旧宮邸であり、日本では稀有な存在のボートハウスを訪問

「おもちゃ博物館」の館長、そしてご長寿番組『開運!なんでも鑑定団』の鑑定士として有名な北原照久氏。おもちゃコレクターとして世界的な地位を築き、各国の著名人との交流も盛んだ。かつてアメリカの映画監督ジョン・ラセター氏は、北原氏のコレクションに触れ「まるでおもちゃが生きているようだ」とあの名作『トイ・ストーリー』を制作したという。

そんな北原氏が住む家は、これまたコレクションと言ってよいほど、日本に唯一無二とも言える価値が高い家だ。

相模湾に面した佐島に佇む白亜の邸宅は、昭和初期に旧竹田宮別邸として建造されたものを、北原氏が焦がれにこがれて手に入れたもの。

ボートハウスがあるという日本では珍しい自宅を訪れることができたので、コレクターならではの住まい哲学と共にご紹介しよう。

佐島邸。昭和初期に旧竹田宮別邸として建造され、戦後はイギリス人の邸宅として時を刻んだ。500坪の敷地にゲストハウスと自宅として使う離れが並ぶ佐島邸。昭和初期に旧竹田宮別邸として建造され、戦後はイギリス人の邸宅として時を刻んだ。500坪の敷地にゲストハウスと自宅として使う離れが並ぶ

知ってから20年。焦がれつづけた家を手に入れるまでの経緯

北原照久氏。世界的にも有名なおもちゃのコレクター。1986年「ブリキのおもちゃ博物館」設立。現在、コレクションを収める倉庫は計420坪。そのコレクションの数々はジョン・ラセター監督に『トイ・ストーリー』のインスピレーションを与えるなど、各界に影響力がある北原照久氏。世界的にも有名なおもちゃのコレクター。1986年「ブリキのおもちゃ博物館」設立。現在、コレクションを収める倉庫は計420坪。そのコレクションの数々はジョン・ラセター監督に『トイ・ストーリー』のインスピレーションを与えるなど、各界に影響力がある

北原氏が住む家は、まさに文化財と言っていいほどに歴史ある建造物だ。昭和初期に旧竹田宮別邸として建造され、戦後はイギリス人の邸宅として時を刻んできた。相模湾を一望する500坪の敷地に、2LDK・プール付きのゲストハウスと自宅として使う2LDKの離れが建つ。ゲストハウスの地下には、そのまま海に漕ぎ出せるボートの停泊場もあり、日本では珍しいボートハウスという類まれな建物だ。

北原氏がこの邸宅と出会ったのは、一冊の雑誌がきっかけだったという。まだ「おもちゃ博物館」を世に出す前のこと、夢の第一歩としてコレクションをまとめた1本のVTRを『BRUTUS』が紹介してくれた。同じ号の特集記事が「湘南不動産情報」だった。

「そこに、この旧宮邸が売りに出されている情報が載っていたのです。僕は加山雄三さんにあこがれていて、いつか海のそばに住みたいと漠然と思っていました。この家の写真を見たときはもう一目惚れ、“ここだ!”と思いました。もちろん当時はとても手の出る値段ではありません。でも、夢は叶えるもの。“叶える”という字は、口に十と書きますよね。だから僕はいつかこの家に住むんだ、と事あるごとに色んな人に話していました」

雑誌を見たのは北原さんが30歳のこと。それから十数年の時を経た49歳、北原氏の夢を聞いた知人が、当時のこの家のオーナーと引き合わせてくれた。

「他にもこの家を買いたがっている人は沢山いました。その中で、いっさい僕は値切らなかったんです。というよりも、値切るほどお金をもっていないからその発想がない。それに、この家と出会ったきっかけになった『BRUTUS』を持っていって、この家に住むことが夢だったということを話したんです。その情熱が伝わったのでしょうか、オーナーは僕に譲ることにしてくれたのです」

1年の改修を経て理想の家にする

メンテナンスには今も苦労をする。外壁などは端から塗って終わったと思ったら、またはじめの端から塗り直さなければいけないほど。ただ、それでもこの家からのロケーションに勝るものはないというメンテナンスには今も苦労をする。外壁などは端から塗って終わったと思ったら、またはじめの端から塗り直さなければいけないほど。ただ、それでもこの家からのロケーションに勝るものはないという

1998年、北原氏はとうとう長年の夢だったこの家を手に入れる。しかし、そこから始まったのは、リフォームの日々だった。海の上に建つ邸宅は、ロケーションは最高だが建物にとっては厳しい条件が揃う。海の潮風、湿気と乾燥を繰り返す環境で、内装・外壁問わず、ひび割れが目出つボロボロの状態。5年ほど空家になっていたこともあり、建造当時の状態に戻すまでには1年の歳月を要したという。

やっとのことで手に入れた家。時間もお金もかけているだけに、さらに改修の時間や費用をかけることは苦にならなかったのだろうか?

そこは、コレクターの北原氏「物は手を入れれば良くなるのを体験しているので」とサラリと答える。

「そもそも、僕のコレクター人生の始まりは実は“暮らし”への想いがベースになっています。きっかけは、19歳で行ったヨーロッパ留学。ヨーロッパの家庭ではどこでも、窓辺に花を飾って空間を楽しんだり、古いものを大切にして暮らしを楽しむ。ホームステイをしていた家庭では、暖炉の上に年季の入った銅の鍋を飾っていました。もちろんそれで料理も作ります。これが魔法の鍋と思えるくらい、どの料理も美味しくなる。そして必ず言われるのが“これはひいおばあさんの代から伝わる鍋なのよ”と。
カルチャーショックでしたね。古いものを大切にする暮らし。それに憧れて、日本に帰ってきてから古い柱時計を拾ったのが、僕のコレクションの第一号です」

時代はまさに高度成長期。日本が次から次へと“新しいもの”を求める時代に、古いものを大切に受け継ぐヨーロッパの暮らしを目の当たりにした北原氏。真の豊かな暮らしとは? それを考えたことがコレクター人生の幕開けだったという。

「僕にとってはこの家もコレクションです。この家を欲しがった方の多くは、ここをマンションにしようとしていたそうです。でも僕はできた当時の姿に戻してあげたかった。
物って自分を本当に大切にしてくれる人、心底好きでいてくれる人のところに来るんですよ。もし僕が単にこの家を“家”として欲しがっていたら、手に入らなかったかもしれません。本来の姿のまま残すコレクションとして求めたから、僕のもとに来てくれたのでしょうね」

根底にあるのは、「物」への愛情

そのため、北原邸のリフォームのテーマは当然ながら「原点回帰」。インテリアや家具もこの邸宅が建てられた時代のものをこだわり抜いて配置しているという。

運命的な、北原さんの家との出会い。そしてその根底にある物へのこだわり。いやこれはこだわりというよりも、物に対する「愛」なのだと思う。

北原さんのこの家の出会いをご紹介しているだけで、あっという間にスペースが埋まってしまった。次回は、この家での北原さんの暮らし。北原さんの住まいに対する想いをご紹介したい。


##北原照久氏の180°パノラマの海が見渡せる家や室内のインテリアの詳細は下記から。(HOME'S BOXで掲載!)
http://box.homes.co.jp/collection/00001/

2015年 08月18日 11時03分