消滅懸念から生まれたバイオビレッジ

バイオビレッジ全体の様子。平屋の建物が集約されているバイオビレッジ全体の様子。平屋の建物が集約されている

広大な土地に少ない人口、基幹産業の衰退、施設の老朽化…。北海道は、縮小時代の日本における課題先進地と言える。その北海道でも急激な人口減少に悩まされ、消滅が現実味を帯びながらも、転出する一方だった流れを変えた町がある。

旭川市から北東に約100km、町域の88%が森林という下川町だ。林業の循環型経営で知られ、再生可能エネルギーの木質バイオマスを積極的に取り入れている。そんな下川町の特色を凝縮したような小規模集落が、中心部から約10kmの「一の橋地区」。かつてはいわゆる限界集落だったが、2013年に超高齢化に対応するエネルギー自立型の「バイオビレッジ」なるコミュニティーが誕生し、最悪期を脱することができた。

かつて一の橋地区には営林署があって鉄道も延び、林業を基幹産業として栄えた。人口が最盛期の1960(昭和35)年には2,058人が暮らしていたが、営林署の統合や鉄道の廃止で衰退に拍車がかかった。商店が消える一方で車を運転できない高齢者が住民のほとんどを占め、買い物や除雪といった生活に必要なことが難しくなり、集落が維持できなくなる状況に陥った。

一の橋地区の再生について行政と町民の議論が始まったのは2001年。危機感から「一の橋市街地活性化プラン検討会」を立ち上げ、専門家の意見も交えて将来像を話し合った。2010年、老朽化が進んでいた町営住宅を解体し、コンパクトで生活・環境面での負荷が少ない集住化住宅に建て替えることを柱にした「活性化プラン」が策定された。

町の広報を担当する地域おこし協力隊の立花実咲さんは言う。「高齢化率が50%を超えたとき、いよいよ役場で『やるぞ』という機運が生まれ、一の橋に住んでいる人からも『ここがなくなるのはいやだ』という強い意識があったと聞いています」

高齢化率を大きく下げた、暮らしやすい集住化住宅

立花さんにビレッジ内を案内してもらった。

洗練された外観の平屋の建物がいくつか見える。メーンの建物は、細長い2棟の集住化住宅だ。扉を開けると住民用の掲示板や除雪用具が置かれ、その先に屋内廊下が一直線に延びている。

部屋や共用部は段差のないバリアフリー対応で、高断熱・高気密な設計になっている。家族構成に応じて1LDK~3LDKとさまざまな間取りの全26戸があり、2020年1月30日現在で31人が入居し、空室はないという。高齢化率は一の橋地区全体で50%超の時もあったが、バイオビレッジが完成したことで28%(2016年)にまで下がった。

集住化住宅には、地域食堂としてのコミュニティーカフェが併設され、バイオビレッジで勤務する人たちに親しまれている。ビレッジ内には入居者の集会所として使われる住民センターや、障がいがある人が暮らす町立施設、郵便局など、生活に必要な機能や設備が集約されている。「地域おこし協力隊」という名のNPO法人が、トラックによる移動販売や除雪といった入居者向けの生活支援サービスを展開し、カフェはこのNPO法人が運営している。

バリアフリー設計となっている集住化住宅のエントランスと廊下(上)。集住化住宅に併設されているカフェ(左下)と、誰でも利用できる宿泊部屋(右下)バリアフリー設計となっている集住化住宅のエントランスと廊下(上)。集住化住宅に併設されているカフェ(左下)と、誰でも利用できる宿泊部屋(右下)

心臓部は地域熱供給システム

このビレッジの心臓部と言えるのが、エネルギーの自給を目指した地域熱供給システムだ。町内などで生産された木材のチップで、木質バイオマスボイラー2基を稼働させている。集住化住宅をはじめ各施設の給湯・暖房をすべてまかなっている。

居住者の増加や施設の充実によって、地域熱供給システムによる経済面での好循環も起きている。入居者が支払う暖房料と給湯料を合わせた「収入」から、電気量や木くず供給料金などの「支出」を引いた収支は2014年度に約477万円の赤字だったが、2018年度は約54万円の黒字になった。

