久留里線の一部廃止の届出や、いすみ鉄道の長期運休と復旧費用試算など、千葉県の房総地域のローカル線をめぐる動きが相次いでいる。
これらは地域の住環境や移住、空き家活用、不動産流通にどのように関わっているのだろうか。
本記事では、房総のローカル線再編が地域住民の生活や観光だけでなく、「住み続けられる地域」「移住先として選ばれる地域」の条件にどう関わるのかを考察する。鉄道の存続・廃止の問題としてだけでなく、人口減少時代の地域交通のあり方についても整理していきたい。
久留里線一部廃止といすみ鉄道長期運休――千葉県・房総中山間部で進む交通再編
JR久留里線では一部区間の廃止が決定し、いすみ鉄道では長期運休により今後のあり方が検討されている。房総中山間部では公共交通機関の再編が進んでいるが、両者の状況は異なる。
JR東日本は、久留里線の久留里~上総亀山間(9.6km)を2027年4月1日付で廃止する届出を行っており、廃止区間では鉄道からバスなどへのモード転換が予定されている。
「JR久留里線の廃止予定区間における代替交通の費用負担等に関する基本合意書」においては、代替バス運行費用18年間分(20億円)を、JR東日本が負担すると整理されている。
一方で、いすみ鉄道は2024年10月の脱線以降、全線で運休が続いている(大原~大多喜間については2027年秋頃の運行再開を予定)。試算された大多喜~上総中野間の復旧費用は最大10億円程度にのぼり、全区間の安全運行コストは10年間で50億円程度になる予測だ。
上記の試算と、今後の対応に関するいすみ鉄道からの協議申し入れを受け、2026年5月・8月には千葉県と沿線各自治体、専門家、いすみ鉄道による「いすみ鉄道が担う地域公共交通のあり方検討会議」が開催されている。現状の利用状況や収支等を共有したうえで、今後の詳細な住民アンケート等の補足調査が重要であると議論された。
一般社団法人交通環境整備ネットワークで相談役を務める交通評論家の佐藤信之氏は、房総の中山間エリアの公共交通機関について「首都圏のローカルエリアの中でも東京へのアクセスが良く、高速バスの便が多いことが特徴」と指摘する。「かつて鉄道が担っていた役割を朝夕は高速バス、昼間は自家用車が担うようになり、自動車依存の進行も鉄道利用減少の一因になった」との見方だ。
人口減少や鉄道利用者の減少、自動車依存の進行を背景に、房総中山間部の地域交通は転換点を迎えている。
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(出典)
JR東日本プレスリリース「JR久留里線の廃止予定区間における代替交通の費用負担等に関する基本合意書の締結について」
いすみ鉄道「いすみ鉄道の大多喜・上総中野駅間の復旧費用等の試算結果及び今後の対応について」
千葉県「いすみ鉄道が担う地域公共交通のあり方検討会議(第2回)議事要旨」
久留里線は鉄道からバスへ――地域の足をどうつなぐのか
君津市では久留里線代替交通に関する住民説明会や、市・交通事業者・住民代表などで構成する地域公共交通会議を繰り返してきた。
久留里~上総亀山間の廃止を受け、君津市の交通政策担当者は「通勤・通学・通院・買い物といった日常需要を基準に代替交通を設計している。久留里駅との接続や生活施設・学校へのアクセスを確保するために、停留所の増設や増便を実施している」と説明する。
特に、ルート・ダイヤは同エリアの高校生の登下校に配慮し、現行の運行時間帯をすべてカバーするとともに、「運行本数が少なく利用しづらい」との声を踏まえ、現行の8.5往復から13往復に増便するとのことだ。さらに、18ヶ所のバス停留所を設けることで、従来より身近な場所から利用できるようになると見込んでいる。
バス停の設置場所についても、君津市では集落のある場所や、スーパー、クリニック、学校、公共施設の周辺にバス停を設置し、利便性の向上を図る方針を掲げている。
(出典)君津市「JR久留里線(久留里~上総亀山間)の代替交通について」
なお、9月30日の現地取材では、台風25号被害に伴う臨時の代替輸送として、久留里駅で駅員が亀山方面へのタクシーの乗客振り分けを行っている様子や、木更津方面の代替バスを待つ人を確認した。恒久的な代替交通計画ではないが、鉄道が止まったとき地域の足をどのように確保するか、現場で確認できた(木更津~久留里間については10月2日始発から運転を再開したが、久留里~上総亀山間は10月3日時点で再開の見込みが立っていない)。
