古民家を一堂に集めた博物館

博物館の入り口でもある長屋門。左側は蔵、右側で使用人が暮らしていた博物館の入り口でもある長屋門。左側は蔵、右側で使用人が暮らしていた

歴史ドラマなどで昔の民家をみると、現代の家屋と大きな相違があるのを感じるだろう。また、舞台となる地域によっても特色がある。たとえば、江戸などの都市部では長屋が多いが、間取りは狭く、共同トイレが一般的。人口が密集する地域で、広い敷地を確保できないのは当然だろう。また、大きな店の台所は居間と離れており、竈は土間に置かれていることが多いが、これは失火したときに大きな被害を出さないため。人々が暮らす家の造りには、時代により生業により地域により、さまざまな工夫が施されてきたのだ。

そこで、どんな工夫があるのか知るため、古民家を一堂に集めた「日本民家集落博物館」を取材させていただいた。
当博物館は、昭和31年に関西電力が白川村にダムを建設する際、湖底に沈んでしまう家屋を移設したのが始まり。その後、阪急電鉄や松下電器などの在阪企業が費用を出し合い、各地の民家を集めたのだという。
もともとは豊中市立だったが、大阪の企業が出資して財団法人日本民家集落博物館となり、現在は公益財団法人大阪府文化財センターの管轄となっている。

時代や地方により、造りが大きく異なる民家

博物館の入り口でもある長屋門は、河内(大阪)にあった庄屋の門を移築したものだ。入り口の、向かって左側は蔵になっており、右側では使用人が暮らしていたらしい。これは門番の意味もあり、客の取り次ぎや見張りをしていたと考えられている。

入ってすぐに建てられている日向椎葉(宮崎)の民家も独特だ。床面積は219.8平方メートルもあり、戸を開放すると非常に広々としているが、畳はなくむしろが敷かれている。玄関から向かって左側に窓がないのは、斜面に建てられた家だから。山側に窓をつけても景色は見えず、風も通らないからだ。さらに壁に棚や押入を作ることで、山から少々の落石があっても被害を防げるのだという。
また、戸をすべてはずすと、広い空間ができるように造られているのは、宮崎という土地柄が関係している。12月の祭りでは、真ん中の部屋(デイ)で神楽が舞われるのだ。観客は向かって右側の板の間(ウチエン)や縁側部分(ホカエン)から見学するそうだ。

広々としているが、日向椎葉の庶民の家だ。祭りの夜は真ん中のデイと呼ばれる部屋で神楽が舞われる広々としているが、日向椎葉の庶民の家だ。祭りの夜は真ん中のデイと呼ばれる部屋で神楽が舞われる

細長い間取りにみる事情

大和十津川は杉の産地である吉野に近く、外面も内面も板壁だ大和十津川は杉の産地である吉野に近く、外面も内面も板壁だ

博物館の中でも特に古いとされているのが、江戸時代初期に建造されたとみられる摂津能勢(大阪)の民家だ。摂津や丹波地方特有の妻入り入母屋民家だが、屋内は土間と床張りの部屋が左右に二分され、細長く見える。
なぜこんな形になっているのかは諸説あるが、室町幕府の細川管領内では、玄関からまっすぐ奥まで見えるのが格式ある様式だと考えられていたという。
また、京都の細長い町家(うなぎの寝床)の影響を受けたのではないかともいわれている。
壁土が塗られているのは湿気対策や断熱対策もあるだろうが、それ以上に補強材の意味がある。まだ建物の構造が未熟だったため、強度を保つ工夫が必要だったのだろう。柱は能勢の特産でもある栗材。堅くて扱いづらい分、丈夫で長持ちするのだ。

同じように部屋が横に並ぶ間取りが、大和十津川(奈良)の民家。こちらは谷に面して建てられたため、細長い造りになっているという。周囲が板壁なのは、そばに杉を産出する吉野山があるからだろう。

豪雪地帯の工夫

豪雪地帯の民家の特徴は、雪の重みに耐えるための太い梁材だろう。越前敦賀(福井)の民家は、さらに土壁で柱を補強している。台所がほかの部屋より一段低くなっているのは、もともと土間だったからだと考えられる。寒い地方では、板床を作るより、土間にむしろを敷いて暮らす方が、暖かくて快適なのだそうだ。

同じく豪雪地帯の、信濃秋山(長野)の民家も床張りがなく、土間にむしろを敷いて生活をしていたようだ。玄関は雪よけのために屋根がつけられ、厩が取り込まれている。これは「越後中門造」と呼ばれ、雪国特有の形だ。
茅壁が独特の雰囲気だが、これも防寒対策。茅が空気の層を造り、外の空気を遮断するのだ。

また南部(岩手)の曲家はその名の通りL字型をしている。母屋に厩が接続されており、座敷から馬の様子が見えるうえ、母屋で囲炉裏をつければ、暖気が厩にまで行き渡る。名馬の産地として知られる土地柄らしく、馬に対する気配りが家の造りに表れているのだ。

岐阜白川郷の合掌造りも雪対策だ。雪が降り積もりにくくするために屋根の傾斜を大きくすると、建物が高くなり、強い風が吹くと屋根が損傷する可能性がある。しかし、合掌造りの屋根は支点を決めて取り付けてあるので、やじろべえのようにバランスがとられ、復元力があるのだ。
また、古い民家にしては寝室が広くとってある。これは労働力を確保するため、子供をたくさん産んだからだとか。女性と子供たちの寝室には、常に赤ん坊が7~8人寝ており、農作業から帰ってきた女性は、泣いている子供がいれば、自分の子供でなくても乳を飲ませたのだそうだ。

博物館をゆっくり見学し、一昔前までは、それぞれの地域の特産や気象条件により、家の造りに工夫や特徴があるとわかった。
現地に建てられていたまま移築しているので、趣も昔のまま。時間を忘れるほどのんびりできる博物館だ。再開発の進む博覧会跡地にも近いので、古民家に興味のある人は一度見学してみてはいかがだろう。
ただし、博物館といっても野外であり、すべて周るには2時間ほどかかるので、十分な時間的余裕をもって出かけてほしい。

■取材協力
日本民家集落博物館 https://www.occh.or.jp/minka/

茅壁が独特な信濃秋山の民家茅壁が独特な信濃秋山の民家

2016年 10月30日 11時00分