増加するシェアハウス。差別化ポイントは「付加価値」

仕事を終えて帰宅し、一人で過ごすのではなく仲間との会話でリフレッシュできる-。シェアハウスで暮らす人には、一人暮らしでは得られないそうしたコミュニケーションを求める人が多いという。ではさらに、そこに「手づくりの夕食」が用意されていたら?忙しい日々の中で栄養のバランスが崩れがちな現代人には、願ってもない環境ではないだろうか。

国土交通相の調べによると、2013年3月末時点で累計供給物件数は約1,400件、19,000戸であり、1999年の事業者数を1とすると、15年あまりで約21倍の事業者数となったと報告されている。増加するシェアハウスだが、通常の賃貸物件と同様に、ほとんど空室が出ない人気物件とそうでない物件の二極化が進み、その差は「付加価値」にあると言われている。趣味に特化したものや充実した共用施設など様々あるが、今回取材したのは「徹底的にソフト面の付加価値を追求した」というシェアハウスだ。

ソフト面の付加価値とは、「コンシェルジュ付き」。しかもただのコンシェルジュではなく、「おばあちゃんコンシェルジュ」なのだ。おばあちゃんが日中に家事をしてくれて、入居者の夕食の用意までしてくれる。これだけでも他ではあまり聞いたことがないサービスだと思うが、ただ便利なだけではなく、様々なメリットがあるという。その秘密を探ってきた。

おばあちゃんが作ってくれる料理が食べられるシェアハウス

日当たりの良い、南向きのLDK。あたたかみのある内装で、実家のように落ち着けそうな空間日当たりの良い、南向きのLDK。あたたかみのある内装で、実家のように落ち着けそうな空間

東急東横線「菊名」駅にある「シェアネスト東横」は、築40年の一戸建てを改装し、シェアハウスとして2013年1月にオープンした。全6室はオープン時からほぼ満室稼働中。空室が出ても、毎回入居希望者が多く集まるという。

立地の良さに加え、一番のポイントはやはり「おばあちゃんコンシェルジュ」がいること。毎週月・火・木曜日の11時から14時の3時間ずつ、おばあちゃんが家事をしにやってきてくれる。その内容は、主に掃除と夕食の調理。週に1日は入居者からの献立のリクエストに応えてくれ、帰宅する時間の異なる入居者全員が食べられるように、一人分ごとに容器に分けておいてくれるという。

シェアネスト東横の家賃は、月額60,000円前後(共益費、食費は別途)。それに加えて、おばあちゃんの家事サービスに支払う費用は月額8,800円。通常、こうした家事代行サービスを専門の会社に依頼する場合、一般的な費用は1時間あたり最低でも3,500円程度だというから、比較するとかなりお得と言えそうだ。

家事サービス以上の「おばあちゃん」の付加価値とは?

シェアハウスの入居者から「おばあちゃん」「純子さん」と呼ばれているおばあちゃんコンシェルジュの井野純子さんは、その日の献立と、お知らせ事項や一言メッセージを「おばあちゃんノート」に書き込むことを欠かさない。シェアハウスのオープン時から記録し始めたこのノートは、既に4冊目になる。時には入居者から料理の感想やお礼などのコメントが寄せられ、さながらおばあちゃんと孫の交換日記のような役割となっているようだ。

実際にお会いした井野さんは常にニコニコと笑っていて、とても元気で明るい人柄だ。初めてお会いした私にも丁寧且つとても明るく接してくれて、取材の終盤にはお互いに冗談を言って大笑いするなど、初めて会ったとは思えないほど打ち解けることができた。シェアネスト東横を運営する松栄建設株式会社の酒井洋輔氏は「家事サービスだけでなく、おばあちゃんのキャラクターそのものがここの付加価値です」と話す。

「最新の設備などハードの充実が、これまでの不動産建築でした。しかし今は、どうしたら住む人の気持ちが豊かになるかを考えるべき時代だと思い、家事サービスだけでなく、人の気持ちと気持ちが関わる事ができればいいなと考えました。それだけで他とはかなりの差別化になります。暮らす人の気持ちや使い方に踏み込んでいきたいと考えています」(酒井氏)
おばあちゃんコンシェルジュを決める面接で井野さんの人柄に惚れ込んだ酒井氏は、都合で2ヶ月先でないと働き始められないという井野さんを待ったのだという。実際、住人不在の家を預けるわけだから、入居者と信頼関係を築ける人物というのはとても重要なポイントだろう。

入居者の入れ替わりが早いと言われるシェアハウスだが、ここでは結婚や海外転勤を理由に退去した人以外は全員が2年前のオープンからの入居者。勤務先が変わり、菊名からの通勤時間がかなり長くなっても住み続けている人もいるといい、その理由はやはり「おばあちゃんがいるから」だという。おばあちゃんがくれる癒しと家事のサポートは、なかなか居心地が良くて離れられないのかもしれない。実家みたいだなと感じた。

