地域を支える川越市のサポート体制とは

川越を象徴する「時の鐘」。1627年から1634年(寛永4年から11年)の間に川越城主酒井忠勝が、城下多賀町に建てたといわれるもの。現在の鐘楼は、1893年(明治26年)に起きた川越大火の翌年に再建されたもの。創建された江戸時代の初期から、暮らしに欠かせない「時」を告げてきた川越のシンボルだ川越を象徴する「時の鐘」。1627年から1634年(寛永4年から11年)の間に川越城主酒井忠勝が、城下多賀町に建てたといわれるもの。現在の鐘楼は、1893年(明治26年)に起きた川越大火の翌年に再建されたもの。創建された江戸時代の初期から、暮らしに欠かせない「時」を告げてきた川越のシンボルだ

江戸情緒を残す蔵造りの建造物などが残っていたものの、一時期は商店街も活気をなくし、歴史的建造物の保存も危ぶまれていた「川越」の街。

しかし、住民の力を中心に、歴史ある建物の保存や地域の活性化を成し遂げ、いまや年間600万人以上の観光客などが訪れる活気ある街に変貌を遂げている。

こうした地域の取り組みは、長年の住民の努力のもとに培われてきたものだが、背後には行政のサポートもある。川越市ではどのように、地域住民のサポートを行いバックアップを行ってきたのか。

今回は小江戸「川越」の復活を、行政のサポートという観点から探ってみる。

住民の意向を汲み歴史的建造物の保護や補助金事業を進める

今回お話をうかがった川越市の勝呂和之進氏(左)と町田順一氏(右)。ちなみに町田氏がお持ちなのは川越市のマスコットキャラクター「ときも」。川越のシンボル「時の鐘」(とき)と名産品のサツマイモ(いも)から命名されたキャラクターだ今回お話をうかがった川越市の勝呂和之進氏(左)と町田順一氏(右)。ちなみに町田氏がお持ちなのは川越市のマスコットキャラクター「ときも」。川越のシンボル「時の鐘」(とき)と名産品のサツマイモ(いも)から命名されたキャラクターだ

まずは川越の街の魅力を紹介しておこう。川越といってもそのエリアは広く、主に3つの地域に区分けされる。

1つが、西武新宿線「本川越」駅やJR・東武東上線「川越」駅が集中する街の中心エリア。ここは、大規模な商業モールが形成され、地域住民の日々の生活で賑わっている。北に向かうと、前回も紹介した歴史的な建造物が建ち並ぶ「川越市川越伝統的建造物群保存地区」エリア。蔵造りの商家や洋風建築物などが建ち並ぶ。札の辻を西へ折れれば昔なつかしい菓子屋横丁がある。中心エリアから北東へ歩を進めれば、春日局に縁があることで有名な「喜多院」があり、寺社門前の賑わいを今に伝える。頑張れば、1日で回れるコンパクトな町並みながら、それぞれ味わいの異なる景観を楽しめるのが「川越」の魅力だ。

しかし、前回の記事にも紹介したが、1960年代~1970年代には歴史的建造物の保存や活用が難しく、現在のような「小江戸」の風情が整うのは、1970年代からはじまった地元商店街、地域住民や「NPO 川越蔵の会」などの市民団体の活動によるものだ。川越市では、こうした地域住民の声を聞きながらサポートを行っているが、その状況を川越市 都市計画部 都市景観課 歴史都市整備担当 副主幹の勝呂和之進氏は次のように説明する。

「川越市では、1972年(昭和47年)に、当時取り壊しの危機にあった蔵造りの旧小山家住宅を買い取り、その後『蔵造り資料館』とします。蔵造りの価値にいち早く気づいた住民の保存の意向を汲んでの措置でした」(勝呂氏)

その後、川越市では1981年(昭和56年)に蔵造り商家16件を市の文化財に指定し保護を行う。1999年(平成11年)には旧城下町のうち「一番街商店街」を中心としたエリアを「川越市川越伝統的建造物群保存地区」に指定し、現在では蔵造りの商家を含む131件が伝統的建造物に指定されている。川越市 都市計画部 都市景観課 歴史都市整備担当 主任の町田順一氏によれば、その詳細は以下のようになる。

「この保存地区には、蔵造りの町家のほか、真壁造りの和風町家や1918年(大正7年)につくられた現埼玉りそな銀行川越支店(旧八十五銀行本店本館)に代表される近代洋風建築なども含まれています。このエリアでは費用の面でのサポートも行われ、修理には上限1600万円、修景に上限600万円といった補助金事業も展開されています。ただし、蔵造り建造物の修理などには数千万円という莫大な費用がかかるため、いまの川越の町並みがあるのは所有者の方の努力の結果と言えます」(町田氏)

また、川越には数多くの文化財が存在する。国指定の文化財には、喜多院、東照宮、日枝神社などの建造物をはじめ13件が指定されている。県指定では氷川神社本殿、川越城本丸御殿などの40件。市指定の文化財も川越市全体で195件に上る。指定文化財とは別に都市景観重要建築物の指定も江戸時代の醸造蔵、土蔵、旅館、武家門などを含みながら76件が指定されるまでに広がっている。

インフラ整備にも細心の工夫

このほかにも、地域の発展をサポートするため、川越市ではインフラの整備も行ってきた。1992年(平成4年)には、一番街通りの電線地中化を実施。「歴史的地区環境整備街路事業」では、市内の16路線の道路の美装化が計画され、現在約半数が完了しているという。

