新陳代謝する都市空間を目指した高度経済成長期の建築運動『メタボリズム』

▲メタボリズムの最盛期に世界で初めて実用化されたカプセル型集合住宅『中銀(なかぎん)カプセルタワー』。カプセルは取り換えできる構造になっているが、結局一度も取り換えられることなく、解体・建て替えの危機を迎えている。建物保存を呼びかけるクラウドファンディングには多くの賛同者が集まっているという▲メタボリズムの最盛期に世界で初めて実用化されたカプセル型集合住宅『中銀(なかぎん)カプセルタワー』。カプセルは取り換えできる構造になっているが、結局一度も取り換えられることなく、解体・建て替えの危機を迎えている。建物保存を呼びかけるクラウドファンディングには多くの賛同者が集まっているという

終戦から約15年が経過し、日本が高度経済成長期へと向かいつつあった1959年、若手建築家や評論家、デザイナーらが建築運動グループ『メタボリズム』を結成した。彼らが提唱したのは、新陳代謝(メタボリズム)する建築・都市空間だ。

「建築や都市は時代の変化や老朽化を受けても交換が可能である」という理論のもと、空間をユニット化し、取り換えできるパーツの量産等を考案。現代建築に欠かせないプレハブ住宅やユニットバスも、メタボリズムから派生して誕生したものとされている。

しかし、高度経済成長期を過ぎてメタボリズムの活動は自然消滅した。メタボリズム建築の代表作のひとつとされている黒川紀章(以下敬称略)が設計した『中銀カプセルタワービル(東京・銀座8丁目/1972年竣工)』は、建物の老朽化を受けて現在解体・建て替え協議に入っているが、建築ファンからは”日本の建築史を後世に伝える傑作”として建物保存を望む声が多い。

長野県北佐久郡に今も残る『カプセル型戸建て住宅』のモデルハウス

現存するメタボリズム建築が姿を消しつつある中で、いまにわかに注目を集めているのが長野県北佐久郡の別荘地にひっそりと佇む『カプセルハウスK(1973年竣工)』だ。

『中銀カプセルタワー』は140のカプセルで構成された集合住宅だが、この『カプセルハウスK』は4つのカプセルで構成された規模の小さな「カプセル型戸建て住宅」として黒川紀章が設計。黒川紀章建築都市設計事務所が施工を行い、長らくモデルハウスとして使われていた(一部では、黒川紀章が自分のために建てた別荘との情報が広まっているが、個人使用を目的とした建物ではない)。

この『カプセルハウスK』は、2021年秋から宿泊施設として貸し出されることが決まり、一棟貸しでの民泊利用が可能となる。その経緯について、黒川紀章の長男であり現在の建物所有者である黒川未来夫氏(MIRAI KUROKAWA DESIGN STUDIO 代表)に話を聞いた。

▲『軽井沢』駅から車で約30分、長野県北佐久郡御代田町の別荘地に建つ『カプセルハウスK』。もともとは浅間山を一望する高台の眺望が特徴だったが、築48年を経て周辺の樹々が大きく育ち、現在は鬱蒼と茂る緑に囲まれている。この様子を見て“まるでジャングルの中で要塞を発見したような気分”と歓喜する建築ファンも多いそうだ▲『軽井沢』駅から車で約30分、長野県北佐久郡御代田町の別荘地に建つ『カプセルハウスK』。もともとは浅間山を一望する高台の眺望が特徴だったが、築48年を経て周辺の樹々が大きく育ち、現在は鬱蒼と茂る緑に囲まれている。この様子を見て“まるでジャングルの中で要塞を発見したような気分”と歓喜する建築ファンも多いそうだ

中銀タワーと同じカプセルを使ってコンパクトな空間を創りたい

「実はもともとこの建物の竣工時の書類には『森泉郷モデルハウスK』とだけ記されていました。ただ、英語表記を見ると『CAPSULE HOUSE-K』となっていたので、改めて正式名称としました。当時黒川は御代田町の別荘地開発の仕事を請けていたので、そのご縁でこの土地をいただくことになり、“じゃぁここにモデルハウスを作ろう”ということになったようですね。

パーツを取り換えながら建物が生き続けるというコンセプトの住宅カプセルは、中銀のタワーで注目を集めましたが、黒川の中では中銀と同じカプセルのパーツを使いながら、全く用途の異なる建物ができることを証明したかったはず。“メタボリズム建築の有効性を示す存在として、このモデルハウスを見てほしい”という想いがあったようです」

『カプセルハウスK』は、コアとなるRC構造の建物部分に約10m2の4つのカプセルを“差し込む”形で構成されている。ひとつひとつのカプセルは鉄骨の骨組みを鉄板で覆ったモノコック構造で、耐用年数は25年。つまり経年や用途変更に合わせて25年ごとに交換することにより、新陳代謝を続けながら建物をより長く維持する設計に(理論上は)なっている。

