2014年、武蔵野の地に『チェルシーハウス国分寺』が誕生

チェルシーハウス国分寺は定員54名。現在、20校以上の大学や専門学校に通う学生が入居中チェルシーハウス国分寺は定員54名。現在、20校以上の大学や専門学校に通う学生が入居中

学生寮といえば、昔は大部屋中心で、寝食をともにしながら生涯の友情を育む場というイメージが強かった。だが、近年は寮の個室化・マンション化が進み、学生同士の交流の場としての性格は薄れつつある。そんな中、寮ならでの教育的付加価値を見直そうと、「教育寮」なるコンセプトをうたった学生寮が増えている。2014年3月、東京・小平市に誕生した『チェルシーハウス国分寺(以下、チェルシーハウス)』も、その1つだ。

「大学時代は、利害関係がない友人を作る最後のチャンス。専門が異なる学生同士が寮で共同生活を送ることで、いろいろな学び合いが可能になります。人と人との交流を通じて、他人との違いを楽しみながら自己理解を深め、大学では得られない学びを得る――チェルシーハウスは、そんな寮を目指して出発しました」
同寮を運営するNPO法人ニューベリー理事・小崎文恵氏はこう語る。

チェルシーハウスの特徴は、寮生の成長をうながすさまざまな仕掛けにある。なかでも、最大の目玉とも言えるのが「メンター制度」だ。これは、各分野で活躍する社会人が、ボランティアで寮生をサポートするシステム。また、各種イベントも充実しており、社会人や外国人留学生と交流する機会には事欠かない。あの手この手で寮生に学びと成長の機会を与えよう、というのが、この寮のコンセプトとなっている。

2014年1月、筆者はチェルシーハウスの開業前に行われた入寮説明会を取材。その第一報を伝えた(※HOME'S PRESS 「目指すは日本版“チェルシーホテル”。低価格で『学生の成長を最大化』する学生寮が誕生」)。開業から2年3ヵ月を経て、同寮での試みはどのような成果をもたらしたのか。

社会人や地域との交流により、学生の成長を加速

現在、チェルシーハウスでは、学生の自立と成長を支援するためのさまざまな取り組みを行っている。
その1つが、寮の自治を支える「班会議制度」だ。これは、さまざまな学年の寮生が6~7名1組で毎月定例会議を開き、寮内のルール作りや問題解決を行うというもの。寮生の自立心を養い、チームワークやリーダーシップを磨く格好の機会となっている。

また、寮生の学びを深めるため、各界で活躍する社会人や研究者を寮に招いてのトークイベントも定期的に開催。昨年は、反貧困ネットワークを主宰する法政大学教授・湯浅誠氏を講師に招き、第1回「チェルシーアカデミー」が行われた。これは、法政大学に通う寮生が、湯浅教授との間をとりもつ形で実現したものだ。

こうした学びの場は、都内だけにとどまらない。
昨年9月、チェルシーハウスは島根県と連携して、江津市で2泊3日の「地域課題解決型スタディツアー」を行った。ツアーに参加した寮生は、現地の瓦産業や茶農家を訪ねてヒアリングを実施。地域の課題と解決策について自分なりの考えをまとめ、プレゼン発表やレポート提出を行った。
近年、地域と連携した社会参加型の教育プログラムに力を入れる大学は増えているが、学生寮が独自にこうしたプログラムを展開している例は珍しい。
チェルシーハウスの取り組みは、後述するように、寮生の進路選択にも大きな影響を及ぼしているようだ。

島根県で行われた地域課題解決型スタディツアー島根県で行われた地域課題解決型スタディツアー

課題は、寮生と専属メンターとのマッチング

寮では月1回、グループごとにメンターとの交流会が行われる寮では月1回、グループごとにメンターとの交流会が行われる

チェルシーハウスも、開業以来、すべてが順調だったわけではない。特に、メンター制度の運用にあたっては、試行錯誤を余儀なくされた。
メンターは30~40代が中心。起業家やフリーランス、有名企業の社員やNPO法人職員など、多彩な顔ぶれが揃う。寮生6、7名とメンター2名で1グループを作り、月1回の交流会が行われる。

「メンターを通じて人脈を広げた寮生もいれば、メンターが経営するベンチャー企業でインターンを経験した寮生もいます。在学中に社会人とのつながりを持ち、将来について考える機会が持てるという意味でも、メンターの存在は大きいですね」(小崎氏)

