書店で販売できる新書でシティプロモーションを

国立新書を手に、左が加藤氏、右が鈴木氏国立新書を手に、左が加藤氏、右が鈴木氏

東京都国立市がシティプロモーションのために印刷物を作った。それだけならよくある話だが、面白いのは無償の冊子ではなく、書店でも販売できるISBNの付いた新書として作ったということ。しかも、1冊で終わるのではなく、今後シリーズとして定期的に発刊していくという。

これまでに聞いたことのないやり方で世に出た「国立新書」だが、企画がスタートしたのは発刊の約1年前のこと。

「4年前に就任した読書好きの副市長の発案で国立を深く紹介するための書籍を作ろうという計画が持ち上がりました。これまで市が作っていた市民向けの便利手帳は公共施設の使い方や制度の利用法など実用的な内容ばかりで、紹介しきれていない事業が多数あります。また、これまでは事業、施策の背景にある歴史や理念、目指す未来などを紹介する場が全くありませんでした。それを伝える書籍を作ることで市民はもちろん、それ以外にも国立市を広く知っていただくことでシティプロモーションに繋げようというのが意図です」と市役所内で新書作成の事務局を務める政策経営部市長室秘書係の鈴木歩氏。

住んでいても知らないことは多数ある

学園都市としての開発が有名だからだろうか、新しいまちと思われがちな国立だが、亀戸天神、湯島天神と並ぶ関東三天神のひとつ、谷保天満宮があり、歴史のある土地でもある学園都市としての開発が有名だからだろうか、新しいまちと思われがちな国立だが、亀戸天神、湯島天神と並ぶ関東三天神のひとつ、谷保天満宮があり、歴史のある土地でもある

既存の便利帳のような大判ではなく、手にとってもらいやすい新書サイズで、作成にあたってイメージしたのは岩波新書。一橋大学をはじめ、学校の多い文教都市・国立市らしく、まちの個性とはこういうところにも表れるのだなと感心する。といっても目指したのは堅苦しくなく、読みやすい内容だ。

それにあたり、2020年春に出版されたのが国立新書創刊準備号「国立を知る」である。号数でいえばゼロ号。これから出す国立新書は1号ごとにテーマを決め、そのテーマを深く掘り下げた内容が予定されているが、準備号はそれに至る地ならし的な意味合いがあり、次号以降で取り上げるテーマを俯瞰、紹介している号となる。

具体的には今、国立市役所内で進んでいる施策とその思い、意味合いをまとめた第1部、国立市を知るための用語解説の第2部、国立市の施政の方向を知るための資料として基本構想、施政方針がまとめられた第3部から構成されている。ざっと眺めれば市の目指す方向と背景が分かるようになっているわけだが、公募で選ばれ、職員6人からなる編集委員会を企画、編集、デザインなどの実務面でアシストした合同会社三画舎の加藤健介氏は「知らないことが多かった」という。

加藤氏の国立市民歴は約3年。だが、それ以前から7~8年、国立駅近くにある本を媒介としたまちの居場所「国立本店」の運営に関わっており、普通に住んでいる人よりは周囲や行政との関わりもあったはず。だが、それでも「国立市がこれほどソーシャルインクルージョンや平和を大事にしてきたことは知りませんでした」という。

文教都市国立の成り立ちなど歴史を知るとまちが違ってみえる

平和、多様性を尊重する市の考えが具現化されたものが小学校6年生を対象にした「子ども長崎派遣」、中学1年生から高校3年生までを対象にした「シンガポール派遣」などの事業だそうで、加藤氏の話を聞き、私もびっくりした。

私にとって自治体のホームページ閲覧は仕事の一部ともいえるほど馴染みのある作業だが、ほとんどの自治体ホームページは独自性を伝えようとはしていない。他ではやっていない事業でも、そうとは思えないほど淡々としか書かれておらず、独自性を読み取るのはなかなか難しい。だが、実際に国立市では市独自の考え方があり、それに基づいた事業が粛々と行われていたのである。これは新書という新しいツールがなければ伝えられなかったことだろう。

同じ意味で「なるほど!」と思ったのが国立用語解説の中にあった文教都市国立の成り立ちである。住宅販売の際に売り文句として文教地区という言葉が使われることはよくあるが、本当に都市計画法で定められた特別用途地域としての文教地区の指定を受けている地域は非常に少ない。

ところが国立市では市民間での大論争を経て1952年に日本で初となる文教地区の指定を受けている。この指定を受けると風営法の適用を受ける料亭、キャバレーなどが建てられず、ホテル、旅館等の建築にも制限が生じる。文教地区指定には経済か、環境かの選択を迫る部分もあるわけで、その時に市民が文教地区を選んだことが現在の国立市の緑豊かな環境に繋がっているのである。単に大学があるから指定されたのではなく、自ら選んだという歴史を知ると緑のありがたさもひとしおではなかろうか。

