「サヴォイ・ベース」や「スツール 60」でお馴染み、日本で人気の建築家

フィンランドの国民的建築家、アルヴァ・アアルト(1898-1976)。2018年に生誕120年を迎えた。その仕事は家具や照明器具のデザインから都市計画まで、広範に及ぶ。アアルトの名前を知らない人でも、優美な曲面を描くガラスの花瓶「サヴォイ・ベース」や、スタッキングできる木の丸椅子「スツール 60」には見覚えがあるだろう。

そのアアルトの回顧展が、現在国内を巡回中だ。オリジナルの図面や家具、照明器具、ガラス器、建築模型など約300点で構成され、2018年9月から2019年6月にかけて、神奈川・葉山、名古屋、東京、青森の4都市を回る。日本におけるアアルトの本格的な回顧展は約20年ぶりという。

この展覧会はドイツにあるヴィトラ・デザイン・ミュージアムとフィンランドのアルヴァ・アアルト美術館の企画で、ヴィトラ・デザイン・ミュージアムに始まり、スペインのバルセロナ、マドリード、デンマーク・オールボー、フィンランド・ヘルシンキ、フランス・パリを巡ってきた。欧州圏外の開催は日本が初めてだ。

日本でのアアルト人気は高く、ヘルシンキ近郊のアアルト自邸を訪れる観光客の25%以上が日本人だそうだ。今回の巡回展の国内最初の開催館である神奈川県立近代美術館の葉山館でも、30〜40歳代を中心に、約3万人の入場者を集めた。「家具やガラス器など、日々の暮らしに直接かかわる作品が多いのも、関心が高い理由では」と神奈川県立近代美術館普及課長の籾山昌夫さんは分析する。

そこで葉山では、実際にアアルトの作品に触れられる特設コーナー「アアルト・ルーム」を設けた(会期終了)。海が見える展示室は撮影も可能で、来場者の多くがシャッター音を響かせていた。ここでは、葉山での展示写真をお借りして、展覧会の内容を紹介したい。

神奈川県立近代美術館 葉山の特設コーナー「アアルト・ルーム」。壁に飾られたモノクロ写真はアアルトのポートレートだ。左下写真の花瓶が「サヴォイ・ベース」、右下写真の手前に並んでいるのが「スツール 60」</br>photo by Petri Artturi Asikainen神奈川県立近代美術館 葉山の特設コーナー「アアルト・ルーム」。壁に飾られたモノクロ写真はアアルトのポートレートだ。左下写真の花瓶が「サヴォイ・ベース」、右下写真の手前に並んでいるのが「スツール 60」
photo by Petri Artturi Asikainen

木やレンガを用い、有機的な形態を特徴とした建築家アアルト

アアルトの故国・フィンランドは、スウェーデンとロシアに挟まれ、長年両国の覇権争いに翻弄されてきた。アアルトが生まれた1898年当時、フィンランドはまだロシアの統治下にあった。独立を宣言したのはロシア革命が起きた1917年のことだ。アアルトは、モダニズムの巨匠、ミース・ファン・デル・ローエ(1886-1969)、ル・コルビュジエ(1887-1965)より11〜2歳年下になる。

同時代を生きたミースやコルビュジエ同様、アアルトの建築もモダニズムに分類されてはいるが、鉄とガラスによる幾何学的な形状の“インターナショナル・スタイル”とは一線を画し、木やレンガといった温かみのある素材や有機的な形態、周囲の自然との調和を特徴とする。

展覧会の冒頭で上映されるひときわ大きな映像には、いかにも北欧らしい針葉樹の森を、ゆっくりと上昇し下降する眺望が描き出される。アアルトが30歳の頃に設計した初期の代表作「パイミオのサナトリウム」(1928-33)を象徴する、パノラマ式エレベーターからの景観だ。

結核療養施設であるサナトリウムのために、アアルトは家具や照明器具、洗面器までデザインした。直射日光が顔に当たらない窓、眩しくない照明、音を吸収する水回り。このサナトリウムの病室の再現展示は、今回の展覧会の目玉の一つだ。

