曰く、法律は実は柔軟とのことだ。日本は南北が細長く温度も湿度も土地によって異なる。そうした中で一つの法律で縛るのは難しく、だからこそ自治体の存在が重要だという。
1つのブリッジは約8m。このブリッジに関することでも約3年かかったものの、こうした柔軟性のある法律と折り合いがつき無事認可がおりたのである。

続いては道路法での事例を見てみよう。商店街のメインストリートを見てみると、写真のように高松丸亀商店街の市道には、ベンチや植栽が置いてある。

通常なら持ち運びできるベンチや植栽だが、実はベンチは道路にアンカーで打ち付けたものであり植栽は道路の真ん中に埋まっている。通常、市道にアンカーで打ち付けることは法律的に不可能だ。

では何故こうしたことが可能になったのだろうか?実は所有者の土地を敢えてセットバックしてその土地を無償で市に差し出すという方法がここでは採られている。道路幅を広げる場合、市が民間から土地を地上げするのが普通だが、市からではなく民間から差し出すという行動に出たのだ。その互いに折り合いをつけてWin-Winとなることで、自治体の道路管理者の認可もおり、こうしたアンカーでの打ち付けが実現したという。

最後に建築基準法での事例もみよう。商店街を覆うアーケード。
通常、建物から独立して橋脚は建物から離れていないといけない。しかし、高松丸亀商店街のアーケードは建物の上にのっていて、本来なら完全な違法建築。のっている時点でビルの屋根と認識されてしまうが、自治体の建築指導の人からの認可を受けて許可がおりた。

このように法との戦いは長期間にわったものの、実現できた大きな要素として「土地」と古川氏は答える。

道路上にある破線が本来の地権者の土地。市道に植栽やアンカーで打ち付けられたベンチが設置されている道路上にある破線が本来の地権者の土地。市道に植栽やアンカーで打ち付けられたベンチが設置されている

最大の障害は?解決するべきことは実は土地問題

現在、コンパクトシティなど中心部の集積・再生化を図る行政だが、その再生がなかなか進まない大きな要因が土地だという。土地はそれぞれ個人の既得権で守られており、例えシャッター商店街になろうとも、所有者が空き家で放置したり、空き地にしたり…と何をするのも個人所有の判断に任されている。都市計画上の問題だからと言っても既得権に守られた土地に言及することはできない。財産権の侵害になってしまう。

そうした中で高松丸亀商店街がこうした街づくりができた要因は、地権者106名が所有権はそのまま手放さずに利用権だけ限定で60年一斉に放棄することに合意が得られたことだという。その上で、地権者達が街づくり会社を建てて、全ての意思決定を会社に任せた。そのため、こうした再開発事業を次々とおこなえるのだ。

行政主導の民間参加型の街づくりではなく、民間主導の行政参加型の街づくり。官民連携という言葉は、本来はこういうものかもしれない。

循環できる住まいに

アーケードに沿うようにあるマンションアーケードに沿うようにあるマンション

土地に絡めて住まいについてもふれておきたい。商店街の土地は利用権だけ限定したものなので、商店街沿いに開発されるマンションも定期借地権のマンションである。しかし既に販売した400戸のマンションは完売。前回、この住まいと階下に設立された病院についてふれたが、そうしたことからほぼ100%シニア世帯だという。

通常のマンション開発であれば土地を買うところからのコストがかかるが、街づくり会社の管理のもと土地を使えるため、土地は借りる形式をとりイニシャルとして建設費用だけで建設事業を賄えた。通常の3分の1のコストカットにつながったため、マンションの分譲価格にも反映。同じ地域の新築3LDKのマンションの場合3,680万円かかるというが、このマンションではこうした事から同じ新築3LDKで2,000万円以下の価格で販売された。しかし、難点は1つ。定期借地権のマンションのため、銀行でローンが借りにくく現金だけしか売買できないという点だ。そのため、どうしても比較的富裕層が入居する傾向にあったが、古川氏曰く「この結果は僕たちが目指した街づくりとは違う」という。

そのため次に開発予定の200戸のマンションは全て賃貸。サ高住で、部屋のタイプは2LDK、希望では5万円以下に抑えたいとのことだ。これでも土地について代金を考えなくて済むことから、採算がとれるというのは驚きだ。

比較的価格を抑えた部屋であればシニア層だけでなくファミリー層からの需要も考えられるのでは?と思い質問をしてみた。そうしたところ、マーケティング調査やパブリックコメントから、妻帯者で小さなお子さんがいるようなニューファミリー層は「全く街の中で生活したいとは思わない」の回答が圧倒的だったという。地方では結婚したら郊外に戸建てを購入して車で移動してのライフスタイルが確立している。しかし、若い独身者は異なるようだ。街中を望むのは社会的弱者、シニア、学生などの独身者。移動手段が限られている人が街中定住を望む傾向にあるという。

ただ、ニューファミリー層の今後を考えると無視できない存在だという。「その内、ニューファミリー層も高齢化するので、街中に自分達の両親あるいは祖父や祖母が住んでいたマンションに移る、という未来もありうると思います。ただ一過性で終わらずに、循環型のプランを作らないと、今回の日本全国の人口減を乗り切れないと感じます」

コミュニティで生きている街は“再生”できる?

高松中央商店街振興組合連合会 理事長 古川康造氏。総務省では地域力創造アドバイザー、内閣官房ではまちづくり伝道師、経済産業省ではタウンプロデューサーに就任している。国内外で様々な賞も受賞高松中央商店街振興組合連合会 理事長 古川康造氏。総務省では地域力創造アドバイザー、内閣官房ではまちづくり伝道師、経済産業省ではタウンプロデューサーに就任している。国内外で様々な賞も受賞

古川氏はこうした街づくりにおける民と官の関係は“投資関係”にあるという。主に国からの補助金などを受けて、街づくりをおこなう。その街づくりの結果、市への税金でお返しするという仕組みだ。

「補助金を受けたお返しに、税金を納めることで公共に還元しています」

そうした投資が成功する環境として、インフラが出来ていない郊外で新たにつくるよりも、既にインフラ開発が進んでいる中心部を有効活用したほうが合理的だという。郊外で道路を拡げても税収はあがらないが、中心部なら建物の入れ替えによってそれまでほぼ評価がなかった建物に新たな固定資産税が生まれ、自治体も富む。国に投資させて、税金で自治体に返り、自治体から国へまた戻るという循環だ。

高松丸亀商店街の民間も住民も公共もWin-Winとなる取り組みについて様々なところから視察に訪れる人は後をたたない。昨年1万人以上の行政関係者の人が視察した。しかしその一方で視察にほぼ来たことがない層がいるという。全国の商店街関係者だ。

古川氏曰く、土地によって異なるが例えシャッター商店街でも“ある要素”だけ最低限残っていれば復活することは可能だという。それを象徴するものとして古川氏が言うのは「お祭り」。地域のコミュニティが残る場所にはお祭りがある。それさえあれば、再び活性化した商店街になることは夢でないという。しかし、まずは土地問題を何とかして解決しなければ何も進めないのも自明のことといえる。

高松丸亀商店街の今後についても目が離せないが、その一方、全国の商店街が今後どういった動きをするのかも目が離せない。
ただ単に活性化するだけでなく、その土地はどうしたいのか?高松丸亀商店街のようにはっきりとした街の像を描き、結局のところ地権者の人がどうしたいのかが、街の復活化のカギとなると思う。

2015年 07月03日 11時06分