三軒茶屋が宿場町としての役割。そして地形的な特徴を感じられるデザインに

前回では三軒茶屋に完成した賃貸住宅「QUANDO(クアンド)」から、ブルースタジオが考える「あなたでなければ」「ここでなければ」「今でなければ」という賃貸住宅建築の考え方を紹介した。
今回は、その考え方が実際どのように「QUANDO」に活かされているのかを紹介する。まずは、三軒茶屋という立地を考えた「ここでなければ」から。

三軒茶屋は、かつて大山の阿夫利神社への巡礼に往来する人が立ち寄る三軒の茶屋があった場所。この場所が多くの通行人に与えていたホスピタリティをまず考えたと同社の大島さんは話す。

「今も三軒茶屋には多数の飲食店があるなど多くの人を引き付けています。そこにあるまち並みそのものが庶民的で、愛着を感じる方が多い。偶然ではあるものの、その中に芝居小屋もあります。街道筋の人々の生活の賑わいみたいなものと、そこに求める安らぎのある空気感を三軒茶屋は持っているのです。江戸時代から今に至るまでそうであったととらえ、宿場としての機能のほか、町家として商家が立ち並ぶ三軒茶屋の古い街並みも想定したことが、町家を意識したデザインの1つの要素です」

もう一つは、三軒茶屋の地形からだという。
「三軒茶屋から太子堂の方に向けて地形がグッとせりあがっています。2つの川が流れ、川を下っていくと三軒茶屋に出ます。近くに太子堂八幡神社があるのですが、地形的に浸食大地の突端部に神社があるというのは、東京に限らず日本全国そういう例が多々あります。川で浸食された台地の上が安全なので、そこに縄文人たちは住んでいました。その縄文人たちが日々食べている獣や貝などを捨てに行くのが突端です。そこに霊的なものがあるという考え方は昔からあり、そういう原始宗教がそのまま神道に変わり、その場所にお社ができて神社になったのがほとんどなのです。

三軒茶屋も同様で、北から浸食される突端の、川を見下ろす台地の上に八幡神社があり、その台地の一部にQUANDOが建っています。そういった地点から見下ろす太子堂や三軒茶屋の景色というのは、この近辺の人の暮らしの原風景でしょう。大山街道の宿場町だったことよりも、もっと深い歴史がを持っているのです。

そこでQUANDOでは、入居者にその原風景を感じてもらうためにできるだけ上方向へのデザインを意識しました。周辺の建物から頭ひとつ抜け出た3階のバルコニーからは自分が住んでいるまちを見渡せ、八幡神社の森など周辺の地形的な関係を知ることができます。このような場所だからこそ、古くから人が暮らしているんだということを知ることができるのです。そういう体験を味わっていただきたい。それが『ここでなければ』を考えた、QUANDOの建築デザインの原点です」

周辺のまち並みよりも頭ひとつ抜け出た高さを持たせたQUANDO。</br>3階バルコニーから、三軒茶屋の歴史が感じられる眺望を楽しめる周辺のまち並みよりも頭ひとつ抜け出た高さを持たせたQUANDO。
3階バルコニーから、三軒茶屋の歴史が感じられる眺望を楽しめる

賃貸経営をするのはあくまでオーナー。「自分ごと」として当事者意識を持ってもらうために

「オーナーの価値観を住環境にどう生かしていくか。これはオーナーが自分の物件に愛着を持ちうるかどうかのポイントになります。確かに人によっては賃貸住宅をただ収益を生むための器ととらえ、利回りだけを重視する方もいます。しかし、自分が提供しているコミュニティに愛着を持ってもらうためには、『その人でなければ』ということが大事だと考えています」と大島さん。

QUANDOに関しても、オーナーと十分なディスカッションを行い、コンセプトや名称を考えたという。
「オーナーは文字関係のクリエイティブな仕事をされている方。人間が人間たる存在の原点となっている文字を大切にしましょうという話をしました。文字はコミュニケーションツールで、人間はコミュニケーションを取る生き物。そこで、暮らしの価値はコミュニケーションであるという前提でプランを作成しました。名称の『QUANDO』はラテン語で時を表す言葉。英語のキューの語源で、スタートという意味もあります。

