トーコーキッチンに続く新しいサービスが登場

JR横浜線 淵野辺駅JR横浜線 淵野辺駅

首都圏の路線の中ではマイナーな部類に入るであろうJR横浜線に、路線全体の認知度とは全く関係なくそこだけ非常に人気の高い駅がある。神奈川県相模原市にある淵野辺駅だ。周辺に青山学院大学、麻布大学、桜美林大学がある学生街だが、ここ数年はこれらの大学に通う以外の、淵野辺から通うとしたら少し遠いのではないかと思えるような大学に入学する人からの問合せも増えている。

その人気の要因が淵野辺にある不動産会社・有限会社東郊住宅社が2015年12月に始めた入居者向け食堂トーコーキッチンである。朝100円、ランチ・夕食で500円という価格で手作りの美味しい食事がとれると人気になり、2016年度グッドデザイン・ベスト100および特別賞[地域づくり]を受賞するほか、各種メディアで何度も取り上げられている。それが広く知られた結果、トーコーキッチンのあるまちに住みたいという人が年々増加しているのである。

東郊住宅社はトーコーキッチン以前にも周辺が礼金・敷金を2ヶ月ずつだった時代から他社に先駆けてそれらをゼロとし、退去時の修繕義務を無しにするなど、早くから他にない入居者サービスに取り組んできた会社で、2020年9月には既存のサービスに続く、第三のサービスをリリースした。それが100円から頼める家事代行、ゴーヨーキーキーだ。

JR横浜線 淵野辺駅トーコーキッチンは商店街の中にあり、入居者は自室の鍵を利用して食堂に入ることができる

高齢者の電球交換の依頼からサービスがスタート

新事業を解説してくださった輿水氏新事業を解説してくださった輿水氏

ゴーヨーキーキーの語源は言うまでもなく、ご用聞き。時代によって言葉の意味は多少異なるが、多くの人が思い浮かべるのは昭和の商店街が登場するテレビアニメ「サザエさん」に出てくる酒屋・三河屋さんの若い勤め人、サブちゃんのような存在だろう。得意先を巡回して本業である酒類の注文を受け、ついでにちょっとした困りごとの相談にも乗る。まちの人にとってはとても便利で安心できる助っ人である。

東郊住宅社がトーコーキッチンを企画した時から「食事を届けに行きつつ、ご用聞きをするというサービスができたら良いなと構想はあった」と同社の常務取締役・輿水泰良氏。だが、とりあえずスタートしたのはトーコーキッチン。それから5年が経ち、ゴーヨーキーキーがスタートするにあたってはあるエピソードがきっかけになった。

「足の悪い高齢の入居者さんが月に一度、家賃を持参くださるのですが、その時に電球は買ったものの自分で交換できない、手伝ってもらえないだろうかと依頼を受けたのです。月に一度の機会を待ち続けてくださったと考えると、もっと気軽にそうした依頼を受けられるようにしようとサービスの提供を決めました」

5分100円からの利用料金

安価で身近なサービス、ゴーヨーキーキー安価で身近なサービス、ゴーヨーキーキー

対象となるのは同社物件の入居者、オーナー、取引関係の事業者そして入居者から紹介のあった人で、料金は1人作業の場合で5分100円(紹介を受けた人が利用する場合はプラス出張費500円)。2人作業の場合は5分300円で、前者の場合は30分以降5分300円となり、後者は30分以降5分500円となる。基本的には入居者サービスの一環であり、無料でもよいところだが、低額ながら料金を設定したのはただだと頼みにくいと感じる人が出るだろうと考えてのこと。

9月に新サービスをリリース。トーコーキッチンに新サービスを知らせるはがきを用意、月に1回配布しているオーナー通信や契約を更新する入居者に告知するなど入居者、関係者に広く知らせるようにしてきており、この5ヶ月で20回を超える利用があったという。週にすると1回程度という計算だ。

依頼内容、依頼者はさまざまだが、多いのは老若を問わず引越し後のちょっとした手伝い。「テレビの接続が悪く、映りが悪い」「洗濯機が設置できない」「粗大ごみを一緒に運んでほしい」「照明器具を取り付けてほしい」などなど。引越しそのものの手伝いをして欲しいという依頼もあったそうだが、それに対しては引越し会社さんを依頼したほうが安くつくと事業者を紹介したという。

