政府が主導する「日本版CCRC構想」とは?

厚生労働省によると、第ー次ベビーブーム期の1947~1949年団塊の世代が2025年には75歳以上になり、日本全体の後期高齢者の数は現在より533万人増加するという。このうちの3割以上は、東京、神奈川、埼玉、千葉の1都3県に集中していることからも、地方に比べて首都圏の高齢者の増加が顕著であることがわかる。
民間研究機関である日本創生会議は、"2025年には東京圏で13万人分の高齢者施設が不足する"と指摘しており、特別養護老人ホームに入所できない高齢者、いわゆる「待機シニア」があふれると予測される。

こうした問題の解決策の一つとしてあげられているのが、政府主導で推し進められている「日本版CCRC構想」である。
CCRCとは、「Continuing Care Retirement Community(継続介護付きリタイアメント・コミュニティ)」の略称で、アメリカで1970年代に登場した。健康なうちに特定の施設へ移住し、介護状態になっても転居することなく継続的にケアが受けられるコミュニティを意味している。現在アメリカ全体に約2000カ所のCCRCがあり、居住者数は推定75万人に上るという。

「日本版CCRC構想」は、首都圏の高齢者施設不足を解決するとともに、人口減少が進む地方へ高齢者が移住することにより、地域の活性化を促すのが狙いだ。
こうした日本版CCRCは、既に民間での取り組みが始まっており、石川県金沢市にある「シェア金沢」や栃木県の「ゆいま~る那須」、千葉県稲毛市の「スマートコミュニティ稲毛」などが先行事例としてあげられる。
そんな中、東京都に隣接する神奈川県横浜市青葉区に、"都市郊外型"ともいえるCCRCがある。
社会福祉法人 若竹大寿会(以下、若竹大寿会)が運営する「わかたけの杜」である。

アメリカで発展したCCRC。高齢者が健康時から介護時まで、移転することなく継続的なケアが保証されるコミュニティーを意味する<BR />出典:まち・ひと・しごと創生本部 日本版CCRC構想の基本コンセプト(案)アメリカで発展したCCRC。高齢者が健康時から介護時まで、移転することなく継続的なケアが保証されるコミュニティーを意味する
出典:まち・ひと・しごと創生本部 日本版CCRC構想の基本コンセプト(案)

自立から重度の要介護高齢者までサポートできる体制に

若竹大寿会は、平成元年の介護老人福祉施設のオープンを起点に、横浜を中心に介護老人福祉施設やグループホームなど、全27の社会福祉施設を展開している。「わかたけの杜」は、同法人では初となるサービス付き高齢者住宅(以下、サ高住)である。
「わかたけの杜」は、平成24年の国土交通省「高齢者・障がい者・子育て世帯居住安定化推進事業」のモデル事業に採択されており、広さ約4万7,000m2という広大な敷地は、UR都市機構(以下、UR)の50年の定期借地を活用している。
介護老人福祉施設と介護老人保健施設を含む高齢者向け住宅をつくるという条件の元、URと横浜市が全国の介護事業者に公募をした結果、若竹大寿会の案が採択されたのだ。応募したプランの背景にあったのが、若竹大寿会 理事長の竹田一雄さんが世界中の高齢者施設を見て回った際に出会った、アメリカのCCRCだったという。

同施設には生活相談員が常駐し、24時間対応の「在宅療養支援診療所」、「訪問介護事業所」を設置している。さらに、わかたけの杜の両隣には、同法人が運営する介護老人保険施設と介護老人福祉施設があり、敷地内にはデイサービスや診療所なども併設されているなど、敷地入居者の身体状態やライフステージに合わせたサポート体制が整っている。

全66戸のうち、大半の住戸は住棟間をゆったりと確保した低層連結型の一戸建てタイプである。
エレベーターが必要な住棟間を空中歩廊で繋ぐことで、上の路地と下の路地による近隣入居者との交流を図る工夫など、"高齢者の孤立問題"に対して、コミュニケーションを誘発する仕組みが取り入れられているという。

木造2階建ての長屋を空中歩廊で連結した「低層分塔連結型」にすることで、周辺の森の景観を損なわず、<BR />大規模化を避けつつ採算が取れる戸数を確保しているというわかたけの杜。「今後の同種建物のデザインに大きな示唆を与えている」として、2015年度グッドデザイン賞を受賞している木造2階建ての長屋を空中歩廊で連結した「低層分塔連結型」にすることで、周辺の森の景観を損なわず、
大規模化を避けつつ採算が取れる戸数を確保しているというわかたけの杜。「今後の同種建物のデザインに大きな示唆を与えている」として、2015年度グッドデザイン賞を受賞している

社会福祉施設に対する理事長の想い

今回お話を伺った社会福祉法人 若竹大寿会 理事長 竹田さん(中央)、生活相談員の脇之薗さん(右)、サービス提供責任者の井澤さん(左)今回お話を伺った社会福祉法人 若竹大寿会 理事長 竹田さん(中央)、生活相談員の脇之薗さん(右)、サービス提供責任者の井澤さん(左)

「現在の社会福祉制度や経済性を優先した機会的な住戸ではなく、自分が住みたくなる住まいとはどのような形か、事業者としての視点ではなく、将来自分の身に振りかかるかもしれない自分事として、本当に欲しい住まいをつくりました」。

