正月飾りの目的は? 歳神様のご利益は五穀豊穣、疫病退散

年末が近付いてくると、至るところで正月飾りの売り出しが始まる。華やかなその売り場を眺めているだけで、来年はどんな年になるのかと思いを馳せ、何やら良いことが待っているような気がしてくるから不思議なものである。

さて、これらの正月飾りは何のために飾るのだろうか。代表的な飾りには、門松、注連縄(しめなわ)、鏡餅があるが、どの場所にどのような形で飾ればよいのか、飾ることで何かご利益があるものなのか。マンションの場合には、思うように飾れないこともある。そこで今回は、憂いなく新年を迎えるための正月飾りの飾り方をご紹介しよう。

まずは、正月飾りの目的をはっきりさせるところから始めよう。一般的には、正月飾りは新年の神様をお迎えするためのものと理解されている。

これは太古から続く日本の宗教観に由来する。日本の神様には来訪神、つまりわれわれの元に自らやってきてくださる神様が数多く存在する。

例えば、田の神様は春に山から郷(さと)へ降りてきて、五穀豊穣をもたらす。また七夕は、夏に来訪される神様の着る衣を、水辺の小屋にこもって織り上げる日とされる。

他にも、来訪神の逸話は日本各地に数多く存在し、男鹿半島のナマハゲ、能登のアマメハギ、宮古島のパーントゥなどもそうである。最近はあまり見かけなくなったが、正月の風物詩として各家庭を来訪する獅子舞も、同じ宗教観によるものである。

これらの来訪神の中で正月にやってくるのが、歳神様もしくは歳徳神様と呼ばれる神様である。元日の朝に家にやってきて、小正月つまり1月15日まで滞在し、左義長(さぎちょう)という火祭り、地方によりとんど焼き、どんと焼きなどと呼ばれているが、その炎を送り火にしてお帰りになる。

新年の神様は、古くから五穀豊穣や疫病退散などのご利益があるとされてきた。現代では総合的な幸運をもたらす神様という感じだろうか。

つまりは、正月飾りを飾って新年の神様を我が家にきちんとお迎えすることができ、また滞在中に十分なもてなしをしてご満足を頂ければ、その年の幸福をもたらしてくれるというわけである。

門松という風習は中国の唐代に生まれ、平安時代に日本に伝わったとされる。12世紀の古歌に門松の風景が残されている門松という風習は中国の唐代に生まれ、平安時代に日本に伝わったとされる。12世紀の古歌に門松の風景が残されている

歳神様の正体とは? 疫病を流行らすスサノオの子どもたちか妻か

それでは、その幸運をもたらしてくれる新年の神様に気持ちよくわが家にお出で頂き、満足してお帰り頂くためには、どのようにお迎えをして、おもてなしをすればよいのか。それを知るために、新年の神様とは誰なのか、その正体を考察してみよう。

新年の神様は、「歳神様」もしくは「歳徳神様」と呼ばれている。これは呼び名の違いということではなく、それぞれ別の神様を指し示している。実は、新年の神様には2つの系統が存在する。

歳神様は、日本神道における新年の神様の呼び名である。歳神様は三柱いらっしゃり、「大年神(おおとしのかみ)」、「御年神(みとしのかみ)」、「若年神(わかとしのかみ)」である。

これらの神様は親、子、孫の3代神で、大年神は須佐之男命(すさのおのみこと)と神大市比売(かむおおいちひめ)の間に生まれた子ども、御年神はまたその子ども、若年神は御年神の異母弟の子どもという関係にある。

須佐之男命は、一般的にはスサノオと呼ばれ、数多くの説話をはじめ、現代でも小説や漫画に登場することもあるため、神様の中でもトップクラスの知名度だろう。

この大年神系の三柱は、いずれも穀物神である。古代においての最優先事項は食料の調達だったため、新年が始まるごとに穀物神の加護を求めて、豊作の神様の来訪を願ったのだろう。ちなみに大年神の妹は田の神で、その名を宇迦之御魂神(うかのみたまのかみ)という。一般にはお稲荷様として人気の神様である。

歳徳神様は、陰陽道における新年の神様の呼び名であり、牛頭天王(ごずてんのう)の妃の頗梨采女(はりさいじょ)という女神様である。

陰陽師の大家、安倍晴明が残した簠簋内伝(ほきないでん)と呼ばれる書物には、「歳徳頗梨采女也、八将神母也、容顔美麗忍辱慈之躰也」、つまり頗梨采女は歳徳神で、8人の子どもの母であり、美しい女神であると記され、古くから新年の神様として信仰されてきた。

