イタリア発祥の分散型ホテル「アルベルゴ・ディフーゾ=AD」

「アルベルゴ・ディフーゾ」という言葉をご存知だろうか?もともとイタリアで発祥したまちづくりの概念で、「Albergo =宿」「Diffuso=散らばっている」という意味がある。つまり、ホテルや旅館のように客室・レストランなどの宿泊機能をひとつの建物の中に集約するのではなく、“地域全体に散らばった宿をつくって、まちのなかの回遊性を高めること”が「アルベルゴ・ディフーゾ=AD」の概念だ。

実はイタリアは日本同様に地震が多い国で、1980年代初頭には郊外の美しい村々が震災によって過疎化し、消失の危機を迎えていた。そこで、復興に向けて“新しいまちをつくるか?古いまちを残すか?”を検討したとき、「まちに残された空き家を宿として活用し、昔ながらの街並みを保存しながら伝統集落を再生していこう」と提案したのが、イタリア人建築家のジャンカルロ・ダッラーラ教授(現アルベルゴ・ディフーゾ協会会長)だった。

ダッラーラ教授が唱える「アルベルゴ・ディフーゾ」の取り組みはその後イタリア全土に広がり、全州で法律も制定された。現在は約110の地域が協会に加盟しているそうだが、イタリア国外のまちで世界初の「アルベルゴ・ディフーゾタウン」として認定を受けたのが、岡山県南西部に位置する「矢掛町(やかげちょう)」だ。

人口約1万3000人の小さなまちが、ダッラーラ教授の関心を惹きつけた理由はどこにあったのか?株式会社矢掛屋の総支配人(取材当時)佐賀野淳さんにお話を聞いた。

▲2018年6月、矢掛町は地域再生の成功事例として「アルベルゴ・ディフーゾタウン」の正式認定を受けた。写真は「アルベルゴ・ディフーゾの宿」としても指定された古民家宿「矢掛屋本館」。江戸寛政時代の古民家を改築してつくった宿だ▲2018年6月、矢掛町は地域再生の成功事例として「アルベルゴ・ディフーゾタウン」の正式認定を受けた。写真は「アルベルゴ・ディフーゾの宿」としても指定された古民家宿「矢掛屋本館」。江戸寛政時代の古民家を改築してつくった宿だ

「宿場町なのに、まちの中に宿がない」これがまちづくりのきっかけに

▲レセプションには「アルベルゴ・ディフーゾ」の認定証が。「本当に突然のことでビックリしましたが、どうやら日本の美しい村連合という関連団体の方が“岡山にユニークな宿場町がありますよ”と報告してくれたのがきっかけだったようです」と佐賀野さん▲レセプションには「アルベルゴ・ディフーゾ」の認定証が。「本当に突然のことでビックリしましたが、どうやら日本の美しい村連合という関連団体の方が“岡山にユニークな宿場町がありますよ”と報告してくれたのがきっかけだったようです」と佐賀野さん

「いろんな方から、“どうやって認定を受けることができたのですか?”と聞かれますが、うちの社長も最初はアルベルゴ・ディフーゾの名前すら知らなかったぐらい。ダッラーラ教授をはじめとする協会の人たちが突然視察にやってきてビックリしたんですよ(笑)」(以下「」内は佐賀野さん談)

認定の経緯を詳しく聞く前に、まずは古民家宿「矢掛屋」を運営する「株式会社矢掛屋」の成り立ちについて解説していただいた。

「株式会社矢掛屋の社長・安達精治は日本不動産銀行(現あおぞら銀行)の出身で、銀行時代にホテル再生に携わったことがきっかけになり、独立して地域再生事業を担う会社を立ち上げました。すると、とある勉強会の場で偶然、矢掛町の町長さんから相談を受けたんですね。“矢掛町は西国街道の伝統ある宿場町なのですが、ここ40年ほどはまちの中に一軒も宿がありません。地元の小学生が《わたしたちのまちは宿場町なのに今は泊まれる宿が一軒もありません》と作文に書くほどです。地元を活性化するために、我々はいったい何をしたら良いのでしょうか?”と。

“宿の無い宿場町”というキーワードに興味を持った安達は、“では、宿をつくりましょう”と提案しました。でも、新しいホテルや旅館をつくるのではなく、いまある建物をまちの歴史に沿って再生するのが良いのではないか?ということで、矢掛町が所有していた築200年を超える古民家を宿として活用することにしました。安達はわざわざ矢掛町に住民票を移して2015年に地元で会社を立ち上げ、株式会社矢掛屋として町からまちづくりの委託を受けることにしたのです。自ら矢掛町民になってまちづくりを行うということは、安達自身の覚悟の表れでもありました」

