「ふつうに暮らせるしあわせ」をキャッチフレーズに

<写真上>豊明市役所。豊明市は、名古屋市南東部に隣接したベッドタウン。2018年4月1日現在の高齢化率は25.4%で、愛知県の高齢化率より高いという<写真下>健康長寿課の松本さん<写真上>豊明市役所。豊明市は、名古屋市南東部に隣接したベッドタウン。2018年4月1日現在の高齢化率は25.4%で、愛知県の高齢化率より高いという<写真下>健康長寿課の松本さん

高齢化のスピードが他国と比べてかなり早いと言われる日本。市町村や都道府県といった地域での高齢者支援が求められる中、愛知県豊明市で行われている介護保険外サービスの取り組みが注目を集めている。平成30年度に豊明市に視察に訪れた市町村関係者などは800人を超えているという。「皆さん、目からうろこが落ちたと言われます」と豊明市役所・健康長寿課の松本小牧さん。

「豊明市は団塊の世代が多く住む地域で、75歳以上の方もとても多いです。最近は、お風呂やトイレなどは自分でできるけれど、買い物といった外出や調理などの家事に少し支障が出てくるような、軽度の要介護認定者が増えています。それに伴ってデイサービスやヘルパー事業の利用が増え、介護保険がすごく伸びていました。その介護サービスを利用してお元気になればいいのですが、数年前に調べたところ、要介護状態で要支援1というもっとも軽い方でも、サービスを使って1年後に6割が悪化してしまうことが分かったんです。そこで問題意識をより持つようになりました」。

今、豊明市は「ふつうに暮らせるしあわせ」をキャッチフレーズに高齢者支援を進めている。市の職員が街中で見かけた1台のバスから始まった取り組みを紹介したい。

日帰り入浴施設の無料送迎バスを利用して、高齢者の外出機会を増やす

先の調査の結果を受けて豊明市では、要介護状態から回復する可能性が高い軽度の要介護認定の高齢者を、医療や介護が必要なかった元の暮らしに戻せないかという取り組みを始めた。

「そんな中で、介護保険だけではなんともならないのではと気付き始めたんです。例えば、デイサービスを止めてしまうと、実はそれ以外に行く場所がなかったとか、新鮮なものを買いに行きたいけれど、購入したものを持って歩くことが困難であるとか、高齢者の方々の本当に支援が必要な事を感じてきました」と松本さん。

そして「週に1、2度、デイサービスを利用しても、残りの日にちは家でゴロゴロとしていたら、よくないのではないか。7日間お出かけするほうが元気になるのでは」。年を取ると共にやめてしまった散歩や買い物に行くことを、自主的に再び行きたい気持ちになることが必要だと気付いたという。

ある日、地域を回っていた職員が、隣接する名古屋市緑区にある日帰り入浴施設「楽の湯」の送迎バスを見かけた。豊明市を回るコースが1日3便も設定されていたのだ。「毎日お出かけしてもらう手段を考えていた時に、行政が何の負担をすることもなく、民間企業が送迎バスを運行してくださっていたことに驚きました。そして、このバスを利用して毎日温泉に入りに行ったら、きっと楽しく、いい機会になるのではと思いました。そして店長さんにご連絡したところ、最初は行政の指導がきたと思われてとてもびっくりされたのですが(笑)、そうではなくて、ぜひ、送迎バスが利用できることを豊明市の地域の方々に向けて私たちからお知らせさせてほしいとお願いしました」。

施設側からは「市役所がそんなことを応援してくれるんだ」と驚かれたが、チラシやパンフレットなどの資材の提供など、連携が始まった。職員がバス停のある地域の集会所や老人クラブの集まりなどにチラシを持って行き、「こういうものを使いながら、お出かけしてはいかがですかとおすすめしました。今まで知らなかった方も多く、利用してくださるようになりました」。

名古屋市の日帰り入浴施設「楽の湯」が、平日限定の無料巡回バスを豊明方面にも走らせていたことが保険外サービス創出のきっかけに。その後、送迎バスは、ルートの変更や延長に対応してくれ、新しいバス停が設置されると、その地域の高齢者も続々と利用するようになったという(写真提供:豊明市役所)名古屋市の日帰り入浴施設「楽の湯」が、平日限定の無料巡回バスを豊明方面にも走らせていたことが保険外サービス創出のきっかけに。その後、送迎バスは、ルートの変更や延長に対応してくれ、新しいバス停が設置されると、その地域の高齢者も続々と利用するようになったという(写真提供:豊明市役所)

スーパーで買った商品を無料配送

そしてもう一つ、高齢者のニーズを感じていた買い物については、生活協同組合「コープあいち とよあけ店」と連携。

「もともと宅配サービスはされているのですが、高齢者の方はなかなか使えません。なぜかというと、マークシート式の注文用紙の文字が小さすぎるからです。そのほか、カタログが多すぎて商品を選びきれないことや、やっぱり自分の目で見て買いたい、現金で決済がしたい、そして一週間後に届くのでは忘れてしまうということも」。

高齢者にとって購入した商品を持って帰ることは負担が大きいことも含めて相談したところ、店舗で購入した商品をカウンターに預けると、午後2時以降に自宅に配送するサービス「ふれあい便」が始まった。

「民間企業のいろんなサービスを高齢者向きに少し変えてもらえることで、暮らしが成り立つ人がいるんだということに私たちも気付き、そこからはいろんな企業にお声掛けをしました。カラオケボックスでは昼間のお客様の少ない時間で運動教室を開催していただいたり、スポーツクラブでは市の会場までインストラクターに来てもらってトレーニングを教えてもらったり。その他、音楽教室だったり、乳製品会社の方には骨密度をチェックしてもらって乳製品の大切さを教えてもらうことも行いました」。