パイミオのサナトリウムと同時期に設計・施工された「ヴィープリの図書館」(1927-35)も、映像やスケッチで詳しく紹介される。ヴィープリの街はこの図書館建設後の戦争中に当時のソヴィエト連邦に割譲され、現在はロシア領のヴィーボルクとなっている。

(上)展示冒頭の映像。「パイミオのサナトリウム」で写真家アルミン・リンケが撮影したもの(下)病室の内装と家具の再現展示</br>photo by Petri Artturi Asikainen(上)展示冒頭の映像。「パイミオのサナトリウム」で写真家アルミン・リンケが撮影したもの(下)病室の内装と家具の再現展示
photo by Petri Artturi Asikainen

国際巡回展共通の8章で構成、各館に合わせてデザインされた展示

展覧会は「選択的親和力」「多感覚的空間」「芸術と生活」「よりよいものを毎日の生活に」「自在な形」「融通性のある規格化と再構築」「照明--合理性と人間性」「総合的建築」の8章から成る。前出の神奈川県立近代美術館・籾山さんによれば、これは国際巡回展の統一テーマだそうだ。

日本語で読むと、やや難解で抽象的なテーマと分かりやすいテーマが混在するが、展示はおおむね時系列、分野別になっているので、鑑賞者としてはあまりテーマに拘泥せずに見てもよさそうだ。各館の展示デザインは、ヴィトラ・デザイン・ミュージアムのデザイナーが手掛けたとのことで、日本の展示手法とはひとあじ違う、展示空間全体を味わいたい。

アアルトにとってアートは生活の一部で、絵を描いたりレリーフを制作したりした。曲げ木のレリーフ「マテリアル・スタディ」は家具製作の技術開発にもつながるもので、アートとデザインの間に境目はない。ジャン(ハンス)・アルプ、アレキサンダー・コールダー、フェルナン・レジェら同時代の芸術家たちとも交流があり、「芸術と生活」ではその影響にも光を当てる。アルプの抽象画に表れる有機的な形態は、アアルトのデザインに通じるものだ。

(左上)「選択的親和力」のコーナー。初期の建築作品である「ムーラメの教会」(1926-29)や「トイヴァッカの教会」(内装の改修 1923)の図面やスケッチのほか、椅子や燭台も展示されている(右上)「多感覚的空間」。右奥に見えるカラー写真はアルミン・リンケ撮影の「ヴィープリ(ヴィーボルク)の図書館」(1927-35)(左下)「芸術と生活」から「よりよいものを毎日の生活に」。写真右奥にはアルプの作品も展示されている(右下)アアルト「マテリアル・スタディ(レリーフ)」</br>photo by Petri Artturi Asikainen(左上)「選択的親和力」のコーナー。初期の建築作品である「ムーラメの教会」(1926-29)や「トイヴァッカの教会」(内装の改修 1923)の図面やスケッチのほか、椅子や燭台も展示されている(右上)「多感覚的空間」。右奥に見えるカラー写真はアルミン・リンケ撮影の「ヴィープリ(ヴィーボルク)の図書館」(1927-35)(左下)「芸術と生活」から「よりよいものを毎日の生活に」。写真右奥にはアルプの作品も展示されている(右下)アアルト「マテリアル・スタディ(レリーフ)」
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オリジナルの家具・照明・ガラス器を多数展示。現在の製造工程の映像も

家具メーカーであるヴィトラの美術館の企画だけあり、展示中盤の「よりよいものを毎日の生活に」「自在な形」「照明…合理性と人間性」のコーナーには、貴重なオリジナル家具・照明・ガラス器が多数集められている。アアルトが妻アイノらとともに設立した家具製造販売会社・アルテック社のマニフェストやインターナショナルな流通ネットワーク図も興味深い。アルテックの活動方針には絵画や彫刻といったモダンアートの展覧会の開催も含まれており、ここでも「芸術と生活」が一体化している。

