銭湯の隣という立地を生かす使い方を模索

左は小杉湯の平松氏、右は銭湯ぐらしの加藤氏。取材の少し前に小杉湯が登録有形文化財に登録されることになったというニュースが左は小杉湯の平松氏、右は銭湯ぐらしの加藤氏。取材の少し前に小杉湯が登録有形文化財に登録されることになったというニュースが

最初に東京都杉並区高円寺にある銭湯・小杉湯の取材に行ったのは2017年8月末のこと。テーマは2017年3月から2018年2月にかけて実施されたプロジェクト「銭湯ぐらし」。2018年2月に取り壊し予定だった小杉湯の隣にあるアパートを使い、銭湯が日常にある暮らしの可能性を探ろうというもので、銭湯を通して実現させたいビジョンのある人たちが集まり、それぞれの専門性を生かしたプロジェクトが行われてきた。

銭湯とアパート、宿泊をセットにした企画・運営や、銭湯と企業を掛け合わせたプロモーション、営業時間外を利用した音楽イベントの開催、イラストやアートとのコラボレーションなど、実にさまざまなプロジェクトが実施され、メディアにもしばしば取り上げられた。この間、絶滅危惧種のように扱われていた銭湯に新しい可能性を感じる人が増えたように思うが、それはおそらく小杉湯や銭湯ぐらしの動きが刺激になったからではないかと思う。

プロジェクト開始から3年目の2020年3月。舞台となったアパートは「小杉湯となり」として生まれ変わった。最初の取材時には1階にまちに開いた空間がある集合住宅がつくられるような印象を受けていたが、実際に誕生したのは住宅ではなく、各階それぞれに異なる要素が入った複合施設である。

「住宅にしてしまうと居住者しか、銭湯の隣という良さを享受できません。コワーキングのような場を考えた時期もありましたが、場所の切り売りをするならこの場所である必要はありません。だとしたら、何をつくるのが銭湯の隣にふさわしいか。銭湯でアンケートを行ったり、湯治宿に出かけたり、多拠点居住をしてみるなど銭湯ぐらしでいろいろ試し、考え続けた結果、まちに開かれた家のような場所ということになりました」と、「小杉湯となり」の企画・運営にあたる株式会社銭湯ぐらしの加藤優一氏。

「まち全体をホテルに」がアイデアのきっかけに

加藤氏は温泉の豊富な山形県の出身。毎朝、湯に入るのが当たり前の暮らしを経て上京、縁あって小杉湯の三代目・平松佑介氏と知り合った。ちょうど仕事で衰退したまちの再生事例を紹介する書籍『CREATIVE LOCAL エリアリノベーション海外編』(学芸出版)の執筆を手がけており、自分の暮らしを自ら作り出すことに関心を寄せていた時期だった。特に気になっていたのがまち全体をホテルにするというイタリアの動き「アルベルゴ・ディフーゾ」である。

これまでのホテルは宿泊はもちろん、飲食や娯楽、買い物までのすべてを建物内に用意し、外に出ることなく、滞在を楽しむものだった。だが、アルベルゴ・ディフーゾはまち全体をホテルと考える。宿は泊まるだけの場で、それ以外の楽しみはまちで味わうものとする。日本での例でいえば入浴は銭湯に、食事はまちの飲食店に行き、その後は地元のバーで楽しむというスタイルだ。

であれば、まち全体を家と見立てる考え方もあり得るのではないか。「小杉湯となり」はそんな考え方がベースにある。まち全体を家と考え、自分の家の中に風呂やキッチンその他をすべて所有するのではなく、まちにある必要なものを必要に応じて適宜使うという暮らしである。加藤氏は銭湯ぐらしですでにそれを実践してきたという。

「平松さんと知り合ってすぐに取り壊し予定のアパートに入居。建物内の一室でキッチンを共有、洗濯はランドリーを利用、風呂はもちろん小杉湯。その後もずっと風呂なしアパートに住み続けており、家にはベッドくらいしかありませんが、それでも豊かな生活です。それは銭湯があるから。会社で疲れていても湯に入れば力を抜いてぼーっとできる。特に隣に住んでいた1年間は救われました」

完成した「小杉湯となり」。どこにいてもお隣の小杉湯が見える完成した「小杉湯となり」。どこにいてもお隣の小杉湯が見える

銭湯の心地よさを再現したデザイン

そうした考え方の下、誕生した「小杉湯となり」は3階建て。1階と2階、2階と3階の間の斜めの屋根、その下に窓がある外観が目を惹くが、これは光と風を取り入れるため。小杉湯も昼間には高い天井や湯気を抜くための窓から陽光が入り、光と入浴しているかのようになるが、「小杉湯となり」にもそれが再現されているのである。

「建物は上空、地上という2つの要素で考えられており、上空は光や風を取り入れるための天井部分、地上は各フロア部分。これについては今後、運営していく中で変化していくことを考えて作られています。そのため、各フロアはあえて名を付けておらず、○○のような場所というような言い方をしています」

その呼び方にならうと1階はキッチンに大きなカウンターのある食堂のような場所。湯上がりの一杯として季節の果物を使ったサワーがいただけるほか、地元のお惣菜屋さん手作りの小鉢や食事も供される。
*当面の間、新型コロナウイルス感染拡大防止のため、テイクアウトとデリバリーの形で営業している。

