2010年に誕生した歴史まちづくり推進室

名古屋市住宅都市局都市計画部 歴史まちづくり推進室 調査企画係長 永原 誠さんと歴まちくんの名コンビ! 入口に掛かっているのれんは、推進室の女性職員さんが手づくりしたものだとか名古屋市住宅都市局都市計画部 歴史まちづくり推進室 調査企画係長 永原 誠さんと歴まちくんの名コンビ! 入口に掛かっているのれんは、推進室の女性職員さんが手づくりしたものだとか

左の写真に写っているのは、名古屋市の「歴史まちづくり推進室」の永原さんと、その相棒(?)の名古屋市歴史まちづくりPRキャラクター“歴まちくん”だ。筆者は生まれたときから名古屋市民でありながら歴史まちづくり推進室のことも歴まちくんのこともまったく知らなかったのだが、それもそのはず、同推進室は2010年にできたばかりの新しい部署だという。

ところで、昨今の名古屋といえば、名古屋駅前の高層ビルを一度に3つも建て替えるなど都市化に積極的な印象があり、歴史まちづくりを推し進めているというイメージがあまり浮かばない。そんな状況にあるなかで歴史まちづくり推進室がなぜできたのか、この部署でどんなことをしているのか、永原さんに伺ってみた。

歴史まちづくり推進室ができたきっかけは、“市民にとって身近な歴史的建造物を残していきたい”という思いからだったという。

「歴史まちづくり推進室ができる以前から市では古い建物、歴史的建造物等の保存活用をしていましたが、国や県や市が指定する文化財だけでなく、もっと身近な歴史的建造物も残していく必要があるのではないかということで名古屋市独自の制度を設けることになりました。そうした制度づくりなども含めて歴史まちづくりの取り組み全体を運営していく部署として、この推進室ができたんです。そして2011年に“歴史的資源をみんなでまもり・いかし・つなぐ”を協働理念に〈名古屋市歴史まちづくり戦略〉を策定しました。2014年には歴史まちづくり法※に基づいて“名古屋市歴史的風致維持向上計画”の国からの認定を受けました」

※正式名称は「地域における歴史的風致の維持及び向上に関する法律」

名古屋市の歴史まちづくり戦略とは?

名古屋市役所本庁舎の入口。歴史まちづくり推進室は西庁舎にある名古屋市役所本庁舎の入口。歴史まちづくり推進室は西庁舎にある

歴まち推進室(=歴史まちづくり推進室)の〈名古屋市歴史まちづくり戦略〉の目標は「語りたくなるまち名古屋」の実現。名古屋市のホームページを見ると、この戦略について次のように紹介されている。

「語りたくなるまち名古屋」の実現に向けた4つの戦略
戦略1 尾張名古屋の歴史的骨格の見える化
戦略2 世界の産業文化都市・名古屋のまちづくり資産を活かす
戦略3 身近な歴史に親しむ界隈づくり
戦略4 地域力で歴史的資源を「まもり・いかし・つなぐ」仕組みづくり

一見、4つそれぞれの計画があるのかと思えるのだが、実はそうではなく、戦略1~3の取り組みを戦略4が支える仕組みになっていると永原さんは言う。

「今の名古屋の原型をつくったのは江戸時代の尾張藩ですから、名古屋城を軸とした伝統的な歴史や文化を活かしたまちづくりは、やはり戦略1に。さらに、名古屋は明治以降、産業文化都市として大いに発展したという歴史もありますから、近代名古屋のハイカラ文化などを活かしたまちづくりをしようというのが戦略2。また戦略3は、地域の方々主導で地域の歴史資産を活かしたまちづくりに取り組んでいただくというものです。そして戦略4で登録認定制度や人材育成制度などの仕組みを設け、1から3の戦略を土台として支えるという形になっています」

