危険な密集市街地を抱える大阪市

大阪市の「特に優先的な取り組みが必要な密集住宅市街地」。JR大阪環状線・外周部の戦災による焼失を免れた地域を中心に老朽化した木造住宅が多く点在する 出典:大阪市大阪市の「特に優先的な取り組みが必要な密集住宅市街地」。JR大阪環状線・外周部の戦災による焼失を免れた地域を中心に老朽化した木造住宅が多く点在する 出典:大阪市

国土交通省が平成24年10月に公表した調査結果によると、大地震等が発生した場合、密集市街地のうち、延焼の危険性や避難困難性が高い「地震時等に著しく危険な密集市街地」は、全国に5,745haある。このうち大阪市は、約23%にあたる1,333haに及ぶ。

大阪市は、JR大阪環状線の外周部を中心に密集市街地が広く分布している。災害時の避難場所や延焼を防ぐ役割を果たす公園、オープンスペースが不足しており、防災や住環境の面で様々な課題を抱えている。
これらの問題に対し、「特に優先的な取り組みが必要な密集住宅市街地」を指定。地域の防災活動を支え、一時的な避難場所にもなる「まちかど広場」の整備等を進めている。

大阪市生野区勝山北にある『ももに広場』は、約200m2のまちかど広場である。地域住民を中心に、広場を活かした自主的な管理運営や防災活動が認められ、平成28年度「手づくり郷土賞(国土交通大臣表彰)」に輝いた。
受賞タイトルは、「密集市街地の小さな広場を活用した 地域防災力向上に向けた挑戦。」だ。

はじまりは、「私たちの“創業の地”を地域のために使ってほしい」という民間企業の無償提供の申し出から。これが大阪市として初の民間用地を活かした「まちかど広場」となった。広場の整備としては、9件目となる。
行政と地域との協働で生まれた広場は、どのような経緯で賞を受けるまでになったのだろうか?

『ももに広場』の管理運営会の会長で 桃二振興町会の町会長・岸村 修さんと、広場の整備を担当する大阪市都市整備局の津村 昭博さん・杉谷 篤司さんにお話をうかがってきた。

町会で唯一となる“公共の広場”を

「ももに広場」前にて。桃二振興町会 町会長・岸村 修さんをまん中に、大阪市都市整備局の津村 昭博さん(右)・杉谷 篤司さん(左)「ももに広場」前にて。桃二振興町会 町会長・岸村 修さんをまん中に、大阪市都市整備局の津村 昭博さん(右)・杉谷 篤司さん(左)

『ももに広場』はJR桃谷駅前から続く商店街にほど近く、昭和の風情が残る密集住宅地のなかにある。ここは現在、船舶機器メーカーとして有名な株式会社髙澤製作所(本社:東大阪市)が所有する創業の地である。

終戦の年に生まれ、同地域で育った町会長の岸村さんは、「ここは戦火をまぬがれ、昔ながらの長屋や町並みが今もなお残っています。ご近所の髙澤製作所さんは、終戦直後に配管部品の製造をはじめた町工場だった。あの頃はみんな貧しくて、苦しかった時代を共に助け合いながら生きてきた」と、振り返る。

平成23年10月、大阪市が髙澤製作所から無償の土地提供を受け、大阪市長や生野区長、連合町会長、町会長などが出席のもと「申出受諾式」がおこなわれた。「創業者の『これまでいろいろ大変なこともあったけど、今ある事業の発展は近隣の皆さんの支えがあってこそ。その恩返しがしたい』という志に心を動かされた」と、岸村さん。東桃谷連合振興町会は、市から「まちかど広場整備事業」を活用してまちの広場をつくらないか?という提案を受け、ももに広場のプロジェクトは動き出す。

「この広場は、かつてフェンスに囲まれた民間用地と隣接する老朽家屋が残っていました。髙澤製作所さんからの貴重な申し出により、大阪市が国の社会資本整備総合交付金を活用して整備。ももに広場は、災害時の一時的な避難場所になるばかりか、大火が発生した場合の延焼を防ぐ目的や避難通路としての役割もある。日頃は地域コミュニティを育む場となるよう、しっかり支えていきたい」(大阪市都市整備局の津村 昭博さん・杉谷 篤司さん)

