相続した不要な土地を国に引き渡す新たな選択肢として始まった、相続土地国庫帰属制度。申請・帰属件数が積み上がる一方、国が引き取った土地をどのように管理・処分するかという、新たな課題も明らかになりつつある。
本記事では、法務省・財務省のデータを基に、相続土地国庫帰属制度の現状を整理する。また、制度申請の実務に携わる専門家の見解を交えながら、申請・帰属の傾向と、国が引き取った後の土地管理・処分をめぐる課題を検証する。
相続土地国庫帰属制度の概要と3年間の運用状況
相続土地国庫帰属制度とは、相続や遺贈(遺言による譲渡)によって取得した不要な土地を、所定の要件を満たしたうえで国に引き渡せる制度である。登記が適切に行われず放置されることで生じる所有者不明土地を防止するため、2023年4月に新設された。
ただし、申請すればどのような土地でも国に引き渡せるわけではない。建物のある土地や、権利関係・地形・土壌に管理上の問題がある土地は原則として却下、または不承認になる。詳細な要件については、法務省「相続土地国庫帰属制度において引き取ることができない土地の要件」を参照されたい。
3年間の累計申請件数は当初の利用見込みを下回る
2026年4月30日時点の申請総数は5,421件、うち帰属件数は2,681件、累計申請件数に対する累計帰属件数の割合は約49.5%※である。
※申請総数には審査中の案件が含まれる可能性があるため、単純な帰属率ではない点に注意。
(参照:法務省「相続土地国庫帰属制度の統計」)
申請・帰属件数が年々積み上がっている一方、制度設計時に想定された利用規模と比較すると、実際の申請件数は少ない。制度制定に関与し、売却や管理が難しい“負動産”の処分支援にも携わる弁護士の荒井達也氏によると「立法時に利用見込み調査を実施した結果から、1年あたり約1万世帯の利用が想定されていた」という。
制度の成立によって土地を手放す新たなルートが生まれた意義は大きいものの、負担金や測量費用などが利用の障壁になっていると考えられる。相続不動産の相談に携わる司法書士の稲元真一氏も、相続相談の実務において「国への負担金(20万円または面積に応じた算定額)や審査手数料(1筆1万4,000円)、境界が不明な場合の専門家への調査・特定費用などが自己負担と知って申請を断念する相談者も多い」と話している。
宅地・農地・山林で異なる制度利用のハードル
次に、実際に国庫に帰属した土地の地目・種目ごとの件数と傾向を見ていきたい。2026年4月時点の申請・帰属件数内訳は以下の通りだ。
宅地と農地は、申請件数・帰属件数ともに近い割合で上位を占める。
所有権移転が困難な農地について、相続土地国庫帰属制度の申請相談に携わる土地家屋調査士・行政書士の池田卓司氏は「農地法の許可を得ずに承認まで進めることがこの制度のメリット」と述べ、同制度は農地の処分に活用しやすい面があるとみている。ただし、水利費や賦課金など「固定資産税以外の経費」がかかる土地は承認されにくい傾向にある(荒井氏)ため注意が必要だ。
さらに、山林については「申請前の現地調査が困難。野生動物が生息していたり、申請後に枝の伐採(竹林は抜根も必要)が求められたりなど、他の地目よりも申請時の負担が大きい(池田氏)」とのこと。
地目を問わず、制度が対象とするのは「管理に過分な負担がかからない土地」であり、管理が困難な土地ほど申請・承認のハードルが高くなる。
制度開始から3年で見えてきた「国庫帰属後」に生じる3つの課題
制度開始から3年が経過し、国庫に帰属した土地の管理・処分をめぐる新たな課題も明らかになってきた。財務省は2026年2月の国有財産分科会資料で、制度運用上の課題を「取得」「管理」「活用」の3つの段階に分けて整理している。
取得――審査庁と管理庁の判断基準
財務省は審査庁である法務局に対し、審査時の判断基準の具体化・明確化が必要と指摘している。
実際に、承認要件に“管理に過分な費用や負担がかからないこと”とあるにもかかわらず、管理負担や災害リスクの大きい土地の帰属事例が確認された。財務局などの管理庁に帰属自体を拒否する権限があるわけではないが、管理負担の見積もりについて双方の“目線合わせ”が必要と議論されている。