名古屋市内に多く残る歴史的建造物

では、歴まち推進室がどんな仕事をしているのかというと、大きくわけて4つの業務があるという。
(1)歴史的建造物の保存活用
(2)町並み保存地区
(3)文化のみちの推進
(4)揚輝荘[ようきそう]の整備・公開

これらの業務のなかでも特に個性的なのが、(1)の歴史的建造物の保存活用のために設けられた「登録」「認定」制度だ。まさに“身近な歴史的建造物を残す”という発想に基づいており、市内の歴史的建造物のうち名古屋市都市景観条例で定めた基準を満たすものについて「登録地域建造物資産」や「認定地域建造物資産」という価値付けを行っている。しかも、ただ登録や認定をするだけではなく、建物の改修など技術的支援を行ったり、経済的支援を行ったりするという特長がある。

登録・認定地域建造物資産の指定基準は「一定の地域における都市景観の形成上、歴史的又は文化的価値があると認められるもの」とされている。認定の場合は所有者の同意のほかに広告・景観審議会に諮らなければならないという少々高めのハードルがあるが、登録のほうは所有者の同意があれば登録されるので、個人住宅や店舗などが多く、永原さんたち歴まち推進室の職員が建物の所有者に声かけをして登録してもらうこともあるという。

制度ができた2011年6月から現在までの登録・認定状況は、認定地域建造物資産57件、登録地域建造物資産133件とのこと。名古屋市内にそんなに多くの歴史的建造物があるとは、ちょっと意外だった。

認定地域建造物資産に認定されている「爲三郎記念館(ためさぶろうきねんかん)」。名古屋を代表する実業家である故古川爲三郎氏が1993年に103歳で他界するまで住み続けた邸宅。古川美術館(名古屋市千種区池下町2丁目50)の分館として公開されている認定地域建造物資産に認定されている「爲三郎記念館(ためさぶろうきねんかん)」。名古屋を代表する実業家である故古川爲三郎氏が1993年に103歳で他界するまで住み続けた邸宅。古川美術館(名古屋市千種区池下町2丁目50)の分館として公開されている

歴史的建造物が残る町並みそのものを保存

また(2)の町並み保存地区というのも名古屋市オリジナルの取り組みだ。建物のみでなく歴史的建造物が残っているエリアを「町並み保存地区」として指定し、建築物の修理や修景、相談や助成などを行っている。現在、名古屋市内に町並み保存地区は緑区の〈有松〉、東区の〈白壁・主税(ちから)・橦木(しゅもく)〉、西区の〈四間道(しけみち)〉と〈中小田井〉の4つがあり、なかでも〈有松〉と〈白壁・主税・橦木〉は観光やイベントスポットとして注目を集め賑わっている。

(3)の「文化のみち」というのは、道ではなく名古屋城から徳川園(尾張徳川家の邸宅跡)までのエリア一帯のことをさす。町並み保存地区の〈白壁・主税・橦木〉とエリアが重複しているだけに歴史的建造物が多く残っており、歴まち推進室で管理運営をしている施設もいくつかある。

(4)の揚輝荘も歴まち推進室が管理運営する施設で、松坂屋初代社長の伊藤次郎左衛門祐民が築いたという別荘群だ。2007年に名古屋市が寄付を受け、5つある歴史的建造物を段階的に整備している途中。そのうち1つは昨年夏に整備が終わって一般公開されており、場所は名古屋市千種区の覚王山という坂の多い町の一角にある。