図らずも、このとき安達社長が目指したまちづくりが「アルベルゴ・ディフーゾ」の概念にぴったりマッチしていたという訳だ。

江戸時代の宿場町こそ、まさに「アルベルゴ・ディフーゾ」だった

矢掛町は山陽道(西国街道)十八番目の「矢掛宿」として繁栄した歴史を持つ。数ある宿場町の中でも「海の幸が豊富な宿」として知られ、とりわけ諸大名たちに愛された宿場町だった。ちなみに、参勤交代の際に大名らが宿泊する「本陣」と、側近や妾らが宿泊する「脇本陣」の双方の建物が今なお現存している旧宿場町は日本国内でもここ矢掛町だけで、かの天璋院篤姫も、薩摩から十三代将軍家定に輿入れする道中、矢掛宿の本陣に宿泊した記録が残されているという。

「よくよく考えてみると、当時の“大名行列の宿場町”というのはまさにアルベルゴ・ディフーゾなんですよね。本陣があって、脇本陣があって、お供の人たちは周辺の民家に分散して宿泊していたわけですから(笑)。結果的に、それが後のアルベルゴ・ディフーゾタウンとしての認定につながったわけですが、安達としては、当初から“町ごとホテルとして再生していくこと”を一番の目標に掲げていました」

宿をつくるということは、地域再生において重要な課題だ。なぜなら、まちに人を集め、まちの中で長く滞在してもらわなければ、そこには交流も消費も生まれない。持続可能なまちづくりを目指すためには“いかにして宿泊滞在する旅行者を集め、滞留時間をより長くすることができるか?”についての仕掛けづくりを考えなくてはならないのだ。

「まちの維持にはお金がかかりますが、人が集まらないとお金は集まりません。“日帰りで訪れるまち”にはなかなか消費が生まれませんが、宿をつくれば24時間のうちの3分の1を過ごしてもらえることになります。そこに大きな意味があります」

▲「矢掛屋本館」はもともと掛屋の建物で、貼瓦、虫籠窓、なまこ壁などの美しい伝統様式が当時のまま残されている。本館と別館をあわせて宿泊施設は全14室。本館には食事処やカフェバーもあるが、近年は街道沿いの古民家を再生した若手オーナーのレストラン等も新たに増えてきたため、地域全体を「ホテル経営体」と見立て、宿泊客に対しては「宿から外に出てまちの中を歩いてもらうこと」を推奨している。※矢掛屋の宿泊料は1泊2食付きでひとり1万1300円から▲「矢掛屋本館」はもともと掛屋の建物で、貼瓦、虫籠窓、なまこ壁などの美しい伝統様式が当時のまま残されている。本館と別館をあわせて宿泊施設は全14室。本館には食事処やカフェバーもあるが、近年は街道沿いの古民家を再生した若手オーナーのレストラン等も新たに増えてきたため、地域全体を「ホテル経営体」と見立て、宿泊客に対しては「宿から外に出てまちの中を歩いてもらうこと」を推奨している。※矢掛屋の宿泊料は1泊2食付きでひとり1万1300円から

宿泊客ゼロ・年間来訪者1万人から、わずか5年足らずで25万人まで急増

過去25年間、矢掛町の観光宿泊客はゼロで、年間来訪者はわずか約1万人だったというが、宿の開業によってまちが少しずつ変化の兆しを見せはじめた。

2015年に株式会社矢掛屋が手がけた1軒目の古民家宿「矢掛屋本館・温浴別館」がオープン。宿・温浴施設・土産物店・レストランなど多彩な宿泊機能を分散させながら、“まるで江戸時代の宿場町を散策しているかのようなまちあるき”が楽しめる仕掛けをどんどん広げていった。すると、矢掛町の地域再生の取り組みが地元のテレビ・情報誌等に取り上げられるようになり、まちの知名度が高まって宿泊客が増えるようになった。

2019年現在の矢掛町の来訪者数は年間25万人。会社設立からわずか5年足らずで、まちは「宿泊客で賑わう宿場町」へと変貌を遂げ、「宿場町の古い建物を活用しながら地域を再生する」という安達社長の当初の目標を達成することができたのだ。

