日本の三大秘境 徳島県祖谷にある「ちいおり」

徳島県の西に位置する三好市の祖谷は、日本の三大秘境のひとつに数えられている。戦に敗れた平家の落人が、人里離れた山奥の祖谷に住居を構えたとされている"平家伝説"が残る土地でもある。
くねくねと険しい山道を超えた先、標高約600メートルをゆうに超えたところに、かやぶき屋根の宿泊施設「篪庵(ちいおり)」がある。 最寄駅の大歩危駅から「ちいおり」まで、車で50分。祖谷の気温は、山間部だけあって徳島県の天気予報とは別で、取材をした日で比較すればマイナス10度くらいだった。周囲には商店もなく、山と山の間にぽつぽつと住宅が見えるだけの祖谷に、日本のみならず、海外からも宿泊客が訪れている。「ちいおり」の宿泊客のうち、6割は欧米などから訪れた外国人が占める。
今でこそ、古民家をリノベーションしたカフェや宿泊施設が注目されているが、「ちいおり」は、その古民家再生の先駆的な事例と言われているのだ。

「ちいおり」のある、東祖谷の周辺。深い峡谷の間にある平地に家が建てられている「ちいおり」のある、東祖谷の周辺。深い峡谷の間にある平地に家が建てられている

奥祖谷に佇む築300年超のかやぶき古民家

今から40年ほど前、「ちいおり」は荒れ果てた空き家だった。
17年程の間誰も住まず、築300年超のひどく傷んだ古民家を見つけたのが、東洋文化研究者のアレックス・カー氏だった。当時まだ大学生だったアレックス氏は、日本中を旅するなか、友人の紹介で日本のチベットとも呼ばれる祖谷を訪れた。子どものころから「お城に住みたい」と夢を抱いていたアレックス氏は、原風景の残る祖谷の自然に魅了され、空き家を探して古民家を購入したのが「ちいおり」のはじまりだ。アレックス・カー氏がフルートを演奏することから、竹の笛を意味する「篪」(ち)と、かやぶき屋根の古民家を意味する「庵」(いおり)を繋げて、篪庵(ちいおり)という名前になった。

現在の状態に至るまで、「ちいおり」は3度の改修をしている。特にかやぶき屋根の傷みが激しく、アレックス氏が購入してすぐの1975年に屋根を修復したが、古かやを利用したためか、劣化が早く、1986年には再度屋根の総葺き替えをしている。
2回目の改修が終わり、一安心かと思いきや、また危機が訪れる。アレックス氏が拠点を移し、定期的に訪れることができなくなったのだ。常に人が居住しなくなり、管理が行き届かなくなったことと築年数もあり、再び急速に老朽化が進みはじめる。
家は人が住まなくなると傷むのが早いと言われているが、それは古民家も同様。かやぶきの古民家は、人が住むことで効率よく維持ができる仕組みになっている。かまどや囲炉裏に火を灯し、その煙が防虫効果を発揮したり、木の耐久性を向上させるのだ。

外から眺めると大きく立派な古民家だが、なかに入ってみると、またさらに広く感じる。天井が高く吹き抜けになっており、開放感がある。黒い立派な柱に天井の木組み、黒光りした床。日光が窓際に差し込む様子は、明るすぎず、心を穏やかにさせる外から眺めると大きく立派な古民家だが、なかに入ってみると、またさらに広く感じる。天井が高く吹き抜けになっており、開放感がある。黒い立派な柱に天井の木組み、黒光りした床。日光が窓際に差し込む様子は、明るすぎず、心を穏やかにさせる

伝統的な住まいをそのままに。宿泊施設としての利便性を備えたリノベーション

2011年、3度目となる大規模なリノベーションが実施された。柱の傾きの矯正や土台の補強と耐震補強。さらにかやぶきの葺き替えだけではなく、キッチンの追加やお風呂など水回りの増築も行った。この3度目の改修は、現状の機能を維持するだけでなく、宿泊施設として快適に過ごせることも目的としており、床暖房の追加や、外国人宿泊客を意識し、ヒノキ風呂だけでなくシャワー室もつくられた。
さらに2016年4月、宿泊施設事業の拡大を目的に、株式会社ちいおりアライアンスが設立された。2011年のリノベーションについて、「ちいおり」の管理・運営を担当するちいおりアライアンスの幸田さんは、
「築300年超の歴史を重ねた、柱や床の"黒"が、ちいおりのコンセプトカラーです。その色に調和し、かつ、利便性も向上しています。床暖房も入れ、キッチンは最新の設備が入っていますが、溶け込むように黒を選び、冷蔵庫は木の仕切りを横に配置して、目立ちすぎないようにしています。風呂場にある洗濯機は、木の扉の裏に配置して雰囲気を壊さないように工夫をしています。」