また生活を支えるだけでなく、町の新たな事業を育てるという役割まで背負う。

ビレッジ内には、町営の「特用林産物栽培研究所」があり、ハウスでシイタケを菌床栽培している。ボイラーの熱でハウスを温めて通年稼働し、肉厚なシイタケを毎日250kg収穫している。2014年から始まった新事業で下川の特産品として人気が定着。ハウスは1棟から4棟に増え、今では年間7,000万円ほどを売り上げるという好調ぶりだ。シイタケ栽培の事業が成長したことで雇用が生まれ、2020年2月28日の時点で29人が従事。町外から集住化住宅に引越してきた人もいるという。

立花さんは「ビレッジの構想は、当時の町役場のキーパーソンが立てた、『消滅危機に陥っている地域でもエネルギーの自給が雇用を生むだろう』という仮説を基に形になりました。今のところ、その仮説の通りになっていると思います」と言う。

民間の施設誘致にもつながった。2013年10月には、王子ホールディングス株式会社が町と「森林資源の多面的活用に関する連携協定」を結び、ビレッジ内のハウスなどで、バイオマスボイラーの熱を活用して薬用植物を研究している。

バイオマスボイラーの収まる建物の外観(左上)、燃料となるチップ(右上)、暖房や給湯に使われる温水を各施設に供給する地下配管(左下)、特産のシイタケを栽培するハウス(右下)バイオマスボイラーの収まる建物の外観(左上)、燃料となるチップ(右上)、暖房や給湯に使われる温水を各施設に供給する地下配管(左下)、特産のシイタケを栽培するハウス(右下)

地域おこし協力隊の出入りが支える循環

地域おこし協力隊の立花さん(上)と、SORRY KOUBOUのショップ小屋(下、SORRY KOUBOU提供)地域おこし協力隊の立花さん(上)と、SORRY KOUBOUのショップ小屋(下、SORRY KOUBOU提供)

ビレッジを支えるもう一つの心臓部が、地域おこし協力隊の存在だ。

町内の協力隊はバイオビレッジの具体的な「活性化プラン」が打ち上げられた2010年から採用が始まり、当初から一の橋地区の高齢者の買い物代行、除雪、軽作業の手伝いといった生活サポートを担うなど、一の橋を活動の舞台として人材が行き交った。立花さんは町中心部に暮らしているが、移住した当初から「一の橋に住んでいるの?」と度々聞かれたという。町民にとっては、「協力隊=一の橋」というほど近い距離感の存在らしい。

コミュニティーカフェでは2人の現役隊員が勤務していて、NPO法人「地域おこし協力隊」は協力隊を卒業した男性が手がけている。カフェ横の空き地では、協力隊として一の橋で活躍した女性2人が畑を開墾し、無農薬ハーブを使ったスキンケア事業を起業。任期を終えた今も、一の橋で「SORRY KOUBOU(ソーリー工房)」として事業を続け、ビレッジの隣には、日曜と月曜だけ営業する小屋のショップもある。

立花さんは「一の橋を含め下川町全体がご近所付き合いが濃いわけではなく、その適度な距離感が好まれているように感じます。地域おこし協力隊をはじめ、人が出たり入ったりするのは地域にとって大切です。外から来る人を迎える、風通しの良さがあるからこそ、良いサイクルができているのかなと思います」と言う。

林業と同じように、結果を急がずに時間をかけ、逆境をバネにして変化を遂げてきたのは「下川らしさ」とも言える。

下川町では1954(昭和29)年の台風で林業が大きな被害を受けたことをきっかけに、毎年一定の面積の植林や間伐をして計画的に施業する循環型の林業システムが始まった。平成の大合併をめぐっては町民を巻き込んだ議論を経て2004年、合併ではなく「自立」という道を選択。バイオビレッジ構想も、暮らす人自身が地区の存続に危機感を抱いて「自立型コミュニティー」をつくることを決めた。

「バイオビレッジはできた当初、画期的で注目されましたが、さらに30年後には、構想が生まれた当時と同じように人口が減り、持続が難しくなっているかもしれません。10年、20年先を見据えないといけないし、常に課題は山積みです。でも課題があるから人が必要になると思うんです。下川の人は、楽しみながらポジティブに乗り越えていける人が多い気がします。『もうダメだ』という悲壮な雰囲気は感じたことがないですね」と立花さん。

森林資源への打撃から生まれた循環型森林経営と、人口減をきっかけにしたバイオビレッジが評価され、2018年度に国から「SDGs未来都市」と「自治体SDGsモデル事業」に選ばれた下川町。自前の資源、エネルギー、人を生かすことで、未来を見据えた種をまき続けている。

2020年 04月05日 11時00分