観光用だけじゃない、住居として現役の「ゲル」

この秋、モンゴルを訪れる機会に恵まれた。モンゴルといっても、個人的には小学校の国語の教科書で習った『スーホの白い馬』の印象しかなく、つまり予備知識なし。ほぼまっさらな状況で出かけただけに新鮮な驚きを感じたことも多かった。

その中の1つが、現地で宿泊した「ゲル」の存在だ。ゲルは、遊牧民であるモンゴルの人々の移動式住居。ウランバートルなどの都市化が進む中では過去の産物であり、観光用などに残っているだけだと思っていたのだが、実はまだまだモンゴルの人々は「ゲル」に居住しているという。

モンゴルは夏が短く、真冬になればマイナス20℃といった厳しい寒さが訪れる。私が訪れた9月下旬ですら、一気に気温が氷点下に下がり雪がちらついていたほど。こうした環境に適応するために現代の暖房機器やソーラーパネルを搭載するゲルもあるが、それでも昔ながら、ゲルの中で薪を焚いて冬を乗り切る人々もいるという。

今回は、「ゲル」の仕組みを見ながら、遊牧民族の先人の知恵を紹介しよう。

モンゴルの広大な国土に広がる草原。首都近郊以外の場所では、今でも電柱・電線といったインフラ網はない(地方では太陽光発電が主流)。そのため、どこまでも続く空と大地の壮大な景観を見ることができるモンゴルの広大な国土に広がる草原。首都近郊以外の場所では、今でも電柱・電線といったインフラ網はない(地方では太陽光発電が主流)。そのため、どこまでも続く空と大地の壮大な景観を見ることができる

高層ビルが立ち並ぶ首都、そこにも「ゲル」の存在

ウランバートルでは、高層ビルが多く立ち並び、建設中の高層ビルも多いウランバートルでは、高層ビルが多く立ち並び、建設中の高層ビルも多い

モンゴルと言えば、日本の角界で活躍する力士が多く、蒙古斑を証に民族的なつながりでも親近感のわく国だ。しかし、なかなか現在のモンゴルの生活事情を正確に認識している日本人は少ないのではないだろうか。多くの日本人が「モンゴル」といって想像するのは「草原」、馬に乗って移動する遊牧民の姿だろう。もちろん現在でも遊牧は健在だが、ウランバートルなどの首都は日本の都市部とあまり変わりがなく高層マンションなどが立ち並ぶ。

モンゴルは東アジアの中心部にあり、日本の4倍という広大な国土を持つ。8%の森林と2.5%がゴビ砂漠のほかは、ほとんどが草原という環境だ。日本人がモンゴルのイメージに「草原」を重ねるのは、確かに間違ってはいない。ただし、近年では都市での近代化と人口の集中が顕著に表れている。2017年のモンゴル国家統計庁の調査では総人口約318万人のうち、その半数の約146万人が首都のウランバートルに居住している。ウランバートルの面積は4700km2で、日本でいえば和歌山県と同じくらいの面積。日本の国土の4倍もあるのに、和歌山県と同じ面積に国の半数の人口が集中していると考えるとその過密ぶりがうかがえる。当然、朝夕の通勤時刻にはウランバートル近郊は大渋滞となる。

ウランバートルの住居には、前出したようにマンションやアパートが数多く立ち並ぶ、と同時にゲルが集合するいわゆる「ゲル地区」が存在する。1992年にモンゴルはそれまでの社会主義を捨て、民主化を図っているが、この時に職業選択や居住地選択が自由化され地方からウランバートル周辺への人口流入が進んだわけだ。その際、もともとが遊牧民であった人々は、移動式のゲルを都市部周辺に持ち込み定住することとなった。

そもそも、モンゴルでは遊牧で生きてきた民族性から土地所有という意識が薄い。いまでもウランバートルを少し離れれば、土地に値段はつかずタダ同然。それだけに、ウランバートルでも空き地があればゲルを移動して居住地にしていった結果、人口が一極集中する結果となっている。

移動しやすい蛇腹式で折り畳める骨格

では、今でも実際に住居として利用されるゲルとはどんな仕組みで、寒暖差の激しい地域の住まいとしてどのような工夫が施されているのだろうか。

家畜とともに移動する「ゲル」で重要なことはとにかく解体と設置が簡単なこと。そのため家を構成する部材はシンプルだ。まず、中央に2本の支柱が置かれ、その上に「トーノ」と呼ばれる丸い窓枠を支える。天井はこのトーノから放射状にわたされる木材の梁が骨格となる。壁の部分は菱格子に編んだ木材が骨格だ。これが遊牧民たる工夫で、蛇腹式になっていて折り畳むことができるのだ。

こうして建てられた骨格の上に、羊の毛でつくられたフェルトを被せればゲルの形になってくる。さらに、フェルトの上には防水用の布がかけられる。天窓のトーノには、「ウルフ」と呼ばれる天窓の開閉に使う布が半分ほどかけられ、家の中におくストーブの煙突穴と明かり取りとなる。現在市販されるゲルでは、防水用の布はビニール素材が使われ、ウルフもプラスチックパネルとなるのが一般的だ。ちなみに販売されているゲルは日本円にして10万円程度から手に入る。