<写真左上>コープあいちが買い物したものを玄関先まで届けてくれる「ふれあい便」<写真右上>「楽の湯」では高齢者に向けた健康講座を新たに開いたりもするように<写真左下>カラオケボックスでの体操教室<写真右下>スポーツクラブでの体験教室(すべて写真提供:豊明市役所)<写真左上>コープあいちが買い物したものを玄関先まで届けてくれる「ふれあい便」<写真右上>「楽の湯」では高齢者に向けた健康講座を新たに開いたりもするように<写真左下>カラオケボックスでの体操教室<写真右下>スポーツクラブでの体験教室(すべて写真提供:豊明市役所)

民間企業のサービスと高齢者をつなぐ。市役所だからできる役割とは

2018年7月に実証実験をスタートした乗り合い送迎サービス「チョイソコ」は、2019年4月から有償化して本格稼働する(写真提供:豊明市役所)2018年7月に実証実験をスタートした乗り合い送迎サービス「チョイソコ」は、2019年4月から有償化して本格稼働する(写真提供:豊明市役所)

民間企業のサービスを豊明市が紹介することについて、松本さんはこう語る。「これから地域の方々が高齢化していく中で、企業も高齢者向けのサービスを考えることは当たり前かもしれません。ですが、どれだけ良いサービスがあっても、高齢者の方がすぐに利用できるわけではないんです。まず知ってもらうことが難しいのです。チラシが配られても細かい字は読めないですし、ウェブも活用しないので、情報を届ける手段が限られています。高齢者の方には、Face to Face=面と向かって話をしないとなかなか伝わりません。そして、申し込みや、サービスを使いこなすための手引きも必要です。例えば、バスが何時にあるから、ここにいると乗れますよ、ということろまで教えてあげないと難しい。企業もサービスの利用が悪ければなくしてしまうという悪い循環になってしまうので、私たち行政がその中継ぎといいますか、両者の手を結ぶような仲介役をしているのです」。

「市役所の高齢者を担当する局の強みは、高齢者の方々に直接お会いする機会がものすごくあること」と松本さん。行政と民間企業の連携は、どちらかというとタブーとみなされることが多かったが、行政が民間企業のサービスに乗り出すのではなく、民間企業には高齢者のニーズを伝えてサービスの充実化を図ってもらい、高齢者の市民にはそのサービスの紹介をするということで、お金が絡むことはない。

日帰り入浴施設のバスの利用は、連携を開始してから乗車率が年々上がり、今では3倍に。コープでも、通常の客単価はおよそ1,500円だが、「ふれあい便」の利用はまとめ買いが多いこともあり7,500円を超えている。また、店舗の売り上げの2.5%が「ふれあい便」だという。

「今まで企業と行政のコラボレーションというと、企業にとって儲からない話、社会貢献的なものというのが多かったように思います。私たちが今やっているのは、企業の企業活動そのものが、高齢者のニーズを満たしてくれるものであって欲しいということなんです。企業にとっても、採算がきちんとあっていて、収益が確保されていなければ持続可能なサービスにはなりません。そういった両方が満たした領域を、私たちは支援したいということです」。

高齢者が外出をして、社会とのつながりも生まれ、いきいきとした暮らしをしていけることは、市にとっても保険財政へのプラス面だけでなく、まちの魅力にもつながるだろう。

さらに広がる高齢者支援

「医療保険や介護保険は、本人にとって非日常的なものなので」という松本さんの言葉に、ハッとした。年を取れば、医療や介護のお世話になるものだと、当たり前のように思っていたのではないか。年を取っても「今までと同じように暮らせるしあわせ」があるまちは、特別なことばかりが必ず必要なわけではない。ほんの少し、高齢者の目線を加えられれば、民間企業のサービスがみんなに優しい社会へとつながる。

松本さんに聞くと、今回の取り組みについてマスコミの取材を受けるなかで、「楽の湯」の店長さんは、「豊明市からお声がけされるまで、自分たちの温泉事業が社会的な意義があることに全く気が付かなかった」と語ってくれたという。また、高齢者からは「友達(風呂仲間)が増えた」「毎日通っていると調子が良くなって、元気になった」「病院に行って医療費を使うより、お得」といった声も届いているという。高齢者の外出機会につながり、社会参加、さらには健康維持にも。視点を少し変えるだけで、いい循環が生まれたのだ。

豊明市では高齢者の生活支援をさらに広げている。今、人気が高いのは「健康マージャン」だそうだ。こちらも高齢者の出不精を解消する機会となり、30分間の体操をしてからマージャンを楽しむ。マージャンは脳を刺激して認知症の予防にもなると注目されている。また、市内70店舗ほどの喫茶店を紹介し、高齢者には外出を促し、また喫茶店には見守りをしてもらう意味もある。

豊明市、JAあいち尾東、コープあいち、南医療生協組合の共同で、豊明市おたがいさまセンター「ちゃっと」という仕組みも作った。生活のちょっとした困りごとを市民同士が手助けするというもの。例えば、草取りやゴミ出し、電球交換などを、利用する高齢者は30分250円のチケットをサポーターとして登録した市民に渡し、手助けしてもらう。

これらだけの効果ではないが、保険の給付率も下がりつつあり、「潮目は変わったと思う」と松本さん。豊明市が提携している企業には、全国で展開しているところもある。「ぜひ他の市でも広げてほしい」とのことだ。

取材協力:豊明市役所 健康長寿課

豊明市役所・健康長寿課のカウンターにも、さまざまなサービスのチラシを置いて紹介スペースに豊明市役所・健康長寿課のカウンターにも、さまざまなサービスのチラシを置いて紹介スペースに

2019年 04月08日 11時00分