また、久留里から亀山エリアに向かう際、君津市デマンドタクシー「きみぴょん号(ワゴン型車両)」に複数回遭遇した。さらに、久留里から亀山に抜ける道幅の狭い国道465号旧道、県道24号を高速バスとみられる大型バスが運行している姿も見られた。
上総亀山駅周辺は1車線道路であり、2車線道路である国道465号から駅までは約500mあり、取材時には徒歩で7分程度を要した。
また、駅周辺の複数の住宅に「久留里線を残してください」との掲示が見られた。駅にも鉄道存続を望むのぼりが立てられているなど、久留里線上総亀山駅の存続を求める意思表示も確認した。
長期運休が続くいすみ鉄道――「車社会」の中で鉄道に残る役割
いすみ鉄道の長期運休は、沿線住民にどのような影響を与えているのだろうか。
いすみ鉄道は「長期運休により沿線住民の日常移動に一定の影響が生じている」と認識しており、検討会議のアンケートで具体的な影響・ニーズについて把握していく方針だ。さらに「運休中は地元貸切バス事業者による代行バスを運行し、移動手段を持たない高校生の通学に支障がないよう、ダイヤ調整も実施する」としている。
一方で、大多喜町では以下の理由により、住民の日常移動への影響は限定的と見る。
・自家用車が普及していること
・いすみ鉄道の主な利用者が学生であること
・代行バスも運行していること
同町の地域振興係では「利用者に不便や支障が生じないよう、いすみ鉄道の運行状況に合わせた代行バスのダイヤ設定など、事業者に細やかな配慮を要請している。また、高齢者向けの割引回数券を代行バスで使用できるようにした」と説明している。
また、大多喜町の不動産会社「株式会社アースワーク」は「高齢者には、大多喜町がタクシー券※を配布している。コミュニティバスもあるが、山間部を中心に、タクシーの利用が多い印象(アースワーク社所感)」とも話す。
〈大多喜町の高齢者福祉制度(交通)〉
・外出支援サービス:高齢者等を対象に、タクシーにより町内の病院や金融機関、買い物等の送迎を年96回行う(利用者負担はタクシー料金の2割)
・福祉タクシー事業:65歳以上の高齢者世帯の方が、買い物などでタクシーを利用する場合、1回の利用につき800円、1年に24回分を助成
(出典)大多喜町「高齢者福祉」
空き家バンク協力会社である同社に、移住希望者への影響について尋ねたところ、運休が移住判断に影響した例も一部あるという。
いすみ鉄道の今後の方向性が不透明な状況の中、大多喜町の地域振興係では、今後の地域交通のあり方として以下を重視しているとのことだ。
住民向け:いすみ鉄道及び路線バスやデマンド交通との連携強化による利便性の向上を図る
観光客向け:いすみ鉄道を軸に、路線バスやスマートモビリティ等を活用した二次交通を提供し、回遊性と利便性の向上を図る
いすみ鉄道側は「利用者数が会社発足時から減少を続ける中、沿線住民の移動と観光資源としての役割をどう果たすか。設備維持・修繕資金と専門技術人員の確保についても持続可能な運営上の課題」としている。
ただし、運休の影響は日常移動のみではない。代行バスでは列車ほどの輸送力を確保できず、団体客の受け入れが難しいため「沿線への誘客にブレーキがかかっている」といすみ鉄道は危機感を示す。
今回の自治体・不動産会社への取材からは、房総中山間部では日常移動に自家用車を利用するケースが多いことがうかがえた。一方で、高校生の通学、自ら移動手段を持たない人の移動、団体観光や沿線への誘客など、鉄道に求められる役割は残る。
なお、現地の取材時には上総中野駅の線路に草が繁茂している様子を確認した。
鉄道の有無だけでは決まらない――移住・二拠点生活者が見る「住みやすさ」
房総の中山間部では、移住や二拠点生活を目的に住まいを探す人もいる。そうした人たちは、公共交通をどのように捉えているのだろうか。
君津市の空き家バンク協力会社でもある不動産会社「有限会社タリア商事」では、「久留里・亀山の移住・二拠点生活者は基本的に車移動を前提とし、鉄道廃止を物件選びの大きなネックと感じる顧客は少ない」との見方をしている(同社取引の所感)。
大多喜町の移住担当窓口(企画課地域振興係)においても「いすみ鉄道の運休後も、空き家・空き地バンクの問合せ傾向に目立った変化はなく、自然環境や地域での暮らしを重視する移住者が多い」と回答している。すでに移住している人についても、「そもそも都会からの移住を考えた時点で、ある程度の不便さは承知の上で移住してきている」とコメントする人が多いという。
