岩村城女城主「おつや」が愛した城下町
おんな城主が登場するNHKの大河ドラマは記憶に新しいが、もうひとり“女城主”がいたことをご存知だろうか。
日本のほぼ真ん中、岐阜県恵那市岩村町にある岩村城城主「おつや」である。織田信長の叔母にあたり、戦国の乱世のなか最後まで領民を守ったことから岩村は「女城主の里」と呼ばれ、古くから親しまれている。
日本百名城、日本三大山城としても知られている岩村城。その城下町として栄えた岩村本通りには江戸時代の建物が多く残り、1998年に国の重要伝統的建造物群保存地区(重伝建地区)に指定されて以降、まちなみ保存事業が行われている。
重伝建地区にある建造物の調査、修理、設計などを手がける建築のプロ集団・NPO法人「いわむらでんでんけん~伝統工法伝承研究会~」(でんでんけん)理事の中島聖二さん、松山美穂さん、恵那市岩村振興事務所の近藤明浩さんのお三方に、女城主ゆかりの城下町を歩きながら、重伝建地区の保存について話を聞いた。
建物の価値を最大限に活かした修理で景観を守る
「まちの中を流れる岩村川を挟んで北側には武家町、南側に町人町が作られたのが岩村城下町です。現存する武家屋敷はごくわずかですが、城下町の坂の上のほう、上町(かんまち)と呼ばれているあたりには今でも江戸時代の建物が多く残っています」(中島さん)
城へと向かうなだらかな坂の両側には、当時の趣を残した町家が軒を連ねる。
「いわゆる“うなぎの寝床”のような家が多いですね。間口が狭く南北に細い敷地で奥行きが深い。単独で建っている建物はほとんどなく住戸が隣り合っていて、屋根が重なり合ったり壁を共有していることも多いんです。隣地境界線は、あってないようなもの。工事をしていて壁を外したらお隣の配線が丸見えに!なんていうこともよくあります。壁を共有している場合は、部材が傷んでいても取り替えができなかったり、壁の中での耐力補強ができないので、別の方法を探すという工夫が必要になってきます」(松山さん)
さらに
「一般的な家のリフォームとは違い『わぁ、新しくて綺麗になった!』という感じにはならないんですよね。重伝建地区の建物は文化財だという、施主さんの理解あってのまちなみ保存だと思っています」と話す。
とはいえ、制限があるのは外観だけ。内部は施主の好きなように替える事が可能だという。
一般の家屋も同じだが、重伝建地区の建物は、長い年月のなかで老朽化が進み、壁や屋根が傷んでくる。生活スタイルの変化や住人の世代交代などで改修を希望する家主も出てくる。しかし一軒一軒がバラバラに修理をしていては、まち全体の景観がくずれてしまう。そこで、市では「恵那市伝統的建造物群保存地区保存条例」を定め建築行為をルール化。「でんでんけん」など各団体と連携し、まちなみを保存していこうと長年動いているわけだ。
「建築の専門家として、その建物が一番価値のある時代に合わせた修理、修景を行い、重伝建地区の景観を守っていくことが使命」だと中島さんは話す。
建物だけでなく技も人も文化財
岩村の城下町は、市の調査によって、その建物が建てられた時代などをもとに伝統的建造物(以下:伝建物)か伝建物以外の建物にわけられる。どちらに当てはまるかによって、修理の仕方が変わってくるのだとか。
◆ 伝建物の場合は「修理」
古写真などを参考に痕跡調査を行い、どのような姿だったのかを検証して修理を行う。既存の部材を出来る限り保存、活用する。
◆ 伝建物以外は「修景」
基準に従い、周囲の伝建物と調和の取れた外観にする。
ということがルール化されている。
つまり、伝建物の場合は痕跡を探し元の姿に戻す“復原”となり、非伝建物は外観をまちなみに揃えれば、比較的自由に設計することが可能というわけだ。
「伝建物の場合、当時の姿をどう捉えるか、時代の変遷を追っていくのはとても難しい。昔の写真が残っていれば、それをもとに年代を特定しますが、残っていない場合は、柱に残された穴や傷の痕跡から、ここには壁があった、建具があったとか、変色の具合から判断してこの柱はもともと外観を形成していたものだ、とか確認しながら調査をします」(中島さん)
「和釘といわれる釘があるんですが、それが使われているかどうかで時代を特定できることもあります」(松山さん)
釘ひとつとっても時代考証の大きなヒントとなるのだ。
また、伝建物の場合、部材ごとに痛み具合の調査を行うそう。
「柱一本が貴重な文化財なので、勝手に新しいものに替えるというわけにはいかないんです。腐っていたとしても、その部分だけを切除し継手(つぎて)をして修復することになります。釘やボルトなどの金物を使わずに木と木をつなぎ合わせる、そういったことが技術の伝承にもつながっていると思います」と、松山さん。
岩村には、大工だけでなく左官職人、瓦職人など当時の技術を継承している方がまだ活躍しているというから、建物だけでなく、技も人も保存されている貴重なエリアだといえる。
観光客は増加傾向、テレビドラマ効果でさらに賑わいが期待される

まちなみ保存の努力の甲斐あって、岩村には観光客が増えている。
岩村振興事務所の近藤さんに伺ったところ、2017年のその数は前年比の2割増だという。
「毎年3月に『いわむら城下町のひなまつり』というイベントを行っているのですが、2011年には城下町内の観光施設の入場者数が7000人弱だったのが、2017年は2万8000人と、この時期だけみてもずいぶん多くの人が来てくださるようになりました」
今年の春からスタートするNHK連続テレビ小説のロケ地にも選ばれた。放送が開始されればますます岩村は脚光を浴びるに違いない。
維持管理できない空き家の増加が懸念。対策を模索中
しかし、観光客が増加する反面、迎える側のまちの人たちの高齢化は少しずつ深刻さを増しているという。
「空き家の数は今はまだ把握できる範囲ですが、もうあと5年、10年で深刻化すると思います。町家を新しく住んでくれる人に繋いでいくことも必要。市の空き家バンクを使うのか、地域の不動産屋さんと連携するのか、具体的な対策を考えなくてはいけないのですが、なかなか。
移住の問い合わせは1ヶ月に数件ありますが、残念ながら紹介できる物件が少なく、入居に至るケースがあまりありません。空き家はあるのに、紹介できる物件がないのです。自分が住んでいる家とは別に、重伝建地区内にご先祖から受け継いだ家を持っているという方も多いのですが、住んでいないからといって代々所有していた家を手放すのはやはり抵抗があるんだと思います。今後、空き家の増加に比例して、維持管理ができない空き家が増えてしまうのではないかと心配です」と近藤さん。
増える空き家、希望者はいる、だが話が進まない。双方の立場にたって話を進められるコーディネーターがいれば、うまく循環していくのかもしれないがー。
まちづくりの実行部隊となっている民間組織「ホットいわむら」でも、町家利活用のワークショップを開催し、まちでの暮らしに興味がある人を対象に、重伝建地区の建物の内覧をするなどの取り組みも行われているが、空き家解消への糸口はまだ見つかっていない。
ただ、まちの外からの空き家活用は進んでいないものの、地域の中での空き家保存のための利活用は行われている。次回、伝建地区の空き家をリノベーションして、旅人との交流拠点に生まれ変わったゲストハウス「やなぎ屋」を紹介する。
【参考資料】
「いわむらデザインガイド」
2018年 03月07日 11時07分