これは、観光地としても認知される川越の町並みを「道」という側面から整え、アスファルトの道路から石畳などに変更し往来の人々の回遊性を高めようというもの。しかも、単に石畳などに変更するのではなく、それぞれの通りにあったデザインが採用されている。

「例えば菓子屋横丁では、ガラスブロックをところどころに埋め込んでいます。これは菓子屋横丁の代表的なお菓子、飴玉をイメージしたものです。このほか大正浪漫夢通りでは、他の通りの多くが細かな石畳を組み合わせているのに対し、通りの直線性を活かす自然石の舗装としモダンな印象を生み出しています」(勝呂氏)

川越の街にいると時間を忘れて歩いてみたくなるのだが、景観への配慮がこうした細部にまで行き届いているからなのだろう。

菓子屋横丁の路地。左下の囲みにみえるように、飴細工をイメージしたガラスブロックが所々にあしらわれている菓子屋横丁の路地。左下の囲みにみえるように、飴細工をイメージしたガラスブロックが所々にあしらわれている

南部と北部をつなぐ中間地点の活性化を推進

さらに、川越市では2011年より「川越市歴史的風致維持向上計画」に基づく様々な事業を推進している。歴史的風致とは地域固有の歴史上価値の高い建造物と人々の活動そのものを指すもので、ハードとしての建造物とソフトとしての人々の活動を向上させようというもの。

・「川越祭り」にみる歴史的風致
・「物資の集散」にみる歴史的風致
・「寺社門前の賑わい」にみる歴史的風致

上記3つを柱に、伝統民俗行事の保存会への補助、江戸から続く米穀・織物などの物資の集積地の名残りを留める建造物の保存活動や補助。さらに寺社門前の景観補助事業などを「川越市川越伝統的建造物群保存地区」から東西南北にエリアを広げ実施している。

また、市では現在「川越市中心市街地活性化基本計画」にも取り組んでいるという。これは、「川越らしさを活かした交流とにぎわいのあるまち」を基本コンセプトとし、「回遊性の向上」「商業・サービス業の活性化」に取り組むものだ。

「現在、駅のある近代的な商業地域と北側の歴史的町並みが残る地域には、多くの住民や観光客が立ち寄り賑わいを見せています。ただその両拠点を結ぶ中間地点は『大正浪漫夢通り』などがあるものの、賑わいという点ではまだ十分な活性化が行われていません。現在はこの地域の活性化を重点事業として実施しています」(町田氏)

例えば、中間地点に位置している明治創業の旧鏡山酒造の酒造を川越市が取得・改修し、現在では中心市街地活性化のために設立された「株式会社まちづくり川越」が管理・運営を行う産業観光館がオープンしにぎわいをみせている。

「そのほかにも、明治後期に芝居小屋として建てられた木造建造物「旧鶴川座」の保存活用事業や、かつて織物の取引が行われていた「旧川越織物市場」の保存整備事業などにも住民のみなさまと一緒に取り組んでいます」(町田氏)

「旧川越織物市場」。1910年(明治43年)に建設された木造2階建ての建物。織物産業が活況を呈する明治時代には、桐生、足利、八王子など全国的に同じような市場が建てられていたという。しかし、完全な姿で残されているのは川越織物市場のみ。現在建物の保存修復などが進められており、今後の活用が検討されている「旧川越織物市場」。1910年(明治43年)に建設された木造2階建ての建物。織物産業が活況を呈する明治時代には、桐生、足利、八王子など全国的に同じような市場が建てられていたという。しかし、完全な姿で残されているのは川越織物市場のみ。現在建物の保存修復などが進められており、今後の活用が検討されている

人口・世帯数は増加傾向、さらなる街の魅力づくりを目指して

旧鏡山酒造を利用した産業観光館「小江戸蔵里」。明治創業の旧鏡山酒造の酒蔵を川越市が取得・改修し、現在は中心市街地活性化のために設立された「株式会社まちづくり川越」が産業観光館を運営する。川越の土産物を扱うショップに、レストラン、産直の野菜や惣菜販売コーナー、住民が利用できる会議室や広場からなる旧鏡山酒造を利用した産業観光館「小江戸蔵里」。明治創業の旧鏡山酒造の酒蔵を川越市が取得・改修し、現在は中心市街地活性化のために設立された「株式会社まちづくり川越」が産業観光館を運営する。川越の土産物を扱うショップに、レストラン、産直の野菜や惣菜販売コーナー、住民が利用できる会議室や広場からなる

現在、川越の中心市街地の人口・世帯数は増加傾向を保っているという。2005年(平成17年)に人口2万6,413人、世帯数1万1,828世帯だったものが、2014年(平成26年)には、人口2万8,246人、世帯数1万3,808世帯に増加している。少子化が進む現在、こうした人口増加がなされているのは、それだけ「川越」が魅力のある街に成長している証拠だろう。

自宅から近いこともあり、筆者も「川越」には学生の頃から遊びに出かけているが、この十数年で様変わりをしたように思う。かつては一番街商店街と菓子屋横丁ぐらいしか足を運ばずにいたが、訪れるたびに街は綺麗になり店舗が増えている印象だ。いまでは、大正浪漫夢通りや旧鏡山酒造跡地を利用した産業観光館「小江戸蔵里(こえどくらり)」にも立ち寄る。

今回の取材でまだまだ川越には見どころがあり、今後さらに整備・活用されていくことが分かった。まだまだ「小江戸」川越は新たな魅力を私たちに見せてくれると期待が膨らむ。

2015年 10月23日 11時05分