「生活の足」から「観光資源」へ。変わりゆく大井川鐵道の役割

明治12年に竣工した蓬莱橋。時代劇などのロケにもよく使われる。年間10万人が訪れる人気観光スポット明治12年に竣工した蓬莱橋。時代劇などのロケにもよく使われる。年間10万人が訪れる人気観光スポット

大井川鐵道は、静岡県中部の島田市と川根本町を南北に縦断する名鉄グループの私鉄である。このローカル線は、地域の暮らしとどのように関わってきたのか。島田市産業観光部観光課の森川利久さんはこう語る。

「大井川鐵道は、大井川流域で暮らす人々の生活の足として利用されてきました。しかし近年は、車を利用する人が増えたこともあって、公共交通機関としての存在感は薄れてきています。そんな中、今回の『トーマス号』のような試みは、島田市にとっても重要な観光資源となりうる。そこで、島田市も大井川鐵道と協力しながらPR活動を行い、観光客を呼び込むための取り組みを行っています」

島田市は、静岡県中部に位置する人口10万の都市。古くは東海道の宿場町として栄え、現在は自動車部品や紙、緑茶などの生産地として知られる。

「島田市の観光資源としては、“世界一長い木造歩道橋”としてギネス認定された、大井川の蓬莱橋が有名です。それから、宿場町の名残を遺す大井川川越遺跡、旧東海道の石畳、お茶の博物館なども人気ですし、昨年7月に川根温泉ホテルをオープンするなど、温泉による誘客にも力を入れています。また、川根温泉ふれあいの泉は、知る人ぞ知るSL見物の名所。露天風呂付きのコテージもあるので、いつもリピーターで賑わっています」

『トーマス号』の成功で、観光客誘引のチャンス到来

島田市役所産業観光部観光課の森川利久係長島田市役所産業観光部観光課の森川利久係長

とはいうものの、島田市の観光資源はどちらかといえば“通好み”。他の有名観光地に比べると、やや地味な印象であることは否めない。それだけに、“SLの聖地”として全国区の名声を誇る大井川鐵道が、観光資源という点から見ても貴重な存在であったことは想像にかたくない。

それゆえ、震災後、大井川鐵道が経営危機に陥ったことは、地元自治体にとっても由々しき問題だった。その意味では、『トーマス号』の成功によって、大井川鐵道が自力再建への道筋をつけたことは、地元自治体にとっても朗報だったといえる。

「最初は『トーマス号』については半信半疑だったのですが、フタを開けてみれば満席で、乗客の何倍もの見物客が集まりました。たとえトーマスに乗れなくても、“リアルトーマス”が走る姿をひと目見ようと駆けつけたお客さんが大変多かったのです。新東名の開通で、駅の近くに島田金谷インターができたので、遠方から車で来られる方もかなり多かったですね」

『トーマス号』が絶大な集客力を発揮したことは、島田市にとっても千載一遇のチャンスだった。トーマスの存在自体が、市内に新たな観光客を呼び込むための誘導体となったからである。
一方で、課題も浮き彫りとなった。島田市のことをよく知らないまま、『トーマス号』だけを見て帰っていく人が多く、地元に経済効果が波及しにくい面があったためだ。

トーマス目当てのファンに、いかに地元を回遊してもらうか

島田髷まつり。島田市では四季折々にさまざまな祭りが行われる島田髷まつり。島田市では四季折々にさまざまな祭りが行われる

「トーマスの人気を街おこしにつなげるためには、島田市のことをもっとよく知ってもらう必要がある。トーマスを見に来たお客様に、地元を回遊していただくためにも、これからは観光の情報発信に積極的に取り組んでいく必要があると考えています」
と、森川さん。昨年の教訓を活かし、大井川鐵道と連携してさまざまな取り組みを始めているという。

「たとえば、川根温泉は大井川鐵道の鉄橋のすぐそばにあるので、トーマスの運行日には見物客が大勢押し寄せ、川根温泉やホテルの駐車場がパンクしてしまいます。そこで、別の場所に駐車場を用意し、車で来たお客さんを他の観光スポットにうまく誘導することができれば、もっと地元で買い物をしてもらえるかもしれない。スタンプラリーや子供が楽しめるイベントなども採り入れながら、島田市としてどのような取り組みができるかを検討しているところです」