お客様から賃貸住宅などのデザインを依頼された時、『あなたに任せた』と言われたら私はお断りしています。なぜならその建物を経営するのはオーナー自身であるからです。『任せた』というのは、一つの側面としてビジネスモデルをデザインしてくださいと言っていることと等しい。ビジネスモデルを任せっきりにして経営できる経営者はいません。
また、『自分ごと』にしてもらわないと建物に対する愛着がわかないため、経営するメンタリティがそこから生まれません。それは『あなたでなければ』という側面が非常に大きいでしょう。まずはオーナーに誇りをもってもらう、当事者意識を持っていただくために任せてもらいたくないということです。設計をする際はオーナーと賃貸経営のビジョンなどについて何度もディスカッションを行い、ブラッシュアップしながらご本人の言葉で語れるような賃貸住宅をつくっています」

住人同士や地域の人とのコミュニケーション機会が都市防災にも役立つ

住人が自分の意思で開け閉めできる引き戸をあえて採用。入居者が地域生活者の一員として、地域の人々と自然とコミュニケーションがとれることを意識して設計されている住人が自分の意思で開け閉めできる引き戸をあえて採用。入居者が地域生活者の一員として、地域の人々と自然とコミュニケーションがとれることを意識して設計されている

三軒茶屋を始めとした世田谷区の木造住宅密集地域(以下:木密地域)では、地震や火事などが発生した時の、都市防災上のもろさが指摘されている。ただ、建物が木造であって耐火建築物でないから危険という考え方は乱暴だと大島さんは話す。それが「今」を考えた設計にもつながっている。

「人間の関係性が希薄になればなるほど、都市防災の足元が揺らぐと考えています。お互いが気遣うという関係があれば、そもそも核家族でなく多世代の家族が住んでいれば、その家族の中で声をかけるなどして防災を担うことができたのです。木密地域における防災上、最大の欠点が何かというとコミュニケーションがなくなっていくこと。助けることができなくなるからです。お互い見る・見られるの関係がなくなり、災害を未然に防ぐことが難しくなります。

いつか来るであろう大震災などを考えると、都市防災は都市を不燃化していくべきだという風潮があります。それは計画道路をつくり、道幅を広くすることで防火帯にして、道路に面する建物を耐火建築物にしてというものが一般的です。ただ、それを実行すると地域コミュニティがズタズタに切り裂かれてしまいます。木密地域では生活者の孤立が都市防災上の安全を脅かす問題と考え、住人間、地域間のコミュニケーションを設計する上での大切なテーマにしています。

ハードウェアとしての都市防災を成立させるということと、人間関係で都市防災を成立させるということは、実は相反することなのです。実際にそれだけの計画道路を張り巡らすための予算が用意されているのかというとそういう状況ではなく、実行するのは難しいでしょう。そういう状況ならば地域社会が持てる人間同士の関係をどう見直していくか、そこから解決していかなければならないと思います。

QUANDOの1階の、町家のような引き戸は開けっ放しにすることができます。開き戸と違い、引き戸は閉めようと思わなければ閉まりません。引き戸にしたのは内と外の境界自体を本人の意思で開いたり閉じたり自由にできるからです。開き戸と違い、気候がいい時は開けっ放しにしておいても違和感がありませんし、日本の家というのは本来そういうものです。夏は開けている状態で、道端を通りかかった人が声をかけて玄関先で話をする。そのようなコミュニケーションが防災に役立つと考えています」

多様な価値観を持つ人を入居させることが、地域社会の活性化につながる

三軒茶屋は木密地域であることに加え、賃貸住宅も多い。特に単身者向けの賃貸住宅が過剰供給されていることも考慮したという。
「単身者向けのワンルームマンションなど、プライバシー、セキュリティを最重要視し、それが商品価値の根底にあるような賃貸住宅が大量につくられています。それは高齢者だけでなく若年層も孤立させているのです。我々が賃貸住宅をつくる時に、入居者が地域社会とどういう関係を持つことを望んでいるのかということも大事なコンセプトになるため、単身者向けの賃貸住宅は考えませんでした」

またファミリータイプのマンションや戸建て住宅の空き家が増えている現状を考慮し、単身者向けでもファミリー向けでもない、都市部において最も必要だと考える「2人暮らしプラスα」の賃貸住宅を提案したという。
「現在、世帯の多様化が進んでいます。中でも2人暮らしは顕著で、カップルや夫婦だけでなく同性の人や、介護が必要な母親と娘の2人暮らしなどなど実に様々です。また、子どもが巣立った後の夫婦2人暮らしの方もいます。この人たちは定年を迎え、やっと自由になった人たち。こういった多様な2人暮らしの方々を受け入れる賃貸住宅をつくろうではないかと企画しました。