「小杉湯の隣にあったらいいもの、食べたいものについて広くアンケートを行ったのですが、そこで圧倒的に人気があったのが家庭的な料理。毎日の食卓がここにあったらいいという意見を取り入れ、ウチのご飯として飽きずに食べられるものを用意することにしました。銭湯ぐらしのメンバーは誰も飲食業の経験はありませんが、活動の中で生産者とつながり、直接取引できるようになってきたため、可能になったことです」

1階以外も含め、置かれている椅子やちゃぶ台は地元の人たちや銭湯ぐらしのメンバーの家で使われていなかった古い家具を持ち寄ったもの。無印良品に協力してもらいながら、使われなくなった家具に手を入れて新しい価値を生み出す「アップサイクル」という考え方の下、磨き、塗装するワークショップを開催。そこで再生されたものが使われているのだとか。よく見ると形はバラバラだが、仕上げが同じだからか、全く違和感がないのが面白い。

開放的で個性的な建物。1階には食堂のような場所があり、おいしい湯上がりの1杯などが楽しめる開放的で個性的な建物。1階には食堂のような場所があり、おいしい湯上がりの1杯などが楽しめる

風呂なしアパートを銭湯付きアパートに再定義、価値を転換

2階は書斎のような場所。中央は畳が敷かれた大きな小上がり(矛盾しているが)となっており、窓際にはカウンター。既存の銭湯にもある、利用者が使える畳スペースのようなものだが、中央で親子が遊んでおり、カウンターではパソコンを開いている人もいる風景はほかではあまり見られないだろう。壁際には書棚があり、ここにはメンバーや高円寺にゆかりのある人たちが選書した本が並べられている。選書したいという人も多いそうだ。

3階はキッチンやトイレ、シャワーブースなどのある住宅だ。実際に銭湯のある暮らしを体感できる場として、一定期間以上の貸し出しを検討している。湯治宿のように、毎日銭湯に入って体に良い食事をとることで、心身を癒やしてほしいという。

これらの運営にあたるのが前述の2018年に法人化した株式会社銭湯ぐらし。もともと、小杉湯のファンだった人たちの集まりである。「小杉湯はいろいろイベントをやっているから人が集まるといわれていますが、本当は逆。人が集まっていて、その人たちがやりたいからイベントが行われているんです」とは小杉湯の平松氏がよく言うことだが、小杉湯は会社をつくってまで関わりたい、可能性のある場所なのである。

「物事はどこから見るかで見え方が変わります。銭湯ぐらしは風呂なしアパートを銭湯付きアパートと再定義しました。斜陽産業がそこで転換、新しいライフスタイルを生む環境に変わりました。ここに銭湯があるなら、家に風呂はなくていいと考えれば風呂なし、家賃4~5万円の築30年アパートのほうが築5年以内、家賃8~9万円のアパートより価値があるという考え方もあり得るのです」(平松氏)

書斎のような場所。右側の書棚に高円寺関連の選書が置かれている書斎のような場所。右側の書棚に高円寺関連の選書が置かれている

生活を豊かにする「暮らしのサブスクリプション」とは?

ここに来れば知った顔がいて、おいしく飽きないご飯が食べられ、風呂で温まれる、そんな日常が手に入ることになるここに来れば知った顔がいて、おいしく飽きないご飯が食べられ、風呂で温まれる、そんな日常が手に入ることになる

銭湯という長年変わらない、人が安心して集う場を中心にまちにあるものを再定義する。それが銭湯ぐらしのこれから取り組もうとしていることだが、具体的には大きく2つ。ひとつは「小杉湯となり」で地域の空き家も含めた住宅を仲介、価値がないと思われていた古い住宅に新しい意味を与え、同時にコミュニティにつながりたい人を受け入れること。住んでいる人が案内、まちを解説し、最初から知っている人がいる状態で住み替えられるようになるのである。これまでも小杉湯があるから高円寺に住みたいという人はいたが、その人たちはもちろん、それ以外の人も安心してこのまちに住めるようになるのだ。

もうひとつは、暮らしのサブスクリプション化。入浴と食事、「小杉湯となり」の2階を使える権利をセットにした会員制度である。これを使えば定額で仕事の場が確保できると同時に入浴、ご飯が楽しめる。単身者向けの狭い風呂付きアパートを高い家賃で借りて一人で食事をとるより、風呂なしアパート+会員になるほうが実用的、経済的、精神的にハッピーになれるかもしれないのである。
 
そして、将来はもっとまちとの連携を目指していきたいと平松氏。すでにメンバーのコミュニティナースを介して医療、福祉などと具体的な方向も考えられており、「点と点をやがては面へ」とも。若いうちは仕事、入浴、食事だけでもいいかもしれないが、銭湯に来る人が子どもからお年寄り、さらには観光客までと幅広いことを考えると広がりも深化も必要だろう。

初訪問から3年。訪れるたびに新しい試みのある小杉湯だが、「小杉湯となり」ができたことで目指すものが見えてきた。まちづくりでは歴史を知ることが初めの一歩と言われるそうだが、銭湯はその集積。それを中心に据えることで、まち全体を自分の暮らしの場とする新しいスタイルが生まれるとしたら、生活はもっと楽しくなりそうである。

2020年 05月17日 11時00分