貴重な町家群。20年以上空き家になっていた建物が取り壊しの危機に

岩村藩三万石の城下町として栄えた恵那市岩村町。1998年「重要伝統的建造物群保存地区(重伝建地区)」に選定されて以降20年間、まちの人たちによって美観が守られてきた地域だ。
前回のレポートでは、岩村城下町に残る重伝建地区のまちなみ保存について紹介したが、今回はそのエリア内に誕生したゲストハウス『やなぎ屋』を紹介したいと思う。

城に向かうメインストリートにあたる本通りを南北に横切る柳町地区。ここは江戸時代には足軽長屋が立ち並び、10軒棟続きの町家など貴重な建物が残る地域だ。
『やなぎ屋』がこの場所にオープンしたのは2年前、2016年の4月のことだ。
20年以上も空き家になっていて、取り壊しの話もでていたという町家がどのようにして生まれ変わったのか―。

地元住民の熱意によって生まれ変わった『やなぎ屋』地元住民の熱意によって生まれ変わった『やなぎ屋』

地元有志がまちづくり会社を設立し空き家を購入

外観と合わせた和の雰囲気が落ち着く『やなぎ屋』。写真左上:土間を進むと吹き抜けの明るいロビーが広がる。寒い時期は宿泊客も集まってストーブを囲んでだんらんすることも。写真右上:宮澤博光さんと土岐幸枝さん外観と合わせた和の雰囲気が落ち着く『やなぎ屋』。写真左上:土間を進むと吹き抜けの明るいロビーが広がる。寒い時期は宿泊客も集まってストーブを囲んでだんらんすることも。写真右上:宮澤博光さんと土岐幸枝さん

板張りの引き戸をそっと開けると、
「待っとったよ」と笑顔で出迎えてくれたのは、『やなぎ屋』代表の宮澤博光さん。この日、ゲストハウスの手伝いに来ていた土岐幸枝さんも一緒にお話を聞かせてくれた。

「もともとは、染色工場だったみたいだけれど、もう20年以上空き家になっとって、老朽化も激しいし、市からも防犯防災の面でなんとかしないかんなぁという話がもちあがったんです。更地にしてしまおうという話も出たけど、ここは重伝建地区でしょう。これだけ続く長屋の中で、一軒だけ更地になってしまうのは景観を損ねてしまう。それではいかんということで、話し合いがもたれたんです」(宮澤さん)

有志が集まったまちづくり組織「ホットいわむら」を10年ほど前に結成していた宮澤さんたち。そのグループで空き家をなんとかして購入し、活用しようという話に。

しかし、民間組織が受け皿では契約ができないという問題が立ちはだかった。そこで、「ホットいわむら」のメンバーで資本を出し合い、『株式会社え~ないわむら』を設立。地元のまちづくり会社として空き家を買い取り、リノベーションすることになったという。

「メンバーは30代~70代。みんな30万円ずつ、役員は60万円ずつ出しあいました。若い世代なんかは子育てにもお金がかかるだろうに、それでもまちのためにということで出資し、会社を運営していくことになりました」(宮澤さん)

タイミングよく、国・県・市から観光振興のための補助金が受けられることになり、晴れて空き家のリノベーションがスタートした。

大工、瓦屋、石材屋、板金屋。腕に覚えのある職人がボランティアで改装

屋根の瓦も落ちて雨漏りもひどかったことから、ブルーシートで覆われた改修前の『やなぎ屋』。内部には元住人の生活道具が一式残っていたため、撤去に2週間近くかかったという。重伝建地区のため、外観はまちなみに揃え元の趣を残すよう配慮された屋根の瓦も落ちて雨漏りもひどかったことから、ブルーシートで覆われた改修前の『やなぎ屋』。内部には元住人の生活道具が一式残っていたため、撤去に2週間近くかかったという。重伝建地区のため、外観はまちなみに揃え元の趣を残すよう配慮された

間口は8間。この通りの中でも一番大きい建物のリノベーションには手間もお金も時間もかかったという。
町家の改修は普通の住宅より難しい。ましてや重伝建地区である。前回のレポートでも紹介したように、使ってある材料はできる限り保存するのがルールだ。柱一本まるごと替えたほうが安くて簡単に済むとしても、部分的に使えるのであれば継ぎ手など伝統工法を用いて保存していかなくてはいけない。
そんな難しいリノベーションの設計を手掛けたのは、重伝建地区で伝統的な建物の修理や調査を行うNPO法人「いわむらでんでんけん(伝統工法伝承研究会)」。理事長の鈴木繁生さんは、株式会社『え~ないわむら』の役員の一人でもある。

