入り組んだ路地が魅力のひがっしょ路地

昔の駒ケ林の様子。狭い路地を挟んで住宅が連なり、住民の交流の場として路地の役割は現在も続いている昔の駒ケ林の様子。狭い路地を挟んで住宅が連なり、住民の交流の場として路地の役割は現在も続いている

「ひがっしょ路地」は、兵庫県神戸市長田区の駒ヶ林町1丁目南部地区に位置する。古くから漁村として栄えてきた地域で、特に明治の開港以降は、神戸西半分の魚市場を担うほどの一大臨海都市として栄えた。外部からの人も流入したため、集落北側の田園地帯にも市街ができ、戦後はさらに人口が増える。限られた土地に多くの家が建て増しされたため、家々の敷地は決して広くはなく、入り組んだ路地が特徴的な駒ヶ林の町並みは、このようにして形成された。
漁村である駒ヶ林では、この路地で漁の作業をしたりと公私入り混じった交流の場として住民に利用されていた。路地が単なる道でなく、コミュニティを形成する重要な役割を担っていたのだ。

このような木造住宅が密集する町並みは、火災が起きると燃え広がりやすいものだが、駒ヶ林は戦災からも、阪神大震災による火災からも免れた。しかし、木密地域の防災の課題は残り、建物の建て替えを含めたまちの再生は不可欠だ。そこで住民・行政・建築のプロが一丸となり取り組むため、駒ヶ林まちづくり協議会が設立された。昔ながらの魅力ある路地を活かしながらも、より安全なまちを再生しようと取り組み、2013年度には、関西まちづくり賞・人間サイズのまちづくり賞・日本都市計画学会 学会賞(計画設計賞)をトリプル受賞した。

地域の歴史や特徴を活かし、多方面から評価されたまちづくりとはどのような内容なのだろうか?駒ヶ林まちづくり協議会を支援する立場で、このユニークなまちづくりに携わった、有限会社スタヂオ・カタリスト 代表取締役の松原永季氏と、神戸市住宅都市局 まち再生推進課 担当課長の谷中俊宣氏にお話を伺ってきた。

まちの魅力でもあり課題でもある路地。「路地を活かしたまちづくり」の方法は

まちづくりの取り組みは、どのように行われてきたのだろうか。谷中氏に尋ねると、
「あくまでもまちづくりの主体は住民です。しかし、道路幅員を始めとする制限緩和に関する許認可などは行政の対応が必要ですし、実際に町を整備するには、まちづくりのプロの力も必要でしょう。そこで平成三年、三者が協力し合えるように、駒ヶ林まちづくり協議会が設立されたわけです」とのこと。

細い路地が入り組んだ駒ヶ林にとって最も重要なのが、道路の整備だ。
建物の建設には、幅員4m以上の建築基準法上の道路にその敷地が接していなければならないと定められている。現況が4mに満たない道路では、一般的には建替え時に道路の中心線から2m後退して建築しなければならない。しかしこの地域では元々の道路幅員がとても狭いため、2m後退するとそもそも路地の雰囲気を失ってしまう上に、各世帯の敷地が狭くなるのだ。そのため建て替えが進まず木造住宅の老朽化が進み、外からの人の流入減少や住民の高齢化といった課題につながっていた。

そうした背景から地区内の道路を、緊急車両などの進入のため幅員4mが必要な「主要道路」、建築基準法上の道路であるか否かと、幅員の規定により区分した「路地A~路地C」の計4種類に位置付けた。
条例に基づきそれぞれの路地について建物の耐火性能などを義務づけつつも、路地については基本的に、中心線から左右1.35mの水平距離を確保すれば建て替え可能としたのだ。道路の中心線がガタガタになってしまわないように所有者が集まって中心線を決定し、建築物の壁をどこまで後退させなければならないか、印をつけて明確にした。

こうした整備にあたり苦労した点を、スタヂオ・カタリストの松原氏はこう語る。
「土地建物の権利関係が非常に複雑だと感じました。住んでいる人、土地・建物の所有者それぞれが異なる土地も多く、さらに大正時代に人口が増えた地区では、大規模地主が借家を建てて貸したり、後には売ったりしており、土地の権利者が誰か容易にわからないこともあり、行政と密接に連携しての調整が必要でした」

また、水道管が他人の敷地内を通っている場合もあったが、行政が路地の舗装と埋設管や側溝を再整備したことにより、権利調整による工事の複雑さが解消され、沿道の建築業者も作業がしやすくなった。
路地の整備により、実際、非公式な数字ではあるが、整備した路地沿いの建て替え戸数は、それ以外の路地の倍程度まで進んでいるという。強制ではなく物事に寛容的に対応することで目的を果たす「太陽と北風」効果で、建て替えを推進しているわけだ。

「主要道路」を中心として、区域内の路地を中心線の制限や建築制限によって路地A、路地B、路地Cの3つに区分した「主要道路」を中心として、区域内の路地を中心線の制限や建築制限によって路地A、路地B、路地Cの3つに区分した

景観と安全性の確保、コミュニティ拠点。メリットの多い「まちなか防災空地」

「まちなか防災空地」の一つ。緑色部分は黒板になっており、チョークで絵や文字が描ける「まちなか防災空地」の一つ。緑色部分は黒板になっており、チョークで絵や文字が描ける