頗梨采女は、祇園祭で有名な八坂神社の祭神の一柱である。夫の牛頭天王とは、仏教由来の陰陽道の神で、祇園精舎の守護神でもあり、日本では疫病をはやらせるたたり神として恐れられてきた。

さて、この牛頭天王だが、実はスサノオと同一神だとされている。つまり歳徳神様である頗梨采女はスサノオの最初の妻、奇稲田姫(くしなだひめ)なのである。

このように新年に来訪される神様は、大年神系の歳神様か、頗梨采女の歳徳神様か、どちらにしても疫病をはやらすたたり神であるスサノオに非常に近い関係にある神様なのである。

正月のしめ飾りは、地方によってさまざまな形に作られている。中でも多いのが、注連縄を輪状に作るもので、邪気祓いや疫病よけの願いも込められている正月のしめ飾りは、地方によってさまざまな形に作られている。中でも多いのが、注連縄を輪状に作るもので、邪気祓いや疫病よけの願いも込められている

門松と注連縄の意味とは? 飾り方は門松は2本一対、輪状の注連縄は病除けの護符

それでは、正月飾りの3点セットである、門松、注連縄、鏡餅の意味と目的について考えてみよう。これは歳神様や歳徳神様がスサノオの関係者であることを考えると、その役割が見えてくる。

まずは門松であるが、一説には神の依代(よりしろ)であると言われているが、福をもたらす神様を家の外に立たせるのかと疑問が残る。門松は一対、つまり2本が基本であることも考え合わせると、これは神域、つまり神様の滞在場所として相応しい清浄な場所を表す印であると考える方が合点がいく。

神様は普段、神奈備(かむなび)と呼ばれる、深山幽谷の神域の中に住んでいる。そこは冬枯れの時期でも常緑樹である榊や松が生い茂る緑の山で、遠目からでも神々しい場所と分かる。そこで家の前にも緑色の松の枝を立て、ここは神域であると神様にアピールするというわけである。

松の枝を2本、対にするのは、狛犬が2体と同じ理由である。神域を作るためには2本が必要となる。取り付ける場所は、敷地の入り口部分や玄関先が望ましいだろう。

次は注連縄である。注連縄は神域の結界を表すとされ、古くから御神木に巻かれたり、相撲の土俵に使われたりなどしてきた。門松が神域の結界を示すなら、注連縄までは不要に思えるが、実はこれがスサノオと大いに関係がある。

注連縄の起源には諸説あるが、輪状にした注連縄はまた特別な存在で、スサノオの疫病除けの印という意味を持つとされる。

備後国風土記に残されている「蘇民将来説話(そみんしょうらいせつわ)」によると、「旅に出たスサノオが宿を請うたところ、富裕な弟の巨旦(こたん)は断ったが、貧しい兄の蘇民(そみん)は歓待した。そこでスサノオはそのお礼に、蘇民に疫病を避ける茅の輪(ちのわ)の護符を与えた。巨旦たちは死んだが、蘇民たちは生き残った」とある。

この「茅の輪の護符」が形を変えて、正月飾りの輪状の注連縄になったという説がある。取り付ける場所は門松と同じく、敷地の入り口部分や玄関先が良いだろう。

これらを総合的に考えると、歳神様や歳徳神様をつつがなくお迎えするためには、まずは常緑樹の松を2本一対にして神域であることを表し、加えて輪状の注連縄を飾ることでスサノオ一族を奉じ、疫病除けの証となるということになろうか。

さてこれらの正月飾りを飾る日だが、神様に滞在して頂く清浄な場所の証を示すのであるから、大掃除をして家の中を清浄にしてからが良さそうである。ただし12月29日は縁起が悪いとされ、大晦日の31日は一夜飾りと呼ばれて嫌われているので28日か30日か。早めに大掃除をして余裕を持って飾る日を決めると良いだろう。

正月飾りを取り外す日は、新年の神様がお帰りになる1月15日となる。取り外したお飾りの処分方法は、前出のとんど焼きでお焚き上げをすると良いだろう。これは、お迎えした神様をお見送りする行事で、お盆の送り火と同じ意味を持っている。

小正月に行われる火祭りのことを、とんど焼き、どんと焼き、どんどん焼きなどと呼ぶ。これは左義長という新年の歳神様をお送りする儀式で、焚き上げるものは前年のお札や縁起物など神様関連のグッズ類である小正月に行われる火祭りのことを、とんど焼き、どんと焼き、どんどん焼きなどと呼ぶ。これは左義長という新年の歳神様をお送りする儀式で、焚き上げるものは前年のお札や縁起物など神様関連のグッズ類である

