みどり市のことは知らなくても、わ鐵は知っている

新緑の渓谷を走るわっしー号。わ鐵はみどり市にとって重要な観光資源だ新緑の渓谷を走るわっしー号。わ鐵はみどり市にとって重要な観光資源だ

わたらせ渓谷鐵道(以下、わ鐵)は、2県3市(群馬県・栃木県・桐生市・みどり市・日光市)を貫いて走る、第3セクター鉄道である。なかでも、わ鐵の本社があるみどり市とは関わりが深く、沿線のまちおこしについても緊密に連携を図ってきた。
みどり市は、2006年に群馬県の笠懸町・大間々町・東村が合併して生まれた人口約5万人の市。高齢化と過疎化に揺れる沿線自治体として、わ鐵の存在意義をどのように捉えているのだろうか。

「鉄道の優位性は、他の公共交通機関にはない“定時制”にあります。バスの便は道路事情にどうしても左右されてしまう。鉄道はバスと比べて小回りは利きませんが、安心して乗れるという意味では一番だと思います」
そう語るのは、総務部企画課の瀬谷勉氏。また、産業観光部観光課の大島寿之氏も、こう言葉を添える。

「わ鐵は地域の足であると同時に、観光資源でもあります。みどり市のことは知らなくても『わ鐵は知っている』という方も多い。このため、市の観光パンフレットでも鉄道を前面に打ち出しています。まずは、わ鐵を目的としてみどり市に来てもらい、沿線も観光してもらおうという発想です」

つまり、みどり市にとってわ鐵とは、住民の生活を支える公共交通機関であると同時に、沿線に観光客を呼び込むためのツールでもあるのだ。その一環として、同市では『[わ鐵]ぶらり旅』という観光パンフレットを作成。わ鐵に乗って途中下車の旅を楽しんでもらうため、代表的な5つのモデルコースを提示している。こうした情報を発信することによって、みどり市に来てもらい、地域経済の活性化につなげようという考えだ。

赤字経営が常態化。沿線自治体による公的支援が頼みの綱

大間々駅のほど近くにある「ながめ余興場」。昭和12年に竣工した木造2階建ての芝居小屋で、市の重要文化財に指定されている大間々駅のほど近くにある「ながめ余興場」。昭和12年に竣工した木造2階建ての芝居小屋で、市の重要文化財に指定されている

実際のところ、わ鐵は地域にどのぐらいの経済効果をもたらしているのだろうか。
「それを数値化するのは難しい」と前置きしながらも、大島氏はこう語る。

「わ鐵の大間々駅前にある、大間々駅前観光案内所の2014年度の年間利用者は1万3,000人で、2013年度に比べて30%以上増えています。また、この案内所を2015年3月にリニューアルオープンした結果、2015年4月の利用者は前年同月と比べるとほぼ倍増しています」

利用者数が増加した理由の1つが、施設のリニューアルにあることはいうまでもない。だが、大間々駅の観光案内所を訪れる人が増えたということは、それだけ沿線を観光する人が増えたことを意味する。わ鐵による集客効果と、地域への貢献度を物語る数字といっていいだろう。

とはいうものの、沿線の人口減少が進む中、わ鐵が赤字経営から脱却できる見通しは立っていない。沿線自治体による公的支援で、なんとか運行を維持しているのが実情だ。総務部企画課・渡辺裕香氏はこう語る。

「わ鐵に対する公的支援としては、ソフト面とハード面の2つがあります。ソフト面の支援としては、わたらせ渓谷鐵道連絡協議会が、わ鐵のポスターやガイドの作成を行っています。また、ハード面では、信号機や車両設備の安全性向上を目的とした、経済的な支援を行っています」

現在、わ鐵に対しては、沿線自治体から「輸送対策事業費補助金」と「運行維持費補助金」の2つが交付されており、2014年度は赤字補填分も含めて2億円以上の補助金が支払われている。
このため、今のところは鉄道経営に支障はないが、沿線自治体の財政状況が悪化すれば、現在の水準の補助金を維持できなくなる可能性もある。

「わ鐵に対する公的支援は、各自治体が財政状況を考慮しながらではありますが、公共交通の確保という点から続けていかなければならないと考えています」と、瀬谷氏は語る。

歴史・自然・産業遺産――わ鐵沿線の多彩な魅力

錦秋の渓谷を巡るわっしー号。沿線は鮮やかな紅葉に彩られる錦秋の渓谷を巡るわっしー号。沿線は鮮やかな紅葉に彩られる

では、観光鉄道としてのわ鐵の魅力とは何なのか。それを探るため、始発駅の桐生駅から終点の間藤駅まで乗車してみた。

わ鐵の沿線には、歴史の重みを感じさせる町が多い。始発の桐生駅周辺は、奈良時代から絹織物の産地として知られた土地柄で、市内には歴史的建造物も多い。また、トロッコ列車の発着駅でもある大間々駅周辺には、大正・昭和の芝居小屋や醤油蔵などが点在し、銅や生糸の集散地として栄えた往時の面影を今に伝えている。