〈左上〉有松を代表する価値ある建物群「服部家住宅」 〈右上〉文化のみちエリアでは、旧豊田佐助邸や日本の女優第一号・川上貞奴と電力王・福沢桃介が暮らした二葉館、陶磁器商として活躍した井元為三郎の旧邸宅など数々の歴史的建造物が見られる 〈左下〉文化のみちにあるカトリック主税町教会。建物の一部が国の登録有形文化財や名古屋市都市景観重要建築物等に指定されている <br />〈右下〉揚輝荘。北園と南園合わせて約9200平方メートルの広大な敷地にモダンな建物が点在し、現在は南園の聴松閣を見学できる〈左上〉有松を代表する価値ある建物群「服部家住宅」 〈右上〉文化のみちエリアでは、旧豊田佐助邸や日本の女優第一号・川上貞奴と電力王・福沢桃介が暮らした二葉館、陶磁器商として活躍した井元為三郎の旧邸宅など数々の歴史的建造物が見られる 〈左下〉文化のみちにあるカトリック主税町教会。建物の一部が国の登録有形文化財や名古屋市都市景観重要建築物等に指定されている
〈右下〉揚輝荘。北園と南園合わせて約9200平方メートルの広大な敷地にモダンな建物が点在し、現在は南園の聴松閣を見学できる

本町通りに歴史の息吹を取り戻せるか?!

名古屋出身の永原さんは「この仕事に携わってみて、名古屋のことをぜんぜん知らないで生きてきたんだな、と実感しました」と苦笑する。「長いこと住んでいるので名古屋のまちがいつできたとか疑問に思ったこともなかったんですが、知らないことだらけでしたよ」

そんな永原さんだが、歴史的建造物の相談窓口を担当したり、外部に向けて講演などを行ったりする業務もあるため、歴史的建造物はもちろん名古屋の成り立ちから勉強したそうだ。そんなふうに名古屋の歴史について知識を得た結果、歴史まちづくりの企画を考えるのも楽しみになったという。

現在、永原さんが気になっているのは「本町通り」という名古屋市を南北に走る道路。

「江戸時代には熱田神宮から名古屋城をつなぐメインストリートでした。今も道路として残っていますが、歴史を感じられるところはなくて……。それでも、ところどころにうちが登録・認定させてもらった古い建物が残っているんです。2018年には名古屋城本丸御殿の復元工事が完了する予定なので、それに合わせて本町通りをもう少し歴史を感じられるような通りにできないかな、ということを考えたりしますね」

取材終了後、その本町通りをたどってみたのだが、見事なまでに歴史のおもむきを感じられないごく普通の道路。写真を撮りながら、ここを歴史の感じられる通りにしようとは永原さんもチャレンジ精神旺盛だなぁ、と思ってしまった。だが、本当にそれが実現するのなら、とても面白いし見てみたいとも思う。2018年までとはいかなくても、いつかそんな日が来ることを期待したい!

次回は、永原さんのお話をもとに訪ねてみた町並み保存地区〈有松〉と〈四間道〉、文化のみち、揚輝荘について紹介する。

【取材協力】
■名古屋市役所(歴史まちづくり推進室)
http://www.city.nagoya.jp/
【関連リンク】
■なごや歴まちネット
http://www.nagoya-rekimachinet.jp/
■名古屋市歴史まちづくり
http://www.city.nagoya.jp/kurashi/category/11-2-12-0-0-0-0-0-0-0.html
■古川美術館
http://www.furukawa-museum.or.jp/



■文化庁 地域における歴史的風致の維持及び向上に関する法律」について
http://www.bunka.go.jp/Bunkazai/rekishifuchi/index.html

〈左上〉熱田神宮前の道路 〈右上〉大須商店街を南北に突っきっている本町通り。東に進むと大須観音がある 〈右下〉オフィス街の本町通り。休日は人通りがなく閑散としている 〈左下〉名古屋城まであとひと息! 本町通り沿いに地下鉄の駅があるので、一日乗車券を利用する企画などがあったら嬉しい〈左上〉熱田神宮前の道路 〈右上〉大須商店街を南北に突っきっている本町通り。東に進むと大須観音がある 〈右下〉オフィス街の本町通り。休日は人通りがなく閑散としている 〈左下〉名古屋城まであとひと息! 本町通り沿いに地下鉄の駅があるので、一日乗車券を利用する企画などがあったら嬉しい

2014年 10月03日 11時07分