一緒に暮らしたいけど、個室は必須。プライバシーは絶対

東京メトロ千代田線千駄木駅近くに店を構える尚建の徳山さん。「谷根千は下町だから家賃が安いと勘違いしている人もいますが、山手線内。けっこうしますよ」とのこと東京メトロ千代田線千駄木駅近くに店を構える尚建の徳山さん。「谷根千は下町だから家賃が安いと勘違いしている人もいますが、山手線内。けっこうしますよ」とのこと

初めての二人暮らし。一緒にいたいから二人暮らしをするのだと普通は思う。だが、今どきはそうではないらしい。

「最初にあれ?と思ったのは2014年の夏です。一緒に住むための部屋を探したいと20代のカップルがご来店。彼女は実家暮らしで、彼は一人暮らし。一緒に住めば、家賃はそれまでと変わらないとしても生活費は安くなるだろうと考えて部屋を探していると言うのですが、どうしてもプライバシーは守りたいので、2人それぞれに個室が欲しいというのが条件。傍目に見ても仲の良さそう2人で、将来は結婚するつもりだという。それでも、個室がなければ一緒には暮らせないというのです」(千駄木にある不動産会社、尚建の徳山明さん)。

個室が2室ある間取りといえば、2DKあるいは2LDKだが、2DKで2室が独立した間取りは少なく、たいていはDKと引き戸で仕切られているものの、あまり独立した印象がないことが一般的。また、2LDKとなると専有面積が広くなり、その分、家賃も高くなる。現実的に考えると、そこまでの予算がないなら、個室2室など難しいことを条件にしなければ良いのにと思うが、「それはダメ、譲れないというのです」。

徳山さんの印象としては「その他の譲れる条件とは異なり、五感に関わるというか、理屈を超えた部分で個室が欲しいと言っているという印象なのです。予算内でなんとか、独立性の高そうな2DKを探しても、今度は古くて洗面台がないからダメ、設備も古すぎてダメという具合で、結局は『2人でもう一度よく話し合ってみてください』という結果になりました」。

毎月1組ずつ、個室が欲しいカップルが来店

他の商品選びと異なり、家を選ぶ際にはいろいろな夢を描くものだが、あまりに現実離れしてしまうと実現が難しくなる他の商品選びと異なり、家を選ぶ際にはいろいろな夢を描くものだが、あまりに現実離れしてしまうと実現が難しくなる

個室2室の要望はさらに続く。「1月に1組の割合で、3カ月同じ要望が続いた時点で、これは何か、変わってきたぞと思ったのです。そこで11月に入って来社された4組目のカップルにはこちらか聞きました。『それぞれに個室が欲しいというのが条件ですか?』。そうしたら、『なんで分かったんですか、そうなんです~』と言われました」。

徳山さんには似たような現象の経験がある。それは10年前に映画NANAが公開された後のこと。「『シェアして住める物件はないですか?』という来訪者が急増したのです。そして、それからしばらしくしてシェアハウスが市民権を得るようになった。だから、今回の個室が欲しいカップルの登場も、何かしら社会が動いていることの反映のような気がします」。

実際、徳山さんだけでなく、複数の不動産会社の人たちが同じような条件で部屋を探すカップルと遭遇している。私もこの話を聞いて、知り合いの若い男女に「もし、彼女、彼氏と部屋を探すとしたら」という質問を投げてみた。割合として、そう多くはなかったものの、何人かは自室が欲しいと答えており、2人で暮らすとしてもプライバシーは譲れないという意識を強く持つ人がいることは確かなように感じる。

東日本大震災後、人間関係を大事に考える人が増えている一方で、これから夫婦になるかもしれない人たちが個室プラス共用部分のある家、いってみればシェアハウスのような暮らしを志向しているというのである。

将来の暮らしから現在の暮らしを考えてみる

夫婦から子どものいる家族へ。その過程をイメージしてみると、今、実現しておくべきこと、将来の楽しみにしておくことが見えてくると徳山さん夫婦から子どものいる家族へ。その過程をイメージしてみると、今、実現しておくべきこと、将来の楽しみにしておくことが見えてくると徳山さん

3組目までは呆気にとられていた徳山さんだが、4組目に至り、対応を変えてみた。「不動産会社の仕事は部屋探しの条件をパソコンに打ち込むだけのキーパンチャーのように思っている人もいるかもしれませんが、本当は生活を提案するのが仕事。今住んでいる部屋から住み替えることでどのような未来を実現したいのかを聞き、その未来像に近い部屋を探す、あるいはそこに無理があるなら、今回の住み替えで叶える条件と次に住み替える際の楽しみに置いておく条件の振り分けを提案するなどが仕事だと思っています。ただ、それまでの3組は彼らの条件と現実との乖離があり過ぎ、提案しようがなかった」。

しかし、4組目の2人には自分たちが結婚、子ども、家などでどのような将来像を描いているのかを語ってもらったのだという。

「その上で『個室2室の部屋を借りるとお金がかかる、それだと貯金はできない。でも、いずれは結婚して子どもが欲しい、家も買いたいというのなら、貯金は大事だよね?』と聞くと『そうですね』となる。『じゃあ、個室は2室ないけれど、こちらの部屋にしたら毎月1万円安くなるから、その分、貯金ができるね。2年住んだら24万円貯まるよ』と順に話をしていったら、少しずつ『個室は絶対必要』から、『自分たちの将来の暮らし、夢の実現』に意識が行き始めた。最後には自分たちの10年後、20年後を考えるようになりました」。

2人の住まいを考えることは2人の未来を考えること

これから長い間一緒に暮らすつもりであれば、どんな家でどんな暮らしをしたいか、2人でよく話し合ってみようこれから長い間一緒に暮らすつもりであれば、どんな家でどんな暮らしをしたいか、2人でよく話し合ってみよう

このお二人はその後、もう一度来店、条件を詰めて部屋探しをすることになっているそうで、次の来訪では個室は条件には上がってこないだろうと思う。目の前の2人の暮らしを理想のものにするのはとても大事なことだが、2人暮らしは新たな家族の誕生であり、それは周囲の人たちや子どもをも巻き込み、長く続いていく。その未来を豊かなものにするためには将来像を描いてみることが大事だと思うが、これまでの個室絶対派の人たちはそこに意識がいっていなかったのかもしれない。

もちろん、夫婦のあり方、プライバシーについてこれまでと違う考えを持っていたとも思われ、であれば他人が口出しをすることではない。従来の考えと違うからと言って、それがいけないと断ずる権利は誰にもない。

ただ、いずれ住宅を購入したいと思うのであれば、夫婦それぞれがお金、空間ともに独立していたいという考えでは難しいと徳山さん。「30代半ばになって家でも買おうかと思った時に貯蓄がなくて愕然とするというケースは夫婦別会計の家庭に多い。それぞれに互いが貯めているだろうと勝手に思ってしまうんでしょうね」。

購入するしないに関わらず、生きている限り、住宅は常に必要なものであり、夫婦であれば基本、一緒に暮らすはずの場所である。どう暮らしたいか、どこに暮らしたいかを考えることは2人の未来を考えることでもある。今だけではなく、ちょっと先の、さらにその先の未来も含め、2人でよく話し合い、考え、楽しい2人暮らしを始めていただきたいものである。

2015年 02月16日 11時18分