費用は全部で5,000万円以上かかったそうだが、その半分がかやぶき屋根の改修費用であったそうだ。費用もさることながら、維持には職人不足という問題がある。
「昔は地元の人どうしでかやぶき屋根を直していたそうですが、高齢化や過疎によりかやぶきの職人がいなくなり、祖谷の古民家もトタン屋根で覆われるものが増えてきました。ちいおりの3度目の改修の際は、金沢から職人を呼んでいます。祖谷にかやぶき職人がいれば維持もしやすくなるので、地元の人たちにかやぶきの方法を教えてもらいながら進めました。」

(左上)ふすまの文字は、書を嗜むアレックス氏が書いたもの。「篪庵」と書かれている。<br>(左下)4畳ほどの小さな部屋がふたつ。(右)タンスをオーダーメイドでテーブルに(左上)ふすまの文字は、書を嗜むアレックス氏が書いたもの。「篪庵」と書かれている。
(左下)4畳ほどの小さな部屋がふたつ。(右)タンスをオーダーメイドでテーブルに

祖谷の自然・かやぶき古民家を観光資源とし、守るために

ちいおりアライアンスは、「ちいおり」以外にも「桃源郷祖谷の山里」という古民家の宿泊事業を三好市からの委託を受け運営している。桃源郷は、2005年に国選定重要伝統的建造物群保存地区に指定された祖谷落合集落の8つの空き家をリノベーションして宿泊施設として提供している。祖谷の体験プログラムを提供し、宿泊客と地域の人との交流の場をつくり、雇用の促進を担っているのだ。

「ちいおり」のかやぶき屋根の改修を、金沢の職人に教えてもらいながら進めた成果が実り、桃源郷の一棟の古民家は、祖谷の職人だけでかやぶき屋根を改修することができたそうだ。今後改修が必要になったら、地元の職人にお願いすることができるので、一安心なのだが、今後どれくらいかやぶき屋根は維持できるのだろうか。
「20年から30年は持つと言われていますが、昔のように毎日囲炉裏に火をくべているわけではないので、どれくらい維持できるか分かりません。かやが湿ると傷みやすくなるので、裏の木の葉がかやぶき屋根にかからないようにまめに手入れをしたり、腐っていないか定期的に確認をしたりしています。」

古民家を観光資源として捉え、秘境とも言われる自然を活かした積極的な観光誘致が功を奏し、徳島県祖谷地区への外国人観光客は2012年は2,232人、2013年3,872人、2014年で6,186人と、年々増加している。(出典:大歩危祖谷いってみる会)
平成27年版観光白書によれば、外国人の訪日動機上位3位は、「日本食を食べること」76.2%、「ショッピング」55.6%、「自然・景勝地観光」が46.8%であった。日本ならではの景観や自然を求める観光客が上位に入っていることを考えれば、土地それぞれの特徴ある景観は強みになる。また、「日本の歴史・伝統文化体験」を求める人が22.8%おり、祖谷のように今ある古民家を最大限活かすことは、一定のニーズに答えることになるだろう。

「ちいおり」や桃源郷の古民家という資源と自然、そして観光誘致の相乗効果により賑わい、祖谷の古民家が今後も維持されていくことに期待したい。


ちいおり
http://www.chiiori.org/stay/stay.html

ちいおりアライアンスの幸田さん。ちいおりアライアンスは、ちいおりや桃源郷祖谷の山里だけでなく、宇多津の「古街の家」の運営も請け負っている。これまでのノウハウを活かし古民家を利用したビジネスの相談やコンサルティングも受け付けているちいおりアライアンスの幸田さん。ちいおりアライアンスは、ちいおりや桃源郷祖谷の山里だけでなく、宇多津の「古街の家」の運営も請け負っている。これまでのノウハウを活かし古民家を利用したビジネスの相談やコンサルティングも受け付けている

2017年 01月30日 11時04分