長らく空洞化していた中心市街地に変化が見られ始めた
中心市街地の空洞化や空き家問題は、全国の地方都市に概ね共通する問題だ。群馬県の県庁所在地である前橋市の中心市街地もまた例外ではなく、衰退が叫ばれ始めてから既に四半世紀が経とうとしている。「シャッター街」と揶揄されることも少なくない。
その間、決して行政も民間も策を打たなかったわけではないが、空洞化の流れを食い止めることができなかった。しかし、数年前から行政が側面支援し、民間主導によるプロジェクトが同時多発的に起こり、活性化が始まっている。
主要商店街の1階空き店舗数が2012年度の27件から、2017年度には17件と大幅に改善していることからも、その進捗が窺える。また、隔年の通行量調査はバブル崩壊後減少を続けていたが、昨年は休日の通行量が前回比20%アップに転じた。
街中には、シェアハウスやコワーキングスペースなど、中心市街地に若者を呼び戻そうという動きも起こり始めた。その一つ、3年前に弁天シェアハウスを始めた松島郁夫さんに話を伺った。
空きビル活用のモデルケースに、自分がなってみようと考えた
松島さんはACTUSなどの家具店を群馬、栃木、埼玉で5店ほど展開する有限会社スタイルの代表取締役を務める。スタイルは北関東3県におけるACTUSのフランチャイズで、本社は伊勢崎市にある。
松島さんは会社経営の傍ら、多文化共生推進士を養成する群馬大学の社会人向けプログラムに参加したり、前橋工科大との共同研究を行ったりという活動を通して、中心市街地の活性化に関心を持つようになった。
前橋工科大とのコラボでは、中心市街地空きビルの活用法について調査研究した。中心市街地の再生において重要な方策の一つは中心市街地の既存ストックを活用しつつ居住者を増やすことだ。そこで、学生向けシェアハウスのモデルケースを検討した。シェアハウスは空きビルの有効活用はもちろん、居住者の経済的負担を軽くすることができ、街中に若者を呼び戻すことにもつながる。
松島さんは「空きビルの活用を調査研究していく中で、空き家の再生を促すという意味でも、まずは自分でモデルケースとなってみようという結論に至りました。街中で暮らし、街の人と交流できる空間を創ろうと考えたのです。当初は留学生をターゲットに想定していました」と語る。
松島さんの本業であるインテリアショップは地域密着型のビジネスでもあり、地域に対して新たなライフスタイルを提案し、「憧れ」を喚起することが求められる。「古いものの再利用などを通して、インテリアのある暮らしを提案できたらいいとも考えました」と言う。
補助金を活用し、インテリアショップならではの手づくり空間を創出

<画像下>シェアリビングは、もともとあった和室を生かした。中央の大きなまるテーブルは、アクタスの商品
松島さんと前橋工科大のプロジェクトチームが選び出した物件は、築40年を超える元洋服屋の4階建てビルで、長い間、空き家となっていた。市街地の中でもひときわレトロ感満載な、アーケードの弁天通り商店街の一角にある。通り名から、「弁天シェアハウス」と名付けた。
リノベーションは松島さんが代表取締役を務めるスタイルが手がけた。「中心市街地居住促進事業補助金」や「にぎわい補助金」といった市の補助金を利用し、合計1,500万円の費用のうち、450万円ほどを賄った。
シェアハウスとして使われているのは、3階と4階だ。プライベートルーム4室のある3階は、元々の壁を取り払って空間を再構築し、7.34〜10.46m2の個室4部屋をつくった。
4階は元々設置されていた和室に手を加えた小上がりリビングと、新たにキッチン・ダイニングを設けた共有のLDKスペースだ。4人でも広すぎるぐらいに余裕のある空間である。スタイルで手作りしたダイニングテーブルとチェア、ソファ、大画面TVなども用意されている。シャワーと洗濯機は3階、4階にそれぞれ設けた。
