どこにでも起こりうるトラブル、知ることから予防は始まる

子ども施設と近隣とのトラブルで多いのが「音」への苦情。子どもの発する音を騒音だと感じる人が少なからずいることを踏まえて、周囲への配慮と真摯な対応をめざしていく子ども施設と近隣とのトラブルで多いのが「音」への苦情。子どもの発する音を騒音だと感じる人が少なからずいることを踏まえて、周囲への配慮と真摯な対応をめざしていく

2017年2月21日、大阪府で「子ども施設と地域との共生」シンポジウムが開催された。主に都市部においては待機児童問題は深刻であり、その解消に向けて保育園や幼稚園といった子ども施設にニーズや期待が高まる近年だが、その建設や運営を巡っては、施設関係者やその施設にわが子を通園させる保護者たちと、地域住民との対立も増えている。
対立…とまでは言わずとも、ちょっとしたクレームやトラブルであれば、どの子ども施設、どの地域にも起きていると言って過言ではないだろう。

そうした現状を受け、大阪府では「子ども施設環境配慮手引書」を作成し、実際に寄せられた苦情をケーススタディとして取り上げ、対処法などを紹介し、トラブル未然防止に務めている。本シンポジウムもその一環として開催されたものだが、他人同士が多少とも袖すり合えば「縁」だけでなく「摩擦」も生じうる昨今、施設関係者や保育者でなくても大いに参考になる内容だったのでご紹介しよう。

大阪府が全国に先駆けて「子ども施設環境配慮手引書」制作した、その想いとは

子ども施設と地域との間にはいろんな苦情・トラブルが発生するが、特にナイーブな問題が「音」に関するもの。同じ「音」を聞いても、感じ方は人それぞれ異なるからこそ、問題化するとこじれやすい子ども施設と地域との間にはいろんな苦情・トラブルが発生するが、特にナイーブな問題が「音」に関するもの。同じ「音」を聞いても、感じ方は人それぞれ異なるからこそ、問題化するとこじれやすい

本シンポジウムの幕を切ったのは、主催者である大阪府 環境農林水産部 環境政策監の大下達哉氏。子ども施設における騒音等の苦情やトラブルが顕在化するようになり、関係者を悩ます問題となりつつも、「子どもは社会の宝、健全な育成に地域も積極的に協力すべきだ」「子どもの楽し気な声が騒音と感じるなど、世も末」そんな論調も確かに存在する。
「音」というのは聞く人によって好悪が分かれる、非常に個人的な感覚であるため、双方の言い分がいったん割れれば、事態の収束には相当の労力や費用がかかってしまう。そのため、「音」にまつわるトラブルは"未然"の解決が望ましい。
本手引書では、以下の3部構成となっている。
【第1部】
「子ども施設の出す音(子どもたちの元気にはしゃぐ声など)は騒音なのか」、そこから検証を行い「音」の性質を理解し、「音」の特徴を踏まえた効果的な対策の示唆。
【第2部】
子ども施設に実際に寄せられた苦情・トラブル事例とその対応策。
【第3部】
子ども施設と地域との共生につながるあらゆる工夫や配慮、心構えなどのポイント。

巻末には子ども施設関係者に向けたメッセージという充実の内容と構成になっている。
もちろん、本書で取り上げられた事例も対処法もあくまでも参考であって"解答"ではない。子ども施設自体、昔からあるものの、取り巻く環境や役割は大きく変化しているため、周辺地域にはより細やかな配慮が求められている。まずはそのことをしっかりと理解し、柔軟な対処や対応、工夫を行ってほしいというのが本手引書の意図するところである。

今も昔も社会に存在する「騒音」。トラブルへと発展する背景に"聞き手の感性の変化"

本シンポジウムのメイン、騒音トラブルを研究する橋本典久氏による基調講演本シンポジウムのメイン、騒音トラブルを研究する橋本典久氏による基調講演

続いて、「子ども施設の音の問題と苦情等への対応」をテーマに基調講演が行われた。
ゲストスピーカーは八戸工業大学 土木建築工学科 大学院社会基盤工学専攻教授の橋本典久氏。研究対象をそれまでのコンクリートから人へと転換し、最近は騒音トラブルについて研究を行っている。同氏によれば、
「音には大きく分けてマンション騒音や子どもの声・学校の騒音、ペット騒音といった人間的要素と、工場騒音や建築設備・機械騒音といった物理的要素の2つがあるが、昔は前者でトラブルに発展することは少なかった。ところが近年、近隣騒音訴訟で多いのは前者。音を出す側ではなく、聞く側の感性が変わってきた結果」だと言う。
確かに、新聞やテレビなどのメディアで「公園で遊ぶ子どもたちの声がうるさい」、「小学校体育館の子どもの声やボールをつく音がうるさい」という苦情が取り上げられはじめたのは1997年以降のことである。子ども施設の新設にも騒音不安や交通不安を理由に反対する住民運動が増えており、2015年兵庫県神戸市では住民側が敗訴したものの「子どもの声も騒音とみなすべき」という判決が出て話題を呼んだ。

