日本一広い村の「復興公営住宅」をレポート

紀伊半島大水害から3年…今なお村内には爪あとが残る紀伊半島大水害から3年…今なお村内には爪あとが残る

2011年9月3日、台風12号による豪雨が奈良県十津川村をおそった。のちに「紀伊半島大水害」と名付けられる豪雨は、土砂崩れと川の氾濫を起こし死者6名・行方不明者6名を出した。その爪あとは、3年経った今でも十津川村に残っている――。

奈良県の最南端、672.35km2ある十津川村は、東京23区よりも広い面積を持つ日本一広い村だ。森林率96%で急しゅんな山に囲まれた地形は“日本の秘境”として知られ、2004年には熊野古道小辺路(こへち)・大峯奥駈道(おおみねおくがけみち)・玉置神社が世界遺産に登録され、世界遺産のある村としても有名だ。主な産業は林業・農業・川魚養殖業だが、日本の林業衰退にともない十津川村の林業も廃れつつある。

今回は、「紀伊半島大水害」の復興公営住宅に100%十津川産の材木をつかい、村の林業復興のきっかけになった家づくりと、森と寄り添って暮らす十津川村の林業復興の道のりを取材した。

年間降水量約2,300mm、急斜面に沿って家を建てる過酷な住環境

1965年に1万人を超えていた十津川村の人口は徐々に減り続けており、現在は3,651人(2015年3月時点)。1960年から外国の木材輸入が自由化され、国内林業の需要が減り林業衰退がはじまったころから人口減少がはじまった。
「紀伊半島大水害」の被災前から村の林業復興が課題だった十津川村は、復興公営住宅を建てるにあたり、林業復興に貢献するため十津川産材の木材で建てることを決める。

「年間降水量約2,300mmと十津川村は非常に雨の多い気候です。山に囲まれた村では、昔から土砂崩れや川の氾濫などの災害に見舞われてきました。今回の復興公営住宅は、十津川村ならではの雨に強い家を見直す意味もありました」と十津川村役場総務課復旧・復興対策室の玉置広之さん。
急しゅんな山の多い十津川村は平地が少ないため、大きな集落は平地に集まり、小さな集落は急斜面に張り付くように家が建っている。十津川村を歩くと、道のすぐ脇から見上げるほどの山が連綿と続く。山のなかに道を“つくらせてもらっている”ような感覚だ。

十津川村ならではの家の特徴として復興公営住宅に取り入れたのが、横殴りの風と雨から壁を保護するための「スバルノフキオロシ」と呼ばれる妻壁の保護機能。現代では高品質な材木により必要性が少なくなっているが、十津川村の古い民家では多く見られる建築様式で、村の風景の一部になっていることから継承した。また、少ない平地に沿った横一列の間取り、雨から壁を守る長い軒下などの特徴を取り入れている。
高齢者のふたり暮らしを想定した平屋モデルは約60m2で建築費は1,100万円、子育てファミリーを想定した2階建てモデルは約85m2で建築費は1,500万円。村の気象条件に合わせた住宅性能を保ちながらも建築価格を抑え、被災者の自立再建住宅や復興公営住宅のモデルとして活用しやすいようにしている。

「設計事務所による民家の調査・十津川大工とのワークショップ・住民ヒアリングなどを行い、住民を巻き込んで村ならではの住宅を考えるプロセスを大切にしました。また、災害後に改めて村内の安全な場所を調査し、北部の谷瀬地区と南部の高森地区に復興公営住宅を集めました。今後は、この住宅を中心に安心安全な集落づくりをめざしていきます」
村の中心を流れる熊野川に沿うように形成された十津川村の集落は、大雨になると洪水の危険性が高まる地域がある。災害時にも安全な集落づくりは、村にとって念願だ。

「復興モデル住宅」2013年第8回地域住宅計画賞(地域住宅計画推進協議会)受賞 「復興公営住宅」2014年住宅学会業績賞(都市住宅学会)受賞、2014年度地域住宅賞(建築研究所すまいづくり表彰)受賞「復興モデル住宅」2013年第8回地域住宅計画賞(地域住宅計画推進協議会)受賞 「復興公営住宅」2014年住宅学会業績賞(都市住宅学会)受賞、2014年度地域住宅賞(建築研究所すまいづくり表彰)受賞

“伐りどき”十津川村の50年生

木材加工センターが2012年に出来てから、十津川材をつかった様々な商品提案が可能になった木材加工センターが2012年に出来てから、十津川材をつかった様々な商品提案が可能になった

十津川村の森林のうち約50%が人工林、その割合は杉:檜=7:3だ。50~60年生に育っている十津川材は伐りどきが来ていて、特に杉の間伐材利用が急がれている。今回の復興公営住宅ではすべての木材が十津川産材でつくられ、間伐材からとれる最大寸法4寸×7寸を主な梁・柱に据え、大黒柱などの伝統的な民家の象徴には檜をつかった。