未来夫氏によると、このカプセルの原型となったのは『茶室』だという。

▲『カプセルハウスK』の中の一室でインタビューに答えて下さった黒川未来夫氏。「実は生前の父とはあまり交流がなかったのですが、僕が黒川事務所に入ってスタッフの人たちから父のエピソードを聞くことで、仕事を引き継ぎながら黒川紀章の人物像が出来上がっていきました。僕の中では“亡くなってからのほうが生きている”という感じがしています(未来夫氏談)」▲『カプセルハウスK』の中の一室でインタビューに答えて下さった黒川未来夫氏。「実は生前の父とはあまり交流がなかったのですが、僕が黒川事務所に入ってスタッフの人たちから父のエピソードを聞くことで、仕事を引き継ぎながら黒川紀章の人物像が出来上がっていきました。僕の中では“亡くなってからのほうが生きている”という感じがしています(未来夫氏談)」

茶室がベースとなったカプセルは『内と外』が対話する不思議な空間

「黒川は愛知県蟹江町の出身で、茅葺屋根の広い土間のある家に住んでいたのですが、兄弟がとても多かったものですから、よく一人で離れの茶室の中に籠って勉強をしていたそうです。その時の体験がカプセルの設計のベースになったようですね。

実は僕も何度か蟹江町の家に遊びに行ったことがあるのですが、電気も水道も通っていない薄暗い茶室の中で過ごしていると、かくれんぼをしていても、建物の中にいながら、外にいる時よりも感覚が研ぎ澄まされていく感じがするんです。あの狭い空間で外と交信しているような不思議な世界…これはあくまでも僕個人の見解ですが、黒川は単に“小さくて、安くて、量産しやすいカプセル”を目指したのではなく、“ひとりでいても外と対話できるような独立した空間”を創りたかったのではないかと考えています。

様々な著書の中でも、内と外をつなぐ日本の縁側のようなスペースが人々の暮らしを豊かにすると書いていましたから、そうした『内と外の共生』の思想を表しているのでしょうね(未来夫氏談)」

黒川紀章は、内と外の関係を「共生」というキーワードで近い空間にしたがった。それは『国立新美術館(東京・六本木/2006年竣工)』のガラスカーテンウォールが広がる吹抜けロビーの設計でも表現されている。

▲『カプセルハウスK』にはめ込まれた4つのカプセルのうちのひとつは和室。この奥には茶室も備えられている。外から眺めるとモダンに見える丸窓が、和室の中から眺めると純和風となり、心落ち着く美しい佇まいが完成する▲『カプセルハウスK』にはめ込まれた4つのカプセルのうちのひとつは和室。この奥には茶室も備えられている。外から眺めるとモダンに見える丸窓が、和室の中から眺めると純和風となり、心落ち着く美しい佇まいが完成する

モデルハウスとして誕生した建物だからこそ、多くの人たちに見てほしい

これまで48年間公開されることがなかった『カプセルハウスK』。過去何度か人手に渡ったものの、未来夫氏が買い戻す形で現在の所有者となった。同時にクラウドファンディングによって修繕に要する資金が集められ、いよいよ秋からは『宿泊施設』としての利用が可能となる。

「そもそもここはモデルハウスとして造られた建物なので、僕が私物化するのではなく、できるだけ多くの方に見て使っていただきたいと思い、民泊施設として活用することにしました。実はこの建物は、黒川が海外の建築書籍で“自分の代表作”として紹介していたので、国内よりも海外の建築ファンの方のほうが関心度が高い。みなさん建物が現存しているとは思っていなかったらしく、民泊利用できることを知って“まだ残っていたの?実際に泊まれるの?”と驚かれたようです(笑)。新型コロナの影響で開業時期は遅れてしまいましたが、国内外含めてお問い合わせや取材の申し込みを多くいただいています」

そもそもコア部分は頑丈なRC構造となっているため、建物の耐震性については問題はない。むしろ、“通気口から虫等が入ってくる”といった森林地域特有の課題があり、利用者に快適に滞在してもらえるよう空調整備も含めて細かな修繕を重ねているそうだ。

▲「黒川が1997年に一度手を加えましたが、カプセル部分はほぼ1973年の竣工当時のままの姿で残っています。クラウドファンディングの支援者の方を対象に事前内覧会を行ったところ、“コアの部分とカプセルが差し込まれている部分の切り替えがわかりやすくておもしろい”といった感想をいただきました」▲「黒川が1997年に一度手を加えましたが、カプセル部分はほぼ1973年の竣工当時のままの姿で残っています。クラウドファンディングの支援者の方を対象に事前内覧会を行ったところ、“コアの部分とカプセルが差し込まれている部分の切り替えがわかりやすくておもしろい”といった感想をいただきました」
▲「黒川が1997年に一度手を加えましたが、カプセル部分はほぼ1973年の竣工当時のままの姿で残っています。クラウドファンディングの支援者の方を対象に事前内覧会を行ったところ、“コアの部分とカプセルが差し込まれている部分の切り替えがわかりやすくておもしろい”といった感想をいただきました」▲こちらはキッチンのカプセル。サッシ等も竣工当時のままだ。「一般の方が実際に近くで見ることができるキレイなカプセルは、中銀以外では『埼玉県立近代美術館』に展示されている1つと、ここの4つのカプセル、合計5つぐらいでしょうね」

