今住んでいる街は住みたい街か

左から株式会社まちづクリエイティブの寺井元一さん・西本千尋さん・寺田大祐さん左から株式会社まちづクリエイティブの寺井元一さん・西本千尋さん・寺田大祐さん

あなたは今暮らしているまちに満足しているだろうか。住まいが居心地よければいい、それも正解。でも、好きなまちに暮らしたら毎日は、もっと楽しくなる。

「都心は飽和状態」と見切りをつけて、千葉県松戸で会社を立ち上げ4年間で誘致人数157人を実現した株式会社まちづクリエイティブの寺井元一さん・西本千尋さん・寺田大祐さんに、自分が住みたいまちをつくる方法を聞いた。

2008年まで東京・渋谷でアートとスポーツイベントを企画運営するNPO法人を運営していた寺井さんは、都心での活動に限界を感じたという。
「公園の使い方ひとつでも、禁止事項が多すぎるんです。クリエイターの発表の場として公共空間を使うために、行政から近隣住人まで様々な許可を取る必要がある。個性が重視される時代なのに、都市部では禁止することでしか多様性が維持できなくなっている。イベントは限定的なものですが、それが日常にも及んでいるのを感じて、僕は都市部では日常を過ごせないと思いました」

また、アートイベントを手がけていた寺井さんは肌でクリエイターの変化を感じたそう。
「お金・人脈・実力がついてきたクリエイターたちがフリーランスになって、渋谷から移住していきました。都市部を離れると彼らをまとめて受け止める街が無く、ばらばらに移っていったんです」

発信力と求心力のあるクリエイターが都市部から離れていく、自身も暮らしにくさを感じている…この状況下で寺井さんと松戸を結んだのは、まちづくりのスペシャリストだった。

事務所は御酒所。「松戸語」学びからはじまった松戸人とのコミュニティ

松戸駅前にある御酒所が、まちづクリエイティブの事務所だった松戸駅前にある御酒所が、まちづクリエイティブの事務所だった

まちづクリエイティブの取締役、西本さんのもうひとつの顔は株式会社ジャパンエリアマネジメント代表取締役。街が抱える課題解決の事業運営など、全国のまちづくり支援を行っている。当時、西本さんが松戸市からの委託調査を請け負っていた縁で寺井さんを案内したのが、松戸のまちづくりの第一歩だった。

「暮らしたいまちが無いならつくるか…と漠然と考えていたタイミングで偶然に松戸を訪れました。後から考えると歴史ある宿場町だからこそ活動を続けられたと思いますね」と寺井さん。松戸には、江戸時代に人の往来がさかんだった宿場町独自の自治意識の強さを感じたという。

ルールに縛られた渋谷から一転、松戸にはコミュニケーションでまちづくりができる可能性を感じた。ただ、最初から松戸の人に溶け込めたわけではなかった。
「西本さんに、ある町会長さんを紹介されて話すうちに御酒所を事務所として使わせてもらうことになりました。そこで地元の人と触れ合って松戸独自の文脈を理解していきました。創業して1年目のことです」
御酒所は祭礼時に神輿が入る、いわば地元住民の精神的中心地。ここに事務所を構えてから“松戸語”のコミュニケーションができるようになったそう。たとえば松戸の主要道路『流山街道』は、地元では『水戸街道』と呼ぶ人が多い。元宿場町ならではの言葉の選び方がある。

「松戸の70歳以上の方は話していておもしろい。歴史あるまちならではの自治意識の高さが現代のルールへの反骨精神になっている。僕が来る前から、松戸はずっと面白かったんだと思います。全国の歴史ある街はどこもそうじゃないかな」

歩ける範囲でクリエイターとまちづくりをしよう

MAD City Galleryを中心に半径500~600mが「マッドシティ」MAD City Galleryを中心に半径500~600mが「マッドシティ」

まちづクリエイティブは、松戸市本町にあるMAD City Galleryを中心に、自然な挨拶が生まれ、日常的に歩ける範囲の半径500~600mを「MAD City」と定義。クリエイター・アーティストの自然発生的なコミュニティと、そこから生み出される活動を通して魅力的なまちづくりを目指している。

建物をつくったり、都市計画を見直したりすることはまちの調整であって、まちづくりではないという寺井さん。
「まちの要素で大切なのは、そこに暮らしたいか・住人が毎日の暮らしの中で夢を持てるかどうか。まちづくりは非日常ではなく日常をどうにかするものだと思うし、引越しは本来、人生を変えるものだと思っています。僕は住人のポテンシャルを信じて、松戸を何かを生み出し続けるまちにしたい。まち全体が『トキワ荘』みたいになったらいいですね」