鏡餅を飾る場所は? 神様の御座所なら玄関から遠い場所に

正月飾りの3点セットの最後は鏡餅である。鏡餅は来訪する神様が御座する依代とされている。

依代として有名なものには、磐座(いわくら)や神籬(ひもろぎ)があり、磐座とは巨岩のこと、神籬は常磐木のことをいう。いずれにしても神様が住んでいるという神奈備の中でも、とりたてて神聖で、ひときわ目立つランドマーク的な存在である。

鏡餅も依代として考えるのであれば、やはり神聖さと存在感が必要になる。一般的な鏡餅の形状は、三方と呼ばれる台に半紙を敷き、ウラジロを乗せ、その上に大小二つの丸餅を重ねて置いてダイダイを載せる。地方によっては更に串柿、干しスルメ、昆布などを何段にも重ねる。

この鏡餅の姿は、天皇家の三種の神器を模しているという説もあり、丸餅が八咫鏡(やたのかがみ)ダイダイが八尺瓊勾玉(やさかにのまがたま)、串柿が天叢雲剣(あまのむらくものつるぎ)に見立てるということのようだ。

鏡餅という風習は平安時代からあるとされる。江戸時代には床の間に飾るのが主流だったようで、昭和の時代まではたいていの家に床の間付きの和室があり、そこに鏡餅を飾っていた家が多かった。床の間は神聖な場所というイメージがあり、和室に座する場合も床の間に近い位置が上座とされている。

しかし現代の家では床の間が無い家も多く、その場合はどこに飾ればよいだろうか。神域の中の神の御座所と考えるのであれば、玄関から一番遠くの清浄な場所が望ましい。リビングのサイドボードの上やオープンタイプの壁面収納の一角などはいかがだろうか。

欲を言うなら、置いた鏡餅にゴミやホコリ、人の吐く息がかからない、目線より上の場所が理想である。息がかからないというのは、神棚や仏壇のロウソクの炎を吹き消さないのと同じ理屈である。玄関やテレビ台の上、コタツの隅などは避けた方が無難であろう。

飾る期間は、門松や注連縄と同じで、神様がお帰りになる頃に丸餅を割って食べる、鏡開きという習慣がある。鏡開きを行う日は地域によって若干異なるが、おおよそ松の内が明けたあたりから1月15日前後である。

以前は鏡餅を割って食べる際に、包丁で切るのは縁起が悪いとされ、金づちなどで割ったものだが、今は最初から切り餅がパックされた鏡餅があり、そんな心配も不要の時代となっている。

最近では床の間が無い住宅も多い。節句の人形や飾り物も、リビングに置けるよう小型化している。家の中に小さくても季節のしつらいができるコーナーを作っておくと生活に潤いを与えてくれる最近では床の間が無い住宅も多い。節句の人形や飾り物も、リビングに置けるよう小型化している。家の中に小さくても季節のしつらいができるコーナーを作っておくと生活に潤いを与えてくれる

マンションで正月飾りはどう飾る? 神様をお迎えしたらおもてなしも忘れずに

マンションで正月飾りを取り付けようとすると、なかなか悩ましいことが多い。規約が厳しいところでは、玄関ドアの外側に飾りを取り付けることを禁止している場合もある。

だからと言って諦めることはなく、その場合は玄関の内側に取り付ければ問題ないと筆者は考えている。もともと玄関はあの世とこの世の境界という意味があり、内側か外側かはそれほど関係が無く、外側に取り付ければ神様の目につきやすいというのは、人がそう感じるというだけのことと思う。

玄関ドアの外側に飾りを取り付けることが可能な場合は、マグネット付きのフックを利用すると便利だ。マンションの玄関ドアの多くは鉄製のため、マグネットが付くことが多い。ただし分譲マンションであっても、玄関ドアは共有部分に当たるため、勝手な改造はできないので注意をされたい。

さて、神様のお迎えの仕方、お見送りの仕方について考察してきたが、滞在している間の神様へのおもてなしも大切なポイントとなる。せっかくお出でくださった神様をぞんざいに扱ってしまえば、せっかくのご利益も期待できないということになりかねない。

神様をわが家にお迎えするのだから、まずは感謝の気持ちを忘れずに、お節やお屠蘇などのご馳走も、神様をもてなす気持ちで頂こう。何より滞在期間の約2週間は、笑顔で和やかに過ごすことが、一番のおもてなしとなるのではないだろうか。皆様がよき新年を迎えられることを願うばかりである。

正月の風物詩であるお節料理は、中国の唐代に定められた暦法により始まったとされる。お節の「節」とは節句の意味で、元々は1月7日の人日(じんじつ)と呼ばれる節句のための料理である正月の風物詩であるお節料理は、中国の唐代に定められた暦法により始まったとされる。お節の「節」とは節句の意味で、元々は1月7日の人日(じんじつ)と呼ばれる節句のための料理である

2020年 12月19日 11時00分