日本発の喫茶店は「鹿鳴館」に対抗した社交場だった?

スカイツリーにほど近い「東向島珈琲店」。3席のカウンターは特等席で、3つのステップフロアに分かれた癒しの空間が広がるカフェだスカイツリーにほど近い「東向島珈琲店」。3席のカウンターは特等席で、3つのステップフロアに分かれた癒しの空間が広がるカフェだ

住みたい街の条件に「素敵なカフェがあること」と考える方は多いのではないだろうか。

日本に「珈琲」が伝来したのは、絢爛豪華な元禄文化を誇った徳川綱吉の時代。長崎の出島でオランダ人に振る舞われたのが初めてのこと。その後、1888(明治21)年に外務省の役人だった鄭永慶(ていえいけい)が東京・上野に「可否茶館」を開設したのが本格的な喫茶店の始まりだったと言われている。

この「可否茶館」は、ビリヤードなどの娯楽や、国内外の新聞や書物、シャワー室を完備。当時、西洋文化の交流を進めていた日本だが「鹿鳴館」に代表される社交場はあくまでも上流階級のみが足を踏み入れられる場所。「可否茶館」はこれに代わって「大衆庶民や若者の社交場、知識共有の場」を目指していた。

今でこそ「コミュニティ・カフェ」という呼び名を目にする機会が増えてきたが、喫茶店とは元々が社交場であり、知識共有の場であったのだろう。そんな喫茶店そもそもの始まりを連想させるカフェが東向島に存在する。その名も「東向島珈琲店」だ。

ここは、地元の人々や企業をつなぐ拠点として有名なカフェ。店を起点に地域の活性化や新しいビジネスを生むさまざまな取り組みが行われている。今回は、この「東向島珈琲店」の日常の風景から、カフェが及ぼす「街」への影響について考えてみよう。

集うと新たなビジネスも生まれる!?

東京スカイツリーからほど近い東向島一丁目の交差点に佇む「東向島珈琲店」。入口のドアを開けると、数席ほどのカウンターに、ステップフロアで3層に分けられた空間が広がる。木製の手作り感あふれるテーブルと椅子、居心地のよいソファ、一番奥のフロアからは隣の公園の緑が借景として広がる。思わずのんびりしたくなる癒しの空間だ。

一杯ずつドリップされる風味豊かな珈琲に、夏場には時間をかけて抽出される水出し珈琲が人気メニュー。名物スイーツのレアチーズケーキ食べたさに訪れる人も少なくない。おいしい珈琲と居心地のよい空間でゆったりと過ごす人々でにぎわう店内だが、実は東向島珈琲店は「人と人をつなぎ、あらたなる価値を生み出すカフェ」としても知る人ぞ知る存在だ。

10年ほど前にこのお店を開いたマスターの井奈波康貴さんは、「特別に”コミュニティ・カフェ”を目指したわけではありませんし、あくまでも一杯の珈琲を味わってもらいたい。ですが、本来喫茶店とはさまざまな”触媒”となる場なのでは」と笑う。

決してつなぎ役を目指しているわけではないというが、くつろぎの空間の中で、その方お肩書きだけでは見えてこない”良いところや得意なこと”を聞き、必要な時にそっと引き合わせるうちに、新しい「創造」や「ビジネス」が生まれるという。

東向島珈琲店、通称「ヒガムコ」のマスター井奈波康貴さん。ヒガムコが人と人をつなぐのはもちろんマスターのふんわりした誠実なお人柄によるもの。安全な素材を使い手作りでお客様へ提供したいとの思いから、スイーツはもちろんのことサラダのドレッシングやサンドイッチにつくマスタードまで特製の手作り品だ東向島珈琲店、通称「ヒガムコ」のマスター井奈波康貴さん。ヒガムコが人と人をつなぐのはもちろんマスターのふんわりした誠実なお人柄によるもの。安全な素材を使い手作りでお客様へ提供したいとの思いから、スイーツはもちろんのことサラダのドレッシングやサンドイッチにつくマスタードまで特製の手作り品だ

