窓から電車が見えるコミュニティスペース

千葉県流山市に日本はおろか、首都圏でも知る人の少ないローカル路線がある。流鉄流山線だ。町民(当時は流山町)から出資を募り、1916年3月に開業した路線は千葉県松戸市の馬橋駅から流山市役所最寄りの流山駅までの全長5.7キロを走っており、その沿線には江戸時代から江戸川の水運、みりんの製造で栄えてきた流山のかつての中心部がある。周辺は一戸建てを中心とした昭和の頃からの住宅街だ。

率直なところ、往時からすると、そして賑わうつくばエクスプレス沿線からするといささか寂れた感のある流山駅駅舎の隣に2018年4月、コミュニティスペースmachimin(まちみん)が生まれた。元々は流鉄がかつてタクシー事業を行っていた時の車庫だった屋根と壁だけの場所で、2004年の事業廃止後は空いたままだった。

それを主にDIYでリノベーション。道路に面しては透明の硬質プラスチックの波板で仕切りや扉などを作り、中に入ると40m2ほどの空間は土間と小上がりに分けられている。そしてなんといっても印象的なのは電車が見えるように大きく半円状に開けられた窓。鮮やかなピンクや黄色に塗られた電車がまるで額縁に収まる絵のように見えるのである。

人の集まる空間の隣には外に向けた小さなキッチンが設けられてもいる。ここでは地元名産の白みりんを使ったマシュマロやキャラメルパンなどが作られており、オープン以降、あっという間に人気商品になっている。

左上から時計周りに。通りかかる人が不思議そうに覗きこんでいく外観。駅内から見るとこんな感じ。色鮮やかな車両は西武鉄道から譲り受けたものを塗装して使っているそうだ。下2点はオープニング時の状況。ママさんたちがアカペラで歌い、テープカットには流山市の井崎義治市長も駆け付けた左上から時計周りに。通りかかる人が不思議そうに覗きこんでいく外観。駅内から見るとこんな感じ。色鮮やかな車両は西武鉄道から譲り受けたものを塗装して使っているそうだ。下2点はオープニング時の状況。ママさんたちがアカペラで歌い、テープカットには流山市の井崎義治市長も駆け付けた

張られたレッテルを外して人と交わる意味

手塚氏が市民団体を立ち上げて最初に手掛けたのは現在、全国に広がりつつあるシビックパワーバトル(市民が自分のまちをプレゼンするイベント)。行動力の人である手塚氏が市民団体を立ち上げて最初に手掛けたのは現在、全国に広がりつつあるシビックパワーバトル(市民が自分のまちをプレゼンするイベント)。行動力の人である

この施設を作ったのは5年前に流山市に引っ越してきた手塚純子氏。

「2018年6月まで働いていた会社では企画、営業、人事などを経験してきました。バラバラの組織をまとめて戦略を推進する、疲弊してモチベーションが下がっている人たちにビジョンを提示し、活性化させて組織をV字回復させるきっかけを作る。組織にあった人を採用、育成するなどの仕事をしてきたのですが、まちを見た時、『あれ、まちも組織、企業と同じではないか』と思ったのです。今の流山にはそれぞれにニーズの違う、バラバラの人がいます。一部は経済的な賑わいはあるものの地域とのつながりがない。一部は歴史や文化、つながりはあるものの高齢者が増え、閑散とし始めている。バランスの悪い衰退する会社のような状態です。自分がまちの人事部だったら、これをどう立て直すかを考え始めたのがきっかけです」。

と言っても、知る人のいない土地である。まず始めたのはボランティアを通じての人脈作り。そこで知り合った人たちと第一子育休中に南流山のサテライトオフィスの立ち上げ、運営を手伝った。その後、復職したものの、第二子育休中に今度はほぼ自分一人で市民団体を作る。それが発展したのが現在、machiminを運営しているWaCreationという会社だ。

まちの立て直しを考え、最初のステップとして交流の場を考えたのには理由がある。「ママ、シニア、旧住民、新住民……、人は他人に、自分自身にいろいろなレッテルを張り、枠にはめ、可能性を捨て、諦めてしまう。それを取り外していつもは離れたところにいる、分かりあえない、関係ないと思っていた人と触れ合ってみるといろいろな化学反応が起き、次第に自発的に触れ合うようになるかもしれない。分断されているとできないと思うことが、できると思えるかもしれない。だから、まずは場だと思ったのです。場を作って『壁を壊して、輪を創る』ことをしようと」。

子ども店長から歴史好き高齢者、元経営者も

流山駅の周辺には市の歴史を感じさせるスポットが残されており、ガイドによるツアーも。オープニング時に振る舞われた、みりんを利用したマシュマロ、キャラメル。自然な甘みが特徴で、夏場にはかき氷なども。特許を取得した商品もあり、販売を考えなくてはとも話していた流山駅の周辺には市の歴史を感じさせるスポットが残されており、ガイドによるツアーも。オープニング時に振る舞われた、みりんを利用したマシュマロ、キャラメル。自然な甘みが特徴で、夏場にはかき氷なども。特許を取得した商品もあり、販売を考えなくてはとも話していた