広場の整備は「大阪市」。管理運営は「地域住民」と役割を分担し、町会で唯一となる、公共の場づくりが始まった。

広場づくりは、地域づくり

ももに広場の設計は、地域住民のアイデアを反映している。
だが、これまでの道のりは、決して一筋縄ではいかなかった。岸村さんはこう語る。

「私たちの町会は約200世帯のうち、65歳以上のみの世帯がおよそ6割。高齢化が進むとともに、地域のつながりも薄くなっていました。活動の担い手不足もあり、否定的な意見もありましたから。実際には、一時的な避難場所となりうるのがコインパーキングしかなくて、多くの課題があった。そこで広場の整備に先立ち、住民参加型のワークショップを重ねていきました。顔を合わせ、意見を出し合うなかで『どうすれば皆の力で広場を管理・運営することができるのか?』と考えるようになり、前向きな意識に変わっていきました」

そこで生まれたのが「みんなの広場、あしたの広場」という合言葉。
基本計画は大規模地震などの災害を想定し、雨天でも応急活動ができるフェンスの上からシートを被せられる工夫や、日常時はベンチとして使い、座面を外せばかまどとして、炊き出しができる「かまどベンチ」、防災倉庫、広場に愛着がもてるようにと花壇や敷地周辺にもプランターを盛り込んだ。ももに広場はたくさんの協力を得て、平成25年3月、晴れやかにオープンした。

左上:雨天でも応急活動ができるように、フェンスにシートが設置できるよう工夫。イベント時は日除けとして活躍する <br>右上:緊急時の車両乗入れも可能な入口 左下:日ごろはベンチとして使える「かまどベンチ」 <br>右下:ベンチの座面を外せば、かまどに変身。イベントでは、お雑煮やイカ焼きなどが好評左上:雨天でも応急活動ができるように、フェンスにシートが設置できるよう工夫。イベント時は日除けとして活躍する
右上:緊急時の車両乗入れも可能な入口 左下:日ごろはベンチとして使える「かまどベンチ」
右下:ベンチの座面を外せば、かまどに変身。イベントでは、お雑煮やイカ焼きなどが好評

誰もが楽しむ人、楽しませる人。よろこびも悲しみも分かち合えるまちへ

それから4年。ももに広場は、地域住民にとって無くてはならない“交流の場”になりつつある。
定期開催の「青空カフェ」や、小学新一年生を上級生が祝い、広場の誕生も祝う「ももに広場誕生祭」、長寿を祝う秋の「敬老祭」、故人を偲ぶ冬の「光の祭」など幅広い。また、当番制で広場入口の門の開閉を毎日行っており、四季折々の花の手入れなどを通じて、よろこびを分かち合う機会が増えたと言う。

ここで「おじゃぽん」という遊びが生まれた。ビンゴゲームとペタンクを融合させたような生野区発祥のスポーツ「スリーアイズ」を広場用にとアレンジしたもので、今では子どもからお年寄りまでが参加する大会ができるまでに盛り上がる。

岸村さんは、「地域ぐるみで小学校の入学や高齢者のご長寿を祝い、故人の冥福を祈る合同のセレモニーが開けるようになったのは、この広場があるおかげなんです。うれしいことに毎月1回の『青空カフェ』を開くことで、新しいアイディアが生まれ自発的な取組につながっている」と、満面の笑みで話してくれた。広場近くにある老朽化した木造住宅が除却され、空き地に。このカフェでの話し合いをもとに、『ももに農園』として有志が畑を耕し、ゴーヤや枝豆などの新鮮な野菜をイベント時などに地域還元している。

筆者も先日、青空カフェにおじゃました。出入り自由なオープンカフェのようにお茶やおしゃべりを楽しみ、通りがかりにでも思わず立ち寄りたくなる和やかな雰囲気があった。

「地域の課題を共有し、解決していきたいという志があれば、みんなで知恵を出し合って乗り越えられる。これまでの取組を通して、私自身、高齢者が身につけてきた知恵のすばらしさや、子どもたちの楽しさを見つける創造力に気づかされた。よろこびも悲しみも分かちあうことが、共に助け合う“共助”につながると感じている」(岸村さん)

防災力を高める小さな広場での活動が、地域コミュニティに大きな変化をもたらしている。

左上:まちの風景となる「青空カフェ」。美しい緑を愛でながら珈琲やお茶をいただく   右上:趣味の写真や俳句などを<br>発表する「植栽のギャラリー」 左下:「敬老会」では手づくりの花束を贈呈  右下:世代交流も育む「もちつき大会」左上:まちの風景となる「青空カフェ」。美しい緑を愛でながら珈琲やお茶をいただく 右上:趣味の写真や俳句などを
発表する「植栽のギャラリー」 左下:「敬老会」では手づくりの花束を贈呈 右下:世代交流も育む「もちつき大会」

2017年 05月06日 11時00分