大空襲を生き延び、70年以上の間、印刷工場として使われてきた建物

大阪環状線・京橋駅から徒歩5分。線路沿いに立つ間口の広い木造2階建てが「鶴身印刷所」だ。印刷はすでに廃業したが、建物の名前に記憶を残し、アトリエや店舗が集まる複合施設に生まれ変わった。
路面には古本屋とコーヒーの自家焙煎所があり、11区画の貸室には木工や彫金、布製品などのつくり手や、デザイナーらが入居する。ワークショップや講座に使うスペースもあり、「貸台所」では月1〜3回といったサイクルで、複数のカフェが交互に飲食を提供する。
日頃は静かな創作の場だが、ときにさまざまな来場者で賑わう、ユニークな施設だ。

この建物が、いつ建てられたのかははっきりしていない。しかし、固定資産課税台帳によると昭和14年(1939年)にはすでに存在していたことが分かっている。戦前の建物であることは間違いない。
京橋一帯は終戦前日の1945年8月14日に激しい空襲を受けており、駅の南口にはこのときの被災者の慰霊碑が立っている。木造の建物が生き延びたのは幸運なことだった。

「鶴身印刷所」の代表、鶴身知子さんの曾祖父・精一さんは、その空襲によって職場を失った。
15歳で香川から大阪に出てきて以来、50年近く奉公した印刷所が焼けてしまったのだ。関係者からの懇請を受け、精一さんは印刷業の再開に乗り出す。63歳になっての起業だ。取引先の紹介で、現在の「鶴身印刷所」の建物を使わせてもらうことになった。

精一さんには、前職から引き継いだ大切な顧客があった。それが「ニッカウヰスキー」だ。同社の創業者・竹鶴政孝氏が、サントリーの前身「寿屋」で国産ウイスキーの開発に取り組んでいたときからの縁という。鶴身印刷には、ニッカウヰスキーがまだ「大日本果汁」と名乗っていた時代のラベルが残っているそうだ。

それから2015年12月に印刷業をやめるまでの70年余、鶴身印刷はニッカのラベルをつくり続けた。

線路沿いの道路に面した「鶴身印刷所」。壁画は、ポートレイトペインター・山本勇気さんによるもの。手前の大きな顔は元工場長。電車の進行方向に沿って歴史が展開するストーリーで、かつての印刷所の様子が描かれている線路沿いの道路に面した「鶴身印刷所」。壁画は、ポートレイトペインター・山本勇気さんによるもの。手前の大きな顔は元工場長。電車の進行方向に沿って歴史が展開するストーリーで、かつての印刷所の様子が描かれている

4代目にして印刷廃業を決意。初代の建物だけは継承していく

知子さんが4代目として鶴身印刷を継いだのは、2015年7月のこと。「印刷業にとっては厳しい時代です。それまで別の仕事をしていた私に、印刷で会社を維持できるとは思えませんでした。まずは廃業に向けて他社に仕事を引き継ぎ、そのあとは、会社そのものを畳むかどうか、決断しなければなりませんでした」

悩む知子さんに知人から、廃業後の印刷工場をアートイベントに使わせてもらえないか、という依頼が持ち込まれた。当初は場所だけ提供する計画だったが、参加するアーティストたちが集まって印刷所の元工場長の昔語りを聞いたことがきっかけで、鶴身印刷の歴史に焦点を当てたアートワークが行われることになった。「鶴身印刷所」の壁画は、そのときポートレイトペインターの山本勇気さんが、昔の写真などを元に描いてくれたものだ。

このイベントを通して、知子さんの建物に対する見方が変わった。
「私にとって印刷所はあまりにも身近にありすぎて、ただただ古くて暗くて薄汚れて散らかった場所としか見えていませんでした。だけどイベントでたくさんの人がいらしてくださったら、とても温かい場所になって....」。
訪れた人が、歴史を重ねた建物やそこに残された古い工具類をおもしろがってくれたことにも驚いたそうだ。
2つあった印刷工場のうち、曾祖父の代から引き継いできたこの工場だけは守っていこうと決意した。

階段から玄関広間を俯瞰する。椅子はもともとここにあったもの。テーブルは工場の廃材を再利用してつくった。写真奥、開いているドアから覗いているのが知子さん。ドア横のコーナーが「番台」で、柄のついたタイルのようなものは、印刷に使っていた石版だ。番台の左に置いてあるのは、昔ながらの石版印刷機階段から玄関広間を俯瞰する。椅子はもともとここにあったもの。テーブルは工場の廃材を再利用してつくった。写真奥、開いているドアから覗いているのが知子さん。ドア横のコーナーが「番台」で、柄のついたタイルのようなものは、印刷に使っていた石版だ。番台の左に置いてあるのは、昔ながらの石版印刷機