管理――売却まで国が抱えるコスト
国庫に帰属する土地が増えつつあることで、維持管理に必要な費用や人員の確保が課題となっている。
財務省資料では、崖地や損傷した擁壁がある土地、倒木リスクや近隣への影響に対応する必要がある土地の事例も示されている。売却や貸付が成立するまでの間は国による管理が必要であり、保有期間が長くなるほど管理負担が積み重なる可能性がある。
活用――売れない土地をどう流通させるか
2026年2月の財政制度等審議会において、帰属した土地を管理する財務省は、一般競争入札による売却実績がないことなどを課題として示している。
財務省が受け入れ段階の審査基準を問題視する背景には、国が引き取った土地を“国有財産”として処分する難しさがある。国有地の管理処分は原則として財政法や国有財産法に則って行われ、一般競争入札に至るまでに以下のような複雑なプロセスを踏まねばならない。
国有地を売却・貸付する際には、境界や地下埋設物などの調査、土地の評価、売却条件の設定、入札など、国有財産としての手続きが必要だ。市場性の低い土地であっても、国が任意の相手に自由な条件で譲渡できるわけではなく、適正な手続きと価格設定が求められる。
帰属した土地の活用(処分)面の課題に対し、財務省資料では、処分手続きを効率化するための検討事項として、次のような方法が挙げられている。
● 測量、境界確定協議、地下埋設物調査を行わないなど、“現状有姿売買”の導入
● 競争入札を経ない随意契約の導入(条件あり)
● 鑑定評価より簡易な方法として、職員による評価を実施すること
● 取得等の要望に対する受付手続きの迅速化
● 道路、公園等の用途に国有地を活用する際の譲与・無償貸付等の優遇措置を最大限に活用
一方で、調査や評価を簡略化する場合には、買主への情報提供や取引後の責任範囲をどのように整理するかも課題となる。
参照:財務省「第67回国有財産分科会(令和8年2月27日開催)議事録」
民間連携だけでは解決できない「負動産」の出口
帰属地の処分を進めるうえでは、既存の一般競争入札だけでなく、自治体や民間事業者、隣地所有者などとの連携も選択肢となり得る。民間の不動産情報サイトや遊休不動産のマッチングサービスなどを活用し、従来の市場では見つけにくかった取得希望者に情報を届ける方法も考えられる。
制度制定と申請実務に携わってきた荒井氏は、市場性が低い土地であっても取得ニーズは一様ではないため、特定の処分方法に限定せず、さまざまなルートを試すことが重要だと指摘する。
ただし、民間の流通に戻せない土地が一定数残る以上、処分の効率化だけでなく、国が長期的に管理する土地が増えることも想定した予算・人員体制の整備が必要になるだろう。
制度利用者・行政・不動産実務者に求められる視点
制度申請希望者は、まず登記事項証明書や公図などを確認し、現地で境界標・建物・管理状態・周囲への影響などを確認する必要がある。相続登記が済んでいない場合は、申請に先立って必要な登記手続きを確認することも重要だ。
行政側は、管理コストを含めた受け入れ基準の整理や、管理庁と審査庁の連携、売却・貸付手続きの柔軟化がカギとなりそうだ。不動産実務者においては、士業や自治体との連携、一般市場以外の取得ニーズの探索が求められる。
相続土地国庫帰属制度によって、相続した土地を手放すための新たなルートが生まれた意義は大きい。一方、国への帰属は、負動産問題そのものの解決を意味するわけではない。所有者が担っていた管理責任が国へ移っただけであり、今度は国が管理・処分の出口を探すことになるためだ。
民間事業者や自治体、隣地所有者などとの連携によって再流通させられる土地もあるだろう。しかし、もともと市場性が乏しい土地が多い以上、すべてを民間流通に戻せるとは限らない。再流通できない土地を誰がどのように管理するのかという問題も含め、国土全体を持続的に管理する仕組みとして制度を捉え直す必要がある。
土地を手放したい所有者には、国庫帰属制度だけに選択肢を絞らず、土地の所在地や現況、権利関係を確認したうえで、隣地所有者への譲渡や民間取引なども含めて検討する視点が求められる。