不思議と人×人のケミストリーが出現

東向島珈琲店での出会いから生まれた取り組みやビジネスは少なくない。同店では面白いイベントも開催されているのだが、過去には6年間、活版印刷を広めるためのイベントを行ってきたという。「失われつつある文化、効率を優先するだけでは見えてこないものを大切にしたい」という井奈波さんの思いから開催していたものだ。そのイベントでは活版印刷を使って「モジ」と「ヒト」の出会いをプロデュースするデザイン事務所「あちらべ」の方々が参加すると同時に、カフェの軽食以外の食事も提供しようとカレーをコミュニケーションツールとして活動する「東京カリー番長」の水野氏がカレーのメニューを提供した。この「あちらべ」と水野氏の出会いが新たなコラボをまず生み出した。

カレーマニアに絶大な人気を誇る水野さんが、全国のカレーの名店の格言を盛り込んだ冊子『カレーの金言』を「あちらべ」のデザイン・活版印刷で誕生させた。東向島珈琲店での談笑が現実となったもの。そしてこの出会いはその後ビジネスへと発展する。毎月本格的なカレーのスパイスセットとレシピを届ける人気サービス「AIR SPICE」が生まれることなった。少量では入手しにくいカレーのスパイスを1回分ずつに分け提供する「AIR SPICE」は、水野氏がレシピやスパイスの監修を行い、「あちらべ」でパッケージデザインを行っている。


また、地域・まちづくり、災害救援、経済活動の活性化を精力的に行う「一般社団法人つむぎや」の代表 友廣裕一氏も「東向島珈琲店」の常連だ。この友廣氏がプロデュースする宮城県石巻市のアクセサリーブランド「Ocica」の新製品誕生にもマスターの井奈波さんが一役買っている。

東日本大震災で大打撃を受けた石巻市の漁港のお母さんたちが、地域に生息する鹿の角と漁網の補修糸を使って作るアクセサリーが「Ocica」なのだが、いつしか角だけでなく捨ててしまっている鹿の皮も利用したいと考えるようになった。しかし、この革のなめし加工には熟練の技がいる。そこで井奈波さんが地元墨田区のなめし工場を紹介し、鹿の革をつかったペンケースが誕生するプロセスを担った。

「実は墨田区は豚革のなめし工場として有名で、日本の90%が墨田区のエリアにあるそうです。ちょうど石巻の鹿革の加工先を友廣くんが探していたので、地域のなめし工場の社長を紹介したところOcicaの新製品としてペンケースが誕生しました」(井奈波さん)

こんな風にいろんな物事が生まれていくのは、東向島珈琲店では日常的な風景だ。

鹿の革をつかった「Ocica」のペンケース。墨田×石巻のコラボが実現している。オリジナルドレッシングも「下町の小さなカフェのドレッシング」として販売。極力添加物を入れないため、油とワインビネガーが混ざらず美しい二層を描く。また、ラベルは活版印刷の技術を用いて、ラベル貼作業場は区内の福祉作業所が行う。「普通より断然手間はかかりますが、効率のために犠牲になる何かを失いたくはないので」とは井奈波さん鹿の革をつかった「Ocica」のペンケース。墨田×石巻のコラボが実現している。オリジナルドレッシングも「下町の小さなカフェのドレッシング」として販売。極力添加物を入れないため、油とワインビネガーが混ざらず美しい二層を描く。また、ラベルは活版印刷の技術を用いて、ラベル貼作業場は区内の福祉作業所が行う。「普通より断然手間はかかりますが、効率のために犠牲になる何かを失いたくはないので」とは井奈波さん

チェーン店にはない、スタッフとお客の絶妙な関係

味わい深い、文化を残したいと東向島珈琲店では過去6年間に渡って活版印刷体験イベントを開催していた。店内には今は絵図らしい写植の文字版や印刷機がディスプレイとして存在感を放っている味わい深い、文化を残したいと東向島珈琲店では過去6年間に渡って活版印刷体験イベントを開催していた。店内には今は絵図らしい写植の文字版や印刷機がディスプレイとして存在感を放っている

元々ホテルマンだったという井奈波さんが、カフェを始めようとしたのはハワイに旅行で滞在したことがきっかけだったという。

「ハワイのカフェは、お客様とスタッフの距離が近くて、その光景がとても素敵に思えました。ホテルの仕事というのは、お客様とスタッフの間には明確な溝があります。上質な空間に上質な接客を提供するわけですから、それはもちろん必要なサービス。ですがハワイのカフェではスタッフがすごく人間らしい……。ホテルの接客では考えられませんが、かえってそれがお客をリラックスさせて素敵な空間をつくっているように思えました」