学校という出自と印刷所の歴史を踏まえ、ものづくりと学びを再生のテーマに

言い伝えによれば、この建物ははじめ小学校の講堂として建てられた。記録は残っていないのだが、建物に残された幅広の木の階段は、確かに工場より学校にふさわしく見える。知子さんはこの場所に、「学び」を取り戻したいと考えた。

とはいえ、「学び」だけで建物を維持するのは難しい。改修を手掛けたアートアンドクラフトは「クリエイター向けのアトリエや工房、店舗の複合施設にしてはどうか」と提案した。
知子さんは思った。「それなら、印刷業はやめても、ものづくりは継承していける」。
こうして、「ものづくりと学びの場所」という「鶴身印刷所」のコンセプトが決まった。

リノベーションは、建物本来の持ち味を生かし、古いものと新しいものを馴染ませるという方針で進められた。解体した古材をほかの部分に再利用し、印刷所の工具や廃材もデザインに生かす。新しくつくった部分には「学校」のイメージを投影している。

2階の床を一部抜いて、玄関まわりをのびのびとした吹き抜けの広間に。古い梁や柱を表した。
その東側は、上下階に約10〜27m2の個室を並べている。ひとりでアトリエや工房に使うのにちょうどいい広さだ。道路に面した北側1階は、窓を掃き出しに広げて店舗区画とした。

個室を仕切る壁は耐震壁を兼ねており、建物の強度を高める役割も担っている。廊下の両側に規則正しくドアが並ぶ様子は、どこか寄宿舎のようでもある。

上/階段は、既存の踏み板と蹴込み板を使って架け替えている。踊り場には外した2階の床板を使い、手すりは学校建築風に新しくつくった 下/1階廊下から玄関広間を見通す。右側のガラス引き戸は店舗、左側のドアはアトリエ上/階段は、既存の踏み板と蹴込み板を使って架け替えている。踊り場には外した2階の床板を使い、手すりは学校建築風に新しくつくった 下/1階廊下から玄関広間を見通す。右側のガラス引き戸は店舗、左側のドアはアトリエ

オーナー自ら管理に携わり、ワークショップも主催する

玄関広間の西側には、「番台」と呼ぶ受付と管理事務所を設けた。知子さんは自らここに常駐し、建物の維持管理に携わる。入居者のちょっとした相談にも気軽に応じ、相互のつなぎ役を果たす。「こんなことを言うのはちょっとおこがましいけれど、“めぞん一刻”の響子さんになりたかったんです」と、知子さんははにかむ。

事務所の隣にはカウンターキッチンをつくり、定期的に使ってくれる人に時間貸しする。
なぜ常設のカフェにしなかったんですか、と尋ねると「ここは学びの場所だから」という答えが返ってきた。
「“食”を通して、たとえば体のことや農業の情報などを発信したい人に使ってもらいたい。飲食業の起業を目指す人に、最初の一歩を踏み出してもらってもいい。ただの飲食スペースには、したくなかったんです」

2階の少し広い部屋は「講堂」と呼んでいる。ここではセラピストの資格を持つ知子さんが、自らワークショップを開くこともあるし、入居テナントによる催し物会場としても使われている。訪れた人に新しい何かを持ち帰ってもらう、まさに「学び」の場所だ。

上/貸台所を用いたランチ風景。この日は月1回・予約制の「お野菜ごはん わっか」が開店。併せて野菜市を開いている。ほか、現在のところ、パンとスープとやさいのおかず「しずかごはん」とスパイスカレー「マメカフェタ」が月に1度ずつ営業する。(写真提供:お野菜ごはん わっか)下/2階「講堂」。木造トラスの小屋組が圧巻だ。すすけていた漆喰壁は、あまりきれいになり過ぎないように、あえて下地材のプラスターだけで仕上げた。でこぼことした床に、経てきた時間の長さを感じる上/貸台所を用いたランチ風景。この日は月1回・予約制の「お野菜ごはん わっか」が開店。併せて野菜市を開いている。ほか、現在のところ、パンとスープとやさいのおかず「しずかごはん」とスパイスカレー「マメカフェタ」が月に1度ずつ営業する。(写真提供:お野菜ごはん わっか)下/2階「講堂」。木造トラスの小屋組が圧巻だ。すすけていた漆喰壁は、あまりきれいになり過ぎないように、あえて下地材のプラスターだけで仕上げた。でこぼことした床に、経てきた時間の長さを感じる