豊かな暮らしとは何かに対する指標は人それぞれですが、その中でもコミュニケーションそのものが暮らしの豊かさにつながること、隣人とのコミュニケーション、同居しているパートナーとのコミュニケーションも含めて、そういうことを重視している方をこの場所に導き入れる、それが地域社会に対するよい変化を促すのではないかという時代性も考慮しました」

写真左と右上は2・3階のメゾネットの住居。引き戸のある土間空間から2階へと上がる。右下は1階の住居。格子戸や土間空間が</br>日本家屋の美しさ、伝統を思い起こさせる。木造住宅のような佇まいのQUANDOだが、構造は鉄骨造となっている写真左と右上は2・3階のメゾネットの住居。引き戸のある土間空間から2階へと上がる。右下は1階の住居。格子戸や土間空間が
日本家屋の美しさ、伝統を思い起こさせる。木造住宅のような佇まいのQUANDOだが、構造は鉄骨造となっている

共感を呼びうる物語があるかどうか。共感の輪が広がることが「当事者」を生む

お話をうかがったブルースタジオの大島芳彦さん。「QUANDO」の話のほか賃貸住宅、日本が抱える都市防災問題など多岐にわたる興味深い話をしていただいたお話をうかがったブルースタジオの大島芳彦さん。「QUANDO」の話のほか賃貸住宅、日本が抱える都市防災問題など多岐にわたる興味深い話をしていただいた

個人の住宅づくりと賃貸住宅はまったく異なると大島さんは話す。
「個人の家の理想は暮らす人の理想。一方、賃貸住宅は暮らす人の理想でつくられているのではなく、暮らす人も入居して初めて出会うものなので、自分の考えが反映されているわけではありません。だから、賃貸住宅は暮らす人の共感を呼べるかが大事なのだと考えています」

それは賃貸住宅だけでなく、オフィスビルや商業施設なども同様という。
「共感を呼びうる物語があるかどうか。つまり生活環境にビジョンがあるかどうか。生活環境に共感できるからこそ、生活者や利用者が当事者になるのです。当事者となった生活者は自分自身でその生活をよくしようとするはずです。その作用が働かないと、賃貸住宅はただ消費される空間になるだけです。そのためにやるべきことはビジョンを持つこと。それが共感の輪を広げ、当事者を生むことになります。これはどの建物でも同じで、人の生活環境をデザインするうえで私たちが常に考えていることです」

今、大島さんが一番興味を持っているのが「郊外」。高度成長期に住宅を大量供給するために生まれたまちをいかに再生し、活用していくかで日本の未来に大きな差が出ると考えている。
「かつての郊外新興住宅地に住む多くが団塊の世代。郊外の団地で暮らす人々は高齢化しており、『ベッドタウン』としてつくられたまちには仕事もなく、子どもたちも郊外の家には帰ってこない。高齢化と縮退は今のままでは歯止めがききません。福祉施設が必要だ、介護が必要だとなると、生産性の低い膨大な浪費社会がそこに生まれるだけです。それがネガティブに見た郊外の姿です。

しかし今、つくられた時は均一であった一つひとつの郊外をそれぞれまちとして、その団地でなければ、その郊外でなければという個性を見い出すこと。そして、まちとしての価値を再編集することが大事な時に来ていると思います。半世紀近くも経てば、多くの人が生まれ育ったまちにはたくさんのドラマが凝縮されています。ユニットバスをつけたりシステムキッチンに変えたりすることが団地再生ではありません。インフィルやインテリアをどうするなどという建物のデザイン以上に、まちそのものを、団地全体をどう住みこなしていくか、唯一の愛着を持てるまちとしてどうデザインしていくかという観点が大事ではないでしょうか。現在そういうプロジェクトに取り組んでいますし、今後も注力していきたいと思います」

まちづくりが日々の暮らしに大切であることと同時に思うように進んでいない現実を、取材を通してあちこちで聞く。それは近視眼的な利潤の追求か、長期的なマネジメントの発想に基づく理想の追求かの違いによるものなのだろうか。利潤を追求しやすい大量生産大量消費の時代はもう過去のこと。考えていないということは決してないことは百も承知だが、今以上に行政が、企業が、建築家が、そして暮らす人々が「まちをマネジメントする」ということを真剣に考えていかないと、自分の理想とする生活、豊かで安全な暮らしを享受できないのではないか、そのように感じた。

■取材協力:株式会社ブルースタジオ
http://www.bluestudio.jp/

■QUANDO(クアンド)
http://www.bluestudio.jp/rentsale/rs003138.html

※建物写真はすべて撮影:千葉顕弥、提供:ブルースタジオ

2018年 01月25日 11時07分