国立駅前から続く並木が有名だが、市内にはそれ以外も美しい並木、緑の景観が多く残されている。それはかつて文教地区指定を選んだ先人たちが残した財産のひとつ国立駅前から続く並木が有名だが、市内にはそれ以外も美しい並木、緑の景観が多く残されている。それはかつて文教地区指定を選んだ先人たちが残した財産のひとつ

10代から見た国立の姿も

加藤氏の「知らなかった」同様、鈴木氏も民間の加藤氏が加わったことでこれまで知らなかった地域の活動を知ることができたという。「不動産サイトなどが紹介するのは駅前や住宅街の雰囲気、学生の多さなどですが、実際には若い人たちが集まり、地域に関わる活動をしたり、自分たちなりの仕事を生み出していたりもしています。外から見ているだけの紹介ではなく、住んでいるから分かる部分が盛り込めたのは良かったと思っています」

書籍の中に取り上げられている地域の活動のうちには商店街と学生が連携、2020年時点で17年も続いてきたユニークな活動などもあり、そのうちのいくつかはいずれ取材に行きたいと思ったほど。また、こうした活動には10代の参加もあり、書籍には「10代から見た国立のまち」なる記事も掲載されている。

地域で行われるイベントではたいてい大人ばかりが集まって議論しがちだが、本当はそのまちのこれからを担う人たちの意見をこそ聞くべき。国立新書が子どもたちの声を積極的に聞いているのは面白いと思う。これからの新書でもぜひ、子どもや若い人たちのリアルな声を取り込み、他にない視点でまちを語ってもらいたいものである。

ところで、鈴木氏、加藤氏と話していてひとつ、愕然としたことがある。近年の国立市の知名度の低さである。中央線沿線に近い地域に住んでいればそうでもないのだろうが、東京都民でも知らない人は国立市自体を全く知らないそうで、国立音楽大学を「こくりつ」の音楽大学と思ったり、国立市の図書館を「こくりつ」の図書館と勘違いしたり。そのせいだろうか、国立市の図書館はくにたち中央図書館などと平仮名で表記されている。

並木以外にも自然は豊富で農業も盛ん。せせらぎを楽しめる場所などもあり、都市と郊外、2つの魅力のあるまちのひとつ並木以外にも自然は豊富で農業も盛ん。せせらぎを楽しめる場所などもあり、都市と郊外、2つの魅力のあるまちのひとつ

知名度と住みやすさは別問題

知名度の低さの理由はよく分かる。しばらく行かないでいるとすぐに駅前の、市中の風景が変わるまちと違い、国立市では風景はここ10年、20年あまり変わっていない。大きく変わったのは中央線国立駅とその周辺くらいだろうか。タワーマンションも立たなければ、大規模開発も行われていない。となればまちとして話題になることが少なく、派手に変化するまちが多い中では埋もれてしまいがちなのである。

だが、それと住みやすさは別の問題だ。だとしたら、もっとこのまちの魅力を知ってもらう必要がある。なるほど、それで国立新書だったわけである。

今後は2020年度に平和号を、その後、2021年度に2020年4月に復活した旧国立駅舎をテーマに発刊される予定で、その後はこれから。ゼロ号同様に職員が多く関わってまとめていくことになっており、職員にとっても自分たちのまちを知る契機になると鈴木氏。

「この本を作ることになり、国立市史を改めて読んだという人もいます。先人たちが何をやってきたか、何を大事にしてきたかを知ることで初心に立ち返り、誇りをもって仕事に向かえるのではないかと思っています。3~5年で異動になり、隣の部署が何をやっているかを知らないことも多い中、他の部署と連携して行う作業には意味がありますし、前例にとらわれずにモノを作る仕事は通常と異なり、刺激になるのではないかと思います」

気になるのは売れ行きだが、これまでの役所が作った印刷物は売れても年に20冊程度だったそうだが、今回は発売が始まって一ヶ月で100冊以上。近隣の自治体から図書館に入れたいとの申し込みもあるそうで、今後、駅前の書店などでの販売が始まればもっと売れるはず。過去の話のみならず、これから新たに作られる複合公共施設など未来の話もあり、住んでいる人はもちろん、これから国立市に住みたい人にもぜひ、読んでいただきたいものだ。

「国立を知る‐参加と対話を求めて‐」を発行しました(国立市)
https://www.city.kunitachi.tokyo.jp/soshiki/Dept01/Div01/Sec01/gyomu/0386/kunitachisinnsho/1590647600596.html

次の号で取り上げられる予定の国立駅旧駅舎。駅の高架化などで駅前の風景は変わったが、赤い屋根の旧駅舎は戻ってきた。そこまでの歴史が語られるはずだ次の号で取り上げられる予定の国立駅旧駅舎。駅の高架化などで駅前の風景は変わったが、赤い屋根の旧駅舎は戻ってきた。そこまでの歴史が語られるはずだ

2020年 08月18日 11時05分