帰国した井奈波さんは、まずは神田の珈琲専門店「高山珈琲」で学び、その後別のお店で2年ほど店長を務めた。そして10年前2006年にこの東向島珈琲店を開店させた。目指したのは「時間」「空間」「仲間」がよりよく生まれる場所づくり。

「お客様に自然体でくつろいでいただける空間が作りたかったんです。そうなると自分自身もサービスといえどもあまりにもプロテクトを纏ってはお客様にリラックスいただけない。とても概念的ですが、そういった空気感みたいなものを大切にしているうちに、どんんどん人の輪がつながっていきました」(井奈波さん)

ホテルを辞め、喫茶店を出すと言った井奈波さんに、お父様は心配もあって「喫茶店なんて空気を売っているようなものだぞ」とたしなめられたという。

「当時は、もちろん反発しましたけど、今考えてみると父親の言葉は“言いえて妙”でしたね。確かにここでは空気を売っているんですよ。空間、空気感を含めてカフェなんだと最近では納得しています。喫茶店ってきっと昔からそういう場所なんでしょうね。常連さんがだいたい決まった時間に顔を出したりして、集まった人たちで情報交換をしていく。僕のやっていることは特別なことではなくて、そんな延長線上にあることなのだと思います」(井奈波さん)

人気スイーツは、実は墨田のものづくりが結集した作品

「抹茶リオレ」の食器。涼し気なガラスのお皿に、くぼみぴったりに添えられるチタン製のスプーン。ここには墨田の職人技が詰まっている「抹茶リオレ」の食器。涼し気なガラスのお皿に、くぼみぴったりに添えられるチタン製のスプーン。ここには墨田の職人技が詰まっている

江東区で生まれ育ったというマスターは、もちろん「地域とのつながり」も大切にしている。

墨田区では、すみだの想いを伝えられる商品や飲食店メニューを「すみだモダン」ブランドとして認証しているのだが、東向島珈琲店では人気スイーツ「レアチーズケーキ」と「抹茶リオレ」が認証されている。

どちらも墨田として胸を張れる銘品。特に現在は常時メニューとしてはお休みしている「抹茶リオレ」は、井奈波さんがジャンルを超えて地域との連携を目指したもの。お米と抹茶を使ったスイーツであり、材料となるお米は創業100年を誇る「墨田屋商店」が特別にブレンドを担当。スイーツばかりでなく食器にも墨田のものづくりの伝統を感じてもらおうと、添えるスプーンのためにぴったりのくぼみをつけたガラスの器を地元企業「硝子企画舎」が制作。さらにそのスプーンはチタン製で、”下町ロケット”ならぬ”下町深海探査艇”「江戸っ子1号」の開発に携わった町工場「浜野製作所」が手掛けている。

このほか、井奈波さんは2012年から2015年の3年間、墨田区「食のまちめぐり推進事業実行委員会」の活動も積極的に行った。スカイツリーの登場により、外国人観光客が増えている墨田界隈で、飲食店の店主たちがしり込みをしないように英語メニューの準備や英語版の飲食店パンフを作成している。

「カフェって、面白い空間ですよね。住みたいと思える街には素敵なカフェがあって。逆に素敵なカフェがあれば、より街が活性化すると思うんです。カフェには時間と空間と会話があります。ほんの少しアクションを加えるだけで、いろんな事を生み出しやすい場所だと思います」(井奈波さん)

取材の前には、勝手なイメージだが東向島珈琲店の形容詞には「コミュニティ・カフェ」というものが付きまとっていた。しかし、実際にお話を伺ってみるとその形容詞はまったく頭をかすめることがない。イベントやコミュニティ形成が最初にくるのではなく、美味しい珈琲とそして下町のよい意味での「人との近しい距離感」が、新たなものを生み出す場をつくりだしている。

かつて、江戸の頃の街道沿いにあった「茶屋」では、行き交う人々が各地の情報交換をしたり、店主が宿屋を斡旋するなど、その役割は単に茶と茶菓子を提供するものではなかったという。冒頭に紹介した日本発の喫茶店が社交場であったのと同じように、現在もカフェというは街の中で思ったよりも多くの役割を担えるのかもしれない。

2016年 10月25日 11時05分