「このまま建物が朽ちていくのを見るのは惜しい」と民泊活用を決断

▲『中銀カプセルタワー』と同型の個室カプセル。時代を感じさせるブラウン管テレビやラジカセは、一部修繕が必要になるが、当時のままのキレイな状態で残されている▲『中銀カプセルタワー』と同型の個室カプセル。時代を感じさせるブラウン管テレビやラジカセは、一部修繕が必要になるが、当時のままのキレイな状態で残されている

カプセルは25年ごとの交換を想定して設計されているため、本来は交換対象になるパーツなのだが、残念ながらすでに製造中止となっており、取り換えパーツを造る会社がない。

「これと全く同じカプセルを造るのはもう難しいかもしれませんが、黒川は自ら2006年に新しいカプセルの図面を引き直していて、その図面が残っているので、同じ規格で現代版に軽量化し、さらに強度を増したカプセルを造れないかな?と考えています。

正直なところ、僕自身の考えがまとまりきっていない状態で宿泊施設としての整備を始めたのですが、クラウドファンディングで支援をしてくださった皆さんと話をするようになって、大きな期待を寄せていただいていることを実感しました。

現在の所有者として、このままこの建物が朽ちていくのを見るのはあまりにも惜しい。何より、父の作品を受け継いだ“僕自身の責任”としてやっておかなくてはいけないという気持ちもあります。おそらく僕よりもこの建物のほうが永く存在し続けるでしょう。もうすぐ50年、そして、もうあと50年、ちゃんと残し続けられるように道筋を築いていくのが僕の役目だと考えています」

▲『中銀カプセルタワー』と同型の個室カプセル。時代を感じさせるブラウン管テレビやラジカセは、一部修繕が必要になるが、当時のままのキレイな状態で残されている▲丸窓から外を眺めると周辺の樹々が間近に迫る。まるで森の中に浮かんでいるような不思議な空間だ

サスティナブルが求められる時代だからこそ再認識されるカプセルの可能性

「1970年の大阪万博のときに『太陽の塔』の大屋根スペースに黒川が創った個人住宅タイプのカプセルが、その後『カプセルハウスK』として現実のものになりました。

取り換えて長く使い続ける…社会通念としてサスティナブルが求められるようになった今の時代に、改めてこの建物を見て、みなさんがカプセルに新しい可能性を感じられたのであれば、黒川の“思惑通り”ということなのでしょう」

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『カプセルハウスK』は1棟貸しで1泊約20万円(平日は割引料金適用/宿泊詳細については下記ホームページで確認を)。当初はクラウドファンディングのリターンで先行予約が開始するが、一般予約は9月から受付予定となっている(冬になると水道管が凍ってしまうため、滞在可能期間は4月下旬~12月初旬予定)。

黒川紀章の名建築と称えられ、奇跡的に当時のままの姿で現存している『カプセルハウスK』。実際に滞在しながら、半世紀を経て今再び見直されるべき「メタボリズム建築の多様性」を感じ取ってみてはいかがだろうか?

■取材協力/MIRAI KUROKAWA DESIGN STUDIO 
https://miraikurokawa.jp/

▲こちらはコア部分の地階にある主寝室。もともとはアトリエとして使われており、ここで黒川紀章本人や事務所スタッフがダーツや卓球をしていたそうだ。1997年のリフォームで寝室に変更。カプセル建築のトレードマークともいえる巨大な丸窓は、地面までの距離が近く、部屋の中に居ながら外にいるような感覚になる。「中銀もそうですが、ここを訪れた皆さんは、やっぱりこの丸窓を撮影されますね。四角い窓には安定感がありますが、丸い窓には浮遊感があって、まるで月や惑星のようにも見える。この浮いた感じがイマジネーションをかき立てるから、みなさんが面白がってくださるのでしょう(未来夫氏談)」▲こちらはコア部分の地階にある主寝室。もともとはアトリエとして使われており、ここで黒川紀章本人や事務所スタッフがダーツや卓球をしていたそうだ。1997年のリフォームで寝室に変更。カプセル建築のトレードマークともいえる巨大な丸窓は、地面までの距離が近く、部屋の中に居ながら外にいるような感覚になる。「中銀もそうですが、ここを訪れた皆さんは、やっぱりこの丸窓を撮影されますね。四角い窓には安定感がありますが、丸い窓には浮遊感があって、まるで月や惑星のようにも見える。この浮いた感じがイマジネーションをかき立てるから、みなさんが面白がってくださるのでしょう(未来夫氏談)」

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