そう語るのは、若竹大寿会 理事長の竹田一雄さんである。
そもそも竹田さんが社会福祉の事業を始めた背景の一つに、当時の社会福祉サービスに対する世間の冷ややかな風潮があったという。
「介護をはじめとする社会福祉サービスは、利用することが恥ずかしいと捉えられる側面もありました。例えば、資産がなく、税金が払えない人に対するサービスだという扱いを感じることもありました。このような社会を変えることが、自分の使命だと思ったんです」。

その後、2000年に公的介護保険制度が導入されたことにより、介護サービス市場に多くの民間事業者が参入した。その結果、一部の介護事業者による介護報酬を目当てにした過度な介護サービスの提供など、利益を重視したサービスが優先されることで様々な問題を引き起こしているという。
「わかたけの杜の取組みは、今後ますます問題が深刻化するであろう高齢化社会に対し、一つの住まい方を提案するという意味が込められています。常に社会問題に対する解決策を生み出していきたいのです」。
元々、大手家電メーカーのエンジニアだったという竹田さん。その言葉の一つ一つから、いつの時代にも、常にイノベーションを生みだしていきたいという強い想いを感じた言葉だった。

若い人にも将来ここに住みたい!と思われる住まいを目指して

竹田理事長の想いは、各住戸のつくりにも表れている。
「これまでの"高齢者施設"というイメージを払拭するような、若い人にも将来ここに住んでみたい!と思わせるものを作りたいと思っています」。

2015年3月現在、全国にある65,647 戸のサ高住うち、居住面積が「18m2以上 20m2未満」が53.8%を占めており、25m2未満」の住戸は全体の70.4%を占めるという。これに対し、わかたけの杜は、20m2が20戸、40m2が4戸、50m2が42戸と一人あたりの居住面積が広いのが特徴である。
中でも50m2の部屋は、親子での共住も想定されており、移動が簡単にできる可変家具を設置することで、住まいの状況に合わせた間取りの変更が可能になっている。
また、共有スペースは、「みんなの居間」として、隣接する既存施設や近隣住民なども参加が可能な様々なイベントが開かれるコミュニティーの中心としての役割を担っている。そうした地域に開けたまちの中心的な場所であることを象徴するかのように、アメリカのCCRCに見られる、敷地を取り囲んでいるフェンスはこの「わかたけの杜」にはなく、解放的な佇まいだ。

なお、日本版CCRC構想有識者会議が発表している東京都のサ高住の平均賃料は、居住面積40m2、夫婦2人の場合で251,460円と試算されている。これに対し、わかたけの杜では、同じ40m2の居室が168,500円(※共に食費、水道光熱費、電話回線契約を含まない)と試算よりも低めに設定されている。

(左)一人用ワンルーム住居(約20m2) キッチンを窓側に設置することで、<BR />玄関周りのスペースに余裕を持たせ、車いすの出入れをしやすい工夫がされている<BR />
(右上)40m2住居 可動家具により、寝室の2ベッドルーム化といった間取りの変更も可能<BR />
(右下)センターハウスにある食堂は、隣接する既存施設や地域住民を巻き込んだイベント開催など、<BR />施設コミュニティーの中心となる場所だ(左)一人用ワンルーム住居(約20m2) キッチンを窓側に設置することで、
玄関周りのスペースに余裕を持たせ、車いすの出入れをしやすい工夫がされている
(右上)40m2住居 可動家具により、寝室の2ベッドルーム化といった間取りの変更も可能
(右下)センターハウスにある食堂は、隣接する既存施設や地域住民を巻き込んだイベント開催など、
施設コミュニティーの中心となる場所だ

まだ歴史が浅いCCRCには、多くの課題も

「首都圏の高齢者施設不足の解消」、「地方経済の活性化」などが期待されている日本版CCRC構想も、様々な課題を抱えている。
内閣官房が行った「東京在住者の今後の移住に関する意向調査」によると、「移住を検討したいと思わない」という人が、60代の男女の6割以上を占めている。これまで住み慣れた利便性の高い都会を離れ、地方での生活に不安を抱く高齢者は多いのだ。事実、CCRCに対しては、"姥捨て山"とも捉えかねないという声もあり、アメリカのCCRCの仕組みをそのまま日本に導入しても、日本の高齢者問題が解決できるわけではないと指摘する声は多いという。

さらに、これまでの介護施設運営の経験上、竹田さんがもっとも懸念しているのが、将来的に高齢者一人あたりの介護量が急激に増加する点だという。
「まだCCRCの歴史が浅い日本においては、ほとんどの入居者が同世代です。今はまだ自立状態にあるものの、利用者が同じタイミングで要介護になる可能性は否定できません。さらに要介護状態の人が10年間経過した場合の一人あたりの介護量は相当に大きくなります。これからの日本は、誰も経験したことのない高齢化社会を迎え、社会福祉の制度を含めて、この先どうなるのかわからないのが正直なところです。しかし、運営をする中で試行錯誤を繰り返し、この地域にお住まいの方々が、最期まで"自宅"で生活できる環境にしたいと考えています」。

地方移住しても良いと思えるほどの魅力を伝える必要のある政府と、介護や医療の負担を受け入れ先となる自治体。日本版CCRC構想を推し進める上で、それぞれが乗り越えなければならない課題は大きいといえる。
今後、法整備や既存の医療、介護制度との整合性など、どのような議論が進められるのか、注目していきたい。

2016年 07月17日 11時00分