「2012年に木材加工センターができて、十津川産材をつかった商品の提案がしやすくなりました。間伐材を住宅用の木材に加工して、県外にも販売ができるようになっています。ただ、山が急しゅんで深いため伐採と搬出コストが高いこと、そもそも木を伐って森からおろしてくる体制が整っていないため、搬出量は少ないのが現状です」
この問題を解決するため、村が保有している森林4,000ヘクタールを間伐作業の研修につかう計画があるという。現在の村内の林業従事者は100名程度だが、徐々に若い人が増えているそうだ。
現在、村民・工務店で「十津川郷土(さと)の家ネットワーク」をつくり、森林所有者と販売者・消費者を直接つなぐことでコストを抑えているほか、十津川産材をつかった住宅建築には最大200万円の補助金制度をつくる(※場所は村内に限る)など、官民あげて十津川産材をアピールしている。現在、近畿圏を中心に十津川産材の家が建ちはじめているそうだ。

「現在は住宅材がメインですが、住宅設備や木材関連グッズにも取り組んでいます。木製サッシを商品化し、現在は木の断熱材を開発中です。チップをつかったバイオ発電や杉エキスのアロマオイル、木の家具や雑貨など、“根っこから葉っぱまで”林業の六次産業化を目指して林業復興に取り組んでいます」

“ダム発電の村”としての側面

都心部で恩恵を受けるダムだが、ダムのある村では土砂の堆積による水の濁りや河床の推移上昇などの被害に苦しんでいる都心部で恩恵を受けるダムだが、ダムのある村では土砂の堆積による水の濁りや河床の推移上昇などの被害に苦しんでいる

1959年に十津川村内を縦断する国道168号線の改良工事が竣工し、文字通り“陸の孤島”だった十津川村の交通の便が整った。これにより、ダム建設や地場産業、観光の発展に大きな影響をもたらしている。現在十津川村には、関西エリアの都市圏に電気をおくる「風屋ダム」「二津野ダム」の2つの巨大ダムがあるが、今このダム湖が大きな問題となっている。

「昔のダム湖はもっと澄んだきれいな水色をしていました。今は土砂を取り除く作業が追いつかず、河床に土砂が堆積し続けています。川の水位が上がることで、災害の危険性も高まってしまいます」
杉や檜からなる人工林は天然林に比べて保水力が弱い。さらに、定期的な間伐作業をしていない森林は木の成長が遅く、手入れをしている森林と比べて保水力が弱い。木の手入れをする人材の不足と、木の根を食べる鹿や猪などの鳥獣被害もあり、雨が降ると森林の土砂が大量に川に流れ込んで水位を上げ、土砂崩れや洪水を引き起こす一因になっている。これは、十津川村だけの問題ではなく林業を主要産業とする日本の山間地全体の問題でもある。
さらに、ダムがあると本来なら海まで流れるはずの土砂がダム設備で堰き止められてしまい、ダム湖や河川に土砂が堆積するため、その堆砂処理に苦慮している現状がある。

「壬申の乱」から連綿と続く、森に寄り添う暮らし

都心部には無い風格ある自然――木材だけでなく森林には多様な活用方法が眠っている都心部には無い風格ある自然――木材だけでなく森林には多様な活用方法が眠っている

「少子高齢化で死亡者数が出生数を上まわっているため、村の人口は減り続けています。現在、空き家バンク制度や地域おこし協力隊をつかって移住策に取り組んでいます」と十津川村役場総務課復旧・復興対策室の玉置広之さん。
今までに空き家バンク制度で10名程度の移住者、地域おこし協力隊は2名を受け入れているという。

660年代後半に起きた日本古代最大の内乱戦争「壬申の乱」の際に十津川郷士が出兵し、この戦功により十津川村は税減免措置を受けたという記録がある。十津川村の両脇を貫くように通る熊野古道は、日本書紀にも登場する自然崇拝の地であり、それ以降の日本史の表舞台にもたびたび登場する長い歴史を持つ村だ。

近代、ダム建設や植林による森林の保水力低下によって自然のサイクルが壊れ、十津川村は幾度も災害に見舞われている。しかし、今回十津川村に滞在して感じたのは、はるか昔から連綿とつづく自然に寄り添った暮らしは、簡単には消滅しない力強さだった。私たちが忘れてはいけないのは、何よりもいちばん怖くて厳しいのは自然だということ。十津川村の人々はこれを理解し、行政と住民が密接に関わり、森林資源をいかした村の未来に取り組んでいた。
安倍政権の大きなテーマである地方創生は“日本の秘境”十津川村に届くのか――今後に注目だ。

2015年 03月30日 11時06分