書棚で緩く仕切られた謎空間、「レトロフトチトセ」

上/1階中央部の吹き抜けになった空間。ここで市が開かれる 下/取材時たまたま空いていた賃貸住戸。全戸間取りが違い、滅多に空きも出ないため、貴重な一枚上/1階中央部の吹き抜けになった空間。ここで市が開かれる 下/取材時たまたま空いていた賃貸住戸。全戸間取りが違い、滅多に空きも出ないため、貴重な一枚

鹿児島市で最初にリノベーションの存在を世に知らしめたのは市の中心部、市役所にほど近い名山町(めいざんちょう)にあるレトロフトチトセ。昭和41年に建てられた5階建ての鉄筋コンクリート造の建物は長年、3階以上が住戸、1~2階が店舗として使われてきたものの、現在のオーナー永井明弘氏が2000年に相続した時点では住居部分は空室だらけの「負」動産。取り壊そうにも頑丈に作られていたため、解体費が高額に及ぶ上に、名山町は土地が共同所有となっており、取壊し後に再建築するためには、全員の許諾を取り付ける必要がある可能性があった。

そこでビルの経営を立て直し、使い続けようとまずは住居部分をDIY可、原状回復不要で貸すことに。まだ世の中にDIY賃貸などという概念が生まれてもいない時代で、その意味を不動産会社に理解してもらうのが大変だったと永井氏。不動産会社的には謎に思えた貸し方だが、アーティストたちは敏感に反応。徐々に面白い住民が集まるようになった。続いて2008年には2階にあった倉庫をギャラリーにし、2012年4月にはそれまで入っていたカメラ店が退去した1階を大改装。古書店、着物店、コーヒーショップ、デザインオフィス、レストランなどが入っている。

1階だけでも4カ所ある入口から中に入ると、そこはまるで路地を思わす空間。天井まである書棚が壁代わりに各店を仕切っているのだが、書棚の隙間から向こうが見えているため、全体は緩く繋がってもいる。そこに不思議さを加えるのは1階店舗退去時の解体で見つかったという地下室。「床を剥がしたら地下室が4つも出てきました。そこを生かして半地下付きの店舗を作りました」。立体感のある路地とでも言えばいいのだろうか、広さと狭さ、天井の高さと低さが同時に味わえるのである。

レトロフトチトセ http://retroft.com/

築50年超の建物が町の起爆剤に

上/名山町の空き家の目立つ街並み 下/ところどころにリノベーションされた店舗を見かけるようになったとか上/名山町の空き家の目立つ街並み 下/ところどころにリノベーションされた店舗を見かけるようになったとか

言葉では伝えにくい空間なのだが、永井氏によると、これは建物のある名山町の、昭和の古い街並みをイメージしたものとか。名山町は江戸時代に掘削された名山堀を昭和期以降に埋立てた土地の一部で、終戦後の闇市に由来する名山堀市場があった場所。かつては鹿児島一と言われたほど繁盛した市場だったそうだが、近くにあった県庁や税務署、新聞社などの移転により徐々に衰退。路地の両側に2階を住戸にした店舗がぎっしり並ぶ一画には空き家も目立つようになっている。

戦後の混乱した状況下で建てられたためか、前出したように土地の権利関係が複雑で開発の手を入れようにも手立てがないというところらしい。だが、いずれは消えゆく場所と考えられており、永井氏はその狭く、乱雑ではあるけれど、どこか懐かしい雰囲気をレトロフトチトセに再現したのだという。

確かにレトロフトチトセ内にはのんびり、風景や建物を眺めながら散歩するのが楽しい町のような雰囲気があり、興味をそそられる書籍や店舗が並んでいる。実際、レトロフトチトセができて以降、寂れていた名山町に足を運ぶ人が増え、町内には少しずつ、空き家を改装したレストラン、カフェなどが登場し始めている。リノベーションされた古いビルが町の起爆剤になったというわけだ。

ジャッキアップまでDIY!「美容室KAZE」

DIYにもほどがあるのが美容室KAZE。築60年の、柱が足りないためにたわんでいた履物屋の建物を内部の解体から始まり、ジャッキアップして柱を足したり、水回りを作り直すなどの作業の、屋根を除くすべてを自分たちでやったというのである。「すぐ近くの実家に帰省した折に、この建物を掃除している女性をみかけ、どうするの?と聞いたところ、高齢のため、店を閉め、娘宅に引っ越すとのこと。じゃあ、貸してと言ったら、面倒だから嫌と言われ、だったら、売ってくださいと勢いで買ったのですが、改装の予算がなかった上に見積もりを依頼した工務店すべてに『建替えたほうが安い』と言われ、自分たちでやることにしました」とオーナー入佐帥光氏。

建築その他の知識、経験はなく、改装のやり方はすべてネット(!)で検索した。ただ、以前沖永良部島に住んでいた頃に、台風で壊れた家の修理などの手伝いをした経験からプロでなくても建物はいじれると思っていたとか。とはいうものの「持ち上げている最中にジャッキが外れた時には建物が倒れるんじゃないかと青ざめました。また、なぜか、この建物、天井が二重になっていたのですが、それを取り外した時には溜まっていた火山灰が滝のように降り注ぎ、危うく埋もれるところでした」とひやっとする経験もあった。

