ASAEN〜海を介して大小の国々がつながる、世界史上まれな連合体

建築史家・倉方俊輔さん(大阪市立大学准教授)が建築を通して世界の都市を語る、全15回のロングランセミナー(Club Tap主催)。第10回は初のアジア圏、シンガポールとマレーシアを取り上げる。

シンガポールとマレーシアは、ASEAN(アセアン:東南アジア諸国連合)10ケ国のうちの原加盟国である。合計約6億5,000万人(※)の人口規模を誇るASEANは「陸ではなく、海を介して大小の国々がつながるという、世界史的に見てもユニークな連合体です」と倉方さん。

「東南アジアには、16世紀の大交易時代にヨーロッパ人が入り込み、沿岸部に都市を建設しました。最初は貿易を行っていただけでしたが、やがて天然資源を採掘したり、温暖な気候を利用して換金性のある作物の栽培を始めたりします。中国やインドの人々(華僑・印僑)が労働力として移住し、その宗教や文化や食が西洋のそれと混合することで、現在のような多民族・多宗教の文化が形成されました」

超高層建築と、複数の源流を持つ伝統建築がともにある。上2点がシンガポール、左下がマレーシアの首都クアラルンプール。右下はペナン島の「セブン・テラシズ」。1898年の建物をホテルにコンバージョンしている</br>(写真は以下すべて撮影/倉方俊輔)超高層建築と、複数の源流を持つ伝統建築がともにある。上2点がシンガポール、左下がマレーシアの首都クアラルンプール。右下はペナン島の「セブン・テラシズ」。1898年の建物をホテルにコンバージョンしている
(写真は以下すべて撮影/倉方俊輔)

アジア最先端のシンガポールにも、植民地時代の建築が残る

シンガポールは、1965年にマレーシア連邦から分離した都市国家だ。東京23区と同じぐらいの広さに約564万人が住み、うち74%を中華系民族が占めている(2019年1月)。香港と同様、海峡の重要拠点としてイギリスが植民した都市のひとつで、現在も英連邦に加盟している。

「シンガポールはASEANで最も近代的な国です。他方で、古い建物や街並みもきちんと残し、歴史を伝えると同時に、観光や商業に活用しています」

有名な「ラッフルズ・ホテル」の本館は、1899年につくられたものだ。ヨーロッパ人がアジアに住むために生み出した、ベランダ・コロニアル様式。「白亜のクラシックな建物に、生命力溢れる亜熱帯植物の緑が映える。東南アジアならではの光景です」

シンガポール有数のショッピング・モール「クラーク・キー」は、19世紀につくられた波止場の再開発だ。丘の上の公園「フォート・カニング・パーク」は、宗主国イギリスの軍隊が駐屯した場所。当時の司令部(1926年)は、2011年に「ホテル・フォート・カニング」にコンバージョンされた。「1942年、イギリスは日本軍に降伏しました。公園にはそのときの遺構も残されています。何かに対して批判的というよりも、さまざまな交流や侵攻がシンガポールを成立させたという現実を、建築を通して伝えています」

1909年に建てられた中央消防署は、赤レンガに白い石を組み合わせた、クイーン・アン様式だ。「警察や消防署といった、治安や安全を守る建築は、イギリス統治の権威を示す装置だったのでしょう。中央消防署は、東京駅の丸の内駅舎(1914年)と同時代の建物。シンガポールも日本も同じように、イギリス建築の流れを汲んでいるんだなと実感できます」

左上/ラッフルズ・ホテル(1899年) 右上/クラーク・キーの夜景 </br>左下/ホテル・フォート・カニング(1926年、2011年改修) 右下/中央消防署(1909年)左上/ラッフルズ・ホテル(1899年) 右上/クラーク・キーの夜景 
左下/ホテル・フォート・カニング(1926年、2011年改修) 右下/中央消防署(1909年)

前衛的な超高層ビル群の中には、日本人建築家の作品も

近年は、日本の建築家やゼネコンが、シンガポールに進出している。「シンガポールで最初に超高層ビルをつくったのは丹下健三です。丹下は、64年東京五輪や70年大阪万博で活躍した後、主な活躍の場をアジアに移しました。彼は国家の成長期に特に求められる、権威の空間や近代化の象徴をつくる名手なのです」

1986年に完成した「ワンラッフルズプレイス・タワー1」は、当時のアジアで最も高いビルだった。1995年の「UOBプラザ」の造形は、東京都庁舎(1991年)を思い起こさせる。

「黒川紀章や伊東豊雄による超高層ビルも、シンガポールで見ることができます」

左から/ワンラッフルズプレイス(手前の白いタワー1が丹下健三、1986年。隣接のタワー2は息子の丹下憲孝、2012年完成)、UOBプラザ(丹下健三、1995年)、リパブリック・プラザ(黒川紀章、1995年)、キャピタグリーン(伊東豊雄、2015年)左から/ワンラッフルズプレイス(手前の白いタワー1が丹下健三、1986年。隣接のタワー2は息子の丹下憲孝、2012年完成)、UOBプラザ(丹下健三、1995年)、リパブリック・プラザ(黒川紀章、1995年)、キャピタグリーン(伊東豊雄、2015年)