「おばあちゃんノート」での、入居者とおばあちゃんのやりとり。</br>食事の感想や掃除のお礼などが書かれている。</br>「入居者さんからの返信があるととても嬉しい」というおばあちゃん「おばあちゃんノート」での、入居者とおばあちゃんのやりとり。
食事の感想や掃除のお礼などが書かれている。
「入居者さんからの返信があるととても嬉しい」というおばあちゃん

高齢化社会に与えるもう一つのメリット

「おばあちゃんコンシェルジュ」の井野純子さん。取材が終わって帰る直前まで、台所などを歩きまわって細かい家事をしていた。このビッグスマイルは入居者の癒しになっているはず「おばあちゃんコンシェルジュ」の井野純子さん。取材が終わって帰る直前まで、台所などを歩きまわって細かい家事をしていた。このビッグスマイルは入居者の癒しになっているはず

井野さんは家事代行会社などに所属されているのではなく、シルバー人材センターからの紹介でシェアネスト東横に来ている。実はここに、酒井氏がシェアハウスで提供したかったもう一つのポイントがある。

「高齢者の雇用促進に貢献したいとも考えました。この家事サービスは、高齢者の方の就職口にはとても良いのではと思います。主婦の方たちが社会で評価されにくい風潮ですが、こうして長年家事をやってきた主婦の人たちはきちんと評価をされるべきです」と話す酒井氏。

実際に、とても楽しそうに活き活きと家事をされているのが印象的な井野さん。お話を聞いてみると、「いつも入居者さんみんなの顔を思い浮かべて『美味しく食べてくれるかな』と考えながら料理をしています。楽しくて、ここで働けるのが本当に幸せなんです。駅から歩いてくる間に、お天気が悪い日でも自然に楽しい気分になってきます。世の中のおばあちゃんがみんな、私のように幸せになってほしい!」と話してくれた。
こうしたやりがいや仕事を持つという事は、高齢者にとって健康で活き活きと暮らすためにとても重要なことだろう。進む高齢化社会の中で、高齢者が活躍できる場所を増やすという意味でも、このシェアハウスの取り組みは意義があると感じた。

「私はこのシェアハウスのノウハウを独り占めしたいわけではありません。他にも共有して、純子さん2号、3号を増やしたいんです」と話す酒井氏。そして実際に、シェアネスト東横の取り組みを知った人から「おばあちゃんコンシェルジュのいるシェアハウス」をやりたいとの話を持ちかけられ、酒井氏がコンサルティングをするかたちで現在オープンに向け準備中だそうだ。“純子さん2号”の誕生も近いかもしれない。

実は、課題は「ついやりすぎてしまうこと」

シェアネスト東横を運営する松栄建設株式会社の酒井洋輔氏(右)。仲の良いお二人の笑いの絶えない掛け合いを聞いているだけで、このシェアハウスの明るい雰囲気が伝わってくる。ちなみにおばあちゃんのエプロンは、入居者たちから母の日にプレゼントされたものだそうシェアネスト東横を運営する松栄建設株式会社の酒井洋輔氏(右)。仲の良いお二人の笑いの絶えない掛け合いを聞いているだけで、このシェアハウスの明るい雰囲気が伝わってくる。ちなみにおばあちゃんのエプロンは、入居者たちから母の日にプレゼントされたものだそう

ただのサービスに留まらない、入居者とおばあちゃんのコミュニケーションによって生まれる付加価値。運営する側も含めて、三者が“win-win-win”になるやり方だというが、敢えて今後の課題を聞いてみた。

「おばあちゃんも運営側の私も、つい何でもやってあげたくなってしまうんですが、そうすると本来は入居者さんたちが自分でやるべき事をやらなくなってしまう。例えば入浴後に洗面所に落ちた髪の毛を簡単に掃除するなどはシェアハウスなので本当は自分でやってほしいんですが、つい甘えてしまうんですよね。だからおばあちゃんには、あまりやりすぎないようにと話しています」と言う酒井さんに、「そうなんです、いつも怒られちゃうんです」と笑うおばあちゃん。
おそらく誰にでも、母親やおばあちゃんについ甘えてしまう覚えはあると思う。入居者とおばあちゃんの距離が近いから、それに似た状態になっているのだろう。しかしここはシェアハウスなので、甘えすぎてはいけないということのようだ。

暮らしをシェアすることで、都会の若者が求めるコミュニケーションを提供するシェアハウス。それに加えて、おばあちゃんとの交流と料理による癒やしも与え、さらには高齢者の雇用促進にもなる。
この「おばあちゃんコンシェルジュ付きシェアハウス」は、都会が抱える課題に一挙に対応してしまう、社会にとっての救世主のような存在になるかもしれない。


【取材協力】
シェアネスト東横:http://share-lounge.com/sharenest/index.html

2015年 01月11日 11時11分