マンションは倒壊しにくくはなったが……

三菱地所レジデンスが作成した、防災ツール「そなえるカルタ」。2015年度グッドデザイン賞を受賞した三菱地所レジデンスが作成した、防災ツール「そなえるカルタ」。2015年度グッドデザイン賞を受賞した

「天災は忘れた頃にやってくる」というが、近ごろは忘れる暇がないほど日本列島には災害が多い。東日本大震災の復興もまだまだというところに、先日は熊本地震が発生した。今後も、南海トラフ地震や首都直下巨大地震の危険性が指摘されている。

災害を意識して、近年、マンションは耐震性に優れた構造により、倒壊の危険性は少なくなっている。さらには東日本大震災以降、防災倉庫を設置し発電機などの設備を充実させる集合住宅も多い。しかし、いくら設備を備えたとしても使い方が分からなかったり、住民間のコミュニケーションがとれなければ、いざという時に役に立たない。

そんな中、三菱地所レジデンス株式会社では自社が販売するマンションブランド「ザ・パークハウス」において、耐震性を考えた建物の提供はもちろんのこと、防災倉庫・備蓄品の完備のほか、実効性の高い防災訓練まで実施しているという。

しかも防災訓練は、東日本大震災の事例を教訓に組み立てられたもので非常に実践的だ。

同社の防災に対する考え方は、同社のマンション住民ならずとも学ぶことが多そうだ。そこで2回にわたって、同社の災害対策やその考え方について紹介しよう。

「関東大震災」時より受け継がれる、共助の意識

関東大震災直後、三菱地所では、東京駅前に三菱倶楽部の畳を持ち出して臨時診療所を設置し、本社と丸ビルの医師が応急手当にあたった。写真は現在の新丸ビル敷地に建てられた臨時診療所関東大震災直後、三菱地所では、東京駅前に三菱倶楽部の畳を持ち出して臨時診療所を設置し、本社と丸ビルの医師が応急手当にあたった。写真は現在の新丸ビル敷地に建てられた臨時診療所

そもそも三菱地所グループでは防災意識が高く、毎年9月1日には大規模な防災訓練が行われているという。後ほど紹介する防災ツール発案者である三菱地所レジデンスの岡崎新太郎氏は、三菱地所グループに受け継がれる心意気を次のように説明する。

「社内で大切にされている防災訓練を通して社員には『災害時に自分が助かるのはもちろん、いかにエリアの人々を助けるか』そんな共助意識が脈々と受け継がれています。当社には有志社員で組織される「防災倶楽部」があり、私もその一員として活動しています」

岡崎氏は「共助」という言葉を強調したが、三菱地所グループでは、関東大震災の頃より災害時に地域の人々を率先して助けてきた歴史がある。関東大震災では東京市全面積の45%を焼失。同社のあった丸の内も甚大な被害を受ける中、男性社員は自宅に戻らず地域の人々の救済にあたったことが社史に残されている。炊き出しなどの救護措置のほか、東京市内5か所、横浜1か所に臨時診療所を開設。一民間企業ながら4万人以上を救療している。

「歴史的な背景もあり、三菱地所グループではお客様に提供する集合住宅に関しても、さまざまな災害対策を打ち出していました。①耐震性の高い建造物の設計、②吊戸棚の耐震ラッチや耐震玄関ドアといった建物の安全対策の強化、③電気、水、情報、トイレに大別する備品を備えた防災倉庫の設置、④防災計画の作成サポートや防災訓練のサポートなどです」(岡崎氏)

そして、さらに訓練の大切さを痛感させたのが東日本大震災の体験だったという。3.11の際、東京では電車などの公共交通機関はマヒし、帰宅難民があふれる事態となった。非常災害体制が自動的に発令されるのは震度6弱以上、この時、東京が記録したのは震度5強。発令はなかったが、三菱地所グループの社員はビルの担当者が判断し、帰宅難民となった人々をビル内に受け入れ、寝具や食事の提供を行った。

「この時、再認識したのが“訓練の重要性”でした。現実的な訓練をしていれば担当者レベルでも判断ができる。いくら集合住宅に設備を備えたとしても、それを使えなければ意味がありません。お客様に提供する集合住宅でも、さらなる訓練の強化をサポートしなければという思いが強くありました」(岡崎氏)

食事よりもトイレが大問題!!被災地の実態を伝えるには?

「そなえるカルタ」。1枚のカードの表裏に簡潔に役立つ情報が詰まっている「そなえるカルタ」。1枚のカードの表裏に簡潔に役立つ情報が詰まっている

都心・近郊、大規模から小規模まで様々なマンションを手掛ける同社だが、ただ集合住宅の住民に「防災訓練を!」と呼びかけても実行に移すのは難しい。そもそも、入居者の防災意識にかなりの温度差があるからだ。管理組合に防災計画書を提案し、マンションの特性に応じたカスタマイズサポートなども行ってきたが、一般の住民側に温度差があってはなかなか実効性のある訓練は難しい。

そこで、同社が取り組んだのが防災ツール「そなえるカルタ」の作成だった。これは膨大すぎて読まれにくい防災マニュアルなどと違い、1項目ずつ重要な防災対策をカード形式に収めたものだ。しかも各項目は、東日本大震災時のエピソードや被災者の生の声を反映。なかなか気づくことのできない被災時の実情をリアルに想定できるようになっている。これには、東北で実際の被災生活をサポートしてきた「一般社団法人 復興応援団」や「COMMUNITY CROSSING JAPAN」に協力を仰いだという。裏面に被災地の実情と被災者の声が載っており、表面で行動のヒントや参考例が紹介されるという形態だ。

1枚のカルタにどのような情報が掲載されているのか? 一例を紹介してみよう。

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(裏面)
●災害時でも我慢できないのがトイレ。
Q水が使えずトイレが流せない時の対策、どうしますか?