背景には入居者との良い関係

電球の交換のような作業も苦手という人もいる電球の交換のような作業も苦手という人もいる

依頼内容は引越し後以外でも、自分ではできない、ちょっとした作業が大半。「単5の電池がどこで売っているか分からないから買ってきてほしい」「換気扇のフィルターを交換してほしい」、若い女性からは「部屋にいる巨大な蜘蛛を退治してほしい」、高齢女性からは「加湿器の水を補充してほしい」「洗濯物を干す手伝いをしてほしい」などなど。

いずれも作業自体はたいしたことではなく、数分もあれば解決するはずだが、本人にとっては大きな問題である。やらなくてはいけないのに自分ではできないことをささっとやってくれるサービス。身近に欲しいと思う人も多いのではないかと思う。

異色に思える依頼もあった。「サービス開始以来、初めての学生さんからの依頼でフローリングのワックス掛けを頼まれました。ずっと床の同じ場所に座っていたため、そこが黒ずんでいて気になる、きれいにしてワックスをかけたいとのこと。でも、その方は数ヶ月に退去予定。弊社では原状回復義務はないので、そのまま退去していただいていいですよと伝えたのですが、どうしても気になるからと言われて引き受けました。金額にして2,000円くらいでしょうか、ワックスは社内にあったものを持っていき、一緒に床をきれいにしました」

そのまま黙って退去しても問題はないにも関わらず、どうしてもきれいにしてから退去したい。それはそれまで住んでいた部屋を大事に思ってくれてのことだろう。その気持ちがうれしかったと輿水氏。それ以外でも来訪すると「こんな時期なのに来ていただいてありがとう」と感謝されるケースが多いそうで、入居者との間に良い関係が築かれていることが分かる。

困りごとの解決で信頼関係を構築

淵野辺駅付近の風景淵野辺駅付近の風景

その関係は同サービス以前から醸成されていたのだろうと思う。

トーコーキッチンもそうだが、同社では入居者サービスをコミュニケーションのツールとして位置づけている。表面的には食の満足、困りごとの解決を目指すものと捉えられるかもしれないが、目指すものは食、困りごとを契機に入居者との信頼関係を構築するコミュニケーションの機会であり、安心の提供であり、問題の早期発見である。

一般の不動産会社はトラブルが発生しない限り、入居者と関わることはないが、日常的に入居者と関わっていればトラブルは発生しにくくなる。発生する危険があったとしても初期のうちに気がつけば対処もできよう。また、信頼関係、安心が生まれていれば長く住む入居者も増えるはずである。

実際、同社入居者の居住期間は非常に長い。10年を超えて居住する人はもちろん、管理のシステムでエラーが出る20年以上という人も少なくないとか。学生でも卒業後に住み続ける人がいるそうで、淵野辺は一度住み始めると離れられないまちなのである。

いずれは地域を巻き込むサービスに

順調に滑り出したゴーヨーキーキーだが、今後はこれを入居者など関係者限定のものではなく、地域を巻き込んだコミュニケーションツールとして機能するようにしていきたいと考えているという。

「地域にいらっしゃる、知識のあるリタイア層にその知識や経験を生かしていただける場の提供や、近隣大学の研究、実習との連携、地域により根ざすことでネットワークが生まれるなどさまざまなことを考えています」

今はまだ週に1回程度の利用のため、社員が対応することで回せているが、利用者が増えたら人手の問題が出てくる。引越し後のお手伝いはその時限りだろうが、洗濯物を干す手伝いや紹介があった場合に行っている草刈りや庭掃除、空き家の風通しなどといった仕事は定期的に行う必要がある。また、今のところはそれほど難しい注文はないが、今後は専門知識を要する依頼があるかもしれない。

となると、近くの学生その他地域のいろいろな人に手伝ってもらうなどの手を考えなくてはならないだろう。それによって地域の人と連携できたら、地域で小さいながら、お金の循環が始まることになる。住むだけではなく、地元でちょっとした仕事があり、それを通じて人とのつながりが生まれるようになれば、住んでいてより楽しい街になっていくはず。東郊住宅社の物件に住まない人でも淵野辺に住めばそんな暮らしができるなら、住んでみようかと思うようになるだろう。

「ここで利益を出す気はない」というゴーヨーキーキーだが、このサービスが地域の価値を高めるものになれば、それは最終的には不動産の価値になって返ってくる。一見冗談のような名称のサービスだが、これこそが不動産会社の本来の仕事なのではないだろうか。

東郊住宅社
http://www.fuchinobe-chintai.jp/

2021年 04月12日 11時00分