こうした移動しやすい構造をしたゲルは、建設も簡単で遊牧生活をする人々なら2~3人で2、3時間あればあっという間に組み立ててしまうという。ただし、ウランバートルには遊牧生活を経験しなくなった若い世代も多い。そうした人々がキャンプに行ってゲルの設置体験などをすると、10人近くいても完成までに7時間近くかかるというから、それなりにコツも必要なのだろう。

最近はフェルトの上にはビニール製の防水シートがかけられる(左上)。骨格はシンプルで壁の蛇腹は折りたためる(左下)。天窓のトーノとそこにかけられたウルフ。煙突穴の役目もする(右)最近はフェルトの上にはビニール製の防水シートがかけられる(左上)。骨格はシンプルで壁の蛇腹は折りたためる(左下)。天窓のトーノとそこにかけられたウルフ。煙突穴の役目もする(右)

寒暖差を乗り切る知恵とは?

室内は、入り口から向かって右側が女性と子どものスペースで、左側が男性のスペース室内は、入り口から向かって右側が女性と子どものスペースで、左側が男性のスペース

実は私が滞在したゲルではトーノはパネルではなく透明フィルムが張られていたのだが、生憎破れていて雪が室内にはらはらと舞い込んできていたが、ストーブを焚いている分には室内は暖かい。ゲルでは冬はフェルトを重ねて室内の暖気を逃さないようにされる。また床には家畜のフンがまかれ、その上に木製パネルを敷きつめ、さらに絨毯を重ねていく。これで素朴な“床暖房もどき”が完成するというわけだ。現在の観光客向けのゲルのホテルでは正真正銘の床暖房も用いられているが、“床暖房もどき”でもなかなか効果が高く、足元から這い上がる冷気を食い止めてくれるから驚きだ。

氷点下の中で、床暖房やエアコンのない昔ながらのゲル滞在に耐えられるだろうか?と、戦々恐々とした面持ちでいたのだが、そこはモンゴルの先人の知恵。素朴なつくりのゲルでも気候に適した住まいになるよう工夫がなされていた。夏の昼間30℃を超える時期には、床暖もどきをはずし、屋根や壁のフェルトの数を減らして巻き上げ、風の通りを良くして涼をとるという。

一般的なゲルの場合、大きさは直径4.5~6.5メートルほど。原則的には1つの核家族が1つのゲルの中で居住し、それ以外の親族が集まる場合にゲルの数を増やして集落を形成していく。家畜の世話に必要な道具などは納屋や倉庫としてのゲルを設置する、とても柔軟な形態だ。

家財道具もとてもシンプルで、中央には暖を取ることと煮炊きを行うストーブが置かれ、左右には入り口からみて左が男性、右が女性のスペースに分かれベッドが置かれる。小さな子どもは女性のスペースが居場所になる。入り口正面の中央奥が最も大切な場所とされ祭壇が置かれる。国民の大半はモンゴル仏教を信仰しているため、だいたいが仏画や仏像が置かれることになる。衣服などはチェストに入る分だけ持つというエコな生活だ。

また、ゲルの入り口は、原則南を向いているため、どこのゲルにいても太陽の動きによって時刻を知ることができる。天井の放射状の梁は太陽の光を表現しているという。自然に根ざした生き方を体現した住居ともいえるし、男女の席が定められていることを考えると古えから続くシャーマニズムが影響しているのかもしれない。

都市定住型ゲルでは大気汚染の問題も

こうした自然を肌で感じられる魅力がある一方で、都市部に定住した「ゲル地区」などでは問題も表面化している。密集地域でストーブにコークスなどが用いられ、大気汚染が深刻化しているのだ。

社会主義からの転換により、遊牧を捨てたり、兼業で都市部に滞在する人々が増えているというが、モンゴルの産業は現状まだまだ発展途上だ。牧畜は有力な産業の1つで、モンゴルの国内では2017年に家畜数6620万頭を突破した。ただし、輸出の戦力となっているのは食用肉ではなくカシミヤや馬の毛や革をつかった製品。食肉の輸出が増え、産業として潤えば、遊牧の生活でも家族を養えるはずだ。

モンゴルの草原には、ハーブが多く自生している。広大な草原を自由に移動しながら放牧されるモンゴルの家畜の肉にはこうしたハーブの効能が取り込まれ良質だと言われている。狭い場所で化学肥料をつかった畜産とはわけが違うのだ。

日本では現状、家畜伝染病予防法により、モンゴルからの馬以外の家畜の食肉輸入は残念ながら禁止されている。現在は日本の協力のもと、加熱処理工場の整備が進められ、加熱肉の輸入が検討されているという。

ゲルの文化はまさに遊牧の文化である。牧畜がきちんと産業として確立され、遊牧の文化、ゲルの文化が今後も残されていくことを願いたい。

家畜頭数約6620万頭のうち、牛や馬は400万頭前後なのと比較し、羊は3010万頭、やぎが2700万頭と圧倒的に多い。ハーブをよく食べ良質な肉質になるという家畜頭数約6620万頭のうち、牛や馬は400万頭前後なのと比較し、羊は3010万頭、やぎが2700万頭と圧倒的に多い。ハーブをよく食べ良質な肉質になるという

2018年 12月23日 11時00分