路地の整備のほか、もう一つのポイントは空き地の整備だ。
平成7年の阪神大震災で延焼の被害は免れたが、倒壊した建物はあった。それらを撤去した後、空き地のままにしておくと、雑草がはえて虫がわき、ゴミも捨てられる。ブルーシートをしくと景観が悪いし、枯草に放火されるおそれもあるといった問題が残っていた。
そこで、そうした空き地を「まちなか防災空地」とすることにした。空き地を神戸市が無償で借り上げ、住民が市の補助を受け整備して広場を作り、管理する仕組みだ。空間ができることによる延焼防止のほか、日常は住民の交流の場や防災訓練を行い、災害の際は一時避難場所として利用するなど、コミュニティの強化や防災拠点の場になるというわけだ。

また、このまち独特の取り決めとしては、「じゃぐち協定」が挙げられるだろう。非常時には消火のために、庭先の水栓を借りても良いという協定だが、戸外に水栓を持つ住民の同意を集めるのに1~2日しかかからなかったという。これはコミュニティが密接なこの地域ならではのことで、消防からの評価も高いそうだ。

ハードの整備だけでなく、ソフトも活性化させるまちづくり

物干し竿ギャラリーのひとつ。路地の物干しざおに絵画が飾られている物干し竿ギャラリーのひとつ。路地の物干しざおに絵画が飾られている

現在のところまちづくりは、1丁目南部地区の「ひがっしょ路地」や2丁目などが中心で、駒ヶ林地区全体で進んでいるというわけではない。これはまずコミュニティが強固で取り掛かりやすい地区から取り組み、それを見本にすれば、他の地区も行動に移しやすいという考えからで、今後は駒ヶ林全体に広がっていく予定だ。しかし、建て替えだけがまちづくりではない。空間やコミュニティで、トータルな安全性を向上することが重要なのだという。

谷中氏は、「コミュニティを維持しながら防災を高めるためには、整備とルールのあり方に多様性を持たせる必要があり、現場に則した工夫が必要です。行政としては、将来的に、防災空地を公園等の公共施設の種地として使うことも考えています」と話す。
また松原氏は、近代的な都市計画がおいてきたものを、回復させる試みが必要だと力説する。
「このまま近代的なまちづくりだけが推進されれば、近い将来、路地は消滅してしまいます。でも、路地にはヒューマンな素地があり、魅力があります。また、この町にも過疎化の波がきており、コミュニティを維持するには、新しい人たちの参画が不可欠。路地の魅力をPRし、人を呼び寄せる必要があります」

そのための方策の一つとして、アーティストの社会参加を支援する「NPO法人 芸法」との協力がある。
駒ヶ林には空き家となっている洋館があり、どうしようかと相談を受けていたときに、活動拠点を探していた芸法のニーズとマッチした。洋館は現在アーティストたちの交流拠点となっており、それから派生して駒ヶ林のまちなかでは、「物干し竿ギャラリー」も開催中。昔から駒ヶ林の路地には、民家の前にさまざまな形で物干し台が設置されており、独特の景観を生み出している。それをギャラリーとして利用しようというわけだ。もちろん有事には避難の妨げとなるので、片づけられるが、ただ整っただけの街にはない魅力ではないだろうか。
また、障がいのある子たちが自由に活動できるアトリエにするといった空き家の活用も行われており、壁や床に自由に落書きできる、創造性あふれるスペースとなっている。

まちづくりの今後

まちなか防災空地の看板前に立つ、谷中俊宣氏(左)と松原永季氏(右)まちなか防災空地の看板前に立つ、谷中俊宣氏(左)と松原永季氏(右)

まちづくり協議会は、定例会を月に一度、ワークショップを2ヶ月に一度、さらに個々の議案がでれば役員会を開くといった具合に、さまざまなレベルで継続的に顔を合わせる機会を作り、今後についても話し合っている。さらに、対象地区内にスタヂオ・カタリストの事務所があるので、気軽に相談を持ち込めるのも利点だろう。
事務所に併設する喫茶スペース「初駒」も、住民たちのコミュニケーションの場として一役買っている。もともと駒ヶ林の家は狭く、家の機能の一部「くつろぐ」「客を迎える」は、喫茶店などにおく風潮があったこともあり、10時~16時の営業時間は近所の人達でにぎわうという。

さらに、新しい人たちを呼び込むためのアイデアも。
松原氏は、「駒ヶ林の中に、社会的弱者を受け入れる場所をたくさん作っていこうと考えています。DVを受けている女性のシェルター、子育てやデイサービスなど、家賃が安く、比較的自由の許される場所が求められていますから、空き家を整備すれば借り手は少なくないはずです。今はルートが確立されていませんが、借り手とこの街を結ぶ道筋を作るのも、私たちの役割だと思っています」と力を籠める。
人を呼び寄せ、コミュニティを新しくしながら、ゆっくりとよりよい方向に変えていく。そのための場所として、空き家を活用できないかと考えているのだ。

住みやすさを向上するには、ただ近代化すればよいわけではない。システムを整備できないところは、人の力でできることもあるはず。そんな思いで推進されてきた駒ヶ林のまちづくりは、同じような問題を抱える他地域の参考になるだろう。複数のまちづくり賞の受賞では、こうした「他の地域でも応用の可能性がある」点が評価されたポイントの一つだという。
実際、すでに学会などの視察もあり、参考にする自治体もでてきているとか。日本がどんどん近代化する中、昔ながらの景観をどのように残していくかに注力すべき時期が来ているのかもしれない。


取材協力
スタヂオ・カタリスト:http://www.studiocatalyst.com/modules/pico/

2015年 03月08日 11時43分