とはいえ、メンターのキャリアや適性は多様であり、寮生がメンターに求めるものもさまざまだ。メンターと寮生との組み合わせを最適化するためには、それなりの配慮が求められる。そこで、チェルシーハウスでは、メンターと寮生とのマッチングを図るべく、今年度から新しい仕組みを導入した。

「昨年度までは、同じメンターが4年間一貫して1グループを担当していたのですが、今年度からは、大学低学年と高学年とで担当メンターを変えました。新学期は1年生が“新生活への適応”、4年生が“就活”についての悩みを抱える時期。学年によって相談内容の傾向がちがうため、各メンターが強みを活かしやすい学年を担当してもらうことにしたのです」(小崎氏)

この制度に磨きをかけるため、チェルシーハウスでは外部講師によるメンター向けコーチング研修を導入。メンターのマネジメントとサポート体制の強化を図っているという。

海外志向が強く、大企業よりベンチャーやNPOを選ぶ寮生たち

NPO法人ニューベリー理事・教育寮事業部ディレクターの小崎文恵氏NPO法人ニューベリー理事・教育寮事業部ディレクターの小崎文恵氏

では、チェルシーハウスでの暮らしは、寮生にどのような変化をもたらしたのか。
小崎氏によれば、全般的な傾向として、寮生の「海外志向の強さ」と「留学経験者の多さ」が目立つという。
だが、それは単なる海外への憧れやグローバル志向とは一線を画しているようだ。

「ここの寮生には、発展途上国への思いが強い子が多い。たとえば、途上国の子どもたちのために教科書を作って普及させる仕事をしたいという子もいれば、農業を学んで途上国のプランテーションの充実に貢献したいという子もいます。一口に海外志向といっても、明確な目的を持っている寮生が多いという印象です」(小崎氏)

こうした寮生の志向が如実に表れているのが、卒業後の進路の選択だ。
チェルシーハウスの寮生の多くは、いわゆる”名門大学”に在籍。新卒採用が学歴重視を強める中、就活でも有利な状況にある。にもかかわらず、寮生の大半が安定志向とはほど遠く、大企業や役所よりも、人材や教育、社会貢献に関わる企業やNPO法人を就職先に選ぶ傾向があるという。

「チェルシーハウスでは、多様な働き方をしている社会人に会う機会が多いので、その影響は少なくないと思います。大学生がいざ就活しようとしても、企業に就職する以外の選択肢はなかなか思い浮かびませんよね。でもここにいると、仕事の選択肢はほかにもたくさんあって、自分がやりたいことを実現する方法があることもわかってくる。それに、メンターとの交流会で、『自分は何をやりたいのか』について話す機会も多い。その積み重ねの中で、寮生は進路について、自分なりの考えをまとめていくのかもしれません」(小崎氏)

全人教育の場としての「教育寮」の可能性を追及

試行錯誤の2年間を経て、チェルシーハウスはようやく安定軌道に乗った。
そこで培ったノウハウを活かし、ニューベリーは昨年9月、新たに「教育寮事業部」を発足。島根県の「隠岐島前高校魅力化プロジェクト」とも連携し、今年6月「教育寮オープンラボ」を立ち上げた。ここを情報発信とネットワーク作りの拠点とし、全人教育の場としての教育寮の普及に向けて大きな一歩を踏み出したのである。

その一環として、長野県白馬村の教育寮の運営マネジメントを担当。また、学生寮のリニューアルや新設を検討している大学から、チェルシーハウスの取り組みを参考にしたいという話も舞い込んでいるという。

「これからは、教育寮オープンラボを拠点として、教育寮についての情報発信力を高めていきたい。ユニークな教育寮の事例やチェルシーハウスの取り組みを紹介しながら、寮関係者が互いに学び合う場を作り、全体的な寮のレベルアップを図っていけたらと考えています」(小崎氏)

地域社会が、人間教育の場としての活力を失って久しい。そんな中、教育寮という新たな分野の先鞭をつけたという点で、チェルシーハウスの取り組みは画期的といえる。
教育寮は、日本の教育の未来に何をもたらすのか。今後の展開に注目していきたい。

寮という「場の教育力」に着目した教育寮は、日本の教育をどう変えるか寮という「場の教育力」に着目した教育寮は、日本の教育をどう変えるか

2016年 08月09日 11時06分