最初は縁側のある古民家を探していた手塚氏にこの場所を紹介したのは、ボランティア時代に知り合ったまちの人たち。流山駅はここ数年、市がレトロな街並みの整備に力を入れてきた流山本町エリアの入り口である。そこにまちのギャラリーや観光案内所的な役割を担う施設を作るなら補助があるという情報も教えてもらった。そこで改装費700万円のうちの半分は補助で賄い、残りの350万円と施設備品の合計400万円を手塚氏が負担する形で事業はスタートした。

家賃には半額補助があり、残り半分はパンやマシュマロなどの売り上げでとんとん。ボランティアでお手伝いをしてくれる人がいるので、人件費はほぼゼロ。貸主の流鉄にトイレを借りており、水道・光熱費も微々たるもので、赤字は出ていない。しかし、手塚氏の人件費もまた出ていない。この1年ほど「気が狂うほど忙しい」というのにお給料ゼロなのである。現状、コミュニティ関連の講義、ワークショップ運営、ホームページ作成などで自分の給料を稼いでいるというが、それでも続けているのはこの場に大きな未来を見ているからだ。

その未来はここに集まってくる人たちにある。ここには2種類の人たちが集まってくる。ひとつは当然ながら地元の人たち。しかも、その幅の広さたるや、ちょっと驚くほどだ。若いほうでは小学生がいる。
「初日、おばあちゃん、翌日、お父さんと来て、3日目には1人で来て店員をしたいと言ってくれた小学校6年生が子ども店長をやっています。といっても学業に影響のない時、好きな時に来てねと言っていますが。子ども店長が新聞に出たのを機にその子の友達や先生も来るようになりました。ウチの子にもやらせてくださいというお母さんもいらっしゃいます」。

企業が流山に関心を持つワケ

室内などに置かれたものの大半は利用者、地域の人などからの頂き物。それを利用したワークショップなども頻繁に開かれている室内などに置かれたものの大半は利用者、地域の人などからの頂き物。それを利用したワークショップなども頻繁に開かれている

さらに子どもが案内をしていることに近所の高齢者が興味を持つ。訪ねてきて子どもたちと話すうちに、子どもたちが歴史に関心があるという。地元の歴史に詳しい高齢者としてはがぜん嬉しくなってきて、じゃあ、教えてあげようと話が弾み、今度は高齢者も集まってくることに。

「新聞を見て散歩がてら来たという高齢者に話を聞いたら、大学教授をしたり、学園運営までしていた、企業で経営に携わっていたという経歴の主。その後、同行された友人も商社、官庁勤務など広い人脈や知見のある方々。様々なアドバイスを頂いています」。

もちろん、手塚氏と同年代の子育て世帯も多く集まっており、文字通り、老若男女が集まる状態なのである。

そして、もうひとつ集まってきているのは企業の人たちである。子育て世代の流入が話題になっている流山だが、実は高齢化も進んでおり、介護や医療、医薬などの世界の人たちからすると様々な取組みをしてみたい、協働してみたい場のひとつである。あるいは古くから開発された住宅地と新たに作られつつある住宅地、高齢者と子育て世帯が隣り合って暮らす流山は、流動性の無くなった古い住宅がどうすれば動くかを考えるにあたってのうってつけのフィールドである。まちの持続性を考えている企業にとっては新旧住民をどう繋げていくか、忘れ去られた歴史的な遺産にスポットライトを当てる仕組みの作り方などを実地に検証できる場でもある。そうした作業を一緒にできないか、手塚氏には様々な相談が舞い込んでいる。

様々な壁を壊すことで問題解決を

地元の人たちと企業。普通はあまり繋がらない、ある意味対極にいる人たちが同じ場に集まってきているのである。双方にメリットのある形で、まちの課題を解決する方向にこの繋がりを活かせないか、それが手塚氏が考えていることだ。地元の人たちだけでも、行政だけでも、企業だけでもできないことを、machiminが間に入って繋げることで解決に導けないか。machiminが掲げる「壁を壊して、輪を創る」という目標は、交流の場を作ることでママ、シニアなどの間の壁を壊すというだけでなく、まち、行政、企業の間の壁、さらには世にある様々な壁を壊し、その先に続けていくことだったのである。

もちろん、手塚氏ひとりでできることではない。「今は人を貯めている段階です。様々な人に来ていただき、その力を貯めていくことで輪を大きくしていき、できることを広げていこうと考えています」。

市からは観光に続き、新たに高齢者のための場作りで連携しており、集まる人はさらに広がっている。各種マスコミに登場したことで場の認知度も大幅にアップした。手塚氏に持ち込まれる相談も少しずつ、具体化しており、すでに「こんな人、いませんか?」という呼びかけも行われている。住宅街には今は仕事をしていないものの、女性や高齢者その他多くの眠っている人材がいる。そうした人たちが呼びかけに答えて地域で動き始めれば、まちの課題にも糸口が見え始めるのではなかろうか。

当面は観光がメインに見えるかもしれないが、そこから活動は広がっていくはず。どんな場所になっていくか、machiminが起こした波が地域全体に広がっていくことを楽しみにしたい当面は観光がメインに見えるかもしれないが、そこから活動は広がっていくはず。どんな場所になっていくか、machiminが起こした波が地域全体に広がっていくことを楽しみにしたい

2018年 09月09日 11時00分