このコーナーの展示には、曲げ木や「スツール 60」、「サヴォイ・ベース」がつくられる様子を撮影した動画もある。量産品でありながら、その製造工程は完全に機械化されているわけでなく、要所要所に人の手が加わっていることが分かる。

(左上)家具や照明の展示空間(右上)ニューヨーク万国博覧会フィンランド館(1939)の写真。湾曲する壁と照明の演出でオーロラを表現した(左下)ペンダントランプの数々(右下)手前のケースに1937年の「サヴォイ・ベース 9744」、奥のケースに当時のサヴォイ・ベースの木型が展示されている</br>photo by Petri Artturi Asikainen(左上)家具や照明の展示空間(右上)ニューヨーク万国博覧会フィンランド館(1939)の写真。湾曲する壁と照明の演出でオーロラを表現した(左下)ペンダントランプの数々(右下)手前のケースに1937年の「サヴォイ・ベース 9744」、奥のケースに当時のサヴォイ・ベースの木型が展示されている
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都市計画家・ランドスケープデザイナーとしてのアアルト作品を模型で鑑賞

「総合的建築」のコーナーの展示。引き出しの中に図面や写真が納められている    photo by Petri Artturi Asikainen「総合的建築」のコーナーの展示。引き出しの中に図面や写真が納められている photo by Petri Artturi Asikainen

最終章となる「総合的建築」では、建築家・ランドスケープデザイナーとしてのアアルトの仕事が、主に模型と図面とで展示される。家具のような木の展示台の上に模型を載せ、下の引き出しに図面や写真を納めるという趣向だ。アアルトが20年近くを費やした都市計画「セイナヨキの市民センター」(1958-87)をはじめ、代表作の「国民年金局」(1948-57)、「フィンランディア・ホール」(1962-71)、また、実現しなかった中東での美術館計画などが展示されている。

アアルトは生涯、都市部への一極集中を避け、各地方に核をつくることを主張し続けたという。今日の日本の社会問題にも通じる課題ではないだろうか。また、アアルトは建築や製造業だけでなく、一次産業の林業にも深くかかわり、フィンランドの木で家具をつくった。前出の籾山さんは「フィンランドと日本はいずれも森林面積が国土の大半を占める国なのに、かたや木材の輸出国、かたや大量輸入国になっている。その違いに目を向けるべきでは」と語る。

会場のそこここに展示されているカラー写真は、ドイツの写真家アルミン・リンケがこの展覧会のために撮影したもの。独特の空気感が感じられる詩的な写真だ。そのぶん、建築の説明としては、いささか分かりにくいかもしれない。

籾山さんの指摘によれば、今回の展覧会には「1937年パリ万国博覧会フィンランド館」(1936)や「アカデミア書店」(1961-86)といった代表的な建築作品が漏れており、“建築家としてのアアルト”を知るにはやや物足りない点もある。日本版の図録には籾山さんや建築史家・和田菜穂子さんをはじめとした研究者の論考や、建築家の坂茂さん、藤本壮介さん、堀部安嗣さんに聞いたアアルト論も収録されているので、理解の一助としたい。

巡回各館では、独自の展示やギャラリートーク、講演会などを企画している。2019年2月3日まで開催中の名古屋市美術館では、エントランスロビーに「ヴィープリ(ヴィーボルク)の図書館」(1927-35)と「セイナヨキの図書館」(1960-65)の断面模型を展示。名古屋市立大学の久野紀光准教授の指導のもと、地域の学生たちが製作したものだ。またアアルトの椅子に座ったり撮影したりできる「ウスタヴァ・コーナー」を設けている。

アルヴァ・アアルト――もうひとつの自然

神奈川県立近代美術館 葉山 2018年9月15日~11月25日
http://www.moma.pref.kanagawa.jp/
名古屋市美術館 2018年12月8日~2019年2月3日
http://www.art-museum.city.nagoya.jp/
東京ステーションギャラリー 2019年2月16日~4月14日
http://www.ejrcf.or.jp/gallery/
青森県立美術館  2019年4月27日~6月23日
http://www.aomori-museum.jp/ja/

2019年 01月16日 11時05分