多様な人、文化が交わる場所=銭湯という定義

サウナブームは銭湯にとっては大きな意味を持っているサウナブームは銭湯にとっては大きな意味を持っている

渋谷区東にある改良湯は、現在の経営者大和夫妻の妻、大和慶子さんの曽祖父が1916(大正5)年に創業。100年超の歴史を持つ老舗銭湯である。ただ、銭湯と聞くと多くの人が想像するであろう宮造りの、和風の建物とはちょっと違う。代ごとに震災その他で被害があり、何度か建て直されてきたためだ。現在の建物は46年前に先代が建て直したもの。ビルになっており、銭湯とコインランドリーが1階にあるというスタイルだ。

その改良湯が大改装を経て2018年12月に新装オープンした。「私たち夫婦が本格的に経営に携わるようになって約10年。その昔の住宅に風呂が無かった時代とは比べようはないとは思うものの、着実に入浴客は増えており、特にここ3年ほど前からはサウナ利用者が増加。それに後押しされて、何度も部分的に修理するより、一度大規模に改修しようということになりました」。

渋谷と恵比寿のちょうど間くらいに立地。通りから入れば住宅街もある場所で、早い時間には常連の高齢者、遅い時間には飲食店に勤める若い人たちと客層は幅広い。20~30代の男性がふらりと1人でやってくることも多く、常連とそれ以外の客は約半々とか。立地と客層から、リニューアルのテーマは「渋谷CROSSING」とした。生まれ変わる銭湯が多様な年代、文化が交わる場となってほしいという意味を込めたものだ。そのため、改修では一見、飲食店やホテルも見えるような、若い感覚が盛り込まれた。

地名にちなんで鯨の大きな壁画が

目を引く鯨の壁画とその説明目を引く鯨の壁画とその説明

新しくなった改良湯を見ていこう。最初に人目を引くのが明治通りから見える壁面に描かれた、鮮やかなブルーを基調にした大きな鯨の絵だ。

「単に看板を出すだけでは面白くない。何だろうと足を止めてもらえるようにしようと絵を描いてくれる人を公募したところ、画家やイラストレーター、漫画家などのプロから一般の方まで幅広く、40人ほどに応募をいただきました」。

同じタイミングで知り合いのイベント会社を通じ、恵比寿鯨祭(えびすげいさい)のシンボル、鯨の絵を飾らせてもらえないかという話がきた。恵比寿という地名はかつてこの地にあったサッポロビール恵比寿工場(現在の恵比寿ガーデンプレイス)にちなんだものだが、恵比寿とはそもそも七福神の一人。恵比寿鯨祭は、恵比寿様は実は海の神であり鯨だったとして、有志の飲食店が鯨料理を出すイベントで、2019年に6回目が開かれている。

「不思議なことに応募者の中で『この人がいいね』と決まりつつあったemi tanaji(エミタナジ)さんの作品も鯨でした。そこでこれもご縁だろうとその鯨の絵でいくことにしました。その昔、銭湯の鏡には地元の会社の広告が入っていたものですが、それを今どき風にすると壁画というのもアリかなあと思ったのです」。

現物を見たことのある人が少ないにもかかわらず、鯨はなぜか、老若男女に知られた存在である。壁画作成中には近所の子どもたちが通りがかりに「何を描いているの?」とアーティストに声をかけたり、「わ~、鯨だ」と歓声を上げるなど、ちょっとした話題になっていたとか。地元に愛される銭湯ならでは、鯨ならではである。

間接照明にブルーライト、モダンな銭湯絵の浴室

グレーの外壁に映える白いのれんをくぐって中に入ると、左手にフロント、奥には休憩コーナーがあり、右手に浴室という配置。休憩コーナーは以前はコインランドリーだった場所で、改修で半分ほどに小さくし、入浴後に寛げる場を新設したという。面白いのは改良湯に限らず、近年改修、人が入っている銭湯にはこうしたのんびりできる場が作られているという点。かつては効率を重視したものだが、今は寛いでもらうことが大事とされる。時代の変化であろう。

浴室は穏やかな緑色のタイル貼りになっており、男女ともに設計は同じ。間接照明が取り入れられており、天井にはブルーライト、桶や椅子もブルーで統一されており、銭湯というより、ホテルのスパのような雰囲気である。

お決まりの銭湯絵は中央に富士山が描かれてはいるものの、多くの人がイメージするそれとは全く違う。渋谷のかつての田園風景、ビル群、つまり、渋谷の新旧がここでも青を基調に描かれているのである。ペインティングユニット「Gravityfree(グラビティフリー)」の手によるもので、設計を依頼した今井健太郎建築設計事務所が手がけた他の銭湯で見かけ、気に入って依頼したという。

「銭湯絵師は今や3人ほどと言われていますが、必ずしも従前通りの富士山などでなくても良いと視野を広げれば、今回、壁画の公募で分かったように、描ける人達はかなりいらっしゃるのではないかと思います」。

湯も変えた。以前は井戸水を使っており、非常に冷たかったそうだが、現在は水道水を軟水(カルシウムやマグネシウムの金属イオン含有量が少ない水)の炭酸泉にする機械を入れて使用しているという。軟水の炭酸泉は「肌へのあたりが柔らかく、肌がしっとり、髪も乾燥せず、さらさらになるのが特徴」とか。美容に良い風呂というわけである。人気のサウナは水風呂を大きくした。

浴室内。銭湯絵といい、ブルーライトや椅子などの小物類までいちいちかっこいい浴室内。銭湯絵といい、ブルーライトや椅子などの小物類までいちいちかっこいい

銭湯でサイレントフェス開催も!?

もうひとつ、大きく変えたことがある。男女の脱衣所間のロッカーを移動できるようにしたのである。ロッカーを取り外してしまうと、ひとつの大きな空間になり、最大で100人ほど入れるようになる。

「みなさんの銭湯としてオープンな場を作ろうと考えました。そこで、脱衣所をイベント等で利用できるようにしようと、ロッカーを動かせるように設計していただきました」。
恵比寿鯨祭の記者発表で使われたのに始まり、2度目のイベント利用はイヤホンをして踊るサイレントフェス。脱衣所から洗い場、湯船までを会場として使い、洋服を着た状態で踊ったそうだ。湯船で踊る経験はそうそうできるものではなかろう。同イベントではその後に湯を入れて入浴もしたとか。一汗かいた後の入浴、理想的である。

イベント利用は定休日の土曜日のほか、その他の日も時間によっては可能になることも。利用料金、入浴の有無なども含めて、まずは相談してみてほしい。現在のところ、イベント会社からの直接の申込みで開かれており、次回は女性限定のトークイベントが開かれる予定だ。

「一度来てみれば楽しく、気持ちのいい場所であることがお分かりいただけるはずなので、イベント貸出などで、初回のハードルをできるだけ下げたいと思っています。まずは知っていただきたいと考えています」。

年々少なくなることがネガティブに報道されがちな銭湯だが、時代に合わせてチューニング、生まれ変わる銭湯もある。渋谷、恵比寿で夜遊びの前にひと風呂というのも楽しそうである。

左上から時計回りに入口から全体、男湯・女湯の入り口、脱衣所、そして男女の脱衣所間を隔てる、可動式のロッカー。清潔で気持ちよい空間だ左上から時計回りに入口から全体、男湯・女湯の入り口、脱衣所、そして男女の脱衣所間を隔てる、可動式のロッカー。清潔で気持ちよい空間だ

2019年 03月25日 11時05分