解体後、入口近くの元土間だった部分は半分が待合スペース、半分が作業スペースとなっており、一段上がった、元住居部分はシャンプー台や道具類などの収納に使われている。作業スペースに置かれているカウンターや店頭の看板などもDIYで作られており、その徹底ぶりはお見事の一言。ただ、2階はあるものの、ほぼ使っていないのはやはり、強度に不安があるからとのこと。やはり、そこまでをネット情報でやるのは難しいようだ。

美容室KAZE http://kaze2.com/

左上から時計周りに改修前の室内、現在の外観、店内と陽気な入佐氏(左)とスタッフ左上から時計周りに改修前の室内、現在の外観、店内と陽気な入佐氏(左)とスタッフ

大規模リノベで築40年、桜島を望むビルを再生「磯浜ビル」

鹿児島では桜島の存在は格別のものらしい。首都圏でも東京タワーや富士山が見える物件はそれだけでも評価されるが、外装、内装ともに大幅なリノベーションでよみがえった磯浜ビルも桜島を一望、希少な立地にある建物である。ただ、築40年と古く、海辺に近いことから躯体の劣化が激しく、また、6戸中3戸が空室という現状もあり、一時は取壊し、新築の話もあった。

「取壊しに1000万円、新たに建設すると8000万円ということでしたが、家賃を考えると割が合いません。そこで3000万円をかけてリノベーションすることになり、同級生であるオーナーから任され、私にとっては初めての1棟丸ごとリノベーションを行うことになりました」(すべ産業リノベーション事業部長・須部貴之氏)。

2014年10月から4ヶ月かけて行われたリノベーションでは水漏れだの、異常がないのに警報機が鳴り続けているだのとトラブルが頻発。須部氏は日に何度も現場に通うなど大変な日々だったとか。だが、和室中心、和式便器に狭い風呂の部屋は広々した水回りを備えた、眺望を楽しめる部屋に再生され、かつて4万円だった賃料は7万円にアップ(以前からの住民は据え置き)。リノベーション後、2017年1月に退去した1室は情報公開の翌日には新入居者が決まるほどの人気物件になった。

もうひとつ、この物件はワークショップ形式でDIYをやるというスタイルを鹿児島にもたらした。同物件で行われた庭の芝生貼りや外装ペイントワークショップ以降、不特定多数に参加してもらい、愛着のある建物を作るというやり方が広まったのである。

磯浜ビル https://www.facebook.com/isohama.bldg/

左上から時計回りにリノベーション前の外観、外装ワークショップ時の作業風景、現在の外観、室内左上から時計回りにリノベーション前の外観、外装ワークショップ時の作業風景、現在の外観、室内

DIYで生まれたコミュニティスペース「つむぐば」

前出の磯浜ビルに続いて2016年3月にワークショップ形式でのDIYリノベーションで生まれた地域のコミュニティスペースがある。地元の建設会社の指導で建築を学ぶ学生を中心にした10人が5回の作業で空室になっていたワンルームを再生したもので、人を繋げることを意識、「つむぐば」と名付けられている。

室内は人工芝を敷いた段差のある空間で、利用者は多岐に渡る。運営に当たっている窪商事代表取締役・窪勇祐氏によると「セミナーや勉強会などから子どもを連れたお母さんたちが遊びに来たり、学生が宿題をやっていたりと利用者の年代、職業や利用方法、目的もばらばら。いずれ起業したいと考えている人が、お試し的に営業しているケースもあるようです」。公共施設も含め、地域の人が使える施設自体はあったものの、3時間500円という手頃な利用料金で、気軽に、自由に誰でもが使える空間は無かったということだろう。現在はほぼ毎日利用されている。

人を繋ぐという目的も自然に達成されており、それが何よりうれしいと窪氏。「つむぐばの隣に一戸建てを購入。鹿児島初のシェアハウス、しかもシングルマザー向けを開業しようとしているのですが、ここを始めるまでは女性の知り合いすらあまりいませんでした。でも、つむぐばを通じて知り合った近所のおかあさんたちに人を紹介してもらったり、どういうニーズがあるかを教えてもらったり。人のネットワークができつつあります」。

ちなみに3時間500円で成り立つのかと聞いてみたところ、かつての賃料が月額2万5000円だったのに対し、現在は平均3万円くらいになっているとか。しかも、支払いは室内に置かれた箱に利用料を入れるという、信頼に基づいた方法。それでもきちんと払われ、利用されていることを考えると、いかにこの場が愛されているかが分かろうというものだ。

以上、駆け足で鹿児島市のリノベーション物件を紹介した。市内にはそれ以外にも鹿児島市庁舎本館や南日本銀行その他の近代建築が残されており、建物好きなら楽しいはずだ。

つむぐば https://www.facebook.com/yahata.rental.space/

左上から時計周りにワークショップ時の風景。室内の様子が分かる。現在のつむぐば、情報交換やコミュニケーションの場となっていることが分かる掲示板、かつて県庁として使われていた現県政記念館。こうしたレトロな建物が市内中心部に点在している左上から時計周りにワークショップ時の風景。室内の様子が分かる。現在のつむぐば、情報交換やコミュニケーションの場となっていることが分かる掲示板、かつて県庁として使われていた現県政記念館。こうしたレトロな建物が市内中心部に点在している

2017年 03月07日 11時07分