列車は桐生駅を出発し、渡良瀬渓谷に沿って東に向かった。渡良瀬川の澄んだ水面に木々の新緑が映え、まばゆいばかりの光を放っている。開け放たれたトロッコ列車の車窓からはさわやかな風が吹き込み、渓谷美を心ゆくまで堪能することができる。わ鐵の沿線風景は、桜や花桃と紅葉の季節がことに美しく、“絵に描いたような”鉄道写真が撮れることで有名だ。このため、シーズン中には全国から大勢の“撮り鉄”が集まるという。

中間地点の神戸(ごうど)駅には、日本でほぼ唯一といわれる鉄道直営のレストランもあり、名物の「やまと豚弁当」を味わうことができる。この神戸駅は草木ダム観光の起点ともなっており、湖畔に佇む富弘美術館まで足を延ばす人も多い。また、水沼駅のホームには温泉もあり、途中下車して鉄旅の疲れを癒すことができる。

日本近代史の光と影。足尾銅山の歴史に思いを馳せる

足尾銅山の迎賓館「古河掛水倶楽部」。往時の栄華を偲ぶことができる足尾銅山の迎賓館「古河掛水倶楽部」。往時の栄華を偲ぶことができる

神戸駅を過ぎると、列車は草木トンネルを抜け、さらに上流に向かった。原向駅を過ぎると、車窓の景色は一変し、足尾銅山の橋梁や選鉱所、鉱山住宅などが見えてくる。通洞駅から徒歩5分の「足尾銅山観光」は、かつての採掘坑を利用した体感型の観光施設。また、「足尾歴史館」では、日本一の銅山として栄え、鉱毒事件の舞台ともなった足尾の歴史に思いを馳せることができる。

もし余裕があれば、足尾駅の近くにある「古河掛水倶楽部」を訪ねてみてほしい。この瀟洒な洋館はかつての迎賓館で、館内ではコーヒーブレイクも楽しめる。また、終点の間藤駅付近は産業遺産の集積地。製錬所の遺構や足尾鉄道の廃線跡が広がり、その偉観は“鉱都”の名にふさわしい。

わ鐵の全線を旅してみて感じたのは、幾重にも積み重ねられた歴史の重みと、豊かな自然が醸し出す多層的な魅力だった。神戸駅まで来て折返す観光客が多いと聞くが、それでは、わ鐵の本当の魅力を知ることはできない。時間が許せば、ぜひ、足尾や間藤まで足を伸ばしてみることをお勧めしたい。

わ鐵はみどり市にとって、地域再生をかけた観光のシンボル

わ鐵沿線の”花桃街道”。春には大勢の観光客が見物に訪れるわ鐵沿線の”花桃街道”。春には大勢の観光客が見物に訪れる

現在、みどり市では、観光による交流人口を増やすため、わ鐵を活用したさまざまな取り組みが行われている。特に過疎化が深刻な東町(旧東村)では、10年がかりで1万本の花桃を植える活動が進められており、4月中旬には神戸駅や花輪駅の周辺が鮮やかなピンクに染め上げられる。
今年4月18日・19日には、花輪駅近くの小夜戸・大畑地区で「花桃まつり広場」が開設され、約4,000人が集まった。今後もみどり市とわ鐵が一体となって、花桃による観光客誘致に力を注いでいくという。

「わ鐵は、みどり市にとって観光のシンボル。わ鐵があるから観光客も来てくれるわけで、わ鐵がなくなったら、みどり市には人が来なくなる。我々も東京にキャラバンを組んで行くのですが、観光パンフレットの表紙に電車の写真があると、子供の目の輝きがちがうんです。子供がわ鐵に興味を持ってくれれば、親を引っ張ってきてくれる。その意味では、我々も、わ鐵をPR素材としてかなり利用させてもらっています」(大島氏)

わ鐵の存在価値を深く理解するみどり市と、沿線自治体の支援を得ながら、地域活性化のために粉骨砕身するわたらせ渓谷鐵道。過疎化の波に洗われながらも、互いが互いを支え合うその関係は、ある意味、理想的にも思える。

「わ鐵の沿線には、貴重な鉄道文化財や古い町並み、銅(あかがね)街道花輪宿や足尾銅山跡など見所がたくさんあります。わ鐵とからめて町歩きをし、沿線の歴史にふれてもらいたい。途中下車を楽しみながら、ゆっくり旅していただければと思います」

そう、産業観光部観光課の星野健太氏は語る。地元の人たちが100年にわたって注いできた、わ鐵への惜しみなき愛情。それが、今もこのローカル鉄道に輝きを与えている。

2015年 07月06日 11時06分