戦後の復興計画が広島の水辺を特徴づけた

広島県広島市の市街地は西部の冠山にその源を発する太田川によって作られた三角州の上にある。豊臣秀吉の時代にこの地に城を構えた毛利輝元以降、延々と埋め立てが続けられ、現在の姿となった。現在も市内には太田川(旧太田川あるいは本川と称される)から分流する太田川放水路、天満川、京橋川、元安川、猿猴川(えんこうがわ)の6河川が流れ、市街地に占める水面の面積の比率は約13%と大きく、さらに川幅の広い河川が多いのが特徴だ。

かつては水上交通が発達しており、その名残が現在もあちこちの川沿いに残されている雁木(がんぎ)。これは川や海などの水辺に作られる階段状の構造物のことで、潮の干満や河川の流量変化で水面が上下しても昇降や荷卸しなどができるようにと作られたもの。広島市は海に近いこともあり、干満の差が大きく、最大では4mにもなるほど。雁木は必需品だったわけで、個人所有なども含め、現在も大小300カ所以上が残されているという。

また、都市の河川には必ず汚染の歴史があるが、広島でも公共下水が整備される前はだいぶ汚れたとは言うものの、水質が他都市ほどに悪くなることはなかった。今でも大粒のシジミが採れるような河川は他にないだろう。そうしたいろいろな意味で広島は歴史的に水の都なのである。

さらに広島の水辺を大きく特徴づけているのは戦後の1945年に閣議決定された「戦災地復興計画基本方針」によって行われたまちづくりである。これは全国115の都市を対象としたものだが、多くの都市では計画のごく一部しか実現できていない。分かりやすい指標は幅員100mの道路だ。東京も含め、計画した都市は多いものの、実現できたのは名古屋市、広島市のみ。そのことからしても広島の復興計画は紆余曲折はあったものの、比較的実現されたということが分かる。

おりづるタワーから見下ろすと緑と川、そして原爆ドーム。広島の力強さを感じる風景おりづるタワーから見下ろすと緑と川、そして原爆ドーム。広島の力強さを感じる風景

川沿いには必ず緑地という美しい景観

今回、話を伺った広島市経済観光局観光政策部おもてなし推進担当の丸本信氏(右)と宇根遼平氏。歴史から始まり、熱く語っていただいた今回、話を伺った広島市経済観光局観光政策部おもてなし推進担当の丸本信氏(右)と宇根遼平氏。歴史から始まり、熱く語っていただいた

復興計画で水辺には川の美を活かすために河岸緑地が作られた。「100mの幅員がある平和大通りは延焼防止帯の機能も兼ねていますが、河岸に連続的に作った緑地には憩いの空間であると同時に道路が寸断されても緑地を伝って移動ができる避難路の機能もあります。河岸には一部に民地もありますが、大半は公共の土地。ずっと守られていく緑地です」と広島市経済観光局観光政策部おもてなし推進担当・丸本信氏。

広島の復興計画で最初に計画された公園・緑地・墓地は河岸緑地、平和記念公園その他を含めて88カ所、約170ha。特に都心部の河岸が緑の多い、歩くのが楽しいオープンスぺースになっているのは戦後のまちづくりの成果だったのである。

その広島で水辺の活用について最初に計画が持ち上がったのは1990年。国、県、市で「水の都整備構想」を策定したそうだが、この時点での計画は親水性の高い護岸整備をしようといったハード寄りのものだった。

その風向きが変わったのは2003年に「水の都ひろしま」構想が策定されて以降。これまでの治水、利水に加え、使うという視点を加え、国や県、市だけでなく市民団体も一体となって水辺を利活用していこうという流れが生まれてきたのである。現在では市民、行政、民間事業者の三者で作られた水の都ひろしま推進協議会がつかう、つくる、つなぐの3つの基本方針に従って活動を行っている。

水辺のカフェは2河川に10店舗

水辺のカフェ。上が元安川、下が京橋川。元安川のカフェの右手にあるのが江戸時代からの歴史のある牡蛎船で唯一残った店舗。かつては名産の牡蛎を船で大阪まで売りに行っていたそうだ水辺のカフェ。上が元安川、下が京橋川。元安川のカフェの右手にあるのが江戸時代からの歴史のある牡蛎船で唯一残った店舗。かつては名産の牡蛎を船で大阪まで売りに行っていたそうだ

活動のうちでももっとも目につくのが水辺に常設されたオープンカフェだ。元安川、京橋川の2河川沿いにイタリア料理、タイ料理、洋菓子店その他合計10店舗が作られており、水辺に臨んだ席で飲食が楽しめる。ことに元安川に臨むカフェ・ポンテは原爆ドーム、平和記念公園の間という恵まれた立地にあり、オープン席は大人気。冬の寒い時期でも川沿いに座りたがる外国人観光客が引きも切らぬという。