エンターテインメントも国家戦略。観光・教育・科学技術を連携する

超高層ビルが建ち並ぶビジネスセンターの対岸に、「マリーナ・ベイ・サンズ」(2010年)、「ガーデンズ・バイ・ザ・ベイ」(2012年)といった巨大エンターテインメント施設が配置されているのも、シンガポールならではの風景だ。

「シンガポールは、都市経営や教育施策のスマートさでも知られています。前衛的な高層建築と最先端のエンターテインメントが組み合わさり、街全体がテーマパークのよう。夜はレーザービームを駆使した華やかなライトアップと、屋外のコンサート会場から聞こえる音楽が、祝祭的な雰囲気を盛り上げます。英語が通じ、治安がいいので、世界中の観光客にとって魅力的な場所になっています」

未来的な植物園「ガーデンズ・バイ・ザ・ベイ」は、温室だけでなく冷室を持ち、東南アジアにはない、涼しく乾燥した気候を再現する。屋内滝や垂直庭園といったダイナミックな展示は、先端技術に触れる場にもなっている。「シンガポールのエンターテインメントは、単なる娯楽にとどまらず、科学技術政策や人材育成にもつながっています」

また、アートも、シンガポールの重要な文化施策の一つだ。2015年にオープンした「ナショナル・ギャラリー・シンガポール」は、旧最高裁判所(1939年)と市庁舎(1929年)という、2つの歴史的な建物をつないでつくられた。シンガポールと東南アジアの現代アートでは、世界最大級のコレクションを誇る。

左上/マリーナ・ベイ・サンズ(モシェ・サフディ、2010年) 右上/ガーデンズ・バイ・ザ・ベイ(2012年)</br>下2点/ナショナル・ギャラリー・シンガポール左上/マリーナ・ベイ・サンズ(モシェ・サフディ、2010年) 右上/ガーデンズ・バイ・ザ・ベイ(2012年)
下2点/ナショナル・ギャラリー・シンガポール

イスラム教国マレーシア。首都クアラルンプールにはイスラム風現代建築も

シンガポールに隣接する大国マレーシアでは、イスラム教が連邦の宗教に位置付けられている。「マレーシアもシンガポールと同様、多宗教・多民族の国ですが、イスラム教が国をまとめるアイデンティティーとして機能している点が、シンガポールとの大きな違いです」

その象徴が、首都クアラルンプールにある「マスジッド・ネガラ(国立モスク)」(1965年)だ。宗教建築であり、公共建築でもある。「モスクはそれ自体が聖なるものではなく、祈るための場所にすぎないので、異教徒でも入れます。水盤があって広々として、市庁舎前広場のような開放的な場所になっています」

建物のデザインも、日除けがアラベスク模様になっているのを除けば、装飾が少なく合理的な造形だ。「柱と天井のパーツを繰り返して空間を構成したり、ドームの屋根が折板構造になっていたりして、いかにも工業化時代らしい建築です。構造をそのまま意匠とするのは、この時代の建築に共通する思想でした。東南アジアのモスクも、同じ潮流の中にあったわけです」

国立モスクの隣には「マレーシア・イスラム美術館」があり、世界のイスラム建築が模型や地図で展示されている。「世界宗教としてのイスラムが、各国の風土や民俗と融合して多様な建築を生み出したことが分かります」

植民地時代のクアラルンプールにイギリス人建築家が残した建物も、イスラム建築の要素を採り入れている。「スルタン・アブドゥル・サマド・ビル」(1897年)は、西洋の様式建築の骨格を備えながらも、ドームやアーチはイスラム風だ。

「設計者のA.C.ノーマンは、日本に西洋建築を伝えたジョサイア・コンドルと同世代の建築家です。どちらもイギリスからアジアに渡り、それぞれの国を象徴する公共建築を模索した。コンドルが建てた旧東京帝室博物館(1882年、現存せず)にも、イスラム風のモチーフが使われていました。当時のイギリスから見れば、アジアといえばイスラムのイメージだったのでしょう。マレーシアの建築を見ることで、日本の開国時代に想いを馳せることもできるわけです」

現代の超高層ビルにも、イスラムのイメージは投影されている。1998年に、当時世界一高いビルとして建設された「ペトロナスツインタワー」(シーザー・ペリ&アソシエーツ)は、モスクを思わせる尖塔だ。「遠目にはシンボリックなフォルムで、近くで見ると工業的な精緻さがある。イスラムの伝統と、精度の高いものづくり。マレーシアが表現したい国のイメージが伝わってきます」

「21世紀のグローバル社会においては、マレーシアやシンガポールのような、多元的で重層的な文化こそが、真に先進的といえるのではないでしょうか。経済成長を続けながら魅力を熟成する、その都市と建築に、私たちが学ぶべき点も多いのです」

※各国の人口・面積等の基礎データは外務省HP(※2020年4月現在)による。

取材協力:ClubTap
https://www.facebook.com/CLUB-TAP-896976620692306/

上2点/マスジッド・ネガラ(1965年) 左下/スルタン・アブドゥル・サマド・ビル(1897年)</br>右下/ペトロナスツインタワー(シーザー・ペリ&アソシエーツ、1998年)上2点/マスジッド・ネガラ(1965年) 左下/スルタン・アブドゥル・サマド・ビル(1897年)
右下/ペトロナスツインタワー(シーザー・ペリ&アソシエーツ、1998年)

2020年 06月10日 11時05分