こうした背景、社会の変化を受けて、橋本氏が一昨年、保育園10施設で行った子どもの声の騒音測定結果について、本シンポジウムでも報告が行われた。
その結果、子どもたちの年齢や人数、室内か屋外かといった測定点、測定した時間などによって差はあるものの、地下鉄の車内や街の雑踏と同程度の騒音を示す70デシベル(等価騒音レベル)を超えることもあることが判明した。ちなみに、一般に「静かだ」と感じる基準となる数値は40デシベルである。そもそも人の声の周波数には、男性か女性か、大人か子どもかによって特性がある。橋本氏の観測によれば、男声の中心周波数で125〜250ヘルツ、女声で250〜500ヘルツであるのに対し、子どもの声は男声より約3〜4オクターブ高い1〜2キロヘルツだという。子どもの声の塀による遮音効果も調べたところ、塀の高さや音源からの距離によって詳細な数値は異なるものの、男声よりも子どもの声の方がざっと9〜12デシベル減衰することが分かった。すなわち、子ども施設を塀で囲むことによって、一般男性の声よりも子どもの声の方が防音しやすい(=対策しやすい)ことが認められたのである。

これにより、橋本氏は施設を新設するに当たっては、子ども施設が出す音の騒音レベルを数値・データ化して事前に住民に示し、さらに防音塀などの誠意と工夫を凝らして最低限に抑える努力も行うことで、騒音不安の軽減につながると語った。さらに、
「騒音問題には心理的な要素が多分に含まれている。情報が与えられない、不安感からむやみに反対するケースも多い。強引に建設を押し進めれば、不安感情は高まるばかり。昨年、当研究室で行った『子どもの声の騒音問題に関する市民意識調査』によれば、ほとんどの人が子どもが元気に遊ぶ声や子ども施設に対して好意的な回答を行っている。義を尽くして対応していけばよいと強く実感する結果となった」。

近隣トラブルへと発展させるのは音の大きさよりも、"不安感"と"不信感"

それでも「根強く反対する人も1割程度存在するのは確か」とは同氏。言うなれば、この1割の住民が子ども施設とトラブルを引き起こす可能性があると考えてよい。子ども施設に反対する個人属性は、一般にイメージされるような「静かな住宅地に昔から住み、子育てを終えてから長い時間が経ち、仕事をしていないため家にいる時間の長い高齢者」ではないという。そのような属性とは一切関係なく、子ども施設に反対するかどうかはただ住民の「不安感情」とのみ相関関係が示されたのだ。つまり、こうした意識調査によって浮き彫りになったのは、いかに「初期対応が大切であるか」。住民の心理段階として「不安→不信→反発→敵意」へと発展する傾向にあるため、初期の「不安」の段階で「具体的な数値を示す」「誠意ある対応」「ていねいな説明」を行えば、不安は大きく膨らむことなく、トラブルへと発展することも少ない。

こうした騒音トラブルはなにも子ども施設と地域だけに限ったものではない。橋本氏が示した「公害等調整委員会年次報告」によれば、近所付き合いと苦情件数の相関関係にも同じことが当てはまっている。奇しくも1997年を境に、近所付き合いは希薄化し、逆に苦情件数は5年間で約2倍に増えているのだ。

この結果から分かることは、子ども施設にせよご近所付き合いにせよ、騒音トラブルを引き起こす背景には社会構造の変化があり、コミュニケーションの不足が大いに関係しているということだ。こうしたトラブルの元凶となりかねない音のことを、橋本氏はいわゆる騒音と区別して「煩音(はんおん)」と呼ぶ。
煩音とは、もともと同氏による造語なのだが、心理的に不快な音を指す。騒音とは異なり、音量はそれほど大きくなくても聞く人の心理状態や人間関係などの要因によって煩わしいと感じられる音であり、隣人同士の争いの原因となることが多い(参照:国語辞書・大辞泉)。トラブルの元凶が騒音なのか煩音なのかによって取るべき対策も違うという。騒音であれば、音を低減させたり防音対策に努めればよいが、煩音ではむしろ音量ではなく、当事者の誠意ある対応などによって両者の関係を改善する努力を行う必要がある。煩音が原因となっているのに騒音対策だけを行っても事態は収束しないばかりか、音源側も次第に「これだけやってもまだ不満があるのか」と被害者意識を募らせ、こじれる一方だという。これらはさまざまな事例によっても明らかであり、「近隣トラブルで大事なことは煩音対策」だと氏は結論づけた。