行政が空いている建物を用意してクリエイターを呼んで活動させるといった、よくある支援関係のまちづくりと決定的に違うのは、住人の日常にフォーカスしていることと、クリエイター・アーティストがコミュニティなどをつくっていること。建物を建てたりイベントをやって終わりではなく、持続するヒントは不動産にあった。
「クリエイター・アーティストはつくる場・発表をする場を探しています。でも、無理に呼んでもビジネスと割りきって帰ってしまう。彼らを中心に持続するまちづくりをやるなら、自然に来てもらう仕掛けが必要でした。くしくも松戸には築年数の経ったDIYしがいのある空き家が多い。賃貸物件の原状回復という義務から解き放てば、クリエイターの創造は自然に進むと考えました」

成果は出た。クリエイターが集まってコミュニティが発生し、それは身内から外に広がった。

いちばんの営業ツールは「入居者」

入居者が櫓を建てている古民家スタジオの一角。マッドシティでは櫓もDIYのひとつ入居者が櫓を建てている古民家スタジオの一角。マッドシティでは櫓もDIYのひとつ

「クリエイティブな自治区をつくろう。」「刺激的でいかした隣人をもとう。」「地元をリスペクトし、コラボを楽しもう。」「変化を生み出そう。新しいルールを発明しよう。」「仕事場も住居も、DIY精神で自由に創造しよう。」「河辺でも通りでも駅前でも、街を遊びつくそう。」「東京のみならず、世界とどんどんつながろう。」 

これは、MAD Cityのヴィジョン。一般的な不動産業界のものとはかけ離れたヴィジョンだが、まちづクリエイティブは転貸メインの不動産屋。彼らの第1号物件は「古民家スタジオ 旧・原田米店」で、現在築100年を超える古民家に10組以上のクリエイターらが入居している。

「一人アーティストが入居すると、仲間が集まって共同作業場のDIYがはじまりました。誰かが退去しても、あの人が使っていた部屋だから入居するという連鎖が生まれた。そのうち入居者中心で企画したクラフトマーケットを開催するようになって、そこに近隣住人が訪れて自然にまちの人とのコミュニケーションが生まれました。ある意味、まちづクリエイティブのいちばんの入居促進ツールは入居者なんです」

現在、まちづクリエイティブが取り扱っている物件は57件、うち改装可能物件は50件にのぼる。そして、転貸することで入居者の原状回復リスクをまちづクリエイティブが吸収し、これだけの改装可能物件を生んでいる。
「海外では家は人が住むほど価値が上がっていくのに、日本の家はすぐに価値が落ちる。古いからダメではなく、クリエイター・アーティストたちのDIYが積み重なっているから価値があるという家が、松戸に増えたらいいなと思います」

入居者・大家・近隣住人と自分たち、関係者全員がハッピーになる不動産の仕事、これがまっとうな不動産屋さんなのかもしれない。まちづクリエイティブの創業から4年、松戸に誘致したのべ入居者数は157名にのぼった。そして、会社の利益のほとんどは、この入居者誘致による賃料収入だ。

まっとうな不動産屋さんがつくる、MAD City

「古民家スタジオ 旧・原田米店」では今もDIYが進んでいる「古民家スタジオ 旧・原田米店」では今もDIYが進んでいる

クリエイター・アーティストの自発的なDIYからうまれる空間は、次の入居者を呼んだ。彼らのコミュニティは醸成され、まちに広がり、松戸は刺激的でクリエイティブなMAD City化が進む。すべての活動が見事に有機的に繋がっているまちづクリエイティブの、次の目標は何か。

「まだ松戸でやりたいことがあります。この数字にはもっと精査が必要ですが、エリアの人口の3~5%くらいが弊社で誘致したクリエイティブ層になったらいいなと思っています。MAD Cityは松戸宿という土壌があったからできたことですが、そのノウハウは他のまちでもいかせると思う。手伝えることがあるなら、支援していきたいです」

「寺井さんのまちづくりは行政課題ではなく、住みたいまちをつくるというところからはじまっています。日常をどうにかしたいという暮らしに直結しているから、日本のまちづくりの中でも唯一無二の活動になっているんだと思います」と、取締役の西本さん。

住みたいまちが無いならつくろう、寺井さんの思いからはじまったまちづくりは、クリエイターたちの「居られる場所」をつくるという熱い使命感も持って大きな“うねり”になってきた。元からの住人も、移住した住人も愛するまちに変える松戸のMAD City化は、これからも快進撃を続けそうだ。


■関連リンク
株式会社まちづクリエイティブ http://www.machizu-creative.com/
MAD City https://madcity.jp/

2014年 09月20日 11時00分