「そんな噂を耳にして、ダッラーラ教授が矢掛町に興味を持たれたようです。“日本の昔の宿場町はアルベルゴ・ディフーゾの新しいヒントになる。日本を訪れる機会があったら是非泊まりたい”ということで、2018年に「矢掛屋本館」に宿泊されたのですが、そのときに“ここは真のアルベルゴ・ディフーゾタウンだ。ぜひ矢掛町を認定させてほしい。そして、矢掛屋もアルベルゴ・ディフーゾの宿として認定したい”と言われたんです。

我々としては“はぁ、そうですか…”という感じでしたし、地元の人たちもおそらく8割ぐらいの方がポカンとしていたと思います(笑)。矢掛町は“日本国内よりも先にイタリアに認められてしまったまち”。ありがたいことに、株式会社矢掛屋のまちづくりの取り組みの結果として得られたものが“アルベルゴ・ディフーゾ認定”だったのです」

▲本館・別館からなる「矢掛屋INN&SUITES」のほか、「あかつきの蔵」「あかつきの蔵INN」「備中屋長衛門」など、空き家の古民家を再生した宿泊関連施設が続々と登場。矢掛町初のバンケットルームのある「あかつきの蔵」では披露宴も行われたそうだ。こうした「まちのなかでの想い出づくり」が地域の人たちの地元愛を育み、宿泊客の再訪にもつながるのだろう▲本館・別館からなる「矢掛屋INN&SUITES」のほか、「あかつきの蔵」「あかつきの蔵INN」「備中屋長衛門」など、空き家の古民家を再生した宿泊関連施設が続々と登場。矢掛町初のバンケットルームのある「あかつきの蔵」では披露宴も行われたそうだ。こうした「まちのなかでの想い出づくり」が地域の人たちの地元愛を育み、宿泊客の再訪にもつながるのだろう

大切なまちを観光公害化しないように、地域のリズムで少しずつ変化させる

▲「ただ“街並みが古くて美しい”というだけではなく、宿ができて、カフェができて、温泉ができて…まちの変化が継続して起こっているため、マスコミの人たちも情報を伝えやすかったのでしょう」と佐賀野さん。矢掛宿の古い街並みは全長約750m。この“コンパクトさ”もまちあるきにはちょうど良いサイズだ。江戸時代の宿場町の古い街並みが、なぜ当時のままの姿で現在まで保存できたのか?については次回レポートでご紹介する▲「ただ“街並みが古くて美しい”というだけではなく、宿ができて、カフェができて、温泉ができて…まちの変化が継続して起こっているため、マスコミの人たちも情報を伝えやすかったのでしょう」と佐賀野さん。矢掛宿の古い街並みは全長約750m。この“コンパクトさ”もまちあるきにはちょうど良いサイズだ。江戸時代の宿場町の古い街並みが、なぜ当時のままの姿で現在まで保存できたのか?については次回レポートでご紹介する

こうなると、インバウンド需要も大きく見込めそうだが「あえて海外向けの広報発信はあまりしていない」と佐賀野さん。

「なぜかというと、小さなまちに大量の外国人観光客が押し寄せて、まちの雰囲気が突然大きく変わってしまったら、それは今で言うところの“観光公害”になるからです。

日本人だけでも急に観光客が増えて驚いているのに、矢掛町の地域の人たちはまだインバウンドを迎え入れる段階にはありません。

旅行会社の関係者からも“ここは海外のお客様にも人気が出るはずです”と言われていますが、まずは地域の皆さんに、少しずつまちの変化に慣れていただくことが最も大切だと考えています」

==============================

“観光”をテーマにしてまちづくりを計画した場合、集客エリアはどうしても「点」になる。しかし、矢掛町をはじめとする「アルベルゴ・ディフーゾ」の概念では、“そのまちの良さを残しつつ、まち全体でどのような魅力をつくりだすか?”という「面」での集客を考えることがまちづくりの原点になる。「うちの地域には観光の目玉がないから…」と半ば地域再生を諦めていた自治体にとって、矢掛町の成功事例は一筋の光を見出すことができる「日本のアルベルゴ・ディフーゾ」と言えるだろう。

さて、次回のレポートでは「矢掛宿の古い街並みや建物はなぜ今の時代まで変わらず残されてきたのか?」。矢掛町の建物保存・再生への取り組みをクローズアップする。

■取材協力/株式会社矢掛屋・矢掛屋INN&SUITES
http://www.yakage-ya.co.jp/

2019年 12月13日 11時05分