「屋根は抜けちゃっとるし、雨漏りもひどい状態で長年放置していたもんで、外観はともかく中はひどいもんだったね。『え~ないわむら』のメンバーは、大工だけじゃなく瓦屋とか石材屋、板金屋とか職人が多いもんで、みんな自分の仕事の傍らそりゃあ頑張って改修しましたよ。地域の文化遺産だもんでね、なんとかして残していかんとこれからの人たちにも申し訳ないしね」と鈴木さん。

「新築で建てたほうが絶対安あがりだわね。でもね、こういう柱の継ぎ目とか立派な梁とかをみるとゲストの方は驚くし、すごいって言ってくださるしね」と、土岐さんも話す。

宿泊客には外国人も多い。
古き良き日本家屋に泊まるという体験を求めてやってくる人には好評のようだ。

一階にはテナントとして寿司屋も

気になる『やなぎ屋』の内部はというと、2階には女性専用と男女混合のドミトリーがそれぞれ1部屋、畳敷きの個室が3部屋。1階には共同キッチンが設けられている。
と、ここまではゲストハウスとしては想定内だが、『やなぎ屋』の1階には寿司屋がテナントとして入っているところが面白い。

「染物屋さん時代の作業場になっていたところだと思うんだけれど、そこをリノベーションして店舗として使えるようにしたんですよ。改装直後は、会社のメンバーでバーでもやろうかと話していたんですけれど、人手が足りなかったのでそれは諦めて、市の公募でテナントを募集。恵那市の中心地にお店を構える『寿司幸』さんに入ってもらうことになりました」と宮澤さん。

ゲストは建物内部でつながっている通用口から気軽に出入りできる。外国人の宿泊客にはことのほか喜ばれるという。

木造2階建て、延べ面積264平方メートルの内部には男女混合のドミトリー(左上)、ちゃぶ台が懐かしい雰囲気の和室(右上)など、5つのゲストルームが用意されている。<br>
写真下は1階の寿司屋。染物屋だったころに使われていた擦りガラスの引き戸がゲストハウスとの通用口だ木造2階建て、延べ面積264平方メートルの内部には男女混合のドミトリー(左上)、ちゃぶ台が懐かしい雰囲気の和室(右上)など、5つのゲストルームが用意されている。
写真下は1階の寿司屋。染物屋だったころに使われていた擦りガラスの引き戸がゲストハウスとの通用口だ

ゆっくりとしたペースでまちを守っていく

重伝建地区には『やなぎ屋』より一足先の2015年にオープンした民宿『藤時屋(とうじや)』がある。老舗の時計店を営む夫妻が、空き家をリノベーションして開業したゲストハウスだ。

寛政12年に建てられ、築200年以上は経つ商屋を修復・復元。玄関を入った土間には昭和初期の振り子時計が時を刻み、庭には安土桃山時代に造られた水路「天正疎水」が流れている。
『藤時屋』を営む藤井雅子さんは
「貴重な建物ですし、空き家にしておくのはもったいない。まちなみを保存することで歴史をつないでいけたらと思っています」と話す。

『やなぎ屋』も『藤時屋』も、まちの人たちの手によって蘇った空き家。
空き家問題を解決する方法として、商店を誘致したり移住者を募るといったものが浮かぶが、「でんでんけん」の鈴木さんいわく、まちの人たちの本音は少し違うのではないかという。

「まちの問題は、まちの人で解決したいという思いがあると思うよ。急激な変化を望んではいない。時代が徐々に変化していくのを待つのがいいんじゃないかなと思うね。なかにはさ、城下町の通りにスタバとかあったらいいんじゃないの?っていう意見もあるけどね(笑)」と鈴木さんは話す。

時代の流れに惑わされず、ゆっくりと時を刻んできた岩村町。自分たちのまちを自分たちのペースで守る人がいるから、ここは今も懐かしく温かい雰囲気で私たちを迎えてくれるのだと思う。


【取材協力】
いわむらゲストハウス『やなぎ屋』
http://yanagiya.site/

町家民宿『藤時屋』
https://toujiya.jimdo.com/

岩村の観光おもてなし隊「いわむらおせんしょ隊」のエプロンをつけて出迎えてくれた藤井雅子さん。“おせんしょ”とはこの地方の方言で、余計なお世話やおせっかいを意味する。観光客にとって“おせっかい”はありがたいかぎり。<br>庭の真ん中には安土桃山時代の「天正疎水」が今も流れている(写真左下)
岩村の観光おもてなし隊「いわむらおせんしょ隊」のエプロンをつけて出迎えてくれた藤井雅子さん。“おせんしょ”とはこの地方の方言で、余計なお世話やおせっかいを意味する。観光客にとって“おせっかい”はありがたいかぎり。
庭の真ん中には安土桃山時代の「天正疎水」が今も流れている(写真左下)

2018年 03月14日 11時05分