子ども施設と地域の共生に見る、人間関係に欠くことのできない根本的テーゼ

シンポジウムでは、「子ども施設と地域との共生に向けて」をテーマに、パネルディスカッションも開催された。社会福祉法人大阪府社会福祉協議会 保育部会 副部会長 亀井信昭氏は、自園と主な取り組みについて紹介。
「目立った苦情やトラブルはないものの、住宅街という立地から、狭い園庭で遊ぶ園児の声やスピーカー放送の音など、つねに近隣への配慮や対策は欠かせない。生活道路に面し幅員も4mと狭いため、通学バスが通ればいっぱいいっぱい。接道部分をセットバックするなどの努力は行っているものの、交通トラブルについては不安要素も抱えている。常日頃から笑顔で挨拶はもちろん、投票所の設置、自治会まつりの実行など、地域と積極的に交流を図ることで地域のきずなを深め、トラブル予防に努めている」と語った。

続く、一般社団法人大阪府私立幼稚園連盟 副理事長 北川定行氏は、「本シンポジウムの内容はかねてより非常に関心が高かったテーマ」としたうえで、亀井氏と同様、自園での取り組みや事例を取り上げながら、さまざまな「周辺環境や地域に配慮し、これからも近隣住民との接点や絆を強めていきたい」と語った。

最後は設計士の立場から、設計事務所 株式会社VANS代表 木村よしひろ氏が発言。実際に子ども施設の建設や改修に何度もたずさわった経験をもとに、堺市で新設した狭小ながら細やかな配慮や工夫を盛り込んだ子ども施設や、狭小道路かつ狭小変形敷地ながら園庭とプライバシーを確保できた子ども施設など、具体的な事例を交えて"煩音"対策について紹介。
「子どもを取り巻く社会情勢や地域制度のあり方だけでなく、子ども施設の規模感や立地条件なども変化している。敷地に余裕がない園や密集地に佇む園も少なくない。当然、音だけでなく、交通、プライバシー、マナー、臭い、日照など、さまざまなトラブルが起こりやすい状況と言える。『子ども施設環境配慮手引書』にある具体例などを参考にして、空間や配置、構造はもちろん、地域とどうつながっていくか、さまざまな工夫や対策を講じることはもはや必要不可欠。例えば、子ども施設が地域の防災拠点になるなど、まちづくりに入り込んでいくことも共生の1つ」だと述べた。

子どもたちが施設や環境を選べるわけではない。与えられたなかで、けなげに成長し、子どもなりに気も使って生きている。だからといって施設側や保護者が「大目にみてくださいね」と地域に寛容さを求めたり、我慢を強いるようでは両者の溝は埋まらない。「地域に育てていただく」そんな謙虚さと誠実さが必要なのだと教えてくれた本シンポジウム。まさに、それは"人と人のコミュニケーションの原点"でもあり、家庭、学校、地域、社会と様々なコミュニティで生きていく私たち皆が心得ておかなければいけないポイントを突いている。

パネルディスカッション中の1コマ。北川氏による自園の紹介の様子。メンバーは大阪大谷大学 人間社会学部 教授の農野寛治氏をコーディネータに、本日の登壇者である橋本氏を有識者に迎え、パネリストは社会福祉法人 大阪府社会福祉協議会 保育部会 副部会長 亀井信昭氏、一般社団法人 大阪府私立幼稚園連盟 副理事長 北川定行氏、設計事務所 株式会社VANS 代表 木村よしひろ氏パネルディスカッション中の1コマ。北川氏による自園の紹介の様子。メンバーは大阪大谷大学 人間社会学部 教授の農野寛治氏をコーディネータに、本日の登壇者である橋本氏を有識者に迎え、パネリストは社会福祉法人 大阪府社会福祉協議会 保育部会 副部会長 亀井信昭氏、一般社団法人 大阪府私立幼稚園連盟 副理事長 北川定行氏、設計事務所 株式会社VANS 代表 木村よしひろ氏

2017年 05月05日 11時00分