一方で、大多喜町空き家バンクの協力会社である「株式会社アースワーク」への取材では、定住かセカンドハウスか、目的によって物件に求める条件が異なることも判明した。
「大多喜では電車を重視する人は少なく、定住層は街中の生活利便性(スーパーや保育園など)、セカンドハウス層は静かな山間環境を求める」とのことだ。特に「セカンドハウス派は周りに家がない環境、はずれの山間部を好む。東京や神奈川から来る人たちは自ら不便な環境を選ぶ傾向にある」としている。
今回の取材からは、移住者や二拠点生活者が「駅があるか」「鉄道が運行しているか」だけで住む場所を選んでいるわけではないことがうかがえる。ただし、自家用車を前提とした暮らしを、高齢になっても同じように続けられるとは限らない。
また、君津市、大多喜町ともに空き家活用と不動産流通に共通の課題があることも分かった。空き家バンク協力会社でもある、君津市のタリア商事、大多喜町のアースワーク両社に共通していたのは、「空き家そのものは多くても、市場に出ている物件は少ない」という指摘だ。
タリア商事は、売買・賃貸に出る物件が増えれば、移住希望者の選択肢も広がるとみる。アースワークも、所有者が空き家を手放さないケースが多いと話す。
「住み続けられる地域」に必要なのは何か――交通を組み合わせ、将来まで考える
自家用車の有無にかかわらず住み続けられる地域に求められるものは何か。公共交通の専門家の見解を基に、「住み続けられる地域」に必要な交通の条件を考える。
(1)車を使える移住時点と、免許返納後・高齢期では必要な交通が変わる
交通評論家の佐藤氏は「今は自家用車で移動できても、いずれは移動が困難になる可能性がある。房総へ移住してきた人についても、行政サービスへのアクセスが難しい場合には、再度便利な場所へ移らざるを得なくなる」と指摘する。
移住者について、大多喜町役場の移住窓口では「基本的には、車が必須の地域であることを事前に伝えている。その上で、『免許返納後、どのように生活していくのか』と、将来への不安を相談される方が非常に多い」とコメントしている。
こうした不安に対し、大多喜町では予約制乗り合いバスや路線バス、外出支援サービス、福祉タクシーを案内しているとのことだ。説明後は大きな不安や追加の質問が出ることは少ないようだ。
(2)鉄道・バス・タクシーを単体でなく組み合わせる
佐藤氏は「鉄道単体ではなく、バス・高速バス・自治体境界を越えた交通体系全体で考えるべき」と話す。
コミュニティバスを導入する自治体は多いものの、佐藤氏は「自治体によってはコミュニティバスの利用対象が住民に限られ、通勤・通学など広域移動には使いにくいケースもある」と指摘する。
その上で「複数の交通手段の組み合わせで構成された社会で、鉄道というツールがひとつ抜けることで、さまざまな影響が及びかねない。ローカルの行政の交通政策は、単体の交通機関の存廃だけでなく、路線バスやコミュニティバスを含め、公共交通機関全体で考える必要がある」としている。
(3)市町村境を越えて交通政策を考える
佐藤氏は「鉄道のように市や町を越えて利用できる交通機関の代替など、公共交通機関の政策については、複数自治体が共同で交通行政を担う仕組み(行政組合)を設置し、総合的に検討するのも方法の一つ」と提案している。
「大多喜町、いすみ市、君津市、この地域については、行政の権限をひとつにまとめて、地域一体となって路線維持や行楽のバス運行などを促進できる可能性がある。収益になりにくい市町村境の中山間地エリアこそ、隣接する市や町と一体化して交通行政を行う方が最適な政策策定につながるのではないか」と説明する。
実際に、佐藤氏自身が国吉~茂原まで自治体をまたぐシャトルバスに乗車した際、高齢者を中心に利用者が多く、自家用車を使えない人の代替交通機関になっていると感じたそうだ。
こうした「地域単位で交通を考える」という視点は、すでに一部の施策にも表れている。君津市では、住民説明会などを通じて寄せられた住民・高校生の意見を代替交通設計へ反映し、ダイヤや運賃の調整を実施している。
いすみ鉄道は日常移動だけでなく観光資源としての役割も受け止め、行政・住民と一体で「選ばれる沿線」をつくることを重視していると、今後の方向性を示している。
「鉄道を残すか、なくすか」の2択ではなく、長く暮らせる移動環境をどう作るか。公共交通全体を俯瞰して設計する視点が必要となるだろう。