河岸は公園でもあるため、各店舗には水辺以外の景観にも配慮することが義務付けられており、事業協賛金という周辺の環境整備に使われる費用も負担している。また、店外のオープン席は、注文しない人も自由に利用できるなど公共に開かれた空間としても位置付けられている。そうした工夫のためか、どの店にも洒落た雰囲気があり、周辺もきれいに清掃、手が入れられている。カフェを設置するにあたり、雑多な雰囲気にしたくないと様々なルールを作って事業を計画してきたことが成功しているのである。

ただ、京橋川の店舗周辺は広島駅には近いものの、観光名所がある場所ではないため、元安川に比べると人出はいまひとつ。近隣のホテルに宿泊している外国人グループなどは見かけたが、それ以外はどうやら地元の人が多い様子。せっかく、気持ちの良い空間を作っているのだから、もう少しPRして、多くの人に水辺を味わってもらいたいところだ。

コンサートに水上タクシー、世界遺産航路も

様々な水上交通があるものの、弱点が干満差。時間によっては通行できないことがあるそうだ様々な水上交通があるものの、弱点が干満差。時間によっては通行できないことがあるそうだ

カフェ以外にも様々な活動がある。たとえば水辺でのコンサート。原爆ドーム対岸にある親水テラスを利用、2004年から春、秋を中心に年に20回ほど開かれているそうで、コンサート以外での利用も少なくないとか。京橋川沿いでは7月に音楽の夕べ、11月に雁木クリスマスイベント、水辺ジャズなどといったイベントが開かれる。

カヌーやSUP(スタンドアップパドルボード。サーフボードより少し大きめの板の上に立ってパドルを漕ぎながら水上を散歩する)など川で遊ぶアクティビティも行われており、観光客も利用できるツアーもある。

水上を利用しては平和公園~縮景園~広島駅前川の駅を結ぶ観光で使えるWATER TAXI、雁木から乗り降りでき、観光名所を回れる雁木タクシー、水上から観光名所を眺めるリバークルーズなどが運行されており、最近、そのうちでも人気を集めているのが世界遺産航路。

「原爆ドームと宮島、2つの世界遺産を結ぶもので電車等を利用するよりも料金は高いものの、乗換がなく最短時間で行ける、水上から街並みが眺められると好評。2016年度の開業以来、右肩上がりに利用者が伸びており、28年度には16万人を超えました」。

川ではないものの、2017年からは広島城の堀を巡る和船遊覧船の運航も始まっている。広島市へ行ったら徹底的に水にこだわってみるのも楽しいかもしれない。

広大な遊休地を水辺とともに開発?

猿猴橋から広島駅方面。この地での猿猴は猿ではなく、河童のこととか。下は暫定利用が続く旧広島市民球場跡地猿猴橋から広島駅方面。この地での猿猴は猿ではなく、河童のこととか。下は暫定利用が続く旧広島市民球場跡地

2003年の「水の都ひろしま」構想に基づいて2014年には10年計画の「水の都ひろしま」推進計画が改訂されており、2018年は計画5年目。中間見直しを行い、今後を考えるタイミングだが、課題はあるものの、おおむね計画通りに来たと丸本氏。「水辺のゴミ拾いのように地道な作業は継続してやってきましたし、水辺の賑わいも少しずつ生まれてきています。広島駅近くを流れる猿猴川では猿猴橋の復元を行い、イベント広場や雁木を再整備した、水上交通の拠点となる『川の駅』も生まれました。今後は京橋川の水辺のライトアップなどで夜の水辺の魅力づくりを考えています」

もうひとつ、いつになるかは全く分からないが、2010年に閉鎖された旧広島市民球場の跡地を水辺との連続性を意識して開発するという構想もある。この土地は原爆ドームと道を挟んだ向かい側、繁華街である紙屋町、八丁堀にも近い市の中心部にあり、閉鎖後は暫定的な利用が続いてきた。開発については様々な案が出されては消え、現時点では白紙の状況。だが、これだけの立地、広さをそのままにしておくのは都市として損失だろう。まちの将来に寄与する道がないか、水辺と合わせて考えていただきたいものだ。

ところで、広島を訪れて不満に思ったことがある。春先に訪れた広島市は水も緑も美しく、他のまちにない景観にうっとりした。だが、広島市民の方々に聞くと、それはあって当たり前の風景だという。確かに住み続けている人たちにはそうかもしれない。だが、これはもっと誇るべき、世に知らしめるべき風景のひとつだと思う。もっと、自慢していただきたい。

2018年 06月25日 11時05分