花に本に服飾、木工の工房も。思い描いた通りのテナントが次々入居

およそ半年をかけたリノベーション工事は、2018年4月に完了。内覧会と併せて、改修時に使い切れなかった古い家具や什器を販売する蚤の市を開催した。同時に、元工場長の指導のもと、鶴身印刷創業時からの財産である「石版印刷機」を使った印刷ワークショップも行っている。

このとき、蚤の市で本棚や長机を衝動買いしてしまったのが、今、1階で「くらしと本のみせ スウス」を営む木下さんだ。「鶴身印刷所」との出会いによって、初めて実店舗を持つことになった。
「それまでは、イベントにときどき出店するぐらいだったんです。でも、蚤の市をきっかけに鶴身さんと知り合って、思いがけず店を出すことになりました」と木下さん。今では同じ「鶴身印刷所」で制作する作家の作品も扱うようになった。

蝶ネクタイのブランド「BOWTIE SPECIMENS」のアライケンジさん、花のアトリエ「atelier le chainon」のおおたなおこさんも、「鶴身印刷所」ができたことがきっかけで、それまでの自宅制作から、専用のアトリエを構えることになった。
「ずっと探していた場所が、ようやく見つかりました」とアライさん。「すごく集中できるし、作品写真もきれいに撮れるんです」とおおたさん。

ほかにも、刺繍と布小物「ざっ花」、スポーツウェアデザイン事務所、木工工房「toi.toi.to-i!」、DVDレーベル「TEXTure」、カメラマン事務所、彫金アクセサリーアトリエ、珈琲豆焙煎「Doce Grão」が相次いで入居を決め、貸室11室中10室があっという間に埋まった。残る1室も、機織り工房の入居が決まっている。

「改修設計のとき、お花屋さんと本屋さんには来てほしいな、と言っていました。彫金や木工も。思い描いていたことすべてが実現して、本当に不思議で、ありがたいことだと思っています」と知子さん。

この場所には、知子さんが生まれ育った家の建具も再利用されている。「仕事場なんだけれど、自宅のようで、ひとりなんだけれど、曽祖父母や祖父母もそばにいてくれるようで。この建物を引き継いだことで、それまで関心を持たなかった家族の歴史を学ぶことにもなりました。4代使い続けた建物を生まれ変わらせ、次代につなぐ、“蝶番”の役割を担えることが、とても嬉しい」。

今後は、月に1度ぐらいのペースで、講座やワークショップを開催するべく、準備を進めているという。ここにいる人、ここに来る人を結び、新しい「学校」のかたちを目指す。

鶴身印刷所 https://tsurumi-print.com/

左上/おおたなおこさんの花のアトリエ「atelier le chainon」。ドライフラワーやブリザーブドフラワーでリースやスワッグを制作する。「建物の雰囲気が気に入って、もうここしかない、と思いました」とおおたさん。窓の格子や壁のペイントはおおたさんの手によるもの 右上/蝶ネクタイブランド「BOWTIE SPECIMENS」のアライケンジさん。蝶の標本のようにネクタイを飾っている 左下/「くらしと本のみせ スウス」。主に絵本や児童書、暮らし関連の古本を扱う。靴を脱いでくつろげる場所があり、小さな子ども連れでも訪れやすい 右下/「スウス」では、「atelier le chainon」のアレンジメントや「BOWTIE SPECIMENS」の蝶ネクタイをはじめ、館内のクリエイターの作品も販売する左上/おおたなおこさんの花のアトリエ「atelier le chainon」。ドライフラワーやブリザーブドフラワーでリースやスワッグを制作する。「建物の雰囲気が気に入って、もうここしかない、と思いました」とおおたさん。窓の格子や壁のペイントはおおたさんの手によるもの 右上/蝶ネクタイブランド「BOWTIE SPECIMENS」のアライケンジさん。蝶の標本のようにネクタイを飾っている 左下/「くらしと本のみせ スウス」。主に絵本や児童書、暮らし関連の古本を扱う。靴を脱いでくつろげる場所があり、小さな子ども連れでも訪れやすい 右下/「スウス」では、「atelier le chainon」のアレンジメントや「BOWTIE SPECIMENS」の蝶ネクタイをはじめ、館内のクリエイターの作品も販売する

2019年 06月29日 11時00分