また、SLが常時運行し、古い客車や木造駅舎が点在する大井川鐵道は、映画やテレビにもたびたび登場するロケ地の宝庫。高倉健主演の映画『鉄道員(ぽっぽや)』や、NHK朝の連続テレビ小説『マッサン』など、大井川鐵道が舞台となった作品は枚挙にいとまがない。映画やテレビドラマのロケ撮影協力を行っているフィルムサポート島田では、大井川鐵道と協力して、こうしたロケ地を巡るバスツアーも企画しているという。

『トーマス号』だけではない、大井川鐵道のさまざまな魅力

井川線の奥大井湖上駅。接岨湖にかかるレインボーブリッジの中間にある秘境駅で、大井川鐵道の見所の1つ井川線の奥大井湖上駅。接岨湖にかかるレインボーブリッジの中間にある秘境駅で、大井川鐵道の見所の1つ

百聞は一見に如かずということで、大井川鐵道に試乗してみることにした。まずは大井川本線に乗って、始発の金谷駅から終点の千頭駅を目指す。窓の外には地元名産の川根茶を栽培する茶畑が広がり、昭和の名残をとどめる木造の無人駅が旅情を誘う。

列車は1時間余りで千頭駅に着いた。ここからは、「日本の秘境100選」にも選ばれた寸又峡行きのバスが出ている。南アルプス山麓に湧く寸又峡温泉郷は、知る人ぞ知る「美人の湯」。ここで1泊して、翌朝、さらに上流まで遡ることにした。

千頭駅で井川線(南アルプスあぷとライン)のトロッコ列車に乗車。目の醒めるようなエメラルドグリーンの大井川やダム湖を眺めながら、南アルプス山麓に深々と分け入っていく。
長島ダムを通り過ぎてしばらく行くと、列車は接岨湖にかかる赤い鉄橋の上を走り出した。ここが「奥大井湖上駅」。湖の上に浮かぶ半島状の陸地に作られた無人駅で、井川線最大のビュースポットである。

360度の絶景を心ゆくまで味わうため、奥大井湖上駅で途中下車することにした。湖水にゆらめく光を眺めながら鉄橋の上を歩いていると、爽やかな風が緑の香りを運んでくる。大自然の霊気に包まれて、なんともいえない至福感に包まれた。

1駅先の接阻峡温泉駅まで2時間のハイキングを楽しんだあと、帰路についた。接阻峡温泉駅から金谷駅までは、約2時間半の旅路である。SLが走る大井川本線には古きよき時代のノスタルジーがあり、南アルプス山麓を走る井川線には秘境ならではの圧倒的な景観美がある。『トーマス号』だけではない、大井川鐵道のさまざまな魅力にふれることのできた2日間だった。

外国人の鉄道ファンにもSLを楽しんでもらいたい

外国人観光客にもSLの魅力にふれてもらいたい外国人観光客にもSLの魅力にふれてもらいたい

だが、こうした大井川鐵道と沿線の魅力は、まだまだ十分に知られているとはいいがたい。このため、「まずは島田市の魅力を発信することで、大井川鐵道とタイアップしながら観光客を呼び込み、経済効果を島田市全体に波及させていきたい」と森川さんは語る。

一方で、今後の観光の焦点となりそうなのが、海外からの観光客の取り込みだ。
2009年に静岡空港が竣工し、台北・ソウル・上海・天津などからの国際便が就航。以来、静岡県を訪れる外国人観光客は増えているが、島田市が通過点となって、関東や関西へ移動してしまうケースも多いという。

「これからは、静岡に長く滞在する外国人観光客の数を増やしたい。台湾やタイからの観光客には鉄道好きな方も多いので、SLと合わせて温泉やトレッキングも楽しんでいただければと考えています。全国でもSLが常に走っている地域はここしかない。この貴重な観光資源を大事にしながら、島田市の魅力をうまく伝えることで、地域を活性化させていきたいですね」

そう語る森川さん。2020年の東京五輪を見据えて、観光協会のホームページの多言語化にも取り組んでいくという。トーマス人気を背景に、鉄道とタイアップした街おこしに本腰を入れ始めた島田市。その試みには、今後の地域の未来を占うヒントが隠されている。

2015年 04月02日 11時08分