【被災地の声】
「断水のため自宅のトイレはしばらく使えず、家の周りの側溝などで用をたした。隣のおばあちゃんはトイレが大変だったので何も食べていなかった」
「仮設トイレが来るまでは施設内のトイレを使用してもらった。断水していたため、排泄物は新聞紙にくるんで別に廃棄するようにお願いした」


(表面)
●水を使わないトイレの備えを。
・トイレは基本的に自宅で準備してもらい、汚物は当面自宅で管理というルールをつくりましょう。
・共用部のマンホールトイレは、自宅でトイレの準備をすることが困難な方や災害対策本部で活動する方専用とするなど運用上のルールが必要です。
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「被災地の話を聞くと、まず救命や避難を無我夢中で行い、やっと我に返ったときに真っ先に行ったことは、食事をとることではなくトイレに行くことだったそうです」(岡崎氏)

見かけはかわいらしいデザインとイラストで気軽に読みやすいのだが、1枚に載せられた情報量は驚くほどだ。被災地のエピソードでリアルな危機感を与えながら、問いかけで考える余地を残している。そのうえで、実用性の高いヒントや参考例などで示唆をする。カード式なので、最新の情報も反映しやすいといったメリットもある。

被災時の食べ物は、まずは冷蔵庫の中身から!?

「そなえるカルタ」では、10のカテゴリーに情報がまとめられている。「導入」「トイレ」「食糧」「水」「情報」「防犯」「ごみ」「物資」「医療」「再建」。どれも実生活ですぐに困るような事柄だ。実際にどのような情報が載っているのか、少しピックアップしてみよう。

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【食糧】(裏面)
●停電と同時に食材が傷み始めます。
Q停電で傷み始める食材を、どうしますか?

【被災地の声】
「どうせ腐るからと冷蔵庫の中の食材を出し合ってご近所同士でBBQをした」
「毎日炊き出しを行った。もらいに来た人には、次に来る時は米を持ってきてくださいとお願いし、循環調達するしくみにした。商店からお肉など要冷蔵品を提供してもらった」など

(表面)
●大切な食材が傷む前に炊き出しを。
・早い段階から共同で炊き出しをすることで、食材をうまく活用できる可能性が高まります。
・防災訓練では、その場にあるもので調理をする練習をしておくのも一手です。


【情報】(裏面)
●近隣住民が救命の大きな力に。
Q安否確認の方法、どうしますか?
阪神・淡路大震災では、要救助者約3.5万人の内、80%は近隣住民等により救出されました。

【被災地の声】
「安否がはっきりわからなかった家に対しては、町内会役員で直接家に踏み込んで安否確認を行った」
「各住民への安否確認のための声掛けは最低限して欲しかったが、それもなかったのは残念だ。震災時に管理組合がなすべきガイドラインを早急に整備すべきではないか」

(表面)
●安否確認の方法、ルール化しよう。
・頼りになるのは、ご近所です。協力して居住者の安否確認をおこないましょう。
・玄関ドアから呼びかけても応答がなければ、バルコニー側へ回りこんで呼びかけるかどうか等、安否確認の方法を決めておきましょう。
・安否確認ができた住戸には、玄関ドアに目印を貼りましょう。
・目印は、「黄色いハンカチ」やその地域独自の「黄色いゴミ袋」を活用した例もありました。
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このほかにも、「再建」のカテゴリーでは、「り災証明書」の申請方法をはじめとして、各種支援や保険給付などの手続きなどがまとめられている。これは被災地で自宅が倒壊しているにも関わらず、家賃の支払いや公共料金の支払いを気に病む人が大勢いたからだそうだ。被災地では残念ながら金銭的な問題を苦に自ら命を絶った人もいたという。「支援などの情報が適切に届いていれば、救えた命。そのためにもカルタにはこうした情報もしっかりと載せました」と岡崎氏は説明する。

「そなえるカルタ」は10のカテゴリーで、被災時に実生活ですぐに困るような内容がまとめられている「そなえるカルタ」は10のカテゴリーで、被災時に実生活ですぐに困るような内容がまとめられている

“正しい答え”よりも“被災地の声”を重視

三菱地所レジデンス株式会社 岡崎新太郎氏。「そなえるカルタ」の「カルタ」はポルトガル語の「手紙:carta」にも由来するという。「単にカード形式というだけでなく、被災地から寄せられた声や教訓を“手紙”のように大切に伝えたいという思いが込められています」三菱地所レジデンス株式会社 岡崎新太郎氏。「そなえるカルタ」の「カルタ」はポルトガル語の「手紙:carta」にも由来するという。「単にカード形式というだけでなく、被災地から寄せられた声や教訓を“手紙”のように大切に伝えたいという思いが込められています」

「マニュアルになると正しい答えを書かなければいけません。そのためどうしても書けることは限られてしまいます。ですが、被災地でみなさんの貴重な声を聞いたら、私たちはこの声をきちんと届けなければいけないと思いました。そこで “正解は求めない”と割り切ったのです。正解かはわからないけれど、実際にあった事実にフォーカスする。結果として、それが多くの方に受け入れられました」(岡崎氏)

読みやすいカード形式で簡潔な文章、しかも具体的な事例があり、さらに自分で考える余地もある。三菱地所グループでは、「そなえるカルタ」をマンションの理事会で利用してもらったり、防災訓練の中で紹介をしたり、居住者の防災意識向上のために活用している。利用者からの評判は良く、防災意識が高まると同時に、備蓄品を増やしたりルール決めを行うなど実際の備えにもつながっているという。

次回は、「そなえるカルタ」を使いながらの実践的な防災訓練の様子を紹介したい。

2016年 07月01日 11時06分