2階はシェアスペースとして、これまでセミナーやワークショップ、打ち合わせなど、交流空間として利用されている。1階はスタイルが自社でリペアやクリーニングを施したリユース品をメインにしたインテリアショップをオープン。「アンテナショップとしてスタートしましたが、現在は人員体制の見直しも含め一旦休業し、新たな交流空間を準備中です」と松島さん。
弁天シェアハウスのリノベーションに当たっては、随所に廃校で使用されていた家具を再利用したり、自社でできる部分はDIYしたり、古いものの再利用の楽しさをアピールしながら、改修費用を抑えた。
卒業後も前橋で暮らし続けたいと思ってもらうことができるか
家賃は25,000〜29,000円。他に共益費が10,000円。水道光熱費(水道・電気・ガス)はこの中に含まれ、Wi-Fiも完備され、インターネットは無料だ。ベッド、デスクなどが備わっている。
前橋市では中心市街地のシェアハウスに住み、市近郊の大学や短大などに在籍する学生には月額8,000円の家賃補助が最長2年間受けられる制度がある。補助を受けるには、商店街の清掃活動や行事への参加などの「まちづくり活動」に月に1回取り組むという条件がある。
募集対象は女性のみとした。募集を開始してみると、当初想定していた留学生は、より安価な賃貸物件や留学生対象の大学寮などにニーズがあることが分かり、比較的近郊にある前橋工科大の女子学生が居住者の多くを占めた。現在、1室は企業が借り上げ形式となっているため、社会人も1人入居している。
2階のシェアスペースは、これまでさまざまな団体や個人がイベントや会議などで活用してきた。文字とおり、ここが街の人々とのシェアスペースの役割を果たしているようだ。
運営はスタイルの子会社で広告制作などを手掛けるスタイルズが担当している。現在は1階を同社事務所とし、管理を行う。日常のゴミ出しのケアなどは商店街の人にも手伝ってもらっているそうだ。
一度入居すると、大学を卒業するまで住み続ける人がほとんど。スタイルズの担当者も一緒になり、4階の共有スペースでバーベキューをやったり、屋上で前橋名物の花火大会を見たり、それぞれが街中での生活を楽しんでいる。
「この3年間で、弁天通りでは空き店舗だったところに3店ほど新たに開業するなど、新たな動きも見え始めています。周辺では、弁天ワッセというイベントも既に10年以上続くなど、街の人たちの団結力も高い。住人と街の人たちの交流をもっと深め、卒業後も前橋に住み続けたいと思えるような展開を狙っています」
にぎわいを取り戻しつつある前橋。民間事業者のチャレンジが鍵を握る
かつて、前橋の中心市街地には人が溢れ、大いに賑わいを見せていたと懐かしむ人が多くいる。90年代後半以降は週末でも閑散とした状況が続いていたが、松島さんらをはじめとする有志の「なんとかしたい」という思いが結実し、確実に変わり始めている。松島さんのように、志を持つと同時に、実際に資金を投入し、行動できる人材が必要不可欠となる。
市街地ににぎわいを創出するため、市もアシストし、年間通じて数十のイベントが開かれるようになった。スタイルとしても「インテリアの可能性を追求する企画展」を同市の文化施設である臨江閣で開催したこともある。
現在、市中心部にある廃業した老舗旅館の白井屋が有名建築家・藤本壮介氏の手でリノベーションされ、デザインを重視したホテルに再生されるプロジェクトも進行中。同市出身で眼鏡大手ジェイアイエヌ社長の田中仁氏が運営する田中仁財団が事業主体で、2018年中に開業する予定だ。
前橋工科大と市とのコラボレーションによる広瀬川テラス構想などのプロジェクトも進行中。世界的芸術家である岡本太郎氏による幻の作品「太陽の鐘」が修復され、再生のシンボルとして3月末にオープニングイベントが行われた。
市のサポートをうまく利用しながら、市街地の既存ストックを再生していく試みが好循環を生み始めているのは確かなようだ。道のりは長いが、松島さんらに続く挑戦者の